反撃
久々にスラスラと書けた気がします。
やはりブクマが一件でも増えるとやる気がでますね(`・ω・)
現金だな私…と思った今日この頃です。
森の中を走っている。
先程、後方で爆発音のような大きな音が聞こえてきた。
なぜ自分は仲間を置いて逃げているのだろう、と自問するが満足のいく自答はない。
見送ったきり帰ってこなかった兄、その兄の仇をとる為にと戦って命を落とした友、そして……私を逃がす為に残った少年。
そんな彼を置いて私は逃げている、自分の命とはそんなに大事な物なのかと、王族とはそこまで尊うべき存在なのかと誰かに問いたい。
(私はシロを死なせたくない…。今からでも一緒に戦って彼と一緒に……)
ルシアの中にはもはや希望はなく、死への恐怖も麻痺していた。
そして足を止めて踵を返そうとすると、御堂がルシアの腕を掴んだ。
「駄目だ姫さん。あんたは行っちゃいけねぇ」
「ミドウ、離して下さい」
「成瀬は逃げろと言った、あれは姫さんあんたに宛てた言葉のはずだ」
そんな事は理解している。
けど、それにこのまま従ってしまったらもう彼には会えなくなってしまうような気がしてならなかった。
だから戻ります、と腕を振り払って意思表示をする。
「あいつと会ってから日は浅いが、命懸けてまで頼まれた事を無碍にしてやるつもりはない……だから手荒になっても向かわせねえぞ…!」
御堂が刀に手を掛けるとルシアも手を細剣へと延ばす。
「容赦しませんよ……」
「安心しろ、俺も女だからって加減はしねえからよ」
軽口のように御堂が言うとルシアが剣を抜く。
その様子をハラハラしながらクロネが見ている。
「あ、あのこんな事してる場合じゃないですよっ」
クロネに言われるまでもなく二人は理解していたが、互いに引くわけにはいかなかった。
耳を低くしてオドオドしているクロネをよそに、二人は今にも斬りかかりそうな勢いだったがクロネがなにかを聞きつけた。
「この音…それに匂い」
「匂い?」
クロネが匂いを嗅ぐような仕草をしだすと二人は剣を下ろした。
ルシアは知る由もないが猫は人間より遥かに嗅覚が優れている動物であり、その獣人であるクロネが匂いを嗅ぎつけたのならなにかあると御堂は考えており、その読みは当たっていた。
「血の匂いです…シロさんにロックスさん、それにさっきの魔物の血です。匂いからして魔物は相当な深手を負ったようです」
「シロ……!」
クロネの言葉を聞いてルシアが走り出した。
「って、おい姫さん待て!」
御堂が叫ぶが当然ルシアは止まらない。
そして御堂の隣にいたクロネもルシアの後を追いかけて走り出していた。
「ネコミミ! お前までどこ行くんだ?!」
すると御堂の言葉にクロネが振り返ると申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げる。
「すみません、ミドウさん……。でも私、やっぱり自分のせいで誰かが傷つくなんてイヤです…!」
それだけ言い残すとクロネは来た道を戻っていってしまった。
一人残された御堂は深くため息をつく。
「はあーーぁ…。逃げなかったって知られたら成瀬に恨まれそうだな、こりゃ…」
憂鬱だとばかりに愚痴をこぼすと御堂も走り出したのだった。
「――――これは……!?」
ルシアが駆けつけると、そこは先程まで自分達が居た所とは思えない程の荒れ様だった。
見渡す限りの地面が割れ、岩が捲れあがり砂埃が立ち込めていた、一体どのような事象が起こればこのような事態になりえるのだろう、とルシアは考えるがすぐに我に返る。
「そうだシロ達はっ?!」
辺りを見回すが砂埃により視界が悪く、周囲を見渡すことができなかった。
「シロ…ロックス……どこ?!」
声をあげても返事は返ってこない。
ルシアの中で焦りが、不安が募っていく。
「ルシアさん、こっちです!」
すると後ろから声をかけられる。
後から追って来たクロネが追いつき、匂いでシロ達の場所を探し当ててくれていた。
「クロネ…さん? どうして……ううん、ありがとう!」
ルシアとロックスは獣人に対する先入観が強く、クロネを信用することができずにスパイと疑い続けていた、その態度はクロネ当人にとっては気持ちのいいものではなかったはずである。それなのにクロネはそんなルシアに嫌悪感を抱く素振りすら見せずに協力してくれている。
ルシアはクロネの協力に感謝しつつも、クロネ個人に目を向けることができないでいた自分を恥ずかしく思っていた。クロネの仲間が魔物に襲われたと聞いても同情の念しか沸かずクロネの気持ちなど考えもしていなかったが、仲間が危機に晒された時の不安をルシアが知らないはずがない。
本当に悪い事をしていたと、ルシアは気付かされる。
「前方にいるはずです、気を付けてください。シロさん達もそこにいるはずです」
クロネの言葉に従いながら付いて行くと彼女の言うように大きな何かが前方に在るのが分かったが、それからは動く気配が感じられなかった。ルシアとクロネが恐る恐る近づいてみるが食事中というわけでもなくドラゴンは完全にその活動を停止していたのだ。
「これは一体……ここで何があったの?」
ルシアが目の前の光景に驚きを隠すことができないでいた。
だがそれも仕方のないことだった。目の前で力尽きているドラゴンは頭に大きな風穴をあけて、その生命活動を終わらせていたのだから。
「おいおい…なんだこりゃ」
追いついて来ていた御堂が開口一番そう口にする。
あのドラゴンにこれだけの傷を負わせる事などできるはずがないと、攻撃を加えた御堂が一番理解していたからだ。
そんな風に驚きのあまり思考が停止してしまっている二人から少し離れたところでクロネが声をあげる。
「いました、こっちです!」
信じられないような現実を目の前にしてもクロネは冷静で、二人はその声の方向へと向かうと裂傷だらけでボロボロになったシロとロックスを見つける。
「酷い傷…どうしましょう……!」
「クロネさん、ちょっと下がってて」
クロネが二人の傷を見てうろたえ始めるが、ルシアが倒れる二人の前で膝をつくと治癒魔法をかけ始め周囲を温かい光りが包みこむ。
「これは……?」
「治癒魔法か、初めて見るな」
「綺麗な光…それに温かい」
御堂はその光を冷静に分析するが、クロネにいたっては先のドラゴン戦でシロと御堂が使った魔法が初見であり魔法自体に関する知識は持ち合わせていないので、その光景は幻想的に見えたのだろうか見惚れている様子だった。
ルシアが治療を始めてしばらくするとロックスが目を覚ました。
「生きているのか俺は……」
意識ははっきりしているようで、ロックスは自分がこうしてまた目を覚ます事ができたことに驚いているようだった。
「ロックス、目が覚めたばっかりで悪いが、これはアンタがやったのか?」
御堂が親指を立て背中越しに後ろで倒れているドラゴンを指差した。
その動きにつられロックスがドラゴンに目を向けると、小さく横に首を振った。
「いや、それをやったのはシロ殿だ」
「成瀬が?! …いや、でもアイツにこんな事できる攻撃手段なんてないだろ?」
「俺もそう思っていたんだが――」
それはクロネがここでの異変を匂いで察知する、ほんの数分前の出来事――
「相打ち上等! 俺を喰うならお前も覚悟しやがれってんだ!」
目前に迫って来たドラゴンはシロを一口で喰らい尽くそうと、その口を広げて突進してきていた。
だがシロからは魔法の準備をしてはいても消壁を展開させる気配がなかった。
「シロ殿!!」
ロックスがシロの名前を叫ぶが、そこでシロはあろう事かドラゴンへと向かって行った。
あの巨体であの速度で衝突すれば人間の命など簡単に散る事など誰の目からも明らかだったが、それでもシロは前進することを選んだ。
そしてドラゴンと接触する瞬間にシロは魔法を展開させる。
「ああああああああぁぁぁ!!」
シロが展開した魔法は飲み込まれないようにと口に栓をする為のものではない。
消壁を今まで防御として使ってきたシロだが、壁として使っていたのはシロが仲間を守るためにと使ったのがきっかけだったからだ。しかし魔法というものは本来は形が決まっている物ではなく術者の描いた物が反映される物なのであって、シロの魔法のように壁と形が決まっていることはありえない。
つまりシロは自身の魔法の在り方を正確に把握していなかったのだ。
ならできる筈だ、己の魔法が強固な盾になるのであるなら、堅牢な武器を作ることも不可能ではないはず――!
そしてシロの掌から強い光と共に魔法が展開される。
それは武器と言うにはあまりにもおこがましい、淡く光る透明度の高いガラスの様な物で造られた大きいだけの円錐状の形をしたものだった。
それがドラゴンの目にはどう映ったのかわ分からないが一つだけ分かる事がある、それは突如として口の中にそんな物が出現しては止まる事もできずに串刺しになるしかないという事だけだ。
魔法を展開するタイミングが速ければ消壁は噛み砕かれ、遅ければ一口で喰らわれるという状況においてシロはドラゴンが反応できない距離で冷静に魔法を展開させたのだ。
「ガアッ……!!」
短く悲鳴をあげてドラゴンはその口を無理矢理に塞がれ絶命する。シロの展開した魔法はドラゴンの口から頭に突き出ており、その突進の威力が窺い知れる。
だがシロが行ったのはその勢いに合わせたカウンターであり、その勢いを殺す事は当然できなかった。ドラゴンの口に飲み込まれる事はなかったシロだが巨体に弾かれ地面に叩きつけられていた。
そして完全な捨て身とも言える攻撃に息をするのも忘れて魅入っていたロックスも、失速し転がってきたドラゴンに吹き飛ばされて意識を失ってしまったのだった。
「と、いうわけだ」
ロックスがルシアの治療を受けながら意識を失うまでに起こったことを説明し終える。
「随分と無茶をするヤツだな成瀬は……」
呆れたように御堂が呟く。
「だが、そうでもしなければ倒せなかっただろう。しかし守る立場にある騎士が逆に二度も助けられるとは情けない話だ」
自嘲気味にロックスが言うとルシアが首を振る。
「そんな事ないよ、ロックスは私達を守るために自ら盾になろうとここに残ったのだから、立派に騎士の務めを果たしてるよ」
「ありがたいお言葉、勿体無いです…」
二人のやり取りを見ていたクロネが御堂に小さい声で訊ねる。
「騎士とか言ってますけどロックスさんとルシアさんは王国の関係者か何かなんですか?」
訊ねられた御堂は言って良いものなのかと考えるが、シロやロックスのためにドラゴンがいる場所に引き返した行動から見ても害意を持っていないと判断し話すことにする。断じてケモミミ娘のお願いに応じたかっただけではない。
「姫さん…ルシアはこの国のお姫様でロックスは騎士なんだと」
「ルシアさん王女なんですか?! きちんと挨拶しなきゃっ……!」
あわわ…と慌てるクロネだが御堂がそれを制す。
「落ち着けって、挨拶なら治療が終わってからだ。魔法はそれなりに集中しなきゃならないからな」
「で、ですよね。……すみません、ありがとうございます」
御堂とクロネが話しをしながら治療を見守っていると、ドラゴンの屍骸が淡く発光しだしたのに気が付き二人は警戒する。
「なんだ…まさかゾンビとなって動き出すなんて事はないだろうな……!」
御堂が不吉な事を口にするが、その予想ははずれドラゴンの屍骸は光の粒となって霧散していった。
その後も警戒は怠らなかったが結局なにが起こるわけでもなく静かなままだった。
「なんだったんだいったい」
御堂が誰に聞くまでもなく呟くが、その問いの解を知る者はいない。
こうしてケモミミ娘ことクロネを助けてからの長い一日はルシアがシロの治療を続けながら終わりを迎えたのだった。




