第一話:自らに捧げる鎮魂歌(1)
もう、戻れないかもしれない。
だから鎮魂歌を歌おう、かつての自分だった者に。
「・・・疲れた。」
騎士見習いになり、むさ苦しい男たちに囲まれて王宮に勤務するようになってから3ヶ月。自室に戻ったアルテイシアは、誰にともなくつぶやいた。
騎士見習いとして王宮に勤めるようになってあてがわれたこの部屋は、こじんまりとしているが騎士見習いには珍しい一人部屋だ。若年といえども、伯爵家当主である“アルフォンス”を贔屓した結果である。本当はこのようなことは好ましくないと思ってはいるのだが、男どもに囲まれて一日を過ごすには想像以上に疲れそうなので、好意に甘えることにしている。
何故伯爵家当主ともあろう者が騎士見習いとして王宮に遣えているのかというと、この国では貴族の子弟はみな騎士の勲章を持つことがステータスとされているからだ。騎士勲章の有る無しは宮廷での出世にも影響する。
そのため、少し遅くはあるが“アルフォンス”も騎士見習いとして王宮に遣える事にしたのだ。
「お疲れ様。」
いつもは誰もいないはずの自室に、落ち着いた青年の声と薫り高い紅茶の香りが広がって、アルテイシアは顔を上げる。
色素の薄い青年が、自室に備えられているイスに座って紅茶を飲んでいた。髪は青銀色で、肌は透けるように白い。目は深い藍色で、優しくこちらを見て微笑んでいる。
「リヒト、来てくれてたんだ。ただいま。」
突然の来客に嬉しくなって、アルテイシアは物語のお姫様でも裸足で逃げ出すようなほほえみを浮かべる。ただいまを言う相手がいるのは嬉しい事だ。
「おかえり。今日もうまくやれたかい?」
彼は幼い頃からの友人であり、伯爵家の騎士としてアルテイシアの支えとなってくれている従者だ。今は騎士見習いとして王宮に遣えている“アルフォンス”の代わりに領地を任せている副官でもあるのだ。
「多分ね。どのみち、ばれることはないさ。正真正銘、僕は男だから。」
何なら、ズボンをおろして見せてやろうか。そう言ってアルテイシアが軽口をたたくと、リヒトはいつものように苦笑した。
10年に及んだ内乱も首謀者が次々とらえられ終わりに近づいた5年前のこと。王国の復旧を祝ったパーティーが開かれた日。暑苦しい夏の夜だった。
アルテイシアは、双子の兄であるアルフォンスがどうしても行きたくないとごねるので、アルフォンスの変装をしてパーティーに参加していた。次期伯爵家当主が、復興パーティーに行かないなんて失礼にも程がある。双子はそっくりで、変装していれば誰も気がつくことはなかった。
そしてその日、伯爵家は野党による襲撃をうけ、先に帰っていた両親や使用人のほとんどが亡くなった。無事だったのはアルフォンスに変装してパーティーに出席していたアルテイシアと、共としてパーティーに連れてきたリヒト、そのとき屋敷を離れていた数名の騎士たちだけだった。
アルフォンスの遺体はいくら探しても見つからず、5年たった今でも行方不明のままだ。
そのアルフォンスに代わって、アルテイシアは伯爵家を守っている。アルフォンスとして生活するために女であることも捨て、自分に呪いをかけた。
男になる呪い。
代償はアルテイシアの恋心。
その日からアルテイシアは“アルフォンス”になった。
「アルの手がかりはつかめた?」
あれからずっと本物のアルフォンスを探している。
アルフォンスにもう一度会うまで、呪いは解けない。
「鳶色の髪に紫の瞳をした少年を探しているが、未だに手がかりはない。周辺区域を拡大して調べているが、極秘なことだからね。慢性的な人手不足で、捜索は困難な状況だ。細かく聞いて回っているけど、5年もたっているし、この特徴だけでは探しにくいな。」
いつものように、リヒトは淡々と報告する。
リヒトはアルテイシアにウソを言って、下手に喜ばせようとはしない。常に真実だけを教えてくれる。
もしアルフォンスが見つからなければ、アルテイシアはずっと“アルフォンス”のまま一生を終えることになる。
アルテイシアの覚悟を知っているから、中途半端に希望を持たせることがどれほど残酷か分かるためだろう。
今のところ、アルフォンスに関わる情報は一切無い。煙のように消えてしまったと言うほか無いのだ。
「そうか。では引き続き捜索を続けて。人手不足については、申し訳ないけど保留。この秘密を知られるリスクは犯せない。何か手を考えよう。」
「分かった。」
もちろん、表では大々的に“アルテイシア”を探している。もし、アルフォンスが無事ならばきっと名乗り出てくれるはずだ。
「シア様、私は後悔しているよ。」
静かに、リヒトは言葉を紡ぐ。
「僕は“アルフォンス”だよ。」
このやりとりを何度繰り返しただろう。それでも、リヒトは言わずにはいられないのかもしれない。
「私は自分のことしか考えていなかった。シア様がご自分に呪いをかけるとき、私は止めるべきだった。アル様の代わりにするのではなかった。」
リヒトがあまりにも悲しそうに微笑むので、アルテイシアも悲しくなった。大切な友人にこんな顔をさせているのがつらくて。
「僕は僕だ、リヒト。お前が傍にいてくれて、本当に良かった。」