こんな夢を観た「電子レンジ、禁断のボタン」
志茂田ともるの家に遊びに行く。
「やあ、どうもどうも。よく、来てくれましたね、むぅにぃ君」ドアを開けて出むかえてくれた志茂田を見て、わたしは驚いた。
「わあっ、ちょっと見ない間に、ずいぶんとずんぐりしちゃったねっ!」
志茂田はわたしを部屋へと案内しながら言う。
「あっはっはっ。そうなんですよ、むぅにぃ君。不摂生がたたって、こんな様になりました」
それにしたって太りすぎだ。どう控え目に見ても、最後に会ったときより、横に3倍半は膨れている。
「何て言うか、もうぶよん、ぶよんっていう感じだよ。ほら、『不思議の国のアリス』に出てくる、ハンプティ・ダンプティみたい」
ここまでの言われように、さすがの志茂田も気分を害したらしく、
「もう、それ以上は言ってくれなくていいですよ、むぅにぃ君。わたしだって、ただ手をこまねいているわけではないのです」
「運動でも始めたの?」わたしは聞いた。
「いえいえ。まずは食生活から、と思いましてね」どっかりとソファーに腰を下ろす志茂田。ずぶん、と沈み、床がみしみしっと鳴く。「冷蔵庫を見てきて下さい、むぅにぃ君。パック入りのピザが入っているはずです。そいつを、わたしとあなたの分、レンジでチンしてきてもらえませんか」
食事制限をしているといいながら、ピザだって? 志茂田って案外、抜けてるんじゃなかろうか。
冷蔵庫を開けると、ピザが山のように詰め込まれている。パッケージには「ダイエット・ピザ」とあった。
「何分、温めたらいい?」居間に向かって声を掛ける。
「5分で頼みますよ、むぅにぃ君。それ以下でも、それ以上でも困ります」
そう返事が返ってきた。
「ダイエット・ピザねえ。食べなきゃ、すぐにでも痩せると思うんだけどなぁ……」小声でつぶやきながら、レンジにピザを入れる。
調理時間を設定し、スタート・ボタンを押そうとした時、すぐ脇に怪しいボタンを見つけた。飛べない鳥の絵柄が印刷されていて、小さく「押すなよっ、絶対に押すなよ?」と書かれている。
「何、このボタン」押すなと言われると、かえって押したくなってしまう。それが人間の不思議なところだ。
わたしは、禁断のボタンに指をかけた。
「言い忘れていました、むぅにぃ君」奥から志茂田が声をかけてくる。「レンジにある、見慣れないボタンには決して触れないで下さいね」
おっと! 危ない、危ない。もうちょっとで押すところだった。
「うん、わかってるって」
今度こそ、スタート・ボタンを押す。
いや、自分ではそのつもりでいたのだが、うっかり、その隣のボタンを押していた。
「押すなよっ、絶対に押すなよ?」ボタンだった。
「あ……」と、思わずわたし。
「どうしました、むぅにぃ君?」
「えっと、あのう――」
窓の外から、派手な爆発音が、連続して起こった。加熱しすぎて、袋ごと破裂させた冷凍グラタンの時にそっくりだ。
「これはこれはっ!」志茂田の叫ぶ声に、わたしも窓へ駆けていった。
「あーあ、すごいことになってるねっ」
街じゅう、どこもかしこもチーズとソーセージ、アンチョビ、コーンでグチャグチャになっていた。
熱々のピザを頭からかぶった通行人が、わたし達を見あげて、大声で怒鳴っている。
「やいっ、殺す気かぁーっ!」