魔法
ルシアは周囲を警戒しながら屋敷の窓の中を覗いていく、そして人がいないのを確認してから中に入る。
窓には当然鍵がかかっていたが、ルシアは躊躇なく窓を割って鍵を開けていた。
「教会で働くより、物盗りの方が向いてるんじゃないの?」
「シロ君も私の剣で小突かれたいの?」
「ごめんなさい……」
剣に手をかけるルシアを見て、シロは即座に謝る。
「変なこと言ってないで、まわりに注意してよね」
「わかったよ、でも捕まってる人を見つけて逃がしても、その後はどうするの? また衛兵に捕まっちゃうんじゃ」
「人を攫ってなにかをしているって証拠を掴めれば、後はどうにかなるわ」
「なにか悪さしてるとなればやっぱり地下だよね」
「気が合うわね、私も同意見よ」
今更ながら方針を決めた二人は地下への階段を見つけると、用心深く下へと降りていく。
地下は一本道になっており、ルシアを先頭にシロは後ろを警戒しながら進んでいると、白目をむいた男が立ちふさがっていた。
「ルシアさん? なんか危なそうな人がいるけど?」
「さっきから意見が合うわねシロ君」
最大限の警戒をしながらルシアが剣を抜くと、シロも身構える。
男の体がわずかに動いた瞬間、ルシアが距離を詰め突きを繰り出す。
剣が男の頭を捉え貫くと思われた時、魔法陣が男の眼前に展開されルシアの剣が止まる。
「なっ」
全力で放った突きを止められバランスを崩したルシアは顔を男に殴りつけられ倒れ込む。
男はそのままルシアに詰め寄るが、そこにシロが飛び蹴りをする。
しかしまたしても魔法陣に阻まれ、シロはその場に倒れると男が馬乗りになってシロを殴りつけてくる、魔法も厄介だが力も十分に強く意識が飛びそうになるが、シロは覚悟を決めて男の両腕を掴み動きを止める。
「ゴメン……ほんとは嫌だけど、死ぬわけにはいかないんだよね~」
シロがいい終わると同時に後ろに回りこんでいたルシアが男の首を刎ねた。
ザシュッという音とともに血が噴き出し、シロは頭から血をかぶり思わず叫びそうになる。
「……ちょっ、もうちょっとマシな方法ないんですかっ」
「ん? 覚悟はできていると思ったけど?」
「覚悟はしてたけどトラウマになりそうな殺り方は勘弁してください……」
「シロ君、意外と余裕あるわね」
ルシアはそう言いつつ、ハンカチを差し出してくる。
シロはそれを受け取り顔の血を拭う。
「しかし今の男の魔法が有無も言わさずの防御魔法だったら危なかったわね」
「でも、魔法って詠唱みたいのはないんだね」
「大昔はそういった魔法もあったそうだけど、今は魔法陣を展開させて魔法を行使するものしかないそうよ」
「失われた魔法ってやつ?」
「そんなとこね、詳しい話は知らないけど」
「そういえば俺が見た魔法はさっきみたいにいきなり魔法陣が浮かび上がるんじゃなくて、その場で描いてる感じだったよ?」
「魔法陣は術者が投影するものだから今のが普通だけど……」
言いかけながらルシアが廊下の途中で扉を見つけ、中の様子を伺いながら部屋に入ると、そこには檻が並んでいて、中には座り込んだまま動かない人が数多く捕らえられていた。
皆、息はしているようだったが生気がなく、ただ虚空を見つめているだけだった。
檻には鍵が掛けられている為、開けられないのでしかたなく先へ進むと、部屋の奥に椅子に括りつけられたレイナが座っているのを見つけ、シロはすぐに駆け寄ろうとしたがルシアに止められて物陰へと隠れる。
レイナと一緒にニケも座らされており頭には、なんらかの装置が被せられていて二人とも苦しそうに声をあげている。
それを白衣のような服を着た三人が観察している。
「三人か……シロ君一人は頼める?」
「自信はないけど、レイナ達が辛そうだ一気に行こう!」
「いくわよっ」
ルシアの掛け声を合図に二人が飛び出すと、三人がこちらに気いて身構える。
シロが狙うのは並んだ三人のうちの一番左側の男だ、そしてルシアは右側にいる男に狙いを定め胸を一突きしていた。
あとの一人は茶髪の眼鏡をかけた女で左右に分かれた二人のどちらを相手にするか迷っているようだった。
(なら、今のうちに一気に仕留める!)
シロは左手を後ろにまわし短剣を掴みながら距離を詰めて右ストレートを繰り出すが、男が拳をギリギリのところで避けると、そこへシロはすかさず短剣で切りつけると男の右腕を掠めた。
腕を切られて男が舌打ちをしながら遠ざかろうとするが、シロは放されないように追いかけて相手の足に蹴りを入れると男は床に膝をついた。
このまま殴り倒せば終わりという時にシロは、ガシャン! という何かがぶつかる音に振り返ると、ルシアが檻に叩きつけられたのか苦しそうに蹲っていた。
「く……はぁ……」
ルシアの苦しそうな声が聞こえてきて、気を逸らした瞬間シロの腹部に衝撃が走る。
床に膝をついていた男が余所見をしたシロを殴りつけてきた、男は優位になると切りつけられた怒りからか声を荒げながら蹴りつけてくる。
「このじじいが! 調子に乗りやがって……このっ」
「程々にしておきなさいよ、殺したらもったいないわよ」
ルシアを檻に叩きつけたと思われる女は男に忠告をすると、男は蹴るのを止めずに女に喋りかける。
「つっても、そこに転がってる女はソイツを殺ったんだろ? なら腕の一本くらいはいいんじゃねえのかよ?」
「そんなの殺られるヤツが馬鹿なのさ、魔法を使えるようになったのに利用しないそいつが悪い。ベイ、あんただって咄嗟に魔法を使わないんだから同じくらい馬鹿だよ」
ベイといわれた男は苦い顔をしてシロの頭を踏みつけると女に弁明する。
「そもそも俺はよぉカルラ、おめえみたいにすぐ魔法を描くなんてできねえんだよ」
「んなものは知らないよ。それよりベイはそこのボウヤを運んじまいなよ、あたしはそこの娘を運ぶからさ」
「ボウヤ? こいつガキなのか!?」
「気付かないとか、ホントに間抜けだねぇ」
「うるせえぞカルラ、黙ってろ……」
文句を言いながらベイはしゃがみこんでシロの髪を掴み、顔を確認する。
「マジでガキだぜ、白髪だからジジイかとおも――」
ベイの言葉が突然途切れ、カルラがベイの方を向くと先程まで蹴られて動けなくなっていたシロが短剣でベイの喉を切り裂いていた。
カルラは返り血を浴びたシロを見て背筋に冷たいものを感じたが、冷静であるよう自身に言い聞かせてから、懐から細い棒を取り出した。
「可愛い顔してなかなか酷い事するじゃないか」
「こうしなきゃ助けられそうもないんで……」
カルラは正面に立つシロの気を逸らそうと言葉をかけたが、シロはカルラだけを視界に収めている。
どうやら完全に標的として定められていて、注意を逸らすのは無理だと判断したカルラは手に持つ棒で素早く魔法陣を描きあげる。
シロはカルラの動きを見てすぐに動き出すが、魔法の完成の方が速かった。
「吹っ飛んじまいな!」
カルラの声と同時に魔法陣が光り、ゴオ!という音と共に陣の前方が揺らぎ空気の塊がシロへと飛んでいく。
距離もあった為、カルラは最大出力で魔法を放っていた、これに当たればトラックに撥ねられると同等の威力に匹敵するであろう空気砲にシロは正面からぶつかるが、手に持った短剣の腹を盾にして直撃するのを避け身体を捻ると空気砲の力でシロの身体は側面に弾かれる。
「そんな馬鹿な!」
最大出力の魔法が避けられると想像していなかったカルラは立ち尽くす。
そこにシロが勢いを乗せ、カルラに体当たりをすると頭から倒れて気絶する。
カルラが使用した魔法は魔法陣の前方へ圧縮した空気を押し出して攻撃をするという単純なものだが、空気そのものの為、視認しにくいという利点がある。
しかしシロはこの魔法をロエルグの隠れ家で一度受けて知っていたため、対処ができたが盾にした短剣は砕け、短剣を持っていた左腕もどうやら折れているようだった。
「あー……腕が痛いな~」
気が抜けたのか力の入らない左腕を押さえながらルシアの元へ行き、息があるのだけ確認するとレイナ達の所へ向かい装置と拘束をはずしてから、シロが声をかけるとレイナが目を覚ました。
「ん、シロ……? シロ!」
レイナがシロの姿を確認すると抱きついてきた。
「あああぁぁぁ!……い、痛いってば!レイナ!」
装置に繋がれていたせいかレイナの力はそこまで強くなかったが、折れた左腕ごと抱きしめるのでシロが悲鳴をあげる。
「怪我してるの? ってよくみるとボロボロじゃん!? それに血まみれ!?」
「え~と、色々あって……」
レイナが自分の服を破りシロの顔を拭く、半分はルシアのせいだがシロも似たようなことをしたので責められない。
「もう……気付いたらこんな所にいるしシロはいないし、心配したんだよ?」
「いや、攫われたのはレイナだからね。なんで俺が心配されるのさ?」
「みんな一緒に居たのにシロだけいなかったら心配もするよ!」
なぜか怒られたシロはため息をついたあと、レイナを見て笑う。
「な、なによ?」
「いやー、いつものレイナで良かったって思ってさ」
「どうゆう意味よ?」
「別にー」
ふてくされるレイナは今は置いておく、とりあえず動かなければマズイと思い、ニケを起こす。
「んぁ? あんちゃん?」
「そうだよ、助けに来た」
そういうと、ニケは一瞬笑顔になるが、すぐに表情を暗くする。
「院長がオイラ達を……ごめん、オイラのせいで……」
「院長が悪いってだけで、ニケは悪くないだろ?」
お金の為に自分を信用している孤児を売る奴のために責任なんか感じてほしくないと思いニケをなだめているとレイナが嬉しそうにする。
「シロはやっぱり優しいね」
「そうかな~?」
「そうだよ」
「あんちゃん、これからどうすんの?」
「ああ、そうだった、ニケは俺と檻の鍵を探してほしい、レイナはルシアさんの怪我を診てほしいんだけど」
「ルシアさん?」
シロはルシアの方を見て指差すと、胸と背中を打っているはずと伝え、鍵を探し始めた。
ニケが気を失っているカルラの胸元から鍵を見つけると、それをシロに報告してから檻を開けに向かう。
(さすが子供……女の人の胸元も平気で漁れるもんな……)
切迫したこの状況でも、女性の体を弄るのは気が引けたのでシロはカルラを後回しにしていた。
「シロ、ルシアさんはたぶん大丈夫……でも、ちゃんとお医者に診てもらった方が良いと思う」
「そっか、ありがと」
腕が使えないので、シロは礼を言ってからレイナにカルラを縛るように頼むと、ルシアの側へ向かう。
レイナが診るときに動かしたのか、ルシアは仰向けに寝かされていたが、顔に髪がかかっていた。
シロはその髪をそっと指で掬い頬を撫でるとルシアが目を覚まし、シロと視線が合うと笑みを浮かべて口を開いた。
「もしかして私、助けられた?」
「これでおあいこだよ」
「そだね……、――っ!」
ルシアが起き上がろうとすると、どこか痛むのか顔を歪める。
「やっぱり、どこか痛む?」
「ちょっとね……たぶん肋骨を一、二本かな?」
「ちょっとじゃないじゃん!」
「あはは……でも行かなきゃ」
「行くって、どこへ?」
「官吏が逃げる前に捕まえないと」
そういうとルシアは立ち上がり部屋の外へと向かう、シロはまだ足元がフラついているレイナとニケに捕まっている人達をまかせて、ルシアを追って廊下に出ると上の階が静かになっているのに気付いた。
「上が静かになってるけどカインズさん無事かな?」
「だいじょうぶよ、心配いらないわ」
その自信はどこからくるのか聞きたいところだが、廊下の奥からピリピリした空気を感じてシロは口を閉ざす。
どうやらルシアも同じようなものを感じたらしく、額に汗が浮かんでいるのが分かる。
一直線の廊下を奥まで進むと扉があり、それを二人で開けて中の様子を伺うと部屋の奥から若い男の声が聞こえた。
「いらっしゃい良く来たね。――なにもないところだけど歓迎するよ」
透き通るような声をしたその若い男の言葉は二人の耳によく届いた。若い男は黒髪黒目の整った顔をしており、余裕に満ちた笑みを浮かべながら警戒する素振りも見せずにこちらに歩いてくる。
それを止めたのは若い男の後ろから走ってきた身なりの良い太った中年の男だった。
「フォーエン、話などしていないでその賊を捕らえるのだ!」
「リベド殿、その必要はありませんよ。ここは放棄します」
「放棄!? 馬鹿な事を言うな! この研究に儂がどれほどの金と時間をかけているのか分かっているのか!?」
リベドという男が必死に抗議しているが、フォーエンと言われた男は気にも留めずにシロ達の方を見ている。
「彼がリベド……ということはあの男がこの町の官吏のようね」
「それじゃあ、あのフォーエンとかって男は?」
「あっちは知らない……けど……」
捕まえるべきは官吏であるリベドだが、シロはフォーエンから視線を離せなかった、ルシアも同様であの男から放たれる静かだが重いオーラのようなものに圧倒されていた。
「フォーエン! これは命令だ、そこの侵入者を捕らえろ殺しても構わん!」
そう言い放ちリベドがこちらを指差すと、フォーエンがその腕に触れる。
リベドの腕に触れた瞬間フォーエンの手が光り腕が風船のように弾け、リベドが悲鳴を上げて倒れ込むとフォーエンが喋りだす。
「リベド殿、僕はあなたのように金を得るために誰かを犠牲にする人間は嫌いではない、しかし僕はあなたの部下ではなく協力者に過ぎない、そんなあなたに協力するのはここで得た研究のデータを貰えるからでありあなたの為ではない。 その見返りにこの地下に施設を造り情報も隠蔽してきた……だが僕が離れた半年の間にあなたは多くの痕跡を残しすぎた、だからここは放棄する…分かりますね?」
恐怖か苦痛か、リベドはフォーエンの顔を見て固まっている。
そんなリベドを見てフォーエンはニコリと笑い、手を差し出すと魔法陣が浮かび上がる。
「という訳で、あなたにはこの施設の責任者としての責務を全うして頂きたい」
フォーエンの言葉の意味を察してルシアが動くが怪我のせいか動きが鈍い。
「……っ!――待ちなさい!」
ルシアが叫ぶとフォーエンが笑い魔法を展開させ、リベドの体はバラバラに吹き飛ばされた。