010
日が短くなってきて、寒さが目立ってきた6月頭。日本でいうところの10月末ってところかな。
今日も変わらず、私は勉強していた。タリアさんやラグーンさんが見兼ねて休憩を促してくるくらいには。って言っても、まだ飲食できないから休憩と言ってお茶飲んだりお菓子食べたりはできないんだけどね。
あ、『お茶会』の勉強はしてるし、お茶やお菓子も出されたけど結局食べなかった。こういうタイミングで飲んで、お客様がこうこうこういう時に〜みたいな指導は受けたけど、食べるフリに飲むフリだ。あれらのお菓子はちゃんと誰かが消化してくれたことを祈る。
今日は男子の勉強だ。動きやすい服に着替え、刃先の潰したナイフを手にとる。
当たり前すぎて気付かなかったのだが、この世界どうやら魔法があるらしい。お風呂のお湯も、そこにある明かりも魔法によるものだと聞いて驚いた。蛇口捻ったらお湯が出るのが常識だったから、お風呂場で使用人さんが赤い球に触れるとお湯が出るのに何の疑問も抱いてなかったよ……改めて考えると、ガスとか電気とかないっぽいもんね……そっかぁ……。
魔法を使うのは5歳になってかららしく、まだ教えてもらっていない。魔法を実用的に使いたいなら男が有利だが、女でも学園で習うのでどちらでも大丈夫らしい。
肩につくくらいに伸びてしまった髪を適当にひとつに縛り、顔を動かして解けないか確かめる。タリアさんはもう少ししっかり整えたいと思っているようだが、ラグーンさんは己が邪魔でなければいいだろうという考えだ。私もどちらかというとそっちの方が近い。
かと言って、着飾るのが嫌なわけではないのだ。ドレスは可愛いし、髪を綺麗に結うのだってテンションが上がる。まあ余り重いドレスは嫌だけど。
そうして準備を終え庭に出向こうと部屋から出ると、玄関の方から誰かが言い争う声が聞こえた。
「……? どうしたんでしょう」
「行って見てきましょうか?」
ラグーンさんが腰を折って問うてくるのを、私は首を振って断った。どうせ今から庭に行くのだ。先に見てもらったところで、行くのに変わりない。
この家……屋敷……むしろ城に近いかもしれない。そのくらい無駄に広いこの家には、使われていない部屋が山のようにある。なんでも、パーティーでお呼びした方々が泊まる時用の部屋らしい。なんだその部屋……無駄じゃね? と思ってしまう私の感覚は至って普通だ。……普通なんだよね? だんだん自信がなくなってきた。
そんな家の中の奥まったところにあるのが、私の部屋だ。なるべくお手数をかけないようにと目立たない部屋をもらったのだが、まあ当たり前のように広い。寝室だけで学校の教室か? ってくらいある。因みにこれでも狭いらしい。いやもうわかんねえよ。
風呂場、寝室、衣装部屋、書斎兼遊び場。これまとめて私の部屋だ。部屋に風呂場まで付いてるとかどうなの? 寝室の奥の扉開けて脱衣所あって驚いたからね。そしてそれもまた無駄に広い。
廊下に続く扉に繋がっているのが、本を読んだり勉強したりとよく居る部屋だ。そこが書斎兼遊び場として、もし人を招く時はここを使うらしい。
これまた無駄に広く長い廊下を玄関に向かって延々と歩いていくと、流石に何を言っているのかわかるくらいになってきた。
「──はわかって──」
「だから──と言って──」
「……伯父さんと……誰でしょう」
聞こえてきた声に首を傾げる。片方は伯父のようだが、もう一方の声に聞き覚えはない。
すると、私の斜め後ろを歩いていたラグーンさんが突然私の前に出てきた。膝をついて、私の両肩をそっと掴む。
「レヴィーレ様、戻りましょう」
「え、しかし」
「玄関に出てはなりません」
元は綺麗な紫色だったであろう白髪をゆるゆると揺らし、ラグーンさんは私の言葉を遮る。掴んだ両肩をくるりと、まるで魔法のようにして気付けば今まで来た廊下を見つめていた。
「今日の予定はとりやめて、淑女のお勉強を致しましょう」
「し、しかし師匠が庭に……」
「レオルド様にはわたくしからご報告させていただきます。どうぞこのままお戻りください」
ぐいぐいと有無を言わさず背中を押され、爺とはいえ流石に大人の力に叶うはずもなく、そのままたたらを踏んでしまう。
レオルド様というのは、剣の指導を引き受けてくれている人だ。ガヴァルが男にすると決めた時から指導はガヴァルを主体としているが、ちゃんとレベルを見て稽古してくれる強く優しい人だ。私とガヴァルは「師匠」と呼んでいる。
突然のラグーンさんの行動に慌てつつも、もしかしたら伯父と言い合いをしている人と私が会うと不味いことになるのかと予想する。
──なら、言うとおりに戻るべきかもしれない──師匠には後で謝らないと。
そうして大人しく来た道を戻ろうとした時、背後から大きな声がかかった。




