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Free story  作者: 狐鈴
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旅路

 靄がかかったような意識が晴れていく。


「ん、戻ってこれたのか」


 誰に言ったわけでもなく呟くシロ。そこへ――


「おはよう白君。僕の方が先に歩き出したのに同時に戻ってくるとは、はやり連れて行かれたのは精神だけだったんだね」


 一人納得したように頷くレクト。

 涼しい顔をしてはいるが延々と歩き続けようとしたことには不安を覚えたことだろう。きっと……


「さて、どれくらいの時間が経ったのかは定かではないが、そろそろここから退散しようと思うのだが白君は僕の逃げ道を阻むのかい?」


 シロはレクトのその質問に首を横に振った。


「いんや、しないよ。まぁ、もしもこれから立ち塞がるであろう騎士達を殺してでも退けるって言うのなら俺も戦うだろうけどねぇ~」

「なるほど」


 レクトは嬉しそうに頷くとシロに背を向けた。


「それじゃ、向かってくる騎士は適当にあしらって逃げるとしよう。君が来たら僕の魔法も消されかねない」


 肩を竦めながらレクトは階段へと駆けて行った。

 レクトの姿が見えなくなってからシロは大きく息を吐いた。


「ぶはぁっ! ほんとあいつと向かい合ってると生きた心地がしない……。ほんと、こっちに来てから何度殺されずに見逃されたかなぁ……ほんと俺は……」


(運が良いんだな……。見逃される事もなく、助けられる事もなく殺されたヤツだっているのにな)


 シロは何故、自分だけが助かってしまったのかと考える。それはイルティネシアに来てからと、それ以前の両親が殺された事件のことだった。

 自分だけが生き残ってしまった意味を(ハル)とルシアに見出そうとして守ろうとしている。それはそうでもしなければ他者の命を背負い込み過ぎて、潰れてしまう恐れがあったが為の自己防衛だったのかもしれない。

 そうする事によって保っていた自己も、守るべき対象が二つの世界にできてしまったことによって迷いが生まれてしまっている。


(本当にどうしたらいいんだろうなぁ……)


 その問いの答えは未だに見つかってはいない。











「しかし、本当に見逃してくれるとは、白君は警戒心があるわりには人を信用しやすいね」


 階段を駆け上がったレクトが足を止めてそう呟く。そして道を阻む人影に視線を向けた。


「何者だ!」


 それは、まだレクトが侵入したという情報を知らずに見回りをしていた騎士だった。

 当然、不審者を見つけた見張りが取る行動は一つだ。剣を抜いてレクトに向かって警告をする。


「大人しく投降しろっ! さもなくば……っ」


 警告をしている最中にレクトが身を屈め距離を詰めると、騎士の腹部へと拳を打ち込み同時に小さな魔法陣を展開させる。


「安心していい、殺しはしないよ」


 レクトの言葉が終わると同時に空気が爆ぜ、騎士が数メートル吹き飛ばされ意識を失う。


「やれやれ、こんな優しい魔法を使ったのは久しぶりだ。さて…と、怖い人達が近づいているようだし行くとしようか」


 そう一人呟くと近くにあった窓を開け放ち、静かに飛び出して行った。








 地下へと向かう階段を降って行く。

 焦る気持ちを抑えて御堂は、指示を出し終えたカインズ達と合流してシロが向かったと思われる地下へと向かっていた。


(無事でいろよ……成瀬!)


 シロの無事を祈る。

 階段を降る時に手薄とはいえ警備がされていたにも関わらず、近くの窓が開け放されていた事に疑問を感じる事もないほど御堂には周りが見えていなかった。

 もし、ここで敵に襲われていたのなら一手も二手も反応が遅れいた事だろう。

 しかし敵の姿は無く階段を降りると、そこに広がる部屋にシロが一人立っていた。

 一目見て怪我をしているのは判ったが、すぐにこちらに気付き歩いてきた事で命に関わる程のものではないと安堵する。


「あれ? 御堂さん、なんで此処に?」


 シロが御堂に質問をするが、すぐに後からやって来たカインズ達を見て大体の状況を把握する。


「ああ……さっきの爆発音でも聞いて駆けつけたのかな? でも残念、レクトならもう逃げちゃったよ〜」


 大して残念そうな様子もなく、シロがそう言う。


「そうか……でも成瀬が無事で良かった」


 御堂がシロにそう返す。


「心配かけてゴメンね〜。それよりさ、御堂さん……クロネは?」

「クロネは……」


 御堂は俯き、血が滲むほど強く拳を握る。

 それは御堂が今一番聞かれたくない事だった。自分を信じて託してくれたのに、それに応える事が出来なかった。仲間を救うことが叶わなかったのだ、御堂はシロに対して申し訳ないという気持ちしか湧いてこなかった。

 そしてシロには御堂のその反応でクロネがどうなってしまったのかを理解する。


「そっか……。御堂さん、――ゴメン!」


 クロネを助けられなかった事を察した上で、シロは御堂に頭を下げる。

 そのシロの行動に御堂が戸惑う。


「なんでお前が謝るんだよ……! 謝らなきゃいけないのは俺の方だ、俺はあいつを…クロネを助けられなかったんだぞっ!」


 御堂の叫びが部屋に響く。

 それでもシロは頭を下げたまま口を開く。


「クロネを助けに行かずにレクトを追ったのに捕まえられなかった。あいつは別に誰かを狙っていた訳じゃなかったんだ……それなら、一緒にクロネを助けに行けば良かった」

「それは結果論だろ。あの時二手に分かれたのは、それが一番ベストだとお互いが思ったからだろ、だからお前のせいなんかじゃ……!」


 そこまで言って御堂は言葉に詰まる、そしてシロがそれに続く。


「うん、二人とも力が足りなかった。俺と御堂さんの所為だよ……。だから、自分だけを責めちゃ駄目だよ御堂さん」


 見透かされている様だったが、御堂はその台詞で幾分か心が軽くなった様な気がした。


「それで御堂さんは、これからどうするの? 敵に回したって程じゃないけど一悶着あった訳だし、俺はまた外に出て旅をするつもりだけど」


 シロの問いはいきなりなものではあったが、思う所もあった御堂は僅かに逡巡した後に頷く。


「俺も付いていくさ。この国に仕返しするつもりではいるが今のままじゃ力が足りねぇ」

「やー……仕返しって部分の気持ちは分かるけど、ほんとにやっちゃ駄目だよ?」


 御堂なら本当にやりかねないと釘を刺しておくシロ。

 そして、二人の会話が一段落したところでカインズが漸く口を開く。


「私も思う所が無いわけではないですが、王の命令は絶対です。私はそれに従うのみです」

「うん、わかってるよ。カインズさんが悪い訳でも王様が悪い訳でもないんだ……長い歴史の中で、敵同士になってしまっただけで……」


 それでも、いつかは皆が手を取り合って争う事がなくなればいいのだが、その為には誰かが動かなければいけない。世界平和なんて大それた事が出来るとは思っていないが、自分にはなにが出来るのだろう、とシロは思う。

 しかし、まだカインズの話は終わっていないらしくシロはその考えを頭の隅へと追いやる。


「とりあえず旅立つというのなら、必要な物くらいはこちらで用意させてください。客人をもてなす事もせずに帰すなど国としてありえませんし」

「手枷に檻、臭い飯くれてりゃ十分だろ……」


 と、カインズの言葉に御堂が悪態をつく。

 シロとしては旅の準備は毎回と言っていいほど国の方で用意してもらっているので、申し訳ないと言う気持ちとありがたいと言う気持ちがあった。

 だが、タダで施しをくれるはずもないだろうとシロが考えているとカインズが言葉を続ける。


「それと、レクトが此処でなにをしていたか…を知っている範囲で教えてもらいたいのです」

「等価交換だね。うん、それくらいは協力するよ」


 シロも旅の支度をしてくれるというのなら、それくらいの協力を要請されても文句をつけるつもりはない。

 そして二人は落ち着いて話しが出来るようにと部屋に案内された後、牢屋を抜け出してからの事を説明した。

 当然、その間にシロはルシアに傷を治療してもらった訳だが「なんで、また無茶をしたの!」と怒られはしたが理由を知っている為、それ以上のお咎めはなかった。

 なんとも理解のある彼女である。



 事情聴取も終わり睡眠をとった次の日に、シロと御堂とルシアは見つからないように城を抜け出していた。

 抜け出すと言っても、カインズに「また、ルシア様を連れ出すとなると問題も多いから一緒に行くのなら陽が昇る前に出た方がいい」と言われた為、カインズの協力のもと、城を出たに過ぎない。

 荷物はロックスが人数分を持って先に出たということで、カインズに指定された場所で落ち合う予定である。


「私、一緒にいてもいいの?」


 城を出て少ししてからルシアがそう聞いてきた。

 それは、クロネを処刑した国の一員であるが故に責任を感じての言葉なのだろう。

 だか、当然シロも御堂もルシア個人に怒りを感じている訳ではない。そもそも、ルシアがクロネを庇うところを二人は見ているのだから、責める気など最初からなかった。


「一緒にいていいに決まってる。俺ら付き合ってるんだしさ」

「う、うん」

「消えてなくなりてぇ……」


 シロの言葉に顔を真っ赤にして俯くルシアと、心底つまらなそうにする御堂と反応は様々である。


 そして、城を出て三時間程歩き、街道からも外れた辺鄙な場所へと辿り着く。そこには、もう何年も前に放棄されたと思われる集落があった。

 そこに昇ってきた陽の光に照らされて、光るもう一つの太陽…ロックスの頭がそこにはあった。


「立つ位置考えろよな……眩しい」


 呟く御堂に心の中で同意するシロ。

 こちらの気も知らずにロックスが近付いてくるが引くわけには行かない……。


「遅かったな。皆待っているぞ」

「皆?」


 誰の事を言っているのだろうと、三人が首を傾げていると一つの家から見知った顔が出てくる。

 一人は金髪蒼瞳の男、もう一人は桃色の髪に緑の瞳をした女性がそこにはいた。

 それはつまり


「クロウにミリアナさん!? なんでここに?」

「誰だ?」

「クロウ兄様とミリアナ義姉様、私の家族です」


 ルシアの説明で警戒を解く御堂。

 クロウはシロの質問に答えるために口を開く。


「今回こっちに来たのは野暮用でな。でなければ、こんな所には居ねえよ」

「えー。でも、ここ静かだし良いところだよ? また来たいな〜」

「そうだな、一軒くらい改修しとくのも良いかもな」


 と、ブルジョア発言をするクロウ。

 さすが王族と思わせる。


「それで、その野暮用ってのは終わったの?」

「ん? ああ、それはお前らが来たから、これで終わる」

「俺たちが来たから? ってどういう……」


 その意味を聞こうとしたが、クロウが先に声をあげる。


「おいっ! こっちに来な」


 と、誰かを呼ぶ。

 そして、静寂が訪れる。


「ん? クロウの独り言?」

「んなわけ、あるか!」


 素早いツッコミとゲンコツを食らうシロ。

 そして、ミリアナが先程出てきた家へと向かい、家の中へと入ると誰かの手を引きながら出てくる。

 その手は抵抗している様だったが、流石はミリアナと言うべきか抵抗をものともせずに家から引っ張り出す。

 そこから出てきた者は――


「クロネ……?」


 ルシアがポツリとその名前を呼ぶ。


「はい、ルシアさん。お久しぶりです」


 ルシアの呼び掛けに応じるクロネ。

 シロも御堂も幻でも見ているかの様な気分だった。

 クロネは固まっている二人に気付き、申し訳なさそうな様子で近づいてくる。


「あ、あの…ミドウさん、シロさん……私、生きてました。スミマセン…!」


 と、頭を下げるクロネ。

 その謝罪を受けてシロが慌てて


「いやいや! なんでクロネが謝るのさ!? 俺達なんかクロネを守れなくて、処刑まで行われて……ってどうしてクロネが此処に? それになんでクロウやミリアナさんと一緒に居るのさ?」


 などと、色々聞こうとするが、そこにクロウが割って入ってくる。


「落ち着けシロ。まぁ気持ちは分かるが、その辺の説明はこれからするから静かにしてろ」

「ん、ああ…冷静じゃなかった、ゴメン……。もしかして目の前に居るクロネはミリアナさんが作った人形…なんて事ないよね?」

 

 シロは以前、ミリアナの擬態魔法で作り出されたルシアの人形に騙された時のことを思い出す。

 そんなシロの言葉にミリアナがむくれながら反論する。


「シロくんひどいー! 私でもそんな性質の悪い冗談はしないよー」

「まったくだ。ミリアナを悪く言う、お前には説明してやる気にもならん。と言うよりクロネが無事に此処にいる理由が正にそれなんだがな……」

「あっ……」


 説明しないと言いつつも教えてくれるツンデレクロウの言葉になるほど、と納得するシロ。

 確かにミリアナの木々で作る擬態魔法は恐ろしく精巧な人形を作り出せる。そして今回行われた処刑方法は火刑、ミリアナの擬態魔法の証拠を残すことなく片付けられる。

 しかし、そうなるとマラカトにいたはずのクロウ達がここに居ることに疑問が残るが、それを指示した者には心当たりがあった。


「今回、クロウ達が動いたのは王様の指示?」

「まっ、分かるよな、そりゃ」


 クロウは濁すことなく、あっさりと答える。


「親父は今回の事で貸し借りがチャラにできるから、なんとかしたかったみたいだぜ」

「チャラどころか釣りがでるよ……でも、本当に良かった」


 クロウと話をしていて、漸く実感が沸いてきたシロは脱力したように肩から力を抜くと、御堂の方へと視線を向ける。


「良かったね御堂さん」


 振り返ると、御堂が涙を浮かべながらクロネを見つめていたが、シロの声で我に返る。


「ああ、そうだな。本当に良かった」


 そう御堂が呟き、ルシアはクロネへと抱きつき「おかえり」と言い、それにシロと御堂も続いた。

 ルシア達のその言葉にクロネの瞳からは涙が溢れてくる。


 零れ落ちる涙には「生きていて良かった」というクロネの想いが込められているように感じられた。

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