帰還
シロが出て行った後、捕まっていた人達を解放してからレイナは助けた七十人程の人混みの中を歩き回る。
皆、満足に動けずにその場に座り込んではいるが安堵の表情を浮かべているのがわかり安心する、そんな顔を見ながら辺りを見渡すとレイナは見知った顔を見つけた、それは故郷のサレット村を出て行方がわからなくなっていた、村の若者達とレイナの兄・レウルであった。
レイナはレウルを見つけると兄の名前を呼びながら走りだす。
「レウル兄さん!」
レウルに走り寄って抱きついてきたレイナの瞳には涙が溜まっている、その涙を見てレウルがどれほど妹に心配をかけたかを知り、優しく抱き返すとレイナに謝る。
「すまない、レイナ……心配をかけたな」
「ぅん……うん……」
泣きながら頷き返すレイナの頭を撫でるとレイナが涙を拭ってレウルに笑顔を向けてくる、すると部屋の外から誰かの駆けてくる足音が響き勢いよく扉を開け放った。
扉を開けたのは、修道服に身を包んだ血まみれの男で手には直剣が握られている、皆はその姿を見て恐怖と不安から警戒するが男は意にも介さず周囲を見渡すと部屋全体に届く声で喋りだした。
「ルシアさん! シロ君! いますか!?」
その声に皆がビクッと肩を震わすが、レイナは知っている名前を聞いて味方だと判断しすぐに答える。
「ルシアさんとシロなら奥へと向かいました」
「そうか、ありがとうお嬢さん」
男はレイナに礼を云い、すぐに部屋の外へと向かうが扉の前で立ち止まると、振り返り叫んだ。
「もうすぐ町の人達がここまで来ます! 彼らが到着したら動けない者に手を貸してここから退避してください!」
それだけ伝えると男は今度こそ部屋を出て廊下の奥へと向かって行った。
レイナ達はその後に到着した町の人達に保護されるが、レイナとニケは未だに戻って来ないシロを探しに廊下の奥へと進んでいった。
シロはバラバラに飛び散ったリベドだった肉片を見て強い吐き気が込み上げてくるがそれを押さえ、今にもフォーエンに飛び掛りそうなルシアの腕を掴む。
「シロ君、その手を放してください」
「駄目だ!」
ルシアの言葉には明らかに怒気が含まれている、もし今手を放せばルシアはフォーエンへと向かい殺されると考えたシロは手を放すわけにはいかなかった。
「そちらの白髪の君はなかなかに冷静だね、この場においての状況をしっかりと把握しているようだ、もし彼女がこちらに剣を向けてきたら僕は彼女を殺さなければならなくなる」
なんの感情も浮かべず、ただ笑みだけを浮かべてフォーエンは語っていたが、シロを見ると新しい玩具を見つけたような目をしてから喋りだす。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね、僕はレクトエス・フォーエン、同志にはレクトと呼ばれている、そちらの方が馴染みがあるから君達にもそう呼んでもらえると嬉しいよ」
「残念ですが、あなたと馴れ合うつもりはありません、……レクト率直に聞きます、あなたには投降する意思はありますか?」
「愚問だね、僕にはまだ成さねばならないことが山ほどある、君達の相手をしているのだってほんの気紛れにすぎない。――しかし、僕は名乗っているのに君は名乗りを上げないのかな、それとも今はそういう教育が主流なのかな? お姫様」
レクトの言葉にルシアは僅かに反応するが、深く息をつき透き通る声で己の名を告げた。
「それは失礼しました。――私はルシーナ・アルテシア、アーウェンブルグの王女としてあなたの非人道的な行いは看過できません、よってあなたの身柄を拘束します!」
「お、王女?」
ルシアの行動がちょっとアレなので、シロは一瞬疑ったが、この状況で嘘をつく理由もないのでそれが事実だと認識する。
「ふむ、王女様の言い分はもっともだね、僕にも理由はあるが一般論からすれば僕の行いは悪だからね……それで、そっちの君はどうなんだい? 君には僕と争う理由はないはずだ、そうだろう? そもそも君はこの世界の人間ではないのだろう?」
「――ッ!」
シロの頭が真っ白にある、この男は自分の知らないことを知っている、なら元の世界に帰れる方法を知っているのではないか? と考えるとレクトが言葉を続ける。
「別に驚くことではないよ、僕は今までも君のような人間を見つけては元の世界へと帰してきたんだ。まぁ、その見返りとして彼らには多少なりと協力してもらっているけどね。 君はどうするんだい? 僕に協力してくれるのであれば君が元の世界へ帰るための力になろう」
シロはレクトの提案を聞いて逡巡する、元の世界にいる妹のことを思うなら、この男の提案を呑むべきだろうが、シロはここに来て出会った人の顔を想い浮かべて決意する。
「俺は成瀬 白です」
「シロ君!?」
シロが名乗ると真っ先に声をあげたのはルシアだった、ルシアはシロがレクトにつくと解釈したようだった、それはレクトも同じようで口の端をさらに吊り上げる。
「成瀬 白君だね、賢明な判断だ、これで僕達は同志になったという――」
「勘違いしないでください、俺は名乗っただけで同志になるなんて言ってません、自分が名乗ったのに君は名乗らないのかって言ってましたよね? だから名乗っただけであって、あなたのやったことは見過ごせないっ」
「――なるほどいいね、元の世界に戻る機会を棒に振ってまでここに残ることで君がどういった道を歩むのか興味がある、せいぜい楽しませてほしい。……さて話はここまでかな」
レクトが話を止めるとカインズが部屋に飛び込んでくる。そしてそのままレクトへと斬りかかろうとする、それにあわせてルシアが動き出しシロもそれを追う。
三人がそれぞれレクトに攻撃を加えようとするが触れる前に魔法陣が展開し弾き飛ばされる。
「やれやれ、今君達を殺すのは簡単だが、それは避けたいんだ無闇に攻撃をするのはやめてもらいたいな。それともそこの王女の剣を折ってしまえばもう向かってこれなくなるかな?」
レクトがそう云ってカインズに視線を向けるとカインズが立ち上がり足元に魔法陣を展開させた。
「身体強化の魔法陣かい? 無理は止めておいたほうがいい、その怪我では身体に掛かる負荷も大きいはずだ」
「私はアーウェンブルグの騎士として王国に仇なす者を斬る!」
カインズが声を上げて身構えると十mはある距離を一瞬で詰めて剣を横に振るうが、レクトは魔法陣でカインズの剣を止めている、そしてもう一つ魔法陣を展開するとカインズを爆炎が包む。
熱気と熱風がシロにまで届き肌を焼くようだった、熱の影響か全身に痛みが走るがそれでもシロは目を逸らさずにある一点のみを見続けていた。
爆炎が消えレクトが終わりとばかりに視線を逸らした瞬間、自分の上に気配を感じ見上げると服の一部を焦がしたカインズが剣を振り上げて跳んでいた。
完全に虚を突かれたレクトは反応が遅れ魔法陣を出したが剣を止めきれず肩を斬られ数歩後ずさる。
「あはは……」
斬られたレクトが笑い出すが、誰もその意味を読み取れない。
「今の一撃はなかなか良かったよ、今のように死を感じた攻撃は久しぶりだった。――それで僕の魔法を防いで彼を助けたのは君かい? 成瀬 白君」
「――……え?」
「ふむ、自覚はないのか僕の魔法に感化されたのだろうが、元々は系統自体が違うんだし仕方ないか」
レクトの言葉は誰に向けているかが分からなかったが、どうやらシロが魔法を使ったと考えているらしく呟きながら考え事をしている。
カインズは一定の距離を取りながらルシアとシロの元に近づくと声をかけてくる。
「二人とも動けますか? あの男の実力は尋常ではありません、ここは退くべきです」
「ですがっ! あの男は捕まえなければ」
「正直、私はもうあまり動けません、このままでは三人共殺されるだけです……シロ君、確認しますが君は魔法を使えるんですか?」
カインズは先程のレクトの言葉の真意を確認をしてくるがシロは首を横に振る、そもそも魔法陣自体でていなかったのだから魔法は使えたはずがない。
「そうですか、ならここは私が押さえるので二人はその間に逃げてください」
「でも!」
ルシアが止めようとするがカインズは聞き入れようとはせず二人を下がらせると、レクトはその様子を見て悪戯を思いついた子供のような表情をする。
「敵である僕を前に退くという選択ができないのなら協力をしてあげよう、成瀬 白君さっきのように魔法を使ってみせれば君達五人、全員が助かるだろう」
「……五人?」
シロが言葉に出すより早く、後ろからレイナとニケの声が聞こえた。
「シロ!」
「あんちゃん大丈夫か!?」
「レイナ! ニケ!」
シロは二人の姿を確認してすぐにレクトへと振り返ると、レクトの姿が隠れる程の魔法陣が展開されていた。
さっき使っていた魔法ならこの部屋を簡単に吹き飛ばすだろう魔法陣にルシアもカインズも言葉を失っている、シロはレクトの言った言葉を思い出し先程の感覚を思い出そうとする。
「成瀬 白君、ルシーナ姫、また会えるのを楽しみにしているよ」
レクトが言葉と一緒に魔法を放つと爆炎が迫り一瞬にして視界が真っ白になり轟音が響くと、そこでシロの意識が途絶えた。
シロが目を覚ますと教会のベッドに寝かされていた、既視感を覚えたシロは横に目を向けると一糸纏わぬ姿でルシアが眠っており、当然のようにシロも素っ裸であった。
まるで屋敷の出来事が夢だったかのような気分になり、シロはルシアの頬を突いて起こす。
「んん? ……あ、シロ君! 目を覚ましたのね、よかった!」
「あの俺どうなったん――でっ!?」
ルシアがそのまま抱きつき、発育が大変よろしい胸が押し付けられる。
「ちょちょちょっ、ルシアさん!?」
「よかった、私が屋敷に連れて行ったせいでシロ君が死んだらどうしようって思って……」
ルシアの瞳から涙が零れる、どうやら知らない間に相当心配をかけていたらしく泣き止むまでそっと抱きしめる。
そこにレイナが替えのタオルを持って部屋に入ってくる、そして二人が裸で抱き合ってるのを見てレイナが思わずタオルの入った水桶を落とすが気にせずルシアを怒る。
「ルシアさん! またそんな格好で布団に潜り込んでシロはまだ調子悪いんですよ!?」
「だからこうやって人肌で温めているんじゃないんですか」
「ルシアさんがやるならカインズさんがやるって言ってたじゃないですか! 大体シスターなんですからもうちょっと……こう、恥じらいってものがないんです!?」
「私シスターじゃないですもの、だから気にしません」
レイナ一応この人、王女様なんだよ? とは言えず黙っている、しかしカインズさんが人肌とかどんな罰ゲームですか、と考えているとカインズさんがやってくる……剣を持って。
「シロ君……身体の方は大丈夫かい?」
「は、はい」
「そうか、なら私の稽古に付き合ってもらえるだろうか?」
(稽古とか言って殺されそうなんだけど、レイナもルシアさんも言い合ってないで助けてよ……)
「おー、あんちゃん起きたか~?」
そこへニケが駆けつけてくる、きっと彼こそが救世主になってくれるはず、とシロはニケに目で助けを求めるとニケが部屋の外に顔を出して叫ぶ。
「ねーちゃんたちがあんちゃんの取り合いをしてるぞー!」
「ちょっ、ニケ!」
止める間もなくニケは部屋を出ると、代わって一人の見知らぬ男が入ってくる。
「あ、レウル兄さん」
「お兄さん!?」
「シロ君だったな、官吏の屋敷ではレイナが世話になったようだが、シロ君の気持ちはどちらを向いているのかな?」
(今のニケの台詞はこの人に向かって言ったのか!)
シロも妹がいるのでレウルの心境は分からないでもない、自分の妹が二股かけられていたら怒りたくもなるが、完璧に濡れ衣である。
変な事を言って火に油を注ぐわけにもいかず、もはやこの場の沈静化は無理と判断したシロは甘んじて罰を受けることにしたのだった。
「もう好きにしてくれ……」