カップラーメンの作り方
まずカップラーメンを『上手く』食べるためには秘訣が三つあることを今の若い奴らは知らない。最近の若い奴らときたら、カップラーメンを食べる手順は「ふたを開ける、お湯を入れる、待つ」の三つしかないと思い込んでやがる。
実に嘆かわしい。
カップラーメンを『旨く』食べたい奴はこの文章なんて読まなくていい。
なぜなら人によって旨味を感じる部分は違うからだ。
例えば私は、カップラーメンを旨く食べようとするときは麺はめちゃめちゃに軟くする。箸は絶対にすべすべの木で出来たやつを使うに限る、割りばしなんて論外極まりない。そんで酢をぐるっとまわし入れる――大さじ三杯は確実に入れる――それから、出来るなら氷の入った水を用意して、冷ましてから食べる。アツアツは、正直苦手だから。
これが万人に受け入れられるなんて私は思っていない。家族内ですら私の食べ方は異端児の行為そのものであるとブーイングがあがるんだから。酢を入れるのは、理解出来ないってね。
そこでカップラーメンを『上手く』食べるための方法だ。カップラーメンはコーヒーを淹れるみたいに繊細である必要はないが、飴玉を口に入れるみたいに単純でもいけない。
まだ分からないって顔をしている人は、きっとまだ一人暮らしの厳しさを味わっていない人だろう。
大学生になると分かる。
カップラーメンとは、大学生のために用意された食べ物だってね。
①蓋は半分まで開ける。
おいおい、ちょっと待った。右の一文を見て、なんだ常識じゃないかどうでもいいや飛ばそうと思うのはいささか早い。
君の蓋の開け方は、果たして本当に半分と言えるだろうか。
カップラーメンを作るとき製作者は「カップラーメンマイスター」になった気分で彼女たちを仕上げなくてはならない。カップラーメンを包む薄いビニル膜をそっと剥がして、上半身だけをキッチリ裸にするように、蓋を半分だけ、綺麗な半円になるようにあけなきゃいけない。
それがカップラーメンを頂く、って行為に対する尊敬の払い方だ。カップラーメンの服も上手く脱がせることが出来ない男に、生身の女の服を脱がせるだなんてことは一生出来ない。
それに、ピッタリ半円になった蓋を見ると、興奮するんだ。
スーツをキッチリ着こなしたお姉さんを『頂く』時の気持ちに近い。
こんなに折り目正しい恰好している女をこれから食べるんだ、と思うだけでワクワクする。そうだろう?
②スープの素は少なめに。
俺はスープの素は全部入れる派だって叫んだそこの君は、将来糖尿病になるリスクを今のうちから計算しておいたほうがいい。君の親戚に糖尿病の人はいるかい?
カップラーメンにかかる時間を三分間だと思い込んでいるやつは今すぐ帰ってくれ。「はっはっはっ知ってるぜ? 五分間待ったカップラーメンのほうが美味しいんだろ」って思ったやつも帰ってくれ。私はそんな分刻みの話をしにきたんじゃない。
カップラーメンは、一生モノなんだ。
いいかよく聞いてほしい。君が生まれてから何年たった? 生まれて何年たって初めてカップラーメンという代物にであったんだ? 少なくとも十年来の恋人、それがカップラーメン。そうだろ?
私はただ心配しているんだ……。四十二になり課長に昇進し、愛する妻との間に三人の子供が出来、幸せいっぱい順風満帆の生活をしている君の元へ一通の書簡が届くんじゃないかと。
そこにはでかでかとこう記されている。
「要・再検査」。
再検査から帰ってきた君を愛する妻が迎え、そして悲しげな顔で言う。「もう、カップラーメンは食べちゃだめよ……」。
そうなりたい人は、好きにスープの素をいれるがいいだろう。一袋でも二袋でもスープの素ごとぺろぺろしたっていい。
だけど二十年後、君とカップラーメンは永遠の別れを経験するのだ。一枚の、身体検査という紙切れによって。
③カップラーメンを食べた後の容器は、迅速にかつ厳重に始末する。
さあ、いただきますの挨拶から始まりごちそうさまの言葉で終わる、君とカップラーメンとのランデブーにも必ず終わりは来る。スープの素を少なめに入れた君なら、スープまで飲んで事後の余韻を味わっているかもしれない。
ところでカップラーメンのいいところは片づけが簡単という点にある。フライパンやお玉なんかもいらず、必要なのはやかんと箸だけだ。箸だって、割りばしで済ませることだってできる。食べ終わったら残ったスープを始末して容器を捨てればいい。
けれどこのゴミ捨てが一番厄介なんだ。特に、女の子にはね。
カップラーメンを食べ終わったあとの部屋のにおいを嗅いだことはあると思う。それは非常に良い匂いをしている、食欲をそそる匂いだ。その匂いにつられて、隣のアパートの浪人生がいそいそと夜食の準備をするかもしれないし、家族が一口ちょうだいとせびってくるかもしれない。
ついでにゴキブリもやってくるだろう。その匂いに誘われて。目を閉じるだけでその光景が浮かんでくるようだ。悲鳴をあげて逃げ回る美しい大学生。後ろから黒い悪魔がお前をつけ狙う……。
そうならないための、私のおすすめの方法はいたって簡単だ。
いらないビニル袋に、食べ終わった容器やらスープの素をいれてしっかり口をしめる。匂いの排出がそれで止まったらゴミ袋にいつものように投げ入れる。そして後日急いで(できるなら次の日の朝に)ゴミ出しをする。それで人事をつくしたといえるだろう。
完ぺきな方法ではないかもしれないが何もしないより五十パーセントはゴキブリの発生を抑えたと予測できる。
もしかしたら一人暮らしの女性が、この方法を教えてくれた中田に感謝にキスをするかもしれない。
これでカップラーメンの『上手い』食べ方紹介は終わりだ。
書いていたらなんだかカップラーメンが食べたくなった。今の気分はチキンラーメンが食べたい。コンビニって、チキンラーメンも完備していただろうか。
ああそうそう。
もしこれを読んでくれた君が、感謝のあまり私にカップラーメンをプレゼントしたいというなら私は拒まない。
ぜひとも送ってきてほしい。なお、私はカップヌードルのカレー味が一番好きである。