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よめかよ  作者: FT
5/11

相談室の日々2



2




 翌日、学校へ登校すると、二本木は、黙りこくって一言もしゃべらなかった。二本木の目のあたりに青あざができていて、理由を聞いても話さない。そんな状態だから、機嫌が悪いのも無理はないと思って、放っておくことにした。


 昨日、トンが見つからなかったので、コロナと昼休みに探す約束をした。二本木も誘ったが、

ついてこなかった。察するにこれはコロナと何かあったと、感じた。


 コロナがツナ缶を持って、中庭の隅の茂みに顔を突っ込んでいるのを見つけた。


「学校の外にいってるかもな」


トンは頭いい。帰ってくる」


 コロナに付き合って、校内をうろついていると、駐車場で猫の鳴き声がした。僕らは、並んでいる車の下を覗き込んでいった。


 猫が悲鳴に近い声を上げたので、どこにいるかわかったが、そこには、男がいた。そいつは、車のドアに手を突いて、猫に向かって石を投げた。何をしていたか明白だった。やつは、僕らに気づいて、偏屈そうに眉毛をまげ、睨みつけてくる。制服を着ているから、ここの学生だ。


「うー…」


「いつも水利ちゃん言ってるぞ」


 コロナがやつに飛び掛っていきそうになったので、僕はあわてて彼女の腕を取った。


「その猫、いじめないでくれますか」


「俺の猫をどうしようが、勝手だ。消えろ。くずが」


「あたしたちの猫だ!」


「そんな証拠どこにある?」


トンって名前だ!」


「俺だって、猫に名前くらいつけられるぞ。あほ猫、クズ猫」


 そいつは、車のドアを蹴って見せた。その衝撃で猫は、驚いてフギャーと叫び、走り去った。


 誰の車かわからないが、ドアがへこんでしまった。


「お前らのせいで、シツケができなくなった。どうしてくれる?」


 車を凹ませたことで僕らが、おびえているように感じているようでやつは、嘲りの笑みを浮かべた。僕は、ひるんだが、コロナは違う。


「どうするって…」


「ついてこい」


 逃げようと思ったが、コロナが、やつの後を離れようとしなかった。中庭に差し掛かったとき、僕はもうコロナを抑える気力が失せた。


「遅れてすみませ~ん」


 タイミングが悪いこところに、水利ちゃんが、やってきた。


 遅かった。僕はコロナの手を離していた。


 やつは、コロナの拳を支点にして、体をくの字折り曲げ、腹を押さえて、うずくまった。


 水利ちゃんは、僕らを通り越し、その男子生徒を気にして、しゃがみこんだ。


「やめて!コロちゃん!」


「ミズリ、こいつ、トンをいじめてた!とってもとっても悪いやつだ!」


「本当なんですか…皆藤さん」


「俺に触るな!」


 やつは、立って、地面に唾を吐いた。


「お前、このくずどもと知り合いか」


「はい…」


 水利ちゃんは、うつむいて、消え入りそうな声だった。水利ちゃんこそこんなやつと知り合いなのか? 

「くずめ…こいつらを殴らせろ」


「だめです…」


「俺は殴られたんだぞ!」


「ごめんなさい…」


「こいつらを黙って殴らせられないなら、お前が殴られる覚悟はできているんだろうな?」


「はい…」


「まてよ!あんた、本気か!」


 やつは、すでに腕を振りかぶっていたので、僕は水利ちゃんを守るように突っ込んだ。


 僕は、平手を受けたが、すぐにしゃんとたって、そいつと対峙した。


「これで満足だろ?」


「馬鹿か?今のは、俺の手に頭突きをしたんだろうが。手がいたくてしかたねえ。あと四発、殴らせろ。後ろの女もだぞ」


「全部僕が、殴られるからコロナは、許してやってくれないか?」


 僕が言い終わる瞬間に、やつは僕の腹を二回殴り、倒れた僕の背中を何度も蹴った。


「やめろーーー!」


 コロナが、水利ちゃんに抱きしめられて叫んでいる。僕は頭を抱えて、抵抗しなかった。


「鈴子、こんな偽善マゾ野郎と付き合うのはやめろ。虫唾が走る」


「お、お友達なんです…乱暴しないで」


「くずガキ同士、一生やってろ」


 憂さが晴れたようで、やつは、肩で風を切って校舎の中へ入っていった。


「ごめんなさいキスケさん…ごめんなさん」


 水利ちゃんは、僕の顔にかかったあいつの唾を拭いてくれた。コロナが、僕の顔を見つめて、呆然としている。背中がひどく痛むけど、僕は笑った。


「水利ちゃんが謝ることなんて一つもないよ。全部あいつが悪いんだ」


「でも、でも、あの人は…」


 目に貯めていた涙が、彼女の頬へ零れ落ちた。


「水利の婚約者なんです…」


 僕は、続きの言葉が出なくなった。


 昼休みが終わりを告げる鐘が鳴っていた。





 どうして、水利ちゃんのようないい子が、あんなやつと結婚することになっているのだろう。授業中、そのことを考えていた。あの男を前にした水利ちゃんは、僕が知っている元気な子ではなくなっていた。きっと、気のいい水利ちゃんに付け込んで、あいつが、強引に迫ったのだ。考えれば考えるほど、許せない。僕は、はやく相談室へ行きたくてしかたなかった。エマさんなら何とかしてくれるに違いない。そう思った。


 放課後になって、教室を出ようとすると、二本木に止められた。


「どこいく?」


「相談室、いっしょにくるか?」


「いかない。今日は、心の整理をする」


「昨日、コロナとなんかあったの?」


 二本木は、目が血走って鬼気迫る感じで、少々、不気味だった。


「コロナちゃんにコクったら、殴られた。けど、脈ありと思ったね。俺は、あのパンチから愛を感じたよ。へへ、へへ…」


 そのあざは、コロナのせいか…


「そ、そう…お大事にな…」


 それにしても、二本木の恋煩いは、かなりの重症なようだ。僕は、逃げるように相談室へいった。


 早く来すぎたようで、部屋の鍵が開いていなかった。中でペイが僕の気配に気づいて、にゃんにゃん、鳴いている。やはり、ここで猫を飼うのはかわいそうだから、コロナに言い聞かせないといけない。といっても、僕の家にはもうナンがいるから、どうしようもないが。


 五分ほどすると、エマさんが、やってきて、僕に微笑んで、近づくなり、頭をなでてきた。


「やめてくださいよ…」


「はは、お前が、居つくとは、思ってなかったもんでさ。こうして待っているところを見ると、一年くらい前の水利を思い出して」


 僕は、はっとした。エマさんの笑顔に見とれてしまっていた。エマさんの口の悪さなんて、この笑顔に比べれば、取るに足らないことなんだろう。


「水利ちゃんがですか?」


「毎日きてたよ」


 部屋に入って、エマさんは、お茶をいれてくれた。お礼を言うと、彼女は、「たまにはいいだろう」と、ぶっきら棒に答えた。


「その水利ちゃんのことなんですが…」


 エマさんは、僕に話があることが、わかっていたようで、静かに耳を澄ましている。


「今日、水利ちゃんの婚約者って人を見たんです…エマさんは、聞いてますか?」


「ああ」


「じゃあ、水利ちゃんは、結婚相手のことをエマさんに相談したんですね!」


 エマさんは、無表情になって黙っている。


「どう思いました?」


「水利の意向にしたがう」


「え?」


「俺がとやかく言えることじゃないんだ」


「とやかくって、水利ちゃんは、エマさんを頼って話したんでしょ?」


「まあな」


「そ、それだけですか?僕がこんなことを言うのはお節介かもしれませんけど…あの人は、水利ちゃんにふさわしくないですよ。てっきり、エマさんも僕と同じ意見なのかと思ったんです」


 エマさんが、何も言わないので、僕は、はがゆくなった。


「婚約者だなんてやめさせるべきですよ」


「水利は、それを望んじゃいない」


「どうしてですか?ここへ相談しにきた意味がないじゃないですか」


 エマさんは深くため息をついた。


「この話は、そう単純にはならない。皆藤と水利の家同士の約束事を俺が、でしゃばって反故にできるはずないだろう?個人の力の及ぶ範疇じゃないんだ」


「どういうことですか…いまいち、よくわからないんですが…」


「政略結婚だよ」


「親が勝手に決めた結婚だっていうんですか?そんな時代錯誤な」


「時代なんか関係ない。この学校じゃ日常茶飯事のことだ。半分以上が、婚約者がいる同士で入学してくるんだからな」


「そ、そうなんですか?」


「お前のようなやつは、めずらしい」


 違う。僕の場合、特殊かもしれないが、フィアンセのようなものは、いる。一度も、当人に会ったことがないというだけで。


「だからって、水利ちゃんの相手はひどすぎますよ!結婚するってことは、あんなやつと夫婦区画へ行くことになるんでしょう?一年間も!幸せなはずないじゃないですか!」


 あの皆藤という男は、八つ当たりに水利ちゃんを傷つけようとした。


「俺だってなあ!」


 エマさんが、感情に任せて立ち上がった。


「…水利は、あいつを変えようとしてる。俺がなにかすると水利の努力が無駄になるんだ。だから、見守るしかない…俺は、ただ話を聞くだけ。水利の友達でいてやる」


「許せないですよ…僕は…こんなことをさせるなんて」


 僕は、昨日、ここで水利ちゃんが言ったことを思い出した。


―寮に夫婦で入って新婚生活するんですよ。好きな人と同じ部屋で暮らすんです。みんなの憧れです―


 エマさんは、窓を開けて空気を入れ替えた。


「友達か…」


 外を眺めている彼女が、そうつぶやいたのが、聞こえた。


 その後、コロナが、僕と同じようにエマさんに水利ちゃんの婚約者の話をした。エマさんは、冷静にコロナをなだめた。水利ちゃんは、この日、相談室へ来なかった。





 それから、数日間、水利ちゃんと何回か会ったが、彼女の婚約者について、聞くことはしなかった。水利ちゃんは、変わりなく元気にみえた。


 僕は、自分の婚約者みたいなものについて考えることが多くなった。結婚なんてするつもりはないけれど、気にはなっている。都川のおじさんの娘も同じように思っているのだろうか。都川刹那のほうは、今日まで、僕の前に姿を現していないのだから、その気がないのかもしれない。


 昼休みに屋上で堂々巡りの考え事をしていると、コロナが、例の口笛を吹きながらふらっとやってきた。


「キスケ、みつけた」


「よくここだってわかったな」


「三本木に聞いた」


「一本多い。二本木だよ。で、あいつは?」


「なんかニヤニヤして気持ち悪いから逃げてきた」


 僕は、あいつになんと言ってやればいいのだろう…


「ミズリのところ、いってお弁当たべよう。最近元気ない」


 プラスチックの小さなお弁当箱を持っている。


「そうか?元気ないかな?」


「うん」


「僕は、もう食べたけど…いってみるか」


 コロナが、気の使うなんてめずらしいから、同意した。


 水利ちゃんのクラスにいくのは初めてだった。高学年の教室に進んでいくなんてコロナくらいなものだろう。


 教室の入り口からコロナと中を覗いて水利ちゃんを探した。


 水利ちゃんは、自分の席で女子生徒と話し合っていた。


「あ!」


 僕は、慌てて、コロナの口を押さえた。水利ちゃんの話し相手は、あの古谷真冬だった。


 コロナが僕の手をつねって、非難の目を向けた。口から手を離してやる。


「古谷真冬だ。静かに様子を見よう」


 僕らは黙って彼女たちを観察した。


 水利ちゃんが、席から立った。どこかへ行くみたいだ。僕たちは廊下の窓側の壁に張り付いて、二人が教室を出るのを待ち、気づかれないように尾行した。


 一階まで下りて、玄関を通り、渡り廊下から仲介所へ向かっているのは明らかだった。


「ミズリが、エマちゃんのライバルの仲間になっちゃった…」


「馬鹿なこというなよ…水利ちゃんが仲介所に関るわけがない」


「でも、中に入るよ」


 コロナが、水利ちゃんの元へ飛び出していった。


「ちょっと!おい!」


「ミズリー!」


「コロちゃん?」


 水利ちゃんと真冬さんが、振り返った。


「あら、永夏さんのお友達の方々」


「ミズリを返せ!」


 コロナは、真冬さんを真っ直ぐ見すえて怒鳴った。


「何か勘違いをしておりませんこと?」


「コロちゃん、キスケさん、心配しなくていいんです」


 とは言うものの、水利ちゃんは、ばつが悪そうにしている。


「ごめん水利ちゃん…一緒にお昼を食べようと思って…」


「そうだ!お前はどっかいけ!」


 真冬さんは、余裕のある笑みを浮かべて、腕を組んだ。


「あなたたちは、どうして、わたくしたちを目の敵にするのかしら?」


「なにもされませんよ。コロちゃん、キスケさん。結婚のことでいろいろお話しをするんです」


「そんなにご心配ならば、あなたたちもお入りなさないな」


 真冬さんが、コロナに近づいて顔を見つめた。鼻と鼻がぶつかりそうだが、コロナは退かない。


「あなた、よくみると可愛らしいわね。結婚相手は、お探しでないかしら?」


「うるさい。うちへ帰れ」


「恥ずかしがらなくてもいいんですのよ。恥じらいは大事ですけれども、どんなにおてんばな子にだって、お嫁さんを夢見ますでしょう?いらっしゃいな」


 真冬さんが、コロナの手を取った。

 コロナはさっと腕を引いて、真冬さんのお腹に突きを入れたと思ったら、逆にコロナがついた拳を取られて、腕をひねり上げられていた。


「いたい!」


 とコロナが叫んだら、真冬さんは、ぱっと手を離し、コロナの制服の襟首をつかんで歩きはじめた。暴れると襟首を持ち上げて首を絞める。こうなっては、大人しくなるしかない。


「超ど級の花嫁修業が必要ですわね…まるで獣ですわ。この子」


 コロナが持っていた弁当箱が地面に落ちたので、僕は、さっと拾い上げた。


「真冬さん、乱暴は…」


「わかっています。わたくしは永夏さんとは違いましてよ」


 僕は、どうにもこうにもできずに結婚仲介所の中までついていく。仲介所の人たちに見張られて、二階の所長室まで誘い込まれた。


 真冬さんは、部屋の中央のテーブルへコロナを座らせた。


「お座りになって。お食事をなさらない?」


 それから手のひらを打ち鳴らすと、メイド服の女の人が、カートを押して料理を運んできて、お皿をテーブルに並べた。


 僕は、断った。こんな居心地の悪いところで呑気に食事なんてできない。


「水利もいいです。ありがとうございます」


 コロナは、真冬さんに敵意の眼差しを送り続けている。


「お食事なさる?」


「いるか!」


「残念ね。わたくしだけいただくのもなんだから、さげてちょだい」


 メイドさんが、お皿を片付けると、コロナの腹がなった。真冬さんが、くすくすと笑う。


「遠慮なさらずともよろしいのに」


「キスケ、お弁当」


 コロナが、恥ずかしそうに言って、僕は、それをテーブルに置いてやった。


 弁当箱を開くと、枝豆がぎっしりつまっていた。


「それ、お昼?」


 あまりに風変わりな昼飯だったから、僕はなにかの間違いかと思った。


「うん、あたしが作った。いつもは、エマちゃんが作ってくれるけど、今日は寝坊したんだ」


 エマさんも今頃、同じものを食べているんだろうか。


「あなたは、永夏さんと寮で住んでいますの?」


 コロナは、答えずに枝豆を食べている。


「おいしそうね」


「おいしい。お前には、あげない。どうーだ。まいったか」


 口に物を入れたまま、勝ち誇っていうコロナ。真冬さんは、おどけて首をすくめた。


「水利さん、おかしなお客様は、お食事に忙しいようだから…先にお話を済ませましょう」


 真冬さんは、封筒に入った冊子の束を机に広げて、水利ちゃんと話し合いをはじめた。なんとなくしか、わからないが、結婚についてのことだった。仲介所が水利ちゃんの結婚式を仕切るつもりなんだろう。


「花婿様は、いつ、こちらに来ていただけるのでしょうか?お二人で行うことですもの。はやめにお話しておかないと、段取りがうまくいきませんわ」


「そ、そうですね…」


「なにか問題がおありなのかしら?」


「そういうわけではないんですが…皆藤さんは、あまりこういうことには、無関心みたいなようで…」


「いけませんわね。いけませんわよ。お二方のお家の祝事は、学校にとっても、仲介所にとっても大イベントになるでしょう。多く人が注目しています。両家の全面的協力がなければ、成功もままなりません。いえ、失敗なんてもってのほかですわ」


「はい…」


 力なく返事をする水利ちゃん。


「いいですわ。今日中に花婿様のところへ人をやってお呼びしましょう」


「それは、だめです!」


「なぜですの?」


「あの人のところに仲介所の人をいかせるのは、やめてください…水利が、あの人にお話しますので…」


「何を怯えていらっしゃるの?わけがあるなら、話してもらえませんこと?」


「いえ…」


 真冬さんは、水利ちゃんの結婚相手のことを知らないようだった。


「どうやら、あなたもわかっていらっしゃらないようね。式は、何か一つでも問題があればスムーズにことは運びませんわ」


 水利ちゃんが、しゅんとして椅子の上で縮こまった。


「あなたのそういうところ、じれったくてよ!これは、あなただけの事柄ではなくてよ!あなたの家、学校、仲介所に関係してくるの!言いたいことははっきりおっしゃりなさい!」


「もういいじゃないですか!」


 僕は、真冬さんの激しさに絶えられなくなって、口をはさんでしまった。水利ちゃんが、結婚相手のことを詳しく話したくない理由もわかったから。


 真冬さんは、僕をぎろりと睨みつけた。


 昼休みが終わったことを知らせる鐘が鳴っている。


「ふう…はやいわね。あとは放課後にしましょう」


 助かった…




 教室へ戻る途中、僕は、水利ちゃんに聞かずにはいられなかった。


「結婚のこと、どうしても仲介所に頼まないといけないの?」


「はい…」


「あいつのこと、仲介所にも話していないんだね」


 水利ちゃんは、コロナと手をつないだまま、目を伏せ、しばらく黙った。


「あの人は、この水利とは、結婚したくないみたいです」


「ほんと?」


「はい…そうです」


「ならさ。なんで結婚するの?あんなやつと、どうして、水利ちゃんみたいな子が」


「あいつ、悪いやつだよ…ミズリ」


 気分を晴らすようにコロナは、弁当箱を掲げた。


「やっつけちゃおう!ね!」


「コロちゃん、そんなに簡単に人を叩いたりしたらいけないんです。叩いたら、せっかくのいい人も悪い人になっちゃいます。それに皆藤さんはいい人です。みんな、知らないだけです」


 意気を挫かれて上目遣いに唸るコロナ。


「けど、あいつは、水利ちゃんを殴ろうとしたんだよ?エマさんに助けてもらおう」


 水利ちゃんは、首を振った。


「両親や、皆藤さんのお父さんやお母さんや、仲介所の人たちや、学校の人、皆さんを裏切れません。だから頑張らなくちゃいけないんです」


「そんなのおかしいよ!誰のための結婚なんだよ!水利ちゃんは、ちっとも喜んでないじゃないか!」


「水利は幸せですよ」


 彼女は、僕に笑ってみせた。


「キスケさん、かばってくれて、ありがとう」


 水利ちゃんは優しすぎる。それだけに僕は、納得できなかった。





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