結婚なんかしない2
この作品の執筆の経緯を説明しますと、
当時は、婚活ブームとかいって、世間が賑わっていたので、そういうものの影響を受けて、書いてみようと思ってできた作品です。
高校生が結婚するという無茶な設定を押し込めるための特殊な学校という舞台を用意しました。
そこに説得力があるかないかは、わかりませんが、何しろコメディですから深く考えないように作者はしています。
2
昨日の出来事は、あまりに衝撃的で、二本木にも、家族にも喋れなかった。しばらく黙っていたが、結婚仲介所という危険な集団に一人で怯えるのは耐えられなくなったので、二本木に話そうと思った。けれど、桜音ばあちゃんからラブレターをもらったことは、なるべく言いたくなかった。どう考えても、大笑いした上に馬鹿にされるだろう。老人介護の鏡だとか言われそうだ。
二本木が、昼飯を買ってくるまで、僕は屋上で、寝転がって口笛を吹いた。あの女の子が、吹いていた口笛のメロディが頭にこびりついて離れなかった。
思い返すと、あの女の子、ちょっとかわいかったなあ。性格に問題はありそうだけれど、もう一度はっきり、見てみたい気分だった。ポケットから、あの子が落としたチラシを出して、眺める。
結婚仲介所と結婚相談室か…似ている。ややこしいことに巻き込まれそうな気配が濃厚だった。そんな考え事をしながら、口笛を吹く。
「だれだ!あたしのテーマソング、ぱくった!」
怒鳴られたので、半身起き上がった。給水タンクの側にあの女の子が立っていた。
「あ!パンツのぞきー!」
女の子は、手でスカートを押さえた。
「いや…あれは不慮の事故じゃないかと…」
女の子の額には、大きなガーゼが張ってあって、そのせいで前髪が突き出ている。おそらく、渡り廊下の柱にぶつけたときのタンコブができたのだろう。
「その傷、大丈夫?なんというか、あやまるよ…そうなった原因が僕のせいでもありそうな気がするから」
「痛くない。こんなのより、パンツのぞきの吹き方、ちょっと違う。あたしのテーマソングはこう。ぱくってもあたしのほうが上手」
口笛を吹く女の子。
「はは、そうだね…」
「もう一回、吹いて」
リクエストされたから、吹いてみた。
「全然違うよ。パンツのぞき」
どうやら、彼女の中では、僕の呼び名が、パンツのぞきとして記憶してあるらしい。
「ちょっと、それ、やめてくれないかな…パンツのぞきっていうのさ。痴漢みたいじゃないか…」
彼女は機嫌が悪そうに顔をしかめた。
「僕は、半井気助っていうんだよ」
「パンツのぞきのナカライキスケは、口笛が下手だ。ぱくってもだめだ。はは」
「だから、パンツのぞきは、やめてよ…それで、君は?」
「あたしは、パンツのぞきじゃないよ」
「君の名前を聞いているんだけど」
奇妙な間があった後、彼女は答えた。
「立花コロナ」
この子と話していると少し疲れる…
彼女は、急に拳を前に突き出した。それから回転して、何もないところに蹴りを繰り出す。僕は、ぽかんとして、見入った。
「ねえ、なにやってんの?」
僕は、存在がないがしろにされないように言った。
「稽古」
「ふーん、空手とかやってるの?」
「そういうのは、よくわかんない。こうすると強くなれるの」
彼女は、稽古を続けた。スカートがひらひらしていた。また痴漢扱いされそうだ。
目線を逸らそうとしたら、彼女が動きを止めた。
「練習台になって」
「なんの?」
「あのね。あたしが、こうパンチするから、よけてみて」
ゆっくりと拳を突いてみせるコロナ。自分の腕へ視線を合わせているからすごく間抜けな顔になっている。
「よけたら、こうね。蹴るよ。いい?」
「やだよ」
子供のときから、痛いのや血を見たりするのは大嫌いなのだ。
「いいからー、一回だけだよー」
問答無用でコロナが僕に向かってきた!
僕は、回れ右をして、給水タンクのほうへ走った。
「きゃ!」
タンクの隙間に入り込むと、コロナの悲鳴がした。彼女が、地面にしゃがみこんで、頭を押さえていた。
「どうしたの?」
「くう…」
給水タンクから出ているパイプにつまずいて、タンクへ頭をぶつけたようだった。
「…傷が直るまで運動はやめときなよ」
「痛くないもんね」
彼女は、かっこつけて、ガーゼを剥がして捨てた。傷は、ちょっと赤くなっているくらいだった。改めて、コロナの顔をよく見るとなかなかかわいいことがわかる。
彼女の傷の具合を確認しているうちに、しばらく見つめ合うかたちになってしまって、恥ずかしくなった。僕は、彼女の落としたガーゼを拾った。
「こんなところにゴミ捨てるなよ。もう…」
ガーゼを手渡すと、彼女の携帯電話が鳴った。電話を取って、二言三言話すと、コロナは、僕にさよならを告げた。
入れ違いで、昼飯の袋を提げた二本木がやってきて、僕を攻め立てるように両肩をつかんだ。
「おい!おい!おい!誰なんだよ。今のは!」
「誰って?」
「おまえと親しげに話してたカワイ子ちゃんのことだよ!」
「立花コロナか」
「コロナって名前なのか!?きゃわいいぜ!あんなマブといつどこでお知り合いになったんだ?おまえまさかこの野郎、彼女にしたのか?え?そうなのか?え?このスケコマシがああああ!俺を置いてけぼりにするのかよおお!」
「落ち着け、先走るな。ちょっと話してただけだって…」
こんな調子の二本木に桜音ばあちゃんと結婚仲介所のことを話すのは、やめにした。
ここ数日間、ことあるごとに僕は、二本木から立花コロナについて問い質された。どうやら、二本木は、立花コロナに一目惚れしてしまったらしい。彼女の性格を知らなければ、そうなるもの頷ける。僕は、あえて、彼女の中身について言い伝えることはしなかった。せっかく訪れた友人の恋に水を差すまねはしたくない。決して幻にとらわれている二本木を見ることを楽しもうとしていたわけではない。と思う。
そして、二本木は、学校の全クラスを自分の足で調べ上げ、コロナの学年とクラスを突き止めた。
しかし、彼には、声をかける勇気がなかった。だから、僕に自分を紹介するように頼み込まれた。僕は、気が重かったものの二本木の熱意に負けて、放課後、一緒にコロナのクラスへ行ったのだが、彼女は僕らをまったく相手にしなかった。
「あたしは、忙しい。今週は、一日一善週間なんだよ。悪は絶対に許さないんだからね」
と言って、どこかへ消えてしまった。
僕は、彼女のこの言動のおかしさから、二本木は、あきらめると思った。
翌朝、僕は、ホームルームが始まるまで、静かに天井を見て過ごしていた。うつらうつらしてると、自分の名前を大声で呼ばれたので、椅子から落ちそうになった。
二本木が、教室の入り口から窓際の僕の席へ一直線に飛び込んでくる。
「キスケ!俺、もらっちまった!」
「朝っぱらからうるさいよ…心臓に悪い」
「俺のがもっとひどい!心臓が破裂しそうだ!もらっちまった!何をもらったか聞いてくれ」
「なに、もらったの」
「ラブレター!ピンクの飛びきりかわいいやつだ!」
「まじで?」
「お前には、悪いけど、先に彼女を作らせてもらうぜ。ふは、ふはははは、いい子だったら結婚なんてこともあるかもな!」
立花コロナにご執心だったのに昨日の今日でこれかよ。
「でもさ。あんまり期待しない方がいいんじゃないか」
僕は、自分のもらったラブレターのことを思い出した。心の傷がじくじくとうずいた。
「ひがむなよー」
二本木は上機嫌で僕の肩を叩く。
「ひがんでない。その子が、お前のタイプの子だとは、限らないだろう?」
「心配するな。ラブレターに書いてある名前が、もう、すげーかわいいんだよ」
「なんていう名前なんだ?」
「聞いて驚くなよ。折原桜音ちゃんだ!立花コロナなんて目じゃねえ!」
オリハラオウネ…心の傷が開いて、めまいがした。
「青ざめるほど羨ましいだろ!」
「それは、やめといたほうが、いいと思うけどな…」
「男の嫉妬は見苦しいねえ。放課後、中庭にきてくださいだってさ。素直に人の幸せを喜べんのか。ははははは!」
勝ち誇ったような笑い声を上げる二本木に、僕は折原桜音がどういう人物か、聞かせようとしたが、やつのあまりに調子に乗った物言いに腹が立って、教えなかった。
けれど、少しだが、後ろめたさも感じて、僕は、こっそりと二本木の後をつけた。
桜音ばあちゃんもすでに花壇のところに立っていた。僕は、校舎の角から彼らの様子を窺うことにした。
二本木が、折原桜音の正体を目の当たりにして、たたずんでいる。遠くからでも、あのばあちゃんの唇の真っ赤な口紅が目に痛い。
今のうちに、助けにいって逃げ出さないと、やばいか。僕は一歩踏み出した。
しかし、遅かった。結婚仲介所の連中が、茂みや木々の影から出てきた。今度は、僕のときの倍ほどの人数が、あっという間に二本木を取り囲んでしまった。
いくらなんでもありゃ反則だ!
二本木の驚愕の悲鳴がこだました。
どうする?僕の場合、立花コロナに偶然助けてもらったけど、今回もそうタイミングよく彼女があらわれるはずはない。
『悪は絶対に許さないんだからね』
僕は、制服の上着のポケットを探って、結婚相談所のチラシを取り出した。
「助けてくれえええええ!」
待っててくれよ二本木。
一目散に結婚相談室のある特別教室棟へ向かった。
その棟は、新しく建てられた校舎もあってか、今ではあまり使われていないようだった。入ったときは、とても静かだったが、三階に上ってくると、怒声が廊下から響いてきた。
「お前は、どうして毎回毎回、猫ばっかり、拾ってくるんだ!」
「エマちゃんが一日一善週間っていったから、いいことしたの!」
「猫が、俺のデスクを傷だらけにして、なにが一日一善だ!お前のやってることは一日一猫だろうが!捨てて来い!」
「えー!かわいそう!この子たち、どこにもいくところないんだよ!」
「こいつら、どうみたって野良猫じゃねーかよ!野良を無理やり連れてきて、いくところも、なにもあるかあー!」
僕は、口喧嘩を聞きながら、おそるおそる三階の廊下を歩いていく。
「あー、西、逃げないでーエマちゃんが怖い声出すからだよ!」
ブチの猫が、僕に向かって走ってくる。コロナが、その後を追って僕に言った。
「捕まえて!」
僕は手を広げたけれど、猫はすばしっこくてすり抜けていった。
「キスケの役立たず!」
「逃げていいんだよ。馬鹿」
背の高い女生徒がコロナの頭を後ろから小突いた。
「ほれ、あと三匹」
「あんな、かわいい猫っぷりした子たち、どうして飼ってやれないの!」
「飼うくらいなら、食っちまうぞ!」
「だめ!」
コロナが、拳を握って、女生徒に対し構えた。
女生徒は、一歩も譲らず仁王立ちでコロナを見据える。
「あ、あのおー」
僕は、自分の用件を伝えたかった。
「なんだ?」
女生徒は、コロナから目を離さないで答えた。女生徒の威圧感に僕は、気圧された。コロナもそうらしく、なにもされてないように見えるのに、彼女はじりじりと女生徒から下がった。
この女、相当できるようだ…隙がない…なんてことを思っている場合ではなかった。二本木が大変な目に合っている。
「結婚相談室に相談があってきたんですが」
「取り込み中だ。明日こい」
「いや、急いでましてですね…」
僕を睨みつける女生徒。
「君は、学校の寮に住んでるいるのか?」
「へ?」
質問の意図がつかめない。
「学生寮か?実家通いか?」
「実家ですけど…」
「君の家で猫は飼えるか?」
「はあ…親に聞いてみないことには、なんとも…」
「飼ってくれたら、すぐ相談に乗る」
「エマちゃん、あたしの猫だよ!」
「お前が、捨てれないっていうから落としどころを探してんだろうがよ。寮では飼えないし、ましてや、相談室で猫なんか飼っているなんて学校に知れたら、放り出されるぞ」
「ううー」
ぐうの音も出なくなるコロナ。
「考えてみますから…ひとまず、中庭に来てもらえますか。僕の友達が、結婚仲介所の集団に襲われていまして…」
「結婚仲介所か。それを聞いちゃ無視はできんな」
エマさんは、両手を打ち鳴らした。
「キスケー、あたしの猫をつれていかないでー」
コロナが、僕の腕へすがりついた。
折り返し、中庭に行く途中、僕は、エマさんに事情を説明した。エマさんは、桜音ばあさんのことをよく知っているようだった。
「あのばあさんは、学園に住み着いている妖怪みたいなもんだよ」
「あんなお年寄が、学校に通えるんですか?」
「この学校は、金を払えば、誰だって入れるし、進級するも、しないも思いのままだ」
「そうなんですか?」
「仲介所も金を積めりゃいくらでも動かせる。聞くところによると、昔は、ばあさんなりにも真面目に婚活していたみたいだが…今では、新入生を狙って結婚を迫っては、恐怖に震える少年の反応を見て楽しんでいる」
僕は、ぞっとした。
「まあ、目的は結婚じゃないから、安心しろ。結婚すると、新入生にラブレターも書けなくなるからな」
「よーし、いいことするぞー!猫も飼うぞー!」
コロナが俄然、張り切っている。でも、明らかに多勢に無勢だ。女の子に加勢を求めるしかない自分が情けなくなってくる。
僕の顔をのぞき返してくる。
「キスケが、ガトーショコラと苺のミルフィーユを買ってきてくれるぞー!」
「え?なんで?」
「えらくコロナに懐かれているじゃないか。こいつは、人になかなか懐かないことで有名なんだぞ」
「あたし有名。えへへ」
「褒めてないから照れるな」
僕たちは、中庭を見回した。二本木も桜音ばあちゃんも結婚仲介所の集団もいない。
「仲介所はどこだ?」
「どこかへ移動したみたいですね…」
「一件落着。みんなケーキ屋さんへ行こう」
コロナが、あさっての方向へ進みだしたので、エマさんが彼女の頬をつねって引き止めた。
「きっと事務所に連れて行かれたんですよ」
僕が、あいつらと遭遇したとき、事務所にさらおうとしていた。
エマさんが舌打ちする。
「事務所は、厄介だな…十中八九、あいつがいる」
「あいつって、だれですか?」
「結婚仲介所、所長の古谷真冬」
「エマちゃんのライバル」
「こら、余計なこと、いうんじゃない!」
エマさんは、顔を赤らめてコロナの頭を脇に抱えて揺さぶる。
「あんな小物が、俺のライバルであってたまるか!あんなやつは、そのへんに転がっているちっぽけな小石みたいなもので俺の足に当たったとしても気づかないし、蹴り飛ばして、消えてちまっても鼻にすらかけない!それくらいの価値しかないやつだ!俺の生活に何の影響も与えない!」
どうやら、エマさんは、その人をかなり意識しているみたいだ。
エマさんは、コロナを手放して、腕を組み、あっちこっちと僕らの前で歩き回った。
「ライバル、やっつけようよ。エマちゃん。一日一善週間」
「わかった!わかった!ひとまず、戻るぞ。装備を整えなくちゃな」
「装備!?そんなに大ごとなんですか!?」
エマさんは、硬い表情になって黙り込んだ。
二本木は今頃どんな目に遭っているのだろうか…
「あたし、いいものもってるよ!見て見て!」
コロナが上着のポケットを探って、鉄製の尖ったものを取り出した。
「なにこれ」
僕は、一つ摘んでコロナに聞いた。
「マキビシっていうんだよ。地面に落として、敵が踏んづけるのを待つの。いたいよ~」
自慢げに話すコロナ。この子は、なんて物騒なもの持っているんだ…僕は、苦笑した。
「お前は、忍者か」とエマさん。
僕たちは、また結婚相談室に舞い戻った。




