カルネアデス。
ロシアンルーレット、というものがある。
リボルバー式の銃に1発か、複数か弾が入っていて、自分の頭に銃口を当てるか、口に咥えるか、様々だが、そのまま引き金を引く。
死のくじびき。
これは、相手に向けて、そのロシアンルーレットを行うはずだったかもしれない話。
彼、と彼女。
二人は、初めて出会う。
彼、の妻は身ごもっていた。
夫婦である。
彼、らは、高利貸から借金をしていた。
ワーキングプアと呼ばれる彼らは、消費者金融でも、生活するに足らず、泥のなかに足を入れてしまった。
親はいない。
二人で、出てきた。
携帯は二人で1台。主に妻が使う。
部屋は、何かわからないけれど保障のシステムを使って借りられた。
彼、は、知らない女性と向かい合わせに座らされている。
互いに右腕を手首まで固定され、一丁ずつ、その右手には銃が握らされている。
左手は自由だ。
イスは動かず、身体も何かしらのワイヤーで縛られ、びくともしない。
彼、は、思う。
ソウって映画に似てるなぁ…と。
一作目だけ好きだ。
二作目からは、グロテスクが先行していったから。
スピーカー(と、音で明らかにわかる)から声がした。
【お互いの、薬莢の数は教えません、生きていた人を、助けます】
それだけで、通信は切れた。
彼女、は、震えていた。
彼、は相手を見た。彼女、の震える手から銃が落ちんとしている。
「あの、銃を…」
ゴトリ、と彼女の銃は落ちた。
なんて、無情。
正直、自分が生き残りたいというのは、強く思っている。
フェアな立場なら。
これは、もう、殺すか、どうかだ。
いや、むしろ、いつ、かどうかだ。
銃は、重い。
時間ばかりかけては握力は無くなり自分も銃を落とすだろう。
彼ら、の体の状態をあらためて説明しよう。
イスに、座っている。
座り心地は、普通ならば、気持ちいい。校長椅子みたいな。
身体はイスに縛られている。
右手は、わざわざ作っただろう発射台のようなものに、相手の顔面上部に向かって固定され、手首をギリギリ動かせるかどうかの場所で、銃を握っている。
こんなもの握ってなければ、グーチョキパーもできるだろう。
その銃口は、数十センチの間をもって、相手の額か眉間かというあたりに向いている。
どうにか当てまいと手首を動かして発射しても、致命的だろう。
彼女、は、どうしようか、何か生き残るすべが無いか、考えていた。
額には汗。懸命に考えていた。
彼、は、殺す必要のある相手の女性、と目が合うのが怖くて、でも、興味があって。チラと見てしまった。
心が痛い。
どれだけ時間が経ったろうか。
突然、スピーカー。
【制限時間…】
彼、は、瞬きをした。
彼女、は、びくっと肩をすくめた。
【制限時間はー、えー、ありません、そういうところでは悩まないでください】
彼、は、ホッとする。殺さなくてもなんとかなる。
彼女、は、そう、彼女は。
絶望した。
制限時間が無い。
矛盾とは違う、微妙な解釈の、かけちがいがあった。
①生きていた人を助ける
②制限時間が無い
人は、水も食料もなくどれだけ生きられるのか。
生きていた方、という表現。
つまり、相手を殺そうがなんだかではなく、生きてい「た」という部分であり、つまり、仮に何かの奇跡で自分の手元に銃があったとして、引き金を引いたとして。
その後は?解放が待つ?頭が吹き飛んだ相手を前に、餓死するまで座りっぱなし?
銃ごしに彼の顔を見た。
ふぅ、と安堵した様子の彼に、正直に伝えた方が良いのか、この単純そうな性格を利用するべきか。
最初から銃を落としたことで、彼女は、幸か不幸か、生きることだけを考えられた。
一方で、彼、は一度安堵したものの、やはり考えることをはじめる。
制限時間がないなら、いつ終わるんだろう。
でもそれは、《後》の話だ。
彼女を殺してしまえば、終わる。
でも、でもだ。
引き金を引いても、《スカ》だった場合、次の1発、また次の1発。
自分の心が正常に保てるのだろうか。
呼吸は浅くなるばかりだ。
彼女、は、じっと彼の表情を見ていた。
何か、何かないか、手繰り寄せていた。
またいくらか時間が経った。
スピーカー。
【安全装置は、オートでは、ありません】
彼女、は、ぞっとした。
銃に関する事は、すぐさま撃つ方向への誘導になりかねない。
彼、は、
「安全装置?」
と声を出す。
彼女、は、脳の沈黙の後。
でもこれは、撃て、という命令でもない。
と、いう選択肢が出た。
賭けてみようか。
彼女、が「あ」と言った。
彼、も「あ」と言う。
彼、が訊ねる。
「安全装置?」
彼女、は、とぼけた。
「安全装置?」
彼女、は思った。
きっと知らない。彼は、撃ち方を知らない。
でも、撃ち方を知らなくても、いじればわかるか暴発するか。
今、この瞬間は撃てない。が、危険度が増したと感じた。
分からないもの、に対する興味。
だから。
情報を与えた。
「私、それ聞いたことある。勝手に発射しないようなロック、が、あるって、だから下手にさわるとあぶないかも」
グク、と音がした。
彼女、は、間違えた。
というか、もとより、彼を余りにも幼稚に見ていた。
彼、は、親指で、レバーを押し、言う。
「あー、安全装置って、そういうことか」
彼、は、西部劇で、引き金を引いたままレバーを起こして連射するのだけ知っているのだ。
車で言うなら坂道発進だけを知っているような。
ブレーキをかけ、アクセルを強く踏み、少しずつブレーキを緩める。
通常の手順では無い正解だ。
そして、西部劇を思い出した彼は思う。
自分を縛りつける罪悪感は、連射によって、「何発目に」彼女を撃ってしまったか分からないことで和らぐのでは、と。
死刑執行の「あのスイッチ」のどれがそうなのか、わからないように複数人で押すのを、今ここで一人で背負うには、何でもいから理由をつければ良かった。
もう、彼は、タイミングを探すだけになっている。
リボルバーなのに。
彼、がゆっくり、大きな呼吸をした後、かちり、と音がした。
カチカチと、音がなる。
彼、は1度、ゆっくり息を吐いて、少し微笑んだ。
彼女、は、それを見て、思考を停止した。
大きな会議室で20名の老若男女が、立体視ゴーグルを外す。
震える人、目をつぶる人、他の人を観察する人。
「一応、男性、女性は、同数になるようにランダムに振ってあります、どちらだったかは語っても構いません、また、人によっては、客観的であったり臨場感があったりしているかと思います。視点は様々なので、両者の精神状況に関与しているようになった人もいるでしょう」
皆がざわつく。
「さて、【被告人】は、加害者として成立するでしょうか。今回はどの視点がフェアなのか判断材料にするためのテストプレイですので、レポートの前に、ディベートをして、細かいところまで意見を述べていただきたいです」
新しい試み。
私は、臨場感が強いのは男性で、女性は客観的に感じ、両者に関与する視点だった。
最後の閃光と、ぐちゃっという音が、耳から離れず、あまり、ディベートは積極的になれなかった。
結局、彼もすでにこの世にはいないのだし。