序章
「はじめまして、アルフォンス・ルイスと申します。」
とても不本意だ。
極めて無表情を装って、本心を押し隠す。
自分の思い通りに事が進まないからと言って、だだをこねるようなまねはできない。
「おお、話は聞いている。ロウ・ハイランドだ。」
不遜な態度で応じたのは、黒曜隊隊長であるハイランド子爵。隊の名にふさわしく、黒い髪に漆黒の衣装をまとっている。噂では、5年前の謀反の際に王妃を守った事で陛下の覚えもめでたく、その瞳の色に由来して名付けた黒曜隊を授けられたとの事だ。
ハイランド家は元々侯爵家ではあるが、彼が庶子と噂されている事を鑑みれば、25歳という若さで隊を持ち、子爵という位を持っているのだから若手のなかでも出世頭と言ったところだろう。
そんな人物について騎士になる修行ができることは幸運だ。
「あなたに師事することが出来て光栄です。」
常に無表情を心掛けているこの顔は、とてもそんな風に思っているように見えなかったのかもしれない。実際に不本意なのだが。
ハイランド子爵は黒曜石の瞳を細めて不適に微笑んで握手を求めてきた。長身の彼が同年代の少年と比べて多少背が低い“アルフォンス”と握手しようとすると、必然的に屈む形になった。
端正なではあるがやや意地の悪そうな顔が近づいて、まわりには聞こえないような低い声でささやく。
「やめたいときはいつでも言ってくれてかまわない。ここに生半可な気持ちでいられては困るからな、お嬢ちゃん。」
こんな挑発にも表情をくずさなかった(と思う)自分はなんて優秀なのだろう。
「アナタニシジスルコトガデキテコウエイデス。」
自分を自分で誉めてあげたい。
滅多に披露しない会心の笑みを、黒曜隊隊長がどう受け取ったかまでは知ったことではない。