王都
屋敷の騒動から一週間が経ち、町が落ち着きを取り戻してきたな、と話をしているとルシアが唐突に話を切り出してきた。
「私とカインズは明日、このクレアノの町を発ちます」
「また、えらい急に言い出すね~」
ルシアの発言にシロが呆れたように答えると、レイナがシロに続く。
「この町から出るって……、この教会はどうするんですか?」
「もともと誰も使っていなかったので借りただけです、私はシスターでもないですしね」
「そ、それに町から出てどうする気なんです?」
レイナはルシアの身を案じているようだった、ルシアにもそれは伝わったようでレイナに笑いかけ大丈夫ですと言ってから喋りだす。
「そこで聞いておきたいのですが、シロ君はこれからどうするか決まっていますか?」
「どうって……俺は帰る方法の手掛かりを探しに、お城に行きたいんだけど」
「お城って、王都のことよね?」
ルシアの言葉に、シロが頷くとルシアがニヤリと笑う。
「私達も王都に行くからシロ君も一緒に行きましょ」
「いいの?」
「今回の事でお礼もしたいしね、決まり!」
「お礼って……俺の方だって助けてもらったんだし悪いですよ」
遠慮しようとするシロにルシアが近づき耳の傍に口を近づけると、ルシアの髪が触れさらにいい香りまでしてくるのでシロは必死に動悸を落ち着けようとする。
「私と一緒にお城にくれば調べものも捗ると思うよ?」
「つ、着いて行くよ!」
シロは顔を赤くしてルシアの提案に従うと力なくテーブルに突っ伏す。
そのやり取りを見てカインズは呆れたようにため息をついてからルシアを諌める。
「ルシアさん、年頃の女性がそういったことをするのは控えてください、はしたないですよ」
「わかってますよー」
「……ハァ、ところでレイナさんはどうするのですか? あなたは元々この町の人間ではないんですよね?」
カインズの問いにレイナは少しも迷うことなく答える。
「私はこの町に残って孤児院で子供達の面倒を見ようと思ってます、兄も一緒に残って手伝うと言ってくれてますし、大丈夫です」
「そうですか、ウチのルシアさんよりずっと立派だ……」
よよよ……と嘘泣きをするカインズとそれを鬱陶しそうな目で睨むルシア、その二人を見てシロとレイナは笑い出してしまう。
翌朝、シロは町の出口へと向かう途中に屋敷へと立ち寄ると、あの時シロ達が立っていた後方の壁だけを残して全壊しており、爆風により瓦礫が周囲へ吹き飛び散り周りの建物に被害を出していた。
ルシアとカインズは爆発の瞬間にシロが魔法を使ったと考えており、このまま自覚がないままでいるより王都へと連れて行き魔法を扱えるようにした方が良いと判断しシロを同行させようと考えたのだ。
シロが屋敷を一通り見終え町の外へ向かうとレイナとレウル、ニケの三人が門の前に見送りに来ていてシロの姿を見つけるとニケがこちらに向かってくる。
「あんちゃん世間知らずみたいだし気をつけてけよ!」
「開口一番それかい、でも否定できないところが悔しい……行ってくるな、ニケ」
頭を撫でてレイナとレウルに向くとレウルが手を差し出してくるので握手を交わす。
「シロ君のおかげで私も妹も助けられた、ありがとう」
「いえ、俺の方こそレイナには助けられましたから、きっとレイナに会ってなければ俺はここには来れなかったと思います」
「それでも君には感謝している、機会があればいつでも遊びに来てくれ」
「はい」
レウルとの挨拶が終わるとレイナがシロにペンダントを渡してくる。
「これは?」
「昔おじいちゃん……村長の旦那さんから貰ったの、自分の故郷で採れる石で作ったお守りなんだって」
「それじゃあ大事な物なんじゃないの?」
「おじいちゃんもシロと同じ所から来たなら、きっとシロの事を守ってくれると思うから……」
「ん、わかった。 ありがとうレイナ」
礼を言ってペンダントを付けようとするが、うまく付けられずに苦戦するシロの後ろに回ってレイナが付けてくれる。
少し恥ずかしいが頬をかきながら大人しくしているとレイナがペンダントを付け終えて離れる。
「これでよし! それじゃシロ、気をつけてね!」
「ああ、行ってきます!」
レイナの元気な声に見送られシロ達はクレアノの町を出発した。
クレアノを出て少し経ったところでシロは自分の左腕が折れていた事を思い出す。
「そういえば俺、腕が痛くないや……」
「――って、今更気がつくことかな? それ……」
「仕方ないだろ色々あったし気を失ってたし」
呆れたように聞いてきたルシアは、シロの腕を自分が治したと説明してきた。
ルシアも魔法は扱えるがそれは治癒系統の魔法で元々は戦闘向きではないとのこと。
それでも剣の腕はカインズのお墨付きで城の兵士でも歯が立たないらしく、騎士クラスの実力らしいがそれだとカインズって何なのだろうと思い聞いてみる。
「私はルシア様の教育係ですよ」
「教育……ですか」
教育してるのに行動に難があるような気がするが、それは置いておくとして呼び方がルシア様になってるし。
「町に王女が来ているとなれば騒ぎが起きて身動きが取れなくなってしまいますからね、そういった配慮もあって町の中ではルシアさんと呼ばせてもらっていました」
「私は呼び方なんて気にしないのに」
「私が気にします、というかルシア様ここではまだ構いませんがお城でそのような言葉使いは止めてくださいね」
「わかってまーす」
猫かぶりな王女様なんだなと認識を改めてから、今度は屋敷でのことを聞く。
「結局あの屋敷でなにが行われていたかわかったんです?」
「建物を全て吹き飛ばされてしまったので手掛かりになるようなものは何も残っていなかったですね、ですがあのレクトという男を捕まえれば分かることでしょう」
「でも屋敷を吹き飛ばした事といい、並みの魔法使いじゃないわね」
「やっぱりアレって凄い事なの?」
「凄いなんてもんじゃないわよ、アレだけの規模の魔法だったら魔法騎士団に所属している魔法使いが10人がかりでやっとだと思うわ」
普通ではないのは分かったがシロにはイマイチ基準が分からないのでピンとこない、そこでカインズに説明を求める。
「王都、というよりこのアーウェンブルグには五つの戦力があります、一つが町に配備されている衛兵達、この国では末端にあたる下部戦力で、この国の者であれば誰でも志願する事ができます」
「だから今回みたいに官吏に金で雇われて私兵みたいになる場合が多いの、だから町の衛兵のことを一括りにして皆は傭兵部隊って呼んでるわね」
「なるほどー」
順番にすると、傭兵部隊・剣魔部隊・騎士団・魔法騎士団・近衛騎士になるらしい。
全て細かく説明すると長いので簡単にまとめると、それぞれに基準があるらしく剣魔部隊は魔力が扱えるのが前提で、騎士団は魔法が扱えること、魔法騎士になるには試験で騎士団から昇格するしかない実力主義だそうだ。
「それじゃ近衛騎士ってのが一番強いの?」
「近衛騎士は騎士団と魔法騎士から選ばれるので強さはバラバラですね」
「ちなみにカインズも近衛騎士なんだよ」
「そうなの?」
「はい、私はルシア様付きの近衛騎士で教育係も兼任してます」
「一人だと大変なんじゃないんです?」
シロは思ったことを口にするとカインズがその通りと言わんばかりの顔で頷く。
「そうなんですよ、近衛騎士は王族に与えられる特権のようなもので、一言でいうと専属の従者なのでルシア様の兄君も五、六人は連れているのですが、ルシア様は嫌だと言って聞かないんですよ……」
「だってそんな事したらカインズみたいに私に勉強だ作法だって五月蝿く言うんでしょ? 嫌に決まってるじゃない」
「そうだとしても今回みたいに勝手に動く時は、もう一人か二人いた方が良かったと思いますよ?」
「うっ……そうだけども……」
どうやら黙ってクレアノに来ていたらしく帰ったら報告したあとに説教が待っているとの事でルシアの表情が重くなっていく。
「で、でもルシアさんのおかげで町の人達も安心できるわけで、その辺説明すれば分かってくれるって」
「うう……お父様はたぶん大丈夫だけど、お母様が聞いてくれないわよ……」
とりあえずフォローを入れるが効果は薄く、ルシアはトボトボと歩いていると急にシロへと振り返る。
「そうだシロ君!」
「ん? なに?」
「これから君の事シロって呼んでいい?」
「構わないよ?」
「よしっ! それじゃ私のこともルシアって呼んでね!」
「お姫様を呼び捨てとか不味くない?」
「平気だよ~、それに年の近い友達いないからシロがなってくれると嬉しいな」
シロはカインズの顔色を窺うが、すでに諦めたような顔をしている、どうやら言っても無駄と判断したようだった。
「ん、わかったよ。これからもよろしくなルシア」
ルシアはシロの返事を聞くとパァっと表情を明るくして喜んでいる。
(友達がいないってのは本当なんだな、レイナにも自分が王女って言わなかったみたいだし)
そんなやり取りをしながらシロ達は王都へと向かっていく、王都までは三日かかったが街道周辺の魔物は定期的に傭兵と剣魔部隊が退治して回っているらしく道中は平和なものだった。
そして王都・エリステルに到着してシロが最初に驚いたのは王都の中央に位置する王城だった。
「でっか……よくあんなでかいのを建てたもんだな」
「王城を初めて見た人の反応は皆同じですね」
「あそこに住んでる私だってそう思うわよ、そもそも城の中を完璧に把握してる人なんているのかしら?」
「近衛騎士は皆、把握してますよ」
「やっぱりカインズも含めて近衛騎士は変人ね」
「何かあった時に迷ってたら手遅れ、なんてたまりませんからね」
ごもっともな意見ではあるがあの遊園地何個分だよって言いたくなる城の構造を把握してるって確かに普通じゃないのでルシアの言葉にシロが頷くとカインズがため息をついてから説明を始める。
「ふぅ……そしてそのでかい王城を囲むように街が広がっているんですが、四方に剣魔部隊の詰め所がありなにかあれば即対応できるようになっています」
カインズの説明を聞きながら王城へと向かい、城門前に到着するとシロはその場で待つように言われる。
「え~、シロも一緒じゃ駄目なの?」
「いけません、これから国王陛下に報告するのは良いですが、無断外出の事を咎められると思いますので、それらが終わったあとに恩人を招き入れるという形の方がよろしいかと……」
「むぅ……」
「それじゃ、俺は少しこの辺を観て回って時間を潰してるよ」
「ゴメンね、シロ……」
「気にしなくていいよ、それよりカインズさんをあまり困らせちゃ駄目だよ」
「シロ君……」
なんていい子なんだと言わんばかりに手を握ってくるカインズさん、そんな感動するとこじゃないでしょ今のは……というより王女に失礼なのでは? と思うがそっとしておく。
「それじゃ、また後でねシロ」
手を振りながら城へと入っていくルシア達を見送って、シロは1人になると街を歩き始める。
街はどこも騒がしいくらい賑わっており、どこを見ても人ばかりでさすがに息苦しさを感じて路地へと逃げ込むと、ようやく人混みから開放される。
「はぁ……いつだかレイナが人が多いから村の方がいいって言う気持ちが今ならわかるな~」
独り言を呟いてからまた路地を出て歩き出すと、店の前で女の子が店員と揉めておりその周りには人だかりができていた。
シロはそのまま素通りしようとしたが、その女の子の服装を見て足を止める。
(……制服?)
所々破けて泥で汚れてはいるが、どこかの学校の制服を着たその女の子は、お金を持っていないらしく困っているようだった。
「お願い! 10円玉も同じ銅なんだから見逃して!」
「ですが、銅貨でないと……それに見たことがない硬貨を受け取るわけにはいかないので…」
10円玉を銅貨の代わりとか、その発想はなかったなと関心しつつシロは前に出て代金を代わりに払うと、女の子が訝しげにシロを見てくる。
「なによ? ここで助けて恩を売って、なにさせる気よ?」
「そんなんじゃないよ~」
「怪しいわねアンタ」
「怪しくないって……とりあえずさ人も集まって来てるし場所移そうか」
そういってシロは女の子を連れて路地へと入ると女の子の方へと目を向ける。
女の子は怒ったような目をしているがそれでも可愛いと思える顔をしており、肩まで伸びた黒髪とこちらを真っ直ぐ見つめる瞳はどこかお嬢様のような印象を思わせた。
「ア、アンタこんな人気の無いとこに連れ込んでどうする気!?」
「なにもしないっての……はぁ」
シロはため息をついてから話を切り出す。
「俺は成瀬 白っていうんだ、こんな髪してるけど、日本人で高校生なんだ」
「うそっ!? 私みたいな人が他にもいたんだ! それにゴメン、日本人だと思わなくて……」
「いいよー、よく高校生? 日本人? って疑われてたし慣れっこだよ」
「それでもごめんなさい! ……えっと、とりあえず自己紹介するね私は南坂 香織、さっきはありがとう成瀬君」
「困った時はお互い様だよ、それより南坂さんはいつこっちに来たの?」
「昨日、犬と遊んでたら川に落ちて、川から上がったらもうこっちでね、近くにあの大きなお城が見えたから頑張ってここまで来たのにお金違うって言うし……」
確かに初日の心細さと不安はたまったもんじゃない、シロは今にも泣きそうな南坂をなだめてから一緒に王城へと向かいルシアに保護してもらえないか頼むことにした。