第一話:自らに捧げる鎮魂歌(2)
「遅いぞ。」
騎士見習いの自由時間は大変少ない。
久しぶりに会ったリヒトとの談話もそこそこに、アルテイシアは最上階の隊長室に来ていた。ロウの食事の準備をするためだ。
指導騎士の身の回りの世話は見習い騎士の仕事でもある。
「すみません。来客があったので・・・」
そんなことは全く思っていないが、立場上まずいのでそう言っておく。
騎士の叙勲はロウが許可することになっているので、不遜な態度は控えるようにしていた。
「お前はすぐに顔に出るな。そう言うのをガキって言うんだ。」
毎度かちんとくる言い方だ。
(がまん、がまん・・・)
にっこりと笑って、無難にかわせばいい。こんな事はいつものことだ。
「すみません。あなたの声を聞くと生理的嫌悪感が耐え難くて。」
(しまった。つい本音が・・・)
にやり。
ロウの口角が不自然につり上がる。
隊長がこんな顔をしている時は大抵、とても嫌なことが起こる前触れだ。
「そうかそうか。ところでお前に仕事だ。」
アルテイシアに負けず劣らずのさわやかな笑顔の隊長。
いつも底意地の悪い面でアルテイシアに無理難題を押しつけるロウからは考えられない。
(くるッ・・・)
「無理にとは言わない。お前よりも優秀な人材はいくらでもいる」
騎士見習いになって3ヶ月。
その言葉でさんざん苦労した記憶のあるアルテイシアは、正直げんなりしてしまう。
とても嫌だしめんどくさいけど・・・
でも、売られた喧嘩も買えないなんて男じゃない。
「ヨロコンデオウケイタシマショウ」
それがアルテイシアの主義だった。
黒曜隊は、表向きは国王陛下直属の騎士団ということになっているが、諜報活動から暗殺まで手がけるため、裏では『黒い犬』と呼ばれている。
もちろん、その活動内容を知るのはごく一部の特権階級だけである。
アルテイシアがその職務に就かされたのは騎士見習いになって一月もした頃。
あの隊長がやけにさわやかな笑顔で近寄ってくるので、嫌な予感を感じた覚えがある。
そのときは、未亡人の若いツバメとして近づいて、貴族たちの麻薬使用の現場を取り押さえた。
「やっぱり、魔術師がいると楽だな。」
あきらかに、おもしろがっているとわかる顔で隊長は嘯いた。
確かに、アルテイシアのように多種多様の魔術を使える者は少ない。魔術自体使える者が多くないのだ。それが、法則魔術(世界の法則に則って行われる魔術)や詠唱魔術(言葉自体が力を持つ)や契約魔術(力のある言葉で精霊や魔物と契約し、それを操る)、外道と言われる対価魔術(生け贄など対価となるものと引き替えにする)まで使えるのだから、大抵のことが出来る。
全部アルテイシアに押しつけたのだから、ロイは楽だったろう。
結局、ロイがやったことと言えばゴーサインを出すことだけだった。
その間にも、アルテイシアはこってりと油ののった未亡人に迫られ、尻や胸板を触られ、挙げ句の果てにはキスされそうになった。やっと無事に生還を果たした部下をねぎらいもせずに、「楽だな」は無いだろう。
それ以来、何かと裏の仕事を手伝わされるようになったのだが、記憶している限り、ろくな仕事はなかった。
「で、だ。お前の今回の仕事は王太子殿下のボディガードだ。」
「はい?」
ロウが告げたのは予想外に普通の仕事内容で、逆に疑ってしまう。
本当に、ろくな事がなかったのだ。また、裏に何かあるに違いない。
「ボディガードなら、近衛騎士がついてるじゃないですか。なんでまたわざわざ黒曜がでしゃばるんですか?」
そうだ。王太子クレイスには専用の近衛騎士がいたはずだ。
事態が飲み込めないでいるアルテイシアに、ロウはただにやりと笑った。
「詳細は自分で把握しろ。先入観はいざというときの判断を鈍らせる。」
「最低限の情報もなしにどうしろというんですか。」
まったくこの上司は、部下の苦労も知ってほしいものだ。
どうせ、目星はついているだろうに。
「情報網くらい自分で張れ。魔術があるんだ、何とかしろ。」
「魔術は万能じゃありません。」
一言ずつ区切って言ってやる。
それでも、この上司は耳に入らないのだろう。
「やんのか、やらないのか?できないんなら仕方がないけどな。」
かっちーん。
「できます。馬鹿にしてもらっては困りますね。」
バッタンッ!!!
しまった。またロウにしてやられたと後悔するのは、いつも怒りの余り詳細も聞くことができずに隊長室を後にした直後のことだ。
「・・・アル。くじけそうだよ」
久しぶりに泣きたくなった。