水利ちゃんの結婚式1
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エマさんが、言うように僕たちが水利ちゃんの結婚をやめさせることは、当人が望んでいなかった。
僕たちが、それをするのは、自分たちの考えを水利ちゃんに押し付けることになり、そうなれば、彼女の家族や仲介所のやっていることとなんら変わりがない。
僕が、エマさんにもう一度、相談したとき、そう説き伏せられた。
コロナは、あれからも、水利ちゃんが元気がないと言って、水利ちゃんの分の弁当をつくっていっしょに昼食をたべていたみたいだ。僕も何回かともにしたけれど、水利ちゃんは、いつも元気そうだった。コロナにしか感じ取れないかげりがあるのだろうか。僕には、彼女の本心はわからない。でも、わかったとして、なにもできなかった。
水利ちゃんは、あれから結婚のことについて、僕たちへ進んで話そうとはしなかった。しかし、六月に入ると、式の日取りを教えてくれた。僕たちも、結婚式に呼んでくれるそうだった。それは、ありがたいことかもしれないけれど、複雑な事情を知っている僕は、あまり喜べなかった。
水利ちゃんは、式を終えると、すぐ結婚相手と学校の夫婦区画へいき、そこで一年間、みっちり勉強するらしく、外の人間と容易には、会えなくなる。
そこで、僕たちは彼女の結婚式の前にお別れ会をすることになった。といっても、休みの日にいつものメンバーで一日中遊んで過ごすというささやかなものなのだけれど、水利ちゃんは、そのエマさんの提案にとても嬉しそうだった。
僕は、お別れ会に備えて、エンジェルさんとお別れ会の看板を作ることになった。エンジェルさんは、顔に似合わず、お茶目でノリのいい人だった。
日曜日にエンジェルさんが運転する軽トラックでホームセンターへいって材料の買い物をしにいった。看板を作るのは、男たちだけで、みんなには、秘密だった。
僕は、車の中で一抹の不安を打ち明けた。
「エンジェルさんは、こういう工作に自信があるんですね」
「そうでもないちゃ」
「…僕も工作は得意じゃないんですが…」
「形じゃなか。情熱ぜよ」
エマさんは、この人のこういうところが好きなんだろうか。水利ちゃんは、どんな看板になっても喜んでくれそうだが、エマさんには出来を酷評されそうだ。
「エマさんは、今日、何をしているんでしょうね?」
「今日は、女は女同士、男は男同士の日楽しむ日ぜよー」
「エマさんってコロナと学校の寮に住んでいるですよね」
「おうよ」
「はは、大変だな」
「キスケくん」
「はい?」
「この前、水利さんとコロナさんと仲介所でゴタゴタしちゅうたと聞いたぜよ」
「ええ、あれは、水利ちゃんが真冬さんに捕まったってコロナが勘違いして、突っ込んでいったから、放っておくわけにはいかなくなって」
「仲介所に近づくのは、あぶなか。望まない結婚が生まれるぜよ」
「エンジェルさんは、水利ちゃんの結婚のこと、どう思いますか?」
「おいが、口出しできるようなことじゃなかろうもん」
信号待ちで車が止まる。
「しかし、水利さんの結婚が仲介所よって縁組されたものじゃないにしろ、仲介所と関るのは、褒められたことではありゃせん。永夏さんも含めて…本当のところ、おいは、永夏さんに相談室というものやめてほしか」
「どうしてですか?」
「古谷真冬のせいぜよ。永夏さんは、あの子を仲介所の所長を辞めさせたがちゅう。向こうは、向こうで永夏さんに仲介所に引き入れようとしちょるぜよ」
「そういえば、真冬さんが、エマさんとまたいっしょに仕事をしましょうって、僕に伝言を頼んだんです。そんなこと言えば、エマさんが、怒るだろうと思って伝えませんでしたけど」
「ん。それでよか」
エンジェルさんは、僕に真冬さんとエマさんの関係のことを話し出した。
二人は、幼馴染で、学校に入る前から親しい関係だった。
上昇志向が強い真冬さんは、入学するとすぐに結婚して、夫婦区画へ行き、一年の教練を受けた。優秀な彼女は、戻ってくると同時に、学校から結婚仲介所の所長の椅子を用意されていた。真冬さんは、エマさんに二人で学校を盛り上げていこうと仲介所で仕事をすることを誘った。けれど、エマさんが、そこで見たのは、まるで変ってしまった真冬さんだった。人の意向を無視して、結婚をさせようとする。その上、仲介所の所員が、未婚では、依頼人への面目が立たないということで、エマさん自身が、どことも名の知れない男と結婚をさせられそうになったのだ。そのとき、エマさんは、すでにエンジェルさんと出会っていた。
「永夏さんは、古谷真冬を今もあそこから連れ出そうとしちゅう…」
僕たちは、大学区画の格技場まで乗り付けて、看板の材料を運び込んだ。僕たちは、格技場の隅で作業を始めた。畳がある方では、柔道の練習をしている人たちがいた。
柔道着をきた女の人が、何人か僕たちを見物にきた。
「エンジェル~なにしてんの?」
僕は、手を止めて彼女たちに会釈した。エンジェルさんは人気者なんだな。
「トップシークレットぜよ」
「なによ~ヒントくらいちょうだいよ~」
「女のための労働じゃあ」
女の人たちはクスクスと笑った。
「でも、隣にいる子は、男の子じゃないの?」
「今日は男同士の日ぜよ」
彼女たちは、キャーと叫んで畳のところまで帰っていった。なんなんだろう?
エンジェルさんが、鋸でベニヤ板を切るので、押さえながら考えた。
柔道の練習している女の人たちが僕らを観察している。
男同士の日…
なんで、わざわざ誤解されるようなことを言うんだ!
水利ちゃんは、結婚のことで忙しいらしくて、日が経つにつれ、相談室にくる機会が減っていった。お別れ会の準備が手伝えないことを申し訳なく思っているみたいだった。
ある日、お別れ会でなにをするかコロナとエマさんと話し合っていた。水利ちゃんが、久しぶりにやってきた。しかも、彼女の婚約者をつれて。
「ここが、くずの巣か」
水利ちゃんは、この男もお別れ会に参加させたがっていた。皆藤は、はじめから人を見下していて、僕たちと交友を深めようとはしていなかった。この男のほうは、僕たちを結婚式に出席させることを嫌がっていた。けれど、水利ちゃんは、僕たちの人柄を見てもらうためにここへつれてきたらしい。
僕たちは、水利ちゃんの努力を無駄にしたくなかったので、皆藤の傍若無人な態度も我慢した。
「こんな臭え部屋にいつまでもいられるかよ。お前と結婚なんて馬鹿をやるはめになっているのによ。あほどもの仲良しクラブと付き合えだ?お前は脳みそも小学生レベルだな」
やつは、僕たちを罵ることも飽き足らず、水利ちゃんまで非難した。
彼女は、泣くのをこらえ、僕たちも耐えた。僕たちは、水利ちゃんの結婚式に出席できそうもなかった。
彼女らが帰った後、コロナが、屋上まで上がり、叫び声を発した。僕たちも、コロナにならって声を出して、憂さ晴らした。
「頑張ったな。コロナ」
エマさんは、コロナをほめた。
「僕は、コロナとエマさんどっちを抑えようか、ハラハラしましたよ」
けらけらと笑うエマさんの手には、二つに折れたボールペンがあった。
「これ以上、水利を苦労させるわけにはいかないしな」
コロナは、叫ぶだけでは、足りなくて、いつもの稽古をはじめた。
「キスケ、練習台になって」
「またかよ」
「ねえ」
「そういうのは、エマさんに頼め」
「エマちゃんは、練習にならないよ。強すぎるんだもん」
エマさんは、フェンスに寄りかかって涼んでいる。
うーん、ちょっとくらいならいいか。
「ゆっくりだぞ」
「うん、パンチ、キック、パンチだよ」
コロナは、あらかじめ、打撃のパターンを見せてくれる。
僕は、そのパターンの繰り返しを何度も腕で受ける。
「つまんない。キスケも仕掛けてきなよ」
「いや、それはだめだろ…」
「なんで?」
「だってさ…女だし…」
惚けた顔をしているコロナ。
「ほんと、仲いいな。お前ら。なんかあれだ。小動物の求愛行動みたい。エマちゃん、ジェラっちゃうぞ」
エマさんが、寝転がって、いたずらっぽく微笑んでいる。
「冷やかすくらいなら、かわってくださいよ~こいつ手加減、知らないんだから」
「スキアリ!」
コロナが、僕の横っ腹を軽く蹴った。
「卑怯だぞ!」
それから、またコロナの遊びを続けたが、エマさんが妙なことを言ったから、コロナを意識してしまって、うまくできなかった。




