卑猥な本の舞台裏(藤堂鈴の同級生)
藤堂鈴は特別だ。
ヴァイオリンを弾く彼の姿を一度でもみた事がある人間の共通認識だ。音楽がーっとかじゃなく、ただただ、彼が何かする行動するだけで視線が、興味が向いてしまう。
容姿だって秀でていて、どこか人間味のない姿に神聖視すらしてしまう。なのにー…、
「リンーッ、お姉ちゃんと付き合ってーっ!!」
また彼女だ。彼の存在を現実に戻すのはいつも秋月ルカという二つ下の少女だ。
彼とは、違う小学に通っていた自分は、中学と同時に同じクラスになった藤堂鈴の特質さに心臓が高鳴った。すべてが特別だと思えた。
そう、彼は確かに特別だった……。その特別の意味を変える存在がなければ……、
「橘」
彼が呼ばなければ、すぐに自分の名字だと認識したそれに首を傾けながら、教室の女子が少ないという瞬間を狙ったように藤堂鈴は、俺に話しかけてきた。なんだよ。お前と対等になれるほどのスキルはないぜと卑屈だったが……、藤堂は俺の耳にこそこそと、
「ちょっと、卑猥な本を貸してください」
一瞬、意味がわからなかった。神聖視された彼から、卑猥な本を貸せ?むしろ、何故、俺に頼んだ。と、敵視するのもおこがましい藤堂を睨み付けてしまった。しかし、彼は悪びれもせずに、
「好きな人が同じですから」
………どうして、秋月丸代が好きな事がばれているのだろうか。彼女に関して、一目惚れで、性格も遠くから眺めているうちにどんどんと好きになっていった。
目付きが悪く、行動が意味不明な妹さえいなければ、すぐに告白していたかもしれない。遠くから眺めるかぎり、彼女は、自分を必要としてくれる相手なら誰でも良い人間だ。ーー好きな相手が、簡単なタイプだと思うと自然と口角があがったが、俺以上に彼女に執着している藤堂鈴という相手が、恋人の立場にない事が、俺に告白という行動を起こさせないのも確かだ。
かなり嫉妬深い性格だと云うのも理解してはいる。彼女さえ居れば、ほかはいらないといった呈の彼にしては、随分と低俗な物をご所望だとどこまでも卑屈な気分になりながら、いいよ。と答えれば、破顔された。
「良かった……」
「え、そんなに必要だったの?」
意外だ。そんなに見たかったのかと親近感がわいた。俺には、大学生の兄貴がいるからその手の本の購入は、頼めばしてもらえるが……それにしても、まさか、藤堂がそこまで困って……、
「はい。自分で買う事も検討したのですが、難しいですよね。最近、ルカがやけに家宅捜索をしに来るもので、一回その手の物を見せれば飽きるでしょうから」
……下世話な理由じゃなく、あの猫目の少女の知的好奇心を満たす為だったようだ。
「あ、もちろん。僕も見ますよ?」
ケロッと悪びれもせずにとりあえずあまり過激じゃないので、お願いしますって。なんだろ……負けた気分になった。
「ああ、あと同じ人が好きな橘に助言です」
「?」
「今の状態でマルと付き合えても、ルカに敵視されたら3日も持ちませんよ」
にっこり。と笑顔を張り付けて、じゃあお互い頑張りましょうねーって。
なにいってんだコイツ。と、その時は流したが、藤堂から、呼び方がリンに変わった頃、一年の中でイジメがあって教室に居づらいと相談された。
どうも、いじめられているのは猫目らしい。
しかし、本人が一切気づいてないらしく、苛めてる方がムキになり始め、教師にすらばれ始めた頃にあのいつもころころとまん丸くしていた猫目を狩りを始めるかのようにスーッと細めた少女が登校する姿を確認したのは。
………正直、目付きだけで年下の少女をあそこまで恐怖したことはなかった。
そして、後に好奇心に負けて野次馬をしてしまったことも後悔した。
うん……、無理だ。よしんば秋月丸代さんとお付き合い出来たとして、あの妹に怯えない日々はないだろう。
この恋は封印する旨をリンに相談すれば、「告白だけはすればいいじゃないですか」と、ちょっと、……お前、絶対成功しないってわかって言ってるだろ!?と、詰め寄れば、クスクス笑って、
「バレました?」
実は、僕もうふられてるんですよー。とか、明るく同志になりましょうね!って、フラれるの前提か!?
ああ、本当にこんなに人間味溢れる友人をどうして、神聖視なんかしていたのだろう。まったく、当時の俺を問いただしたいくらいだ。