4
いよいよ学年別対抗が始まる、という時に、地下都市に非常警報のアラームが鳴り響いた。
『東京にアメミト型が接近中、繰り返す東京にアメミト型が接近中・・・・・・』
繰り返されるアラート。学年別対抗を観戦する訓練生と、対抗参加者が混乱にざわつく中、ベルクシュタイン教官がマイクを手にしていった。
「落ち着け。全員、速やかに教官の指示に従って非難を行う!三年生でランクA以上の評価の者は、MAに乗って避難経路の確保と、避難誘導を協力するように!」
そこまで言うと、ベルクシュタイン教官は三年生と二年生の代表たちを呼び集めた。
ベルクシュタイン教官は彼らを前に言った。
「君たちもMAに乗って経路の確保と誘導を」
「教官、私たちもたたかいます」
三年生のエース、倉沢オビトが言う。倉沢の言葉にベルクシュタインは「だめだ」という。
「君たちはもう十分パイロットとしてもやっていけるだろう。だが、防衛軍の正規パイロットに任せろ。アメミト型はたやすい相手ではない」
「しかし・・・・・・」
「非常時になれば、君たちの手を借りることもあるだろう。それよりも、経路の確保を。敵が経路に侵入している可能性は少なくはない」
「はい」
「君たちもだ。彼らの指示に従って動くように」
教官に言われ、カエデたちスパローチームは「了解」と返す。
倉沢は三年二年の代表たちを見て、教官から言われた指示を果たすために、機体への搭乗を命じた。
アカネたちは実戦は行ったことがない。ベルクス在籍時は専ら地下都市内での訓練がほとんどであるからだ。
正規パイロットたちが戦うという話だが、もし仮に地下都市から延びる脱出経路に敵がいれば、自分たちは戦わなければならない、ということなのだ。
知らず知らず、汗が頬を伝って落ちていた。緊張しているな、と自分でも感じた。
銃弾は模擬弾から実戦用の弾に変えられている。対F徹甲弾と呼ばれる、敵に対して有効な特殊弾薬である。これはつい先日開発された新合金Fと同様の技術を使ったものである。新合金Fとは異なり、この弾は数年前には開発が終わっていた。敵の装甲から剥がれ落ちた破片から解析して作られたそうだが、詳しい原理は不明である。開発者でさえわからない部分が多いという。
とはいえ、コストも高く、コストの割に戦果を挙げにくい、ということもあり、ファスケス集束砲のような光学武器が求められていた。
「アカネ」
カエデから無線が入る。アカネは「なに」と喋り、操作をしながらも横目でスカイブルーの赤髭を見た。
「生き残るわよ」
「・・・・・・もちろん」
力強く答えたアカネに、無線の向こうでカエデはフッと笑う。
死ぬものか。アカネは強く思った。こんなところで終われるはずがない、と。
「全機、出撃!」
倉沢の号令を皮切りに、MAたちが起動する。アカネも自分の赤髭を起動させ、立ち上がる。
倉沢は八機の戦闘を歩く。彼の赤髭は紺色に塗装され、試作品のファスケス集束砲を右手に持ち、バックパックのアタッチメントには巨大な大剣を装備していた。いずれも作られたばかりの兵装らしく、カウプマン機関からこの緊急時用に、いくつか支給されたうちの一つらしい。
万が一に、ということで三年生エースの倉沢が持っている。生憎、ここにいる全員に渡すほどストックはないようだ。
アカネが見ると、別の格納ブロックからは特殊装備の八咫烏や赤髭が出撃している。訓練生ではなく、正規の軍人が乗っているのだろう。
敵はアメミト型であり、被害は大きなものとなることが想定される。アメミト型が目指すのはここ、東京であることは確実であった。東京という場所よりは、ここに集められた技術者やデータが重要であり、それを守るために彼らは出撃するのだ。アメミト型と戦っては、生き延びる確率は非常に低いことを承知の上で。
(・・・・・・私も、戦えたなら)
そう思うアカネだが、今はまだ、そんなことを言えるほど、自分が実戦で通用するとは思っていなかった。
倉沢たちの後に続き、真紅の赤髭が地面を滑る。
ベルクシュタイン教官は、ベルクス内で搬送作業にあたるキンバリーを捕まえた。
「キンバリー、何をしているの?早く退避しなさい」
「ああ、こいつを運び出したらな!」
そう言い、閑古鳥の試作機の最後の一体を指さす。まだフレームのみの機体で、アメミト型の攻撃にさらされれば、簡単に壊れてしまうだろう。
「早くしなさい。日本にはまだあなたは必要な人材なのだから」
そう言い、背を向けるベルクシュタインにキンバリーが叫ぶ。
「お前はどこに行く?」
「私はいざとなればMAで出撃するわ」
そういったかつてのエースパイロットは、腹部を押えていた。
防衛軍の部隊は地上に繋がる数か所のルートを通り、地上に上がった。荒廃した街の中を、彼らはMAを奔らせた。
八咫烏K型を始め、02式機動戦車といった砲撃用のマシンが瓦礫の間に身を潜める。迎撃用のミサイルなども、アメミト型が姿を現した瞬間に撃てるよう、すでにスタンバイされている。
寺門少佐は、自分の乗る赤髭の中で瞑想していた。
日本がアメミト型に襲撃された際、彼は27歳であり、自衛官であった。妻と生まれたばかりの子供がいて、将来に何の不安もなかった。それが、あっさりと打ち砕かれた。
妻子は戦火に焼かれ、彼は家族と故郷を失った。それ以後、彼は戦い、明日の日本を作るために邁進してきた。
再びアメミト型には奪わせはしない、と彼は燃えていた。
彼の赤髭には、空中戦を行うためのフライトパックがつけられている。ドイツ空軍が作り上げたファルケユニットと呼ばれるものであり、熱核ジェットを二基搭載し、飛行用のウィングがついている。
MAによる空戦は、MA搭乗時より考えられてきたが、それは失敗の連続であった。
日本においては、鳩・強襲装備型などといった機体があったが、敵よりも空中分解や熱核ジェットの暴走などで死亡する確率の方が高かった。だが、そういったリスクを承知で皆、空戦を行った。そうしなければ、アメミト型は止められないからだ。
幸い、ドイツ空軍のファルケユニットは、それまでの飛行ユニットのどれよりも信頼性は高い。赤髭にもフィットする。
「今度は、負けない」
寺門少佐はそう言い、自身が率いる空戦隊を見る。同様の装備を施した八咫烏隊。漆黒の鴉を見て、彼は言った。
「俺たちは鴉。たとえ、異星人だろうとも、喰らってやる。そうだろう?」
応、と返す部下たちの声に満足し、寺門少佐は静かに笑みを浮かべ、宿敵の登場を今か今かと待ち望んだ。
倉沢や三年生の搭乗者に混じり、スパローチームは脱出経路の確保を行っていた。敵の東京襲撃に備え、いくつもの脱出ルートが作られているのは当然といえる。しかし、そこが安全とは限らない。
アメリカのニューヨークに拠点を作っていたアメリカ機動部隊が壊滅した事件では、敵が連携を見せていたという報告が上がっている。アメミト型や小型の空中レギオン型の襲来に合わせて、地下や地上からも小型のレギオン型やワーム型がほぼ同時に襲ってきたという事例がある。警戒しすぎることに越したことはなかった。
「こちらには敵はいないな」
分岐点で一度、倉沢たちから離れ、敵がいないかどうかを見ていたスパローチーム。カストの紫色の八咫烏が合図を出すと、アカネやカエデも機体を動かし、進もうとした。その時、コウタが叫んだ。
「淀川君、危ない!」
「は?」
その時、暗がりの向こうから鋭い刃が現れた。カストは咄嗟に操縦桿をひねり、回避行動をとる。そのおかげもあって、機体の左肩が少し抉られるだけで済んだ。
カストが車線上にいないことを確認すると、セーフティを解除し、二機の赤髭がアサルトライフルを撃った。異形の蟲型兵器は、その無数の足を銃弾で引きちぎられ、装甲をはがされていく。
「畜生、これでも喰らえ!」
コウタから受け取ったスナイパーライフルを構え、カストが叫ぶ。彼の放った銃弾は、正確に蟲の頭部を打ち砕く。それによって、ワーム型はその動きを止めた。
「・・・・・・敵は、攻め込んできているようだね」
コウタが言う。アカネはどうする、とカエデに問う。カエデは少しの間沈黙した後、言った。
「倉沢先輩たちと合流しましょう。あたしたちだけではもしもの時対応できないし・・・・・・」
カエデはそう言い、来た道を警戒しながら引き返した。コウタが倉沢たちと連絡を取ろうとしていたが、うまくいかなかった。アカネはそのことに危機感を感じていた。
「連絡が取れないなんて、ここにはジャミングも電波を遮断するような強力なものはないはずよ」
アカネの指摘を、カエデもわかっているのだろう。
「・・・・・・最悪の事態も、考えた方がいいわね。とりあえず、こちらのルートは危険だと、後続に伝えておきましょう。コウタ」
通信装置を持つコウタに促すカエデ。コウタはそれに対し、もうやった、と返す。
「それじゃあ、私たちもいくわよ」
カエデたちと別れたすぐ直後、倉沢たちは敵と遭遇していた。
敵は小型のレギオン型四機。倉沢や彼のチームメイトの前には、手こずる相手ではなかった。
数分で戦闘を終えた倉沢たちは、話し合っていた。
「こちらにも敵がいるということは、スパローチームの方にも敵が入っるかもしれないな」
「合流する?」
「そうだな」
倉沢はチームメイトの提案に賛成した。来た道を引き返そうとした倉沢は、その時、何かが破壊されたレギオン型の向こうで光ったような気がした。彼は注意を促すため、無線で仲間たちに知らせようとした。
だがその前に、チームメイトの一人がその餌食となった。
暗がりから飛び出て来た黒い槍が、彼女の乗る八咫烏に放たれ、コクピットブロックのあるMAの腹を貫いた。
「苅澤!!」
誰かが叫ぶ。倉沢は苅澤は生きていないことを確信した。倉沢は苅澤の死を悲しむことを後回しにして、ファスケス集束砲を暗がりに打ち込む。一発、二発、三発。煙を上げるファスケス砲は、チャージに入る。倉沢の赤髭はファスケス砲を左手に持ち替え、右手に試作品の大剣を装備させた。
「亮二、深沢は先に行け!」
「倉沢!?」
「僕の赤髭が食い止めているうちに、スパローチームと合流しろ!」
そう言い、暗がりから放たれた第二の槍を剣ではじき返す。ファスケス砲をもってしても倒せない敵は、つまり敵の新型かもしれない。
八咫烏ではむざむざ殺されるだけ。ここは生き残れる自分が食い止めるべきと彼は判断したのだ。二人もそれを感じたのだろう。反転し、引き返す。だが、その二機の八咫烏を、2本の光線が打ち抜いた。
彼らは痛みを感じる暇があっただろうか。爆散する八咫烏。破片が舞う中、倉沢は信じられない、という目で背後の光を見た。そして、憎しみを浮かべた顔で、前方を見た。
暗がりから姿を見せた敵。それは、今までに報告には上がってこなかった敵であった。
大きさは、こちらの赤髭とさほど変わらない。17、8メートル。だが、その姿は完全な人型ではなかった。形容するならそれは、ケンタウロスのようだった。四本の細長い機械の足を持ち、右腕には槍を、左腕には弓のようなものを持っていた。赤い眼光は、鋭くこちらを見ていた。騎士のような甲冑の半人半馬が、右腕から槍を打ち出す。赤髭はホバリングをして回避し、接近する。槍を放った後、何も持っていなかった右腕に、新たに槍が形成された。まるで、無から有を作り上げるように。
「どういう原理だ・・・・・・!?」
倉沢が呻く。左腕の弓は、おそらくあのレーザー攻撃を放つためのものだが、敵はそれを使う気がない様子であった。槍を構え、接近してきた赤髭と近接戦を挑むようだった。
「やってやる、仲間たちの敵を討たせてもらうぞ!」
雄たけびをあげて赤髭を駆る倉沢。大剣を受け止めたケンタウロス。だが、大剣が赤く白熱し、火花が散る。剣の刃先が小さく揺れ動いている。チェーンソーブレードと呼ばれる、試作品であり、熱および振動により、敵の装甲を破壊する、というものだ。受け止めていたケンタウロスがよろめく。槍は半ばまで削られると、ポキリと砕けた。そのまま大剣を振るいながら、チャージの終わったファスケス砲を撃つ。
ダンダンダン、と音が響く。やった、と確信した倉沢だったが、それは間違いであった。
ケンタウロスは、ファスケス砲を食らったにもかかわらず無傷で、大剣も受け止められていた。ケンタウロスの背部から延びた、第三の腕によって。
びき、と音が鳴る。見ると、大剣に第三の腕の指が食い込んでいた。そして第四の腕が現れ、鋭い剣のようなものを持っていたのが見えた。
「・・・・・・くそったれ」
それが彼の最後の言葉となった。大剣を手放し、後退しようとした赤髭のコクピットをまっすぐケンタウロスの剣が向かっていき、彼の生身の肉体ごと赤髭を貫いたからだ。
ケンタウロス(後のアキレウス型)は、赤髭の屍を乗り越えると、静かに前に進みだす。次なる犠牲者を生み出すために。