告白
「ん……」
シロは意識を取り戻しゆっくりと瞼を開くと、夜が明けたのか目の前には澄み渡る青空が広がっていた。
「日が昇ってる……結構眠ってたみたいだなぁ俺」
太陽が真上にあるということは昼間くらいの時刻だということを把握してシロは身体を起こそうとすると、腹の上に何かが乗っているのが分かった。
「ってルシア……寝てるのかな?」
身体を起こそうとシロが動いてもルシアが動かないので、しばらくそのままでいると誰かの足音が近づいてくるのがわかった。
「おう、起きたか成瀬」
その声の方向へと顔を向けると土に塗れ少し疲れた様子の御堂が立っていた。
「姫さんに感謝しておけよ、お前の怪我がかなり酷くて朝方まで寝ないで治療してたみたいだからな」
御堂に言われシロは眠っているルシアの頭を撫でる。
「お熱いなー」
「やめてって……。でも治療されてるって事は皆逃げなかったんだねぇ」
気持ちは嬉しいが逃げてくれなかった事に複雑な気持ちになるシロは、とりあえず茶化してくる御堂にジト目で返すと御堂は困ったように頭を掻きながら喋りだす。
「俺は止めたからな……。姫さんはマジで逃げる事に反対だったみたいで止める俺に剣を抜こうとしたくらいだぞ」
「そりゃ災難だったね」
「他人事みたいに言うんじゃねえよ……」
御堂が呆れたように溜息をつくが、御堂も剣を抜こうとしたルシアに対し刀を抜いて応戦しようとしたとシロには言わない。
(なにされるか分からんしな……)
と保身の為に、そしてまだ傷の癒えないシロを思っての配慮だった。
そんな御堂の内心を知らないシロは周りを見回し御堂に訊ねる。
「ロックスさんは無事だった?」
シロが訊ねると御堂が頷く。
「怪我はまぁ酷かったがお前みたいに内側をやられてた訳じゃなかったしな、さっきまで俺とクロネの三人で森に入ってた。今は汚れたから川で水浴びでもしてるんじゃないか?」
「森に?」
水浴びのところは聞き流して、森に入る用事となるとクロネの仲間の捜索だろうとシロはすぐに思い至ったが、そこにロックスまで参加したというのが意外だった。
「よくロックスさんが動いたね」
「それに関しては同意だが、おそらくは昨日クロネがお前達二人の戦いの異変を感じ取って引き返した事に思う所があったんだろ」
「異変って?」
戦っていて状況が分からないシロが訊ねると御堂は肩を竦める。
「さあな、クロネは匂いと言っていたが俺にはよくわからん。だがそのおかげで戦いが終わってすぐに駆けつける事が出来たのは事実だ」
「そっか、助けるつもりが助けられちゃったんだなぁ」
格好悪いな、とシロは呟きながら笑うと御堂が否定する。
「クロネは随分と感謝してたぞ。あとで来ると思うがあいつはあいつで辛いだろうからな」
御堂が少しつまらなそうに言うと急に真面目な顔つきになる。
シロは御堂の様子から大体の事情を察する。
「なんで土塗れなのかと思ったけど、もしかしてクロネの仲間は……」
「ああ……駄目だった。俺じゃあれが誰だったかなんてわかりゃしないがクロネは匂いで判断がつくらしい……
四人とも埋めてきたから今は一人にしておいてやった方がいいだろ」
そう言う御堂も辛そうな表情で森の方に視線を向け、
「こんな時はなんて言葉を掛けてやったらいいんだろうな……」
と呟いた。
シロもこちらに来てから人死にを何回か見てきたが、やはりなんと言っていいのかわからなかった。
なのでシロはシロなりに出来る事をしようと考えている。
「やっぱり普通に接してあげるくらいしかないんだよね……」
「ああ」
二人が暗い表情で話をしているとルシアが目を覚ましたのかゆっくりと起き上がった。
「ん~。シロ怪我の方は大丈夫そう?」
目を擦りながら聞いてくるルシアにシロは礼を言う。
「まだ少し痛む所はあるけど、あれだけ怪我してたのにここまで治れば十分だよ」
礼を言われてルシアは嬉しそうに笑った後に少し険しい顔つきになる。
「シロ、今回の事でシロに言わなきゃいけないことがあります」
「な、なに?」
ルシアに改まってそんな事を言われてシロは若干驚くと、ルシアがコホンと咳払いをしてから喋りだす。
「昨夜の魔物は強力だったけど、もうあんな無茶はしないでほしいの。また誰かが…大事な人が死んじゃったら
私……」
「ルシア…」
昨夜の戦いで勝ち目がないと分かった時点でシロは死なせたくないという理由で全員に逃げるように言った、だがそれは逃げる側の気持ちを考えていないものだった。ルシアに言われてシロは自分のあの時の気持ちが押し付けでしかなかったと気付くが、それで全員で戦っていたら誰かが死んでいたかもしれない可能性もあったのも確かだった。
「ゴメンなルシア。でもあの時、逃げられる可能性があったのは俺だけだったし皆で戦うのは無茶だよ……」
シロはさすがに戦闘の途中で逃げる事さえも難しいと気付いた事には触れないでおくことにする。
「でも、私…シロには死んでほしくない! 逃げてる自分が嫌だった…シロが死んじゃうなら私も残って一緒に戦ってそれで……」
そこまで言うとルシアは泣きそうな顔をした後に俯いて黙ってしまう。
シロは困り果ててしまうがルシアの想いは素直に嬉しいと感じてしまっていた。
(一緒に死にたい、みたいな事言われて喜んじゃうなんて最低だな俺……)
決心が鈍りそうになるがシロは頭を振ってからルシアの肩を掴んだ。
「ルシア…俺さいつか元いた世界に帰るつもりだ。だからルシアの気持ちには――」
「―っ!」
応えられない――、そう言おうとした時だった。ルシアが急に立ち上がり、
「それでも私はシロの事が好きなの!!」
と瞳から涙を流しながら声高らかに叫んだ。
「…………」
シロの思考回路はそこで止まってしまう。
ルシアは行動は大胆だが、こういった話には免疫がないようで自分から言い出すことはないだろうとシロは考えていたのだが、その予測ははずれてしまった。
そしてシロも目の前で告白を叫ばれると思っていなかったので、みるみる体温があがって赤面していくのがわかった。ルシアの表情にも照れはあるようだが、それ以前に真剣な眼をシロに向けていた。
そんなルシアの覚悟を垣間見て、もう下手に誤魔化す事なんてできないとシロも覚悟を決める。
「ルシ――」
「ルシアさんてやっぱりシロさんの事がお好きだったんですね」
シロが喋りだそうとすると耳をピョンと立て頬を赤らめたクロネが割って入ってきた。
クロネの声が聞こえシロとルシアがそちらに視線を向けると、こちらに歩いてくるクロネと居た堪れない様子で立ち尽くす御堂の姿があった。
それに一番驚いたのはルシアだった。
「ク、クロネさん…それにミドウ何時からそこに?!」
ルシアの問いに御堂が申し訳なさそうにしながら、
「あーっと、怪我の方は大丈夫? 辺りからだな…」
と答える。
「それ最初からじゃない! 嘘…やだ皆に聞かれてた?」
ルシアの先程までの赤面から血の気が引いて青くなってきているのがわかった。
「安心しな姫さん、誰にも言うつもりはねえからよ。……それよりクロネはもう少し空気を読んだ方が良かったな」
「空気…ですか?」
獣人のクロネでもラブコメ臭を嗅ぎ分ける能力はないらしく首を傾げていると、水浴びを終えたロックスが上半身裸でやってきた。
「おおシロ殿起きたか、お互い無事でなによりだ」
「ロックスさんも無事でよかったですよ」
二人が言葉を交わすとロックスはルシアの様子が変なことに気付き訊ねてくる。
「ルシア様、どうかされたのですか?」
ロックスがルシアに近づくと、ルシアがポツリと呟いた。
「なんでも……ないですよ!」
「ぷるぉあ!」
近づいたロックスにルシアが最後は叫びと共にビターンと張り手を食らわして逃走していった。
どうにも羞恥心がMAXになったようで、この場に居られなくなってしまったらしい。それをシロがすぐに追いかけていく。
そしてその場に残った御堂がビンタを食らって倒れたロックスに大丈夫か? と声を掛けるとロックスは鼻血を垂らしながら答える。
「大丈夫だ、騎士は理不尽に死ぬものだと先輩騎士が昔言っていたしな」
「結構打たれ強いんだな……。しかし姫さんも随分とテンパッちゃって」
「わ、私がいけなかったんでしょうか?」
ロックスの言葉に呆れる御堂と、先程の御堂の言葉でおろおろと焦るクロネ。
クロネの顔を見れば先程まで泣いていたと分かるくらいに目が赤くなっていたが、クロネも仲間が助からないだろうと昨夜の時点で覚悟を決めていたらしく、一頻り泣いた後は気持ちを切り替えようと努めていた。
そんな三人を置いてシロはルシアを追いかけると、ルシアが川の前に座りながら石を投げ込んでいるのを見つけるとシロが声を掛ける。
ルシアは一瞬ビクっと体を強張らせるが、シロだけだと分かるとホッと胸を撫で下ろすと今度は違う意味で緊張した様子を見せた。シロも十分に緊張しているが告白をした後のルシアの方が余裕がないのは想像に難くない。
今にも泣き出してしまいそうなルシアだったが、シロが笑みを向けると少し緊張が和らいだのがわかった。
そこまでしてからシロは本題を切り出す。
「ルシア……俺さ、いつか元の世界に帰る。だからずっとルシアの側にいる事はできない、だからルシアの好意は分かっていても応える事はできない」
シロの言葉を聞いてルシアの表情がどんどん暗くなっていく。
しかし、それでもシロは言葉を続ける。
「でもルシアの気持ちを聞いて分かったんだ、いつまでも溜め込まないではっきりさせないと駄目なんだって」
「シロ…?」
ルシアが首を傾げる、その表情には不安の色が濃くでていた。
そしてシロは覚悟を決める。
「俺もルシアが好きだ。――ルシアに助けられて初めて君を見たときからずっと……でも、それを言ったら最後にきっとルシアが傷つくと思って言えなかった」
「…………」
折角、勇気を振り絞って思いの丈を打ち明けたのに肝心のルシアからの反応がない。
「ルシア…?――ぅむっ!?」
恐る恐るルシアに近づいてシロが顔を覗き込むと急にルシアが抱きつき唇を塞いできた。
「ぷぁっ!――ちょ、ルシア?!」
いきなりすぎて息ができなかったシロがルシアの肩を掴んで引き剥がすと、ルシアが涙をポロポロと流しながら抱きついてくる。
「シロの馬鹿馬鹿! 私の気持ち分かってたのなら早く応えてよっ! どれだけ不安だったと思ってるのよ……」
「ゴメンって。でも俺の気持ちも分かってほしいんだけどなぁ」
「分かったけど知らないわよ。気持ちを伝える前に別れる時の事を考えてるなんて…シロはほんと馬鹿だよ……」
「だからゴメンってば……」
シロの胸で泣くルシアに、シロは困り果ててしまうがルシアの気は晴れないようだった。
「それに初めて会った時からって事は私より早く好きになってたって事じゃない。なのに何もしてくれないなんて……」
「俺の場合は一目惚れだったしなぁ。それならルシアはいつ頃から俺の事好きになったのさ?」
ルシアの問いにシロが同じ問いを返すと少し照れ臭そうにするルシア。
「わ、私は…舞踏会でシロが囲まれてる私を連れて一緒に踊ってくれた時くらいから…だよ」
「ああ、あの時かぁ」
「あの時か、って私嬉しかったんだからね! なのにその後、何もしてくれないし!――大体シロは…」
何かしてほしかったのか、と突っ込みを入れたくなるがシロは出掛かった言葉を飲み込むと、まだ文句を言っているルシアのその口に唇を重ねた。
「シロ…ずるい……」
唇が離れるとルシアが顔を赤くしながら呟く。
「待たせちゃってゴメンな、ルシア」
「ほんとだよっ」
そしてルシアがもう一度抱きつくと、二人は静かに唇を重ね合わせた。




