表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3

模擬戦闘を終え、ベルクスの訓練生の寮へと戻ったアカネとカエデは、ひとまず部屋で休むことにした。基本的に寮は二人部屋であり、彼女たちも例外ではない。幼なじみということもあり、一年生の頃から部屋を共有していた。

二人はしばらく休んだのち、学友たちのいる寮の談話室に向かった。部屋には必要最低限の荷物とベッドくらいしかないし、狭いため、大抵のものはそこで時間をつぶしている。


「お、帰って来たねー、ダブルエースさん」


二年生の談話室のソファを寝転んで独占していた小柄な少女が二人に声をかける。

美景みかげ青藍せいらん。一年生の時から何度かチームを共にしている友人である。茶髪のポニーテールが特徴的な少女で、男子の人気もそこそこある。噂話など、情報に明るく、恋愛ごとから世界情勢まで幅広く知っているため、何かと頼られることが多い。パイロットとしては普通だが、無線傍受やジャミングなど、情報戦にはめっぽう強い。


「青藍、何か変わったことあった?」


アカネが聞いた。彼女の「変わった」とはつまり、世界情勢に関する質問であり、青藍もそれを承知していた。


「異星人の新しい兵器が、アメリカで発見されて一個小隊が消滅、ってのは聞いたよ」


青藍の言葉に、二人の顔が曇る。


「新しいタイプは、カテドラル型って呼称で、大きさはおよそ100メートル」


「また、大型の敵が現れたのか」


最初の巨人(通称ゴリアテ型)は20メートルほどだったが、人類の反抗が長引くにつれ、敵も新たな戦力を作り出している様子であった。日本において確認されているのは、直系700メートルのアメミト型と全長60メートルのブレキオ型が最大である。アメミト型は、最初に現れた異星人の兵器である。薄い円盤状で、広範囲への攻撃能力を有する。もう一方のブレキオ型との戦闘では、日本のエース小隊が壊滅する憂き目にあっていた。


「わたしたちが配属されるまでに赤髭が配備されたとしても、戦況が変わるとは思えないなあ」


青藍の言葉に、アカネもカエデも沈黙した。彼女らがダブルエースと言われていても、それはここベルクスの中で、ということなのは二人とも理解していた。実戦でどれだけ通用するかはまだわからないのだ。


「ま、悪いニュースだけではないよ。赤髭に代わる次世代機の開発も進んでいるようだからね」


「へぇ、もう次の機体が開発されているのか」


カエデが呟く。赤髭のロールアウトはつい一か月前である。赤髭の完成までおよそ一年。新たな機体の開発着手は、異常な速さであるといえる。


「その辺は、各国の最新鋭機の情報が送られてきたからね。イタリアのヴィットーリオの人工筋肉だったり、ドイツ陸軍の開発したファスケス集束砲とかのデータが得られたからね」


異星人との終わりなき戦いの中、各国はプライドや意地を捨てて情報を共有し、提供しあっていた。未だ反発はあるものの、技術者間ではそういった情報提供は頻繁に行われている。無論、赤髭のデータも提供されており、ドイツでは「バルバロッサ」と名称を変え、ドイツ流の改装を施された機体が使用されているという。


「ファスケス集束砲って何だ?」


アカネが聞いた。人工筋肉は、前々から開発が進んでいることは知っていたが、初めて聞く武器の名前はアカネにもわからなかった。カエデも何も言わないことからアカネと同じなのがわかる。


「簡単に言うと、レーザーみたいなもの、らしいよ。異星人が使用するテクノロジーを解析して、やっと実用にこぎつけたらしいね」


32メートル級との戦いで大きな被害が出たのは、敵が使用する光学兵器による影響も大きかった。新合金の開発以前は、いくら装甲が厚くとも、レーザー攻撃の前にはほぼ無力であった。


「同じくその原理を応用した剣とかも研究開発中だっていうからねぇ」


青藍はそう言い、ふんと息を吐き出す。


「わたしたちの時までに日本も実装できるかどうか、だねえ」




一年生の訓練風景を見ながら、アカネとカエデは近くのベンチに腰を掛ける。

一年生の訓練は半年以上がOPT-101鳩を使用する。鳩は今では旧式であるが、いきなり八咫烏に乗るのは一年目ではつらい。基本的な操作は鳩も八咫烏も変わらない。八咫烏と比べれば劣悪と言われたバランス面も、訓練機では改善されている。


「懐かしいわね、私たちもあれに乗ったっけ」


「そうね」


風に髪を揺らしながら二人は呟く。

10年前、二人はまだ6歳であった。あの世界が変わった日、二人はともに両親を亡くした。襲撃の混乱で、だれにも頼れない中、二人で生き延びた。時に盗みを働き、助けを求める人々を見捨てながらも、決して互いの手は離さずに。

二人の願いはただ一つ。異星人を滅ぼすこと。そして、平和を勝ち取ることであった。


「ここに来る前の約束、覚えている?」


「忘れるわけないわ」


カエデが言った。青い瞳が、暗くなり始めた地下都市を見る。ここには太陽の光はない。だが、人がその感覚を失わないように、時間に合わせて人工の空も暗くなるのだ。夕闇を演出する人工の空と疑似太陽を見る二人。


「必ず二人で、奴らを倒す」


二人の声がシンクロする。




地下都市の中でも、最も最下層に位置するベルクスの施設、通称カウプマン機関。ここでは、赤髭をはじめとした「トリシリーズ」が研究開発されている。日本において最初に開発された「防人」をはじめとする第一世代MAを開発したメンバーがそのままメンバーとなっている。

ここでは、つい先日もたらされた人工筋肉やファスケス砲のデータを解析し、新型機への使用を考えていた。

ベルクシュタイン教官は勤務の合間合間にここを訪れては、その様子を眺めていた。


「元エースにとって、新しい機体はさぞや乗ってみたいだろうねえ」


「キンバリー」


ハーフの美人教官に声をかけたのは、キザ男という言葉が似合う、チャラチャラした白人男性であった。

ニコラス・キンバリー。生まれはアイルランドらしいが、詳しいことを本人から聞いたことはなかった。

もともとはベルクシュタインとともに、日本防衛軍のエースパイロットの一人として活躍していたが、とある事件を機に、パイロットを止め、技術者としてMAにかかわっている。

私生活こそだらしない(とベルクシュタインは感じている)が、パイロットとしても技術者としても優秀なのは彼女も認めていた。


「いいや、私はもう、MAには乗れないよ」


そう言い、腹のあたりを撫でるベルクシュタイン。キンバリーもそうだなぁ、と言い、自身の右足を見る。作業ズボンの合間からちらりと見えるそれは、機械の足であった。


「新しい機体のテストパイロットは、二年生から選ぼうと思うんだが、どうかね」


「そんなに早くロールアウトするの?」


「いいや、あくまで実験機さ。三年生のエース連中は、もうほとんど時間が残っていないからな。二年生のエースや見込みのある連中を載せて、データを収集したい」


「・・・・・・わかったわ、人選はすぐに連絡するわ」


「よろしく」


外装のないフレームだけのMAを上から眺めながら、ベルクシュタインはキンバリーに尋ねた。


「名前は?」


「閑古鳥」


「ああ、カッコウのことね・・・・・・」


八咫烏以降のトリシリーズの名称は、このキンバリーがつけているのだが、彼のネーミングセンスはいまいち理解できない、とベルクシュタインは感じていた。

彼女にはOPT-104 仮名称・閑古鳥の開発によって、より良い未来が切り開けることを祈るほかなかった。




スパローチームでの学年別対抗に向けた練習は、あれからも続いていた。当初チームの足を引っ張ることが懸念されたコウタは、練習をしてみると意外とそういうこともなく、そつなくこなして見せた。

普通に命令を実行し、こなすだけのその姿に、アカネは若干の違和感を覚えた。

練習終了後、一足先に着替えに行ったカエデやカストがいないとき、アカネはコウタに声をかけた。


「檜水」


「ん、何かな、駒鳥さん」


人の好さそうな顔で、コウタが問う。アカネはこの時、コウタの瞳が透き通った翡翠色をしていることに初めて気が付いた。


「変なことを聞くけれど、あなた、本当はもっと動けるんじゃないの?」


「・・・・・・どうしてそう思うの?」


「勘、よ」


カエデがどちらかと言えば理屈的なのに対し、アカネは感覚的であった。だからだろう。コウタの中に違和感を感じたのは。コウタならば、もっとできるように感じるのだ。力をどこかでセーブしている、という印象をここ数日感じていた。

コウタは一瞬驚いたようだった。だが、ほんの一瞬で、そのあとすぐにいつもの微笑を浮かべた。それ以上、自分に立ち入らせないように。


「そんなことはないよ、僕は今ので精いっぱいだよ」


買い被りすぎだよ、と笑って横を通り過ぎるコウタ。その背中をじっとアカネは見ていた。

翌日以降も、アカネはコウタを注視していた。コウタは意識的に普通を装っていたが、それでも端々に「どこか演じている」という印象が付きまとっているようにアカネには思えた。カエデにもそれとなく聞いてみたが、彼女は何ら違和感を覚えていない様子で、それはカストも同様であった。

檜水コウタのことは、これまでほとんど意識したことはなかった。それゆえに、一層気になってしまう。

彼は特定の親しい友人もおらず、詳しいことを知る人間はいなかった。青藍にも頼んだが、集まった情報と言えば、当たり前の事だけで、それ以上のことはわからなかった。


(意図的に情報が隠されているのか、私の考えすぎか・・・・・・)



いよいよ明日、学年別対抗が迫ったチームスパローは、本番前に詰め込むよりも休息を、ということで練習は休みとなっていた。淀川カストは友人たちと地下都市内の娯楽施設に向かった。カエデは寮でしばらく休むといい、アカネは暇を持て余していた。


(何をしようか)


そう考えてふらついていたアカネ。地下都市内にある公園を散策していた。

東京が壊滅し、地下へと逃げ延びた人間たちは、地下内に新たな街を作った。いざという時は要塞として機能するが、かつて人間が暮らした街を再現することも忘れなかった。

ここには今では目にすることのない緑や花がある。数こそ多くないが、鳥をはじめとして何種類かの動物も生きている。異星人の襲撃で環境は大きく激変し、絶滅した動植物も少なくはない。

アカネはもともとは、地方の出身であり、都会のコンクリートジャングルよりは田舎の方が性に合っている。緑のある公園は、落ち着く。自然と足がこちらに向いてしまうのも当然といえば当然なのかもしれない。


「やあ、駒鳥さん」


散策していると、小川の草原でキャンパスを立てて絵を描いているコウタがいた。鉛筆で風景を描いているようで、なかなか上手だな、と素人目で見て感心するアカネ。


「お散歩?」


「ええ、そんなところ」


アカネがそう言い、邪魔しては悪いと思い、歩き去ろうとすると、コウタがその翡翠色の瞳でアカネを見る。


「駒鳥さん」


呼び止める声に振り返るアカネ。鉛筆を持つ手を止め、じっと少女を見る少年の瞳に、少し不気味な何かを感じた。


「僕のことを調べようとしているみたいだけど、やめたほうがいいよ。どのみち無駄なことだし」


それに、と彼は言う。


「余計なことを知って、輝かしい未来を潰したくはないだろう?」


「・・・・・・輝かしい未来なんて、とうになくなっているわよ」


アカネはそういって背を向けた。

コウタが何者かなんてもうどうでもよかった。

ただただ、強くなる。そして、あの異星人を倒す。それだけでいいのだ。




かつては東京のベッドタウンとして有名だったとある街。今では人は住んでおらず、異星人からの攻撃に備え、防衛軍の部隊の前線基地が一つあるだけとなっている。周囲は崩壊した家屋で、灰色に覆われている。首都圏ということで、核兵器が使われなかっただけまだこの場所は良かった。

人が少なく、住民のほとんどが殺された地域には問答無用で核兵器が使用された。日本には核兵器はなかったため、米軍や中国、ロシアが要請を受けて使用した。だが、核兵器の威力をもってしても、異星人の信仰を止める役には立たなかった。

異星人の持つ機動兵器の中で最も小柄なレギオン型やゴリアテ型には効果はあったが、巨大なアメミト型やブレキオ型には効果がなかった。それらを倒すためには、異星人のテクノロジーの解析を待たねばならなかった。しかしその間にも核兵器が使われ続け、地球環境が激変するのは、そう時間がかからなかった。

陸上部隊1023機動小隊の日下部少尉は配下の八咫烏三機を引き連れて哨戒にあたっていた。日下部少尉たちの乗る八咫烏K型には肥大化したバックパックと、そこから右肩までを覆う砲撃ユニットが装備されてい。バックパックにはエネルギーパックやレドームなどが搭載され、砲撃戦に特化されていた。

レギオン型やゴリアテ型程度ならば、簡単に倒せる兵装である。


「隊長、どうやら今日は敵さんもいないようですね」


部下からの通信に、うむ、と少尉は答えた。日本においてまだ件のカテドラル型は確認されていない。ブレキオ型も数週間前に殲滅されて以降、確認されていない。

この辺にいるのは雑魚だけだ、と日下部少尉は油断していた。少尉も長くこの任に当たり、疲れていた、ということもあった。

だが、この後の展開は、彼の油断がなくとも、当然の結果と言えた。

突然、空が暗くなったな、と少尉は感じた。まだ昼だし、今日は快晴のはず、と。そう思って空を見た時、そこには人工物としか思えない何かが、視界いっぱいを覆っていた。


「・・・・・・!アメミト型だと・・・・・・!?」


アメミト型は、かつて日本を焼き尽くした、最初に確認された円盤状の機動兵器である。高いステルス性能を持ち、その攻撃範囲は街ひとつ軽く消滅させるほどである。

カテドラル型が出現するまでは、最強の敵として人類の記憶に刻まれていたそれが、姿を現したのだ。


「隊長!」


「う、撃てェ!」


上ずった声で日下部少尉は命令した。だが、八咫烏の長距離キャノンが火を噴く前に、無数のレーザーが八咫烏もろとも、かつて街だったものを消滅させたのであった。

アメミトはレーザー照射を終えると、浮遊しながらゆっくりと東京に向かっていく。炎に包まれる大地を後にして。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ