水利ちゃんの結婚式2
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そして、水利ちゃんの式の日が近くなり、お別れ会の当日を迎えた。
相談室の中には、エンジェルさんと僕が二人で作った立て看板が運び込まれている。僕が、朝早く来て、大学区画から一人で持ってきたのだ。きらきらした装飾をして『ミズリちゃんおめでとう』という字をピンク色に塗ったボウル紙で形作った。アーチ状の本体を工作したのはエンジェルさんだが、字のほうは僕の仕事だ。我ながら上出来だと思う。ボンドがはみ出ているところがすこし気になるけれど。
コロナは、看板を見て、きゃっきゃっとはしゃいでくれたが、エマさんは、いいんじゃないかとぽつりと言うだけだった。エマさんの意見を覚悟していたのに、拍子抜けした。
十時の集合時間になっても、水利ちゃんは、いっこうにあらわれなかった。エンジェルさんは、用で遅れてくるらしい。
僕が、電話で連絡しようというとエマさんが、重々しく口を開いた。
「あのな…水利は、今日はこない…」
僕は、はっきりしない声に聞き返した。
「どうしたんです?」
「あいつ、こないんだよ…」
「なぜ?」
コロナも北と遊ぶのをやめて、僕たちの話に耳を澄ませた。
「昨日、真冬が俺に招待状を渡しにきた」
エマさんは、長い髪をくしゃくしゃに掻いた。
「水利の結婚式の…式は今日、講堂でやるそうだ」
「でも、水利ちゃんは、式は来月だって…」
「皆藤と真冬が、繰り上げて、わざとお別れ会の日に合わせたんだろう。くそ…真冬が、あてつけに俺にだけ招待状を…」
「どうしてはやく言ってくれなかったんですか!」
「…お前が、そんなものを嬉しそうに運んでくるから…」
エマさんが、壁に取りつけた水利ちゃんの看板を見上げる。
「ミズリこないの?」
エマさんは、机に顔を伏せた。
「けど、明日も日曜で休みだから、お別れ会できますよね?」
「…無理だ。水利は、新婚旅行にいくんだよ」
「お別れくらい…」
「あてつけだっていったろ?仲介所が会わせない」
「じゃあ、もう会えないってことですか?」
「いやだ!」
僕が、言った瞬間、コロナが弾けた。
「式場は講堂なんですよね…いってみましょうよ」
エマさんは、無言で横に首を振った。
「エマさんは招待状をもらったんでしょう?エマさんは、出れるじゃないですか」
「そうだけど…お前らは…」
エマさんは僕たちに遠慮していた。
「あたし、いってくる」
誰もコロナを止める気になれなかった。だから僕らは講堂へ急いだ。
講堂へつながる並木道に案内があった。
『皆藤家・水利家結婚披露宴会場→』とある。
「学生の結婚式って講堂でするものなんですか?」
「全部が全部じゃないが、皆藤の家も水利の家も学校に寄付しているし、その上、仲介所の仕切りだ。力が入る」
仲介所の人間が、講堂の玄関の先に立って招待客をチェックしていた。僕たちは、先頭を切っていこうとするコロナを近くの木の陰に引っ張り込んだ。
「俺が、様子を見てくるから、お前らはここで待ってろ」
「あいつら、入れてくれるんでしょうか」
「この招待状は本物だと思う」
エマさんが、僕らに封筒を見せた。
「あたしもいきたい」
「だめ」
そういって、受付へ行った。
僕は、エマさんの背中を見守っていたが、すぐに引き返してきた。
「祝儀。すっかり忘れてた」
エマさんは、持っていた結婚相談室のチラシを器用に折って祝儀袋を作った。即席にしては、格好はついていた。
「お前、いくら持ってる?」
封筒の口を開けて僕に聞いてくるエマさん。僕は財布に入っていたお札を全部エマさんに取られた。
「キスケ、太っ腹」
寮暮らしなのは、わかるけど、あんたたち、財布ぐらい持ってないのかよ…
彼女は、再び受付に向かい、問題なく玄関を通り過ぎていった。
数分して、エマさんが、玄関とは違う方向から戻ってきた。
「どこから出てきたんですか?」
「非常口。玄関通路に真冬がいたから避けてきた」
「ミズリは?」
「きれいだったよ。ウエディングドレスでさ」
講堂から招待客の拍手の音が漏れてくる。
僕らはその場で黙って立ち尽くし、講堂を眺めた。
「帰ろう…」
エマさんが、地面の小石を蹴って歩き出した。
「お別れ会は?」
コロナが、うらめしそうに僕たちへ呼びかける。
エマさんは、答えなかった。
「真冬さんに頼んで僕たちも入らせてもらいましょうよ…」
「そんなことできるか!」
エマさんは、僕を怒鳴りつけた。
「すみません…エマさんに真冬さんへ頼みごとをさせるなんて…」
反省するように額へ手を当てるエマさん。
「…俺こそ、すまん…そうだよな…水利と会えないかもしれないんだ。俺が真冬に頭を下げるくらい、どうってことないよな…」
エマさんの側に寄り添うコロナ。
僕らは、受付で真冬さんを呼んでもらった。追い払われるかとも感じたが、案外、真冬さんは、はやくあらわれた。
「どうなされたの?永夏さん。ご出席なさるなら、ドレスに着替えていらっしゃい」
真冬さんは、シンプルな緑のドレスを着ていた。
「服装なんてどうでもいいだろ」
「そういうわけには、参りませんわ。これは、ただの結婚式ではありませんの。あたくしがプランした結婚式ですのよ。常に完璧でなければなりませんわ」
エマさんは、目頭を押さえた。しょっぱなから頭にきているのが、わかった。
「あのな…頼みがあるんだ」
「頼み?…頼みとは、あたくしに?」
真冬さんが、驚いて目を見開いている。
「こいつらも会場に席をつくってやってくれないか?水利も会いたがってるだろうし…」
彼女が、僕とコロナに腕を差し向けると真冬さんは、僕たちをなめ回すように見た。
コロナは、猫が腕からずり落ちそうになったので抱え直している。
「あなたたちと遊んでいる暇はありませんの。こんな礼儀も知らない子たちをあたくしの結婚式にあげることなどありえませんわよ。永夏さん。わたくしは、親友だから、あなたに招待状を渡したのよ。その気持ちを理解していただけないのかしら。下品な子達にはお引き取り願って、わたくしの控え室にいらっしゃい。わたくしのドレスを貸して差し上げますわ。ちょっときついかもしれないけど…ああ、それと、来賓の方とお話になるときは、その不良のような話し方をやめにしてもらいませんこと?わたくしに反発してそんな話し方をしていることはわかっています。けれど、これからは、仲直りの意味もこめて、わたくしの前でそんな口の聞き方はしないでくださる?あと、来賓の方に話しかけられたならば、真っ先に仲介所が紹介した相手と婚約しているとおっしゃってね。わたくしを引き立てるのがあなたの仕事なのよ」
まくし立てる真冬さんの言葉が、エマさんの表情をみるみるうちに変えていった。
「仕事ってなんだ?」
「あなたには、仲介所に戻っていただきます」
あっけらかんとして彼女は、コロナと僕を指差して続ける。
「コロナさんと言ったかしら?あなたもいらっしゃい。楽しい花嫁修業を始めますわ。今は、どうしようもない醜い獣でも未来のあるレディーにきっとなれますわよ。希望をお持ちなさい。素敵な殿方と結婚できるように。そこの少年は、お情けで守備班に組み込んであげましょう。守備隊はモテますわよ、うふふ。今日のところは、帰っていただきますけれど…まあ、これで万事解決ね」
「んなわけあるかあああああああああああああああああああ!」
コロナが手を出すよりはやく、エマさんが、怒声を響かせた。講堂の廊下全体が、びりびりと震え、真冬さんがうろたえた。
「ちょっと!式の最中なのよ!静かに!」
「俺は、お前のなんなんだ!下僕か奴隷か!なんで、そんなに自分勝手で独りよがりになったんだよ!夫婦区画なんてところいく前は!その前は!もっと人の話をきいてくれただろ!」
顔を真っ赤にし、叫ぶエマさん。受付をしたり、廊下に出ていた来賓客たちが、僕たちに冷たい視線を送ってくる。
「あなたこそ、すっかりお変わりになったでしょう!あたくしの邪魔ばかり!反抗的になって相談室なんて馬鹿げたことをやって、あげくの果てにあたくしの結婚式までぶち壊しにする!」
「お前が、俺たちのお別れ会を!水利を引き離そうとしたからだろうが!」
「だまらっしゃい!まったく今日は厄日ですわ!せっかく仕込んだ花嫁は、朝から逃げ出そうとするし、コックは遅刻してくるし、司会進行役は下手くその極みだし、もうたくさん!たくさんよ!」
仕込んだ花嫁は朝から逃げ出そうとするって…
「水利ちゃんが逃げようとしたんですか?」
「そうよ!あの子、この大事な日にわたくしの結婚式をボイコットするつもりだったのよ!わかったら、わたくしの視界から消えていなくなってちょうだい!」
真冬さんは、自制が効いていないようだった。
「エマさん」
僕は、彼女と目を合わせた。エマさんは、僕の声で平静を取り戻し、僕の意図を読み取って、講堂の玄関を後にした。
並木道の案内看板のところで僕たちは立ち止まり、エマさんは、決意を言葉にした。水利ちゃんの気持ちを確認できたからだ。
「キスケ、コロナ、俺は、いくよ」
彼女は、後に続く僕らに振り向いた。
「お前ら、ついてこなくてもいいんだぞ」
今更、水を差すようなことを言う。
「僕は最初から、この結婚は反対でしたよ」
コロナも黙ってついてくる。今から何をするか話を交えずともわかっているみたいだ。だけど、どうも締まらない。
「なあ、コロナ、猫は置いていけよ…」
「北もミズリに会いたいよね」
抱いた猫の喉をなでるコロナから、僕は猫を取り上げたが、エマさんが、それを止めた。
「つれていこう。猫は使える」




