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よめかよ  作者: FT
4/11

相談室の日々1

作者の書くコメディは、どうなんでしょうね


自分では、楽しんで書いていたつもりなんですが、他の人の反応が気になります。


こんな感じの役割分担です。


コロナ→ボケ役


エマ→ツッコミ役


ミズリ→ボケ役(行き過ぎたまともさを持っているため、ツッコミ役になることも)


真冬→ボケ役


二本木→ボケ役


キスケ→キャラとにやり取りによって臨機応変に


作者は、ミズリが一番好きです。一見まともなんだけど、とんでもなく変人。



1




 相談室にいた一番愛嬌のある猫を僕の家で、飼うことになった。妹の気世は喜んだが、両親は釈然としないようだった。僕が、都川刹那についてなにも進展がないというのに、女の子ではなく、メス猫を紹介したからだ。


 父さんは、あの学校に入るだけでいいと自分で言ったことをもはや忘れ、僕が都川のおじさんの娘へどうにか近づきはしないかと躍起になっている。母さんのほうは、単純に猫が家を汚すことを気にしているだけみたいだったが。


 その分、気世は、自分の部屋に猫の寝床を作ったりして、熱心に世話をした。そこのところは、感心したけど、ぼくの通っている学校に対しての不躾な質問の数々には、ほとほと嫌気が差してくる。


「かっこいい人いる?」


「結婚する前に付き合ったりしないの?」


「兄ちゃんのクラスでもう結婚している人いる?」


「結婚しても勉強するのかな?」


「もしかして、例えばよ。先生なんかと結婚できたりする?」


「ってか、兄ちゃんモテるの?」


 などと、勝手気ままに聞いた末、極めつけに


「あたしもそこに通えるように父さんに頼んでくれない?」


 と、僕に言うのだ。


 気世は、中学のクラスメイトの友達に、僕があの学校へ通っていることを話して聞かせていたようで、僕にとっては、ろくでもない学校なのに、女子中学生には、あそこが、憧れなっているらしい。


 僕は、兄として真面目に注意した。


「あそこは、お前の思っているような夢の国じゃないぞ。ほんっと、ややこしいんだから。普通の学校にいけ」


「兄ちゃんだけ、受験勉強しないで高校いくなんてずるい!」


 それを言われると何も言い返せなくなった。


 けれど、もし気世が、あの学校に入って、二本木みたいな男と結婚なんていうことになったら…と想像すると、寒気がした。


「キスケ!」


 休み時間に頬杖ついて、うつらうつらと眠りそうになりながら考えていると、二本木に呼ばれた。


「お前に気世はやらん!」


「は?キヨ?」


 僕は、寝ぼけていて思わずそんなことを口走ってしまった。


「お…ごめんごめん。半分寝てた」


「廊下、見ろ。あのばあさんがきやがった…追い返してくれ…俺はあんな、あんなこと、二度と」


 二本木は、自分の机の下に隠れた。教室の出入り口で、桜音ばあちゃんが、僕を覗き込んでいる。


「そこまで怖がるか」


「…いいからはやくいけー!」


 やはり、先日の桜音ばあちゃんとの事が、トラウマになったみたいだ。


 僕だって、近づきたくないのにな…でも、きりがないので、いってやる。


「こ、こんにちは。どうも…」


「ふん、腰抜けめ。あの男、わしが、廊下で話しかけたら、一目散にここまで逃げてきよったぞ。せっかく仲直りにきてやったというのに、失礼なやつじゃ」


 振り返ると、二本木が入っている机が、ガタガタ、音を立てている。


 僕ら二人に向けられるクラスメイトの視線を感じた。ああ…妙な勘違いしないでくれよ…


「はあ…仲直りですか…」


「水利ちゃんに言われてな。ちゃんと謝れば、わかってくれるとな。あの子は、ほんにいい子じゃわい。わしも心を入れ替えてみることにしたんじゃ」


 桜音ばあちゃんは、僕に人形を見せた。ちょび髭のおじさんが、万歳をして笑っている人形だった。装飾なのだろうか、外国の紙幣や細々としたものが、体にくくりつけられている。ゴミと間違えそうなくらいみすぼらしい。


「ワビじゃよ。すまんかったと、あやつに渡してくれ」


「は、はい…わかりました」


「それと、あんたにも、謝っておくぞ」


 ばあちゃんは、クラスメイトの奇異の目へにらみを効かせて、去っていった。


 僕は、さっそく二本木にばあちゃんの言葉を伝えた。


「ばあちゃん、謝ってた。これ、お前にだって」


「呪いの人形じゃねえか!」


「わざわざ来てくれたんだぞ」


 僕は、人形を差し向ける。


「いらねえ!そんなもん、どんな祟りがあるかわからねえぞ!」


 たしかにお詫びの品にしては、見当違いであることは、認める。


 授業が始まっても二本木は、人形を受け取ろうとはしなかったので、二人で昼休みに焼却炉へ出かけていって、人形を置いてきた。


「昔から、こういうオカルト的なものは、燃やせば成仏するって相場が決まってんだよ」


 得意げに語る二本木。


「せっかく、もらった物をその日に捨てるほうが、罰が当たると思うけどな」


「じゃあ、お前にやるよ。うんと可愛がれ」


 捨てた方が世のため人のためだった。


 教室へ帰る途中、あまり出くわしたくない連中と玄関の廊下で鉢合わせした。古谷真冬とその家来である。男たちの中に、仲介所へ乗り込んだときに見知った顔もあった。


 僕は目をそらし、緊張して歩みを進ませる。気づくな。気づくなよ。


「あ!お前は!」


 やっぱり、気づかれた!


 逃げようとしたけれど、二本木がついてこないので、僕らは、二人の男に行く手をふさがれた。


「あの時は、よくもやってくれたな」


「貴様!何年何組だ!名前を言え!」


「なにやったんだよ…キスケ…悪いことしたなら謝れよ…」


 悪いことなんてとんでもない。こいつらからお前を助けようとして目をつけられたんだよ!


「わたくしに許可なく列を離れるな!」


 真冬さんが、僕たちに絡んできた男たちを叱った。


「し、しかし、所長、この前の襲撃事件の犯人の一員を捕らえまして…」


「なぜ報告しない?そのまま、あなたたちを置いて所まで帰ってしまうところでしたわよ。わたくしを馬鹿にしているの?腕立て、二十」


「はッ!」


 真冬さんが、大げさに手を振り下ろした瞬間、男たちが、廊下の隅で腕立て伏せをやり始めた。まるで奴隷だ。


 哀れんで眺めていると、真冬さんが、僕を下から上へと舐めるように見ていた。


「あたくしの名はご存知かしら?」


 自分の名を聞かれたので、素直に答えた。クラスは聞かれなかった。


「僕は、二本木弘です!」


 聞かれもしないのに、二本木も名乗る。


「一つ無礼を承知で聞かせてもらってよろしいかしら?」


「なんでもお聞きください!」


 二本木が美人を前にして元気になっている。


「あなたにではありません。半井くんによ」


「僕に答えられることなら」


「もしかして、永夏さんとお付き合いなさっているのは、あなた?」


「違います…」


「永夏さんの結婚相手というのはどなたかご存知?」


「知りません…」


「そう。では、永夏さんに伝言を頼みたいのですけれど…わたくしが、あそこへいくと、お話になりませんから」


「あ、はい。いいですよ…」


「先日のくだらない争いは、水に流しますから、意地を張らないで以前のように仲介所に戻っていらして。一緒にお仕事をしましょう、と。お願いしますわ」


 僕の返事を待たず、腕立て伏せを終えた二人をまた二列に並べた。


 真冬さんは、きりっと背筋を伸ばし、いってしまった。


「すげー美人だったな…」


「ああ…」


 真冬さんとエマさんは、仲が悪いはずなのに、一緒に仕事とは、どういうことだろう…


 考え事をして、突っ立っていると、二本木に羽交い絞めされた。


「物思いにふけってんじゃねえー!てめー!いつあんな美人と知り合ったー!永夏ってだれだー!」


 二本木と付き合っている、付き合ってないと押し問答を繰り返し、授業中も知り合った女の子のことを細かく話をするはめになった。





 放課後、エマさんに真冬さんの伝言を伝えるために相談室へいくことにした。といっても、本音は、エマさんに仲介所から守ってもらおうという考えだった。先日の一件のおかげで、連中は、僕を相談室の一員だと勘違いしているらしい。これから仲介所の集団と出くわす恐れを感じながら、学校に通うのはごめんだ。なんとか対策を立ててもらわないと。


 僕が、二本木もコロナに会いたいようでついてきた。のん気なものだ。


 相談所の扉をノックしたら、水利ちゃんが返事をした。僕たちを出迎えてくれる。


「こんにちは、キスケさんとお友達の人」


「こんちわ、エマさんは今いないの?」


「あとでくると思いますよ。相談室で待ち合わせしている人がいるらしくて。水利は、その人がくるかもしれないからお留守番です」


「コロナちゃんは?」


 二本木が聞く。


「コロちゃんは、学内を散歩しているんじゃないでしょうか。ここへ来る前はいつもそうです」


「エマさんのお客さんがくるのか。今日はまずかったかな」


「キスケさんなら、大丈夫ですよ」


 座って猫(ペイだと思う)を抱いている水利ちゃんを二本木がじろじろ、見ていた。


「君って何才?」


「あの…十七です…」


「十七?ほんとか?」


「失礼なこと聞くな。水利ちゃんは、僕たちより一つ上の先輩なんだぞ」


「いや、この学校って、ばあさんもいるくらいだから、飛び級してくる子供もいるかもしれないって思ってさ」


「なんだ、それ。水利ちゃんに謝れよ」


 連れてくるんじゃなかった。


「まだまだ子供です。気にしてませんから、キスケさん」


 僕が苛々しているのを気づかって言ってくれた。


「けれど、この水利には、婚約者がいるんですよ。もうすぐ結婚して、夫婦教練を受けて、立派なお嫁さんになるんです」


 照れながら笑顔を作る水利ちゃん。少し誇らしげだ。


「へえ…水利ちゃんって婚約者いたんだ…」


 彼女は、とてもいい子だから当然といえば当然か。


「はは、君、ウケる。テレビとか出たほうがいいよ。人気者になれるぜ」


「水利ちゃんは見世物じゃないんだぞ」


「芸能人より、かっこいいお嫁さんなりたいです」


 二本木を軽くいなしている。どっちが子供なんだか。


「いつ結婚するの?」


「六月か七月に結婚式の予定ですよ。ジューンブライドがいいんですけど、学校の夫婦教練の都合もあるので、七月になりそうです」


「夫婦教練?この学校、そんなのがあるの?」


「キスケさんは、新入生でしたね。この学校は、結婚するとですね。二年間、学校の敷地内の寮に夫婦で入って新婚生活するんですよ。好きな人と同じ部屋で暮らすんです。みんなの憧れです」


 そんなこと、僕は誰にも聞いていない。父さんは、黙っていたのだろうか。


「それって…必ず?」


「そうですよ。ここで結婚すれば、学校の夫婦区画へ行くことになっています」


 僕は深呼吸をした。落ち着け、結婚しなければ、そんなところへ放り込まれなくても済むはずだ。


「お前、知らなかったのかよ。俺は知ってた。むふふふ」


 意味ありげな含み笑いをする二本木。恥ずかしいやつだな。それでも水利ちゃんは、にこにこして笑っている。


 不意に扉が開けられて、コロナが入ってきた。


「ミズリ~キスケ~神様ひろった」


 コロナが、手に持っていたものを僕らにかかげてみせた。僕は目を疑った。それは、昼休みに焼却炉へ捨てたおかしな人形だった。


「ほんとうに神様です。ありがたいです」


 またコロナがおかしなことを言いはじめたと思ったのだが、水利ちゃんまで同意している。


「これ神様?どこが?」


「神様だよ」


 コロナが、僕に人形の足の裏を見せた。The god of wealthと綴られていた。


「はい、たしかに神様です。エケコ人形ですよ。南米の福の神です。エケコ人形は、お金を持たせたりするとお金持ちになれるっていわれてます。他にも、成績がよくなりたかったら、良い点数の答案用紙をもたせたりして。願いがかなうんですよ」


 だから、外国の金が貼り付けられていたのか。けど、捨てたはずの人形が、また戻ってくるなんて、どうかしている。


「おー、ミズリ物知り」


 照れ笑いする水利ちゃん。


「どこで拾ったんですか?」


「ゴミ燃やすとこ」


 ああ、やっぱりあれだ…二本木は、空気を読んでコロナを見つめ、黙っている。


「誰かが、捨てたんですね。願いごとが、叶わなかったんでしょうか…」


「あたしも願いごとしよ」


 水利ちゃんとコロナが、ものを貼り付けるための道具を探した。


 二人が離れている間、二本木がひそひそと僕に話しかけた。


「運命的なものを感じた…コロナちゃんに思いをぶつける。福の神が願いを叶えてくれるかもしれん」


「福の神なのか、あれ、気味が悪いよ。マジもんの呪いだったらどうすんだ」


「とにかくコロナちゃんにアプローチしたい。俺のエケコ人形になって、フォローして。一生のお願い」


「調子のいいことばっかいうなよな…」


 水利ちゃんとコロナが、机の上に工作道具を広げた。


 ハサミ、セロテープ、タコ糸、マキビシ。コロナと水利ちゃんは、仲良く作業に取り掛かった。


 コロナは、なかなか手先が器用なようで、タコ糸を使って、あっという間にエケコ人形へマキビシが、巻きつけられていった。


「えっと、コロちゃん」


「なに?」


「これで何を願い事したんですか?」


「強くなれますように」


「それもいいんですけど…願い事は一つだけというわけではないんです。他にはないんですか?」


「うーん」


 エケコ人形は、まるでウニかイガ栗のようにマキビシのとがった部分で埋め尽くされていた。人形の顔も見えない。


「エケコ人形は、恋愛成就にもいいんですよ。この学校にはぴったりの神様です」


 それで桜音ばあさんは、俺たちにあれを譲ってくれたのかもしれないな。


「コロちゃんもいい人が見つかって結婚できるように願いごとをしませんか?」


 そう言った途端、コロナは、マキビシだらけのエケコ人形を凝視して、黙った。


 水利ちゃんが、コロナの顔を覗き込んだ。


東北トンペイの散歩にいってくる」


 コロナが、二匹の猫を抱えようとしたが、二匹同時に抱えるのは、難しくて手間取っている。


 コロナの様子がおかしいので水利ちゃんが、不安そうになっていた。


「なあ、コロナ、急にどうしたんだよ?」


 僕の呼びかけに返事はなかった。


「チャンス…」


 二本木が、猫を抱くコロナに手を貸してやって、僕と水利ちゃんを残して、部屋を後にした。


「あいつ、なんなんだろ?」


「水利が悪いことを聞いたからかもしれません」


「結婚がどうとかって話になったこと?」


 落ち込んでいる水利ちゃんが、かわいそうになった。僕は、イガイガのエケコ人形を手にとった。


「きっと、これのせいだよ。呪いの人形だ。この人形、今朝桜音ばあちゃんからもらった人形なんだ。昼休みに焼却炉へ捨てたんだけど、まさかコロナが拾ってくるとは…これ、何かあるよ…」


「桜音さんが、そんなこと…」


 人形を手にしていると、もやもやしたものが、胸に渦巻くような感覚が襲った。鳥肌が立つほどの嫌悪感がして、僕は、窓から人形を投げ捨てた。


「あ」


「捨てなきゃ、あれでコロナだって、おかしくなったよ」


「そうでしょうか…」


 僕たちは、黙り込んだ。重苦しい険悪な雰囲気が、部屋を覆った。よく考えると、たまたま偶然が重なっただけかもしれない。


「でも…桜音さんからもらったものなんですよね…」


 水利ちゃんは、窓の外を見た。


「拾ってきます!」


「まって水利ちゃん!」


 僕は、廊下で水利ちゃんを引き止めた。


 部屋を出ると、水利ちゃんの向こう側に人の気配がした。顔が血まみれの大男が、息を荒くして立っていた。


「うおおああああ!!」


 化けものだ!僕は、驚きにあまり体が動かなくなった。


「エンジェルさん、どうしたんですか!」


 水利ちゃんが、その大男へ気軽に話しかけている。


「なんか降ってきたらしくてさ。頭に当たったんだとよ」


 大男の後ろからエマさんの声。


「痛いぜよ…」


 大男は、コロナが工作したマキビシだらけのエケコ人形を水利ちゃんに見せた。人形のとげとげに血がついている。


 僕の投げた、あの人形が、エマさんの連れの人に直撃したということか…なんてことだ…恐怖のあまり全身が震えてきた。


「一緒だったんですか?」


「こいつがとろ臭いから、外でな」


「寮で会いたかったぜよ」


「男子禁制だろうが。ドスケベ」


「永夏さんの部屋を見たかったぜよ」


「ここで我慢しろ。傷口ぬってやるよ」


 水利ちゃんと妙な口調の大男が、相談室の部屋へ入った。僕は、まだ体が固まっていた。


「キスケ、どうした?入れよ」


「え、ええ、どうも」


 机へ血で汚れた人形が置かれた。こいつは、福の神どころか、疫病神だ…


 大男は、エマさんから貰ったウエットティッシュで傷口を拭いている。



「こんなもの、どこから降ってきたんだ?」


 裁縫道具を出してくるエマさん。


「わからんちゃ。投げたやつはただじゃおかんぜよ」


「普段、ぼけっとしてるから、こんなもんにぶつかるんだ」


「ひどい言われようやか…」


 僕は、水利ちゃんへ視線を送った。僕が言わなくても…水利ちゃんが言ってしまえば、おしまいだ!僕が、手を組み合わせて祈るしぐさをすると、水利ちゃんは苦笑いをした。水利ちゃんは、いい子だ。いい子だから僕が人形を投げたと真実を話すかも。いや…水利ちゃんは乱暴なことは嫌いなはずだ。僕が大男にここを叩き出されることは避けたいような気もする。どっちだー!


「病院にいったほうが…」


「これくらいどうってことないよな?」


「病院にいくと永夏さんといる時間がなくなるぜよ」


 エマさんが、大男の頭へげんこつを落とした。


「エンジェルさん怪我してるんですよ。エマさん」


「傷は、そんなに深くない。大丈夫だ」


 エマさんは、座っている大男の傷を消毒し、針に糸を通した。


「エマさんとエンジェルさん、付き合っているんです」


 水利ちゃんが耳打ちしてくる。前に言っていたエマさんの結婚相手というのは、この人のことか。なるほど、美女と野獣だ。


「朦朧とするぜよ。血が足りん。永夏さん」


「こんなもんで痛がるんじゃねえ。俺よりでかい図体して」


 いや、野獣と野獣だった。


 ためらいなくエマさんは大男の傷に針をあてた。


「膝枕がいいちゃ。それで血ー足りる」


「どういう身体なんだよ。あほ」


 これって、もしかして、いちゃついているのか?


「仲がいいですね。うらやましいです」


 うらやましいとは思いづらいけれど、野獣たちの手前、異論を挟みたくないので、僕は、二度ほど頷いた。


「そ、そーいえば、コロナは?猫もいないな」


 エマさんは、頬がほのかに赤くなって、わざとらしく話題をそらした。


「えと…」


 笑みを浮かべていた水利ちゃんの顔が曇った。


「さっきまでいたんですけど…水利のせいで、コロちゃんを怒らせてしまったみたいで…」


「水利がコロナをか?」


 エマさんは、笑い飛ばして、エンジェルさんに縫い付けた糸を切った。彼は、手鏡を見て縫い口を確認し、お見事っすと独り言のようにつぶやいた。縫い目のせいでよりいっそう厳つい顔になった。エンジェルというより、フランケンシュタインだ。


「コロナに結婚相手が見つかればいいなって話していたら、突然出て行って」


「そうか…」


 裁縫道具を箱へしまって、エンジェルさんの隣に腰を下ろした。


「あいつ、両親が離婚して、いろいろあったから、結婚ってもの自体あんまりいいイメージはないだろうな」


「聞いちゃいけないこと聞いちゃったんですね…」


「気にすんな。あいつのことだから、五分もすりゃ忘れるよ」


 あんなに能天気そうなコロナにそんなことがあったとは思いもしなかった。


「結婚が嫌なら、コロナは、なんでこんな学校に入ったんです?」


「あいつは、俺のいとこなんだよ。俺の家は、子どもは、大抵ここへ通うことになってるし…それに、コロナってみるからに問題児だろう?この学校は、そのへんの融通も利くし…」


 エマさんは、言いよどんで裁縫セットの箱についた取っ手をいじくっている。


「その…なんだ…極力目の届くところにいてやりたくて…」


「お見事…永夏さん」


「ああ…エマさん」


 水利ちゃんが、しんみりする。


「よ、よせよ…そんなつもりじゃ…」


「僕は、エマさんのこと、ただの乱暴者だと思っていました…」


「なんだと!」


 僕は、エマさんの優しさに少し感動して口を滑らせてしまった。


「あは、あははは、ま、間違えた!乱暴じゃなくて、勇ましい!勇ましいですよ!」


「同じだろうよ!」


 水利ちゃんも大男も僕の失言に笑っている。


 エンジェルさんは、真っ直ぐ僕を見据えた。僕は身構えてしまった。でかい。怖い。


「あんた、はじめてじゃのお。わしは、エンジェルぜよ」


「半井気助です」


 僕たちは、互いに強い握手をした。いってえ…この人は力の加減というものを知らないのか!僕は、背中に右手を隠し、手を振って痛みを紛らわせた。


「エンジェルってあだ名ですか?」


「ソウルネームちゃ」


「こんななりして、気障なやつだろ?」


 エンジェルさんの身体は筋肉で盛り上がっていて着ているシャツがぴったり張っていた。彼は、何気なくトゲトゲのエケコ人形を手にとった。もう血が乾いている。


 それに触らないでくれー!


 水利ちゃんが、エンジェルさんとエマさんのなれそめの話をはじめたので、僕は、帰りそびれた。


 その話によると、エンジェルさんは、現在、この学校の大学区画の三回生で、彼が、高校三年生のとき、新入生で剣道クラブに見学に来ていたエマさんを先輩として指導するつもりだったが、七回、試合して、すべてエマさんに負け、それからずっと彼女に付きまとっているらしい。


 しばらくして、ペイを抱いたコロナが帰ってきた。


トンがどっかいった。いっしょにさがして」


「コロさん、ごぶさたぜよ」


「わ!エンジェルだ!」


 拳を当てあった挨拶をした。


「改造人間みたい。サイボーグ?」


 コロナはエンジェルさんの額の縫い目を指差す。


「これが、空から降ってきっちゃ」


「それ、あたしのだよ?」


 エケコ人形を受けとるコロナ。


「神様、汚れてる」


「コロさんのかよ?」


 まずい。ばれる。


 エマさんが、コロナへすごんだ。


「いたずらがすぎるぞ」


「なにもしてないもん」


 水利ちゃんは、僕をちらちらと見ているが、静観していた。


「お前以外にこんなことするやつがどこにいる?エンジェルの頭にぶつかったんだぞ」


「ん~?神様、空飛んだ?」


 コロナは、エケコ人形をかかげた。コロナらしい解釈だ。


「ふざけんな!エンジェルにあやまれ!」


 それで二人が納得するはずはなかった。


「あたし、わるくない」


「まあ、まあ」


 エマさんが怒りが激しくなってきたので、僕は、進んでなだめにかかった。


「エマさん、エンジェルさん…すみません」


「なんで、キスケがあやまるんだよ?」


「え?え、エマさんが、怒ってばかりだとせっかくのデートが台無しじゃないですか。ね、エンジェルさん」


「そうぜよ。エンジェルが舞い降りたさきに神もきよるゴッドミートザエンジェルぜよ。素晴らしいじゃか。コロさんに感謝、神に感謝。オーライ」


 歌うように言葉にするエンジェルさん。


「お前らなあ」


 エンジェルさんが、あまりに突拍子もないかばい方をしたので、エマさんは、怒りを通り越して噴き出した。


「僕ら、そろそろお邪魔みたいですから、退散します。水利ちゃん?コロナ?」


「そんな気ー使うなよ…」


「だめですよ。二人の時間は大切にしないと」


 エマさんは、焦っていたが、水利ちゃんに諭される。


「悪いのお。恩に着るぜよ」


 エンジェルさんが、僕へ微笑みかけた。僕は背中にいやな汗が出てくる。


 なんとか逃れられた…


「キスケさん」


「はい!」


 水利ちゃんに呼びかけられて、僕は背筋を正した。


「コロちゃんのせいにするのは、よくないです」


「エマさんは、あの調子だし、それにエンジェルさんも怒ったら怖そうだし、許して…」


「二人ともわかってくれますよ」


「あ、明日、いうよ…今日は勘弁して」


 部屋を出るとき、僕は、トゲトゲのエケコ人形を持ち出さなかったことを後悔した。あの血のりのついた疫病神を何としても捨てなければ、さらなる不幸が起こりそうだ。


 コロナは、僕たちが何の話をしているのかわからないようだった。


「ねえ、トンがいなくなったんだよ」


 三人で猫を探しにいくことになった。


 猫を探している途中、二本木が見当たらないので、コロナに聞いたが、知らないの一点張りだった。





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