教会
シロとレイナは路地裏に入ると木剣の腹の部分で衛兵の頭を殴りつけた。
殴られた衛兵たちは抵抗する間もなく倒れる。
「俺、人に暴力を振るうのって良くないと思うんだ」
「なにいってんの、シロも共犯でしょ」
シロは自分の暴力性を否定しようとするがレイナに否定される。
そしてすぐにニケの後を追うとニケは男と話をしていた、おそらくあれが院長だろう。
どうやら院長はニケに自分と来るようにと説得しているようだった。
「孤児院のみんなは安全な所にいる、さあニケも一緒に来なさい」
「院長、オイラのほかに旅の人が二人いるんだ、その人たちご飯くれたりして良くしてくれたんだ、だからその人たちも一緒でいいかな?」
「いいとも、困ってる人がいるならみんな一緒に来るといい」
院長は優しい笑顔でそう告げるとニケにその旅人の所へ案内するように伝えた。
その様子を影で見ていた二人は小声で話をする。
「どうする? ついてく?」
「あの人、胡散臭そうだから俺はイヤだけど院長押さえたらニケが怒るよな」
「それに、このまま戻られるとそこで伸びてる衛兵見つかっちゃうよ?」
「見つかる前にとりあえず顔出しとくか」
そうして二人はまるで今来たかのように、何食わぬ顔でニケと院長の前に出ていく。
「ニケ急にいなくなったら心配するだろ?」
「ごめんよ、あんちゃん。それより院長が見つかったんだ! みんな安全な所にいるって! 今からそこに連れてってくれるんだってさ」
「そっか、よかったなニケ。――えっと院長さんはじめまして、俺はシロっていいます」
「どうも、私はロエルグと言います。ニケがお世話になったそうで……本当にありがとうございます」
「いえ、ニケには町の案内をしてもらったし、気にはしないでください。それで今の話なんですけどその安全な場所って言うのはこの近くなんです?」
「実はこの町の中ではなく外にあるのです、ですから今はまず私が昔使っていた家へ行き、そこで夜まで待ちましょう」
「やっぱり町の官吏が失踪に関わっているんです?」
レイナが訊ねると、ロエルグの動きが一瞬止まる。
「――ええっと、あなたは?」
「あっ、すいません私はレイナと言います、サレット村から来ました」
「ああ、なるほど……レイナさん、官吏を疑うような発言は控えたほうがいいですよ? もし聞かれていたらその場で取り押さえられてしまいますから……」
「実はさっき衛兵がニケの後を追っていたんで気絶させたんですけど……」
「なら、この辺は危ないかもしれない、早く私の家へ行きましょう」
シロ達はロエルグに急かされて隠れ家へと向かう。
途中で衛兵に見つかることもなく無事に家へ着いたシロとレイナは大きくため息をついた。
「「ふぅ~」」
「ようやく人心地つけたね、なんかずっとドキドキしてたよ」
「だね、あとは夜になるのを待つだけかな」
「それでは夜までまだ時間もあるので、なにか簡単なものを作りましょう」
「あ、それじゃ私も手伝います」
レイナが手伝おうとするとロエルグが休んでいるようにとレイナを座らせ、台所のほうへと向かう。
「ロエルグさん優しそうな人だね」
「だから言ったろ院長は優しい人だって!」
「悪かったって!」
「シロはさっきまで疑ってたもんね」
「レイナだって共犯だろ?」
「私がどうかしましたか?」
ロエルグが顔を出すとニケは、シロが院長が怪しいと考えていた事を伝える。
「ほんと、すいません……」
「いえいえ、今の町の状況からすれば信用はできないでしょうからね」
そういいながら、ロエルグはサンドイッチと水を用意すると、町を出るための準備をすると言って部屋の奥へと行った。
残された三人はロエルグが用意してくれたものをつまみながら話をする。
「そういえばサレット村の人のことをロエルグさんに聞けばなにか分かるんじゃないのか?」
「あっ、そうだね! あとで聞いてみる」
「ねーちゃんの知り合いも無事だといいな」
ニケは屈託のない笑顔でレイナにそう告げる、孤児院の仲間が無事だと伝えられて少しは元気になったようで昨日会った時よりはしゃいでいる。
「もうだいぶ日が落ちてきたね」
「ロエルグさん遅いな、まだ準備してるのかな?」
「夜までまだ時間あるし、だいじょ~ぶだって……ふぁ」
ニケは欠伸をしながら呟くとそのままウトウトしだした、はしゃいでいたので疲れたのだろうと思い、シロは荷物から制服を取り出してニケに掛ける。
「シロやさしーじゃん」
「もともと優しいですよー」
相づちを打つがレイナの反応が鈍い、どうやらレイナも眠くなってしまったらしくそのまま寝かせておく。
(このタイミングで二人して眠るってことは………はぁ~)
心の中でシロは大きくため息をつくと、テーブルに突っ伏した。
ロエルグが奥の部屋から戻ってくると三人とも眠っていた。
「みなさん、ここで寝ていては風邪をひいてしまいますよ?」
声をかけても誰も返事をしない、さっき出した食事に睡眠薬を盛ったのだから当然である。
「これでようやく金がもらえるよ」
誰に話すでもなく呟くとロエルグはくっくっと笑い、そのまま家の外に出ようとドアに手を掛ける。
「お金目当てってことかー」
唐突に声をかけられ振り返ろうとするロエルグは襟をつかまれ勢いよく後ろへ引っ張られると、バランスを崩しそのまま倒れそうになる。
すると倒れこむロエルグの顔に膝がめり込む。
膝蹴りをくらい無理矢理な方向転換をさせられて倒れるロエルグは蹴られた顔を押さえながら蹴った相手を見据える。
「――シロくん……」
「残念だったね、ロエルグさん」
「な、なんで……」
「なんで眠ってないのかー……ですか? ――だってロエルグさん怪しすぎですもん」
「それは間違いだって、君も謝ってきたじゃないか」
「俺が怪しいって言ったのはあなたに会う前の話ですもん、それに会ってからもロエルグさん町から出るための算段も話してくれないし、やっと会えたニケともあまり話してない、心配してたって態度じゃないよアレは」
ロエルグはそのまま俯くと服の内側に隠していたナイフを取り出し、それと同時にシロに襲い掛かろうと立ち上がる。
その瞬間、シロはロエルグの顎を蹴り上げた。
「ぶっ!」
ロエルグは歯を何本か飛ばし、血を吐いてから力なく倒れるとシロもその場に座り込む。
「はぁ……ほんと暴力は嫌なんだけどな……不意打ちだからなんとかなってるけどナイフとか勘弁してよ」
愚痴をこぼしながらロエルグを縛る、とりあえず脈はあるようなので安心する、こんな状況とはいえ殺しは御免である。
(ここが安全っていう保障はないから移動したいけど二人抱えてじゃ動けないか……)
なかなか深刻な事態だが、気持ちよさそうに寝ている二人を見るとどうにも緊張感に欠けてしまう。
シロがどこに隠れようか悩んでいると外から物音が聞こえた。
おそらくはロエルグの仲間だろう、これから連絡をするのかと思っていたが、どうやらここが取引場所のようだった。
(どうしよ……何人いるかな?)
外の様子を伺おうと入り口に近づくと誰かがドアを開けてきた。
「まずっ!」
慌ててドアを蹴り返すと鎧を着た男が挟まり声を上げるが、すぐに抜け出すとドアから離れて戻っていく。
シロは男が着ていた鎧に見覚えがあった、昼間気絶させた衛兵が同じものを着ていたのだ。
「これで犯人は確定かな~、しかしこの状況……詰んだかな?」
木剣を手にしてから入り口で構える、しかし衛兵が乗り込んでくる気配がない。
シロは僅かに空いているドアの隙間から外を様子見る。
すると十mほど離れた位置に光を見つける、その光源は円を描きその内側に紋様のようなものが浮かんでいる。
空中に描かれた紋様は淡い光を放っている為、それを描いている人物がよく見えない。
「もしかしてあれが魔法?」
シロが言い終えると同時に、紋様が強く光るとドアが勢いよく弾ける。
その衝撃でシロは吹き飛ばされ背中を強く打つ。
「げほっ……ごほ――なんだよ今の」
咳き込みながらどうにか起き上がったシロは、家に進入した衛兵が血まみれのロエルグに気を取られている隙に窓から家を飛び出した。
どうにか逃げ切れたらしくフラフラになりながらもシロは教会に辿りついた。
なぜ教会かというと安全な場所が思いつかなかったので、困っている人なら助けてくれそうな、この場所を選んだだけの事である。
しかし、先程吹き飛ばされたせいか身体中が重く、シロは教会に入ってすぐに気を失ってしまった。
遠くで鳥の鳴く声がした、その声につられ意識を取り戻すとシロはベッドで寝ていた。
すごく心地良くてもっと寝ていたいと考えたが、徐々に今の自分の状況を思い出してきてのんびりできないと体を起こす。
(あれ? なんで俺、布団で寝てるんだろ……昨日は教会の前に来てそれから――)
そこまで考えてから自分の腕に柔らかいものが当たっているのに気づき視線をやる。
「うおぁ!?」
なぜかそこには金髪の綺麗な女の子が静かに寝息をたてて寝ていた……しかも裸で。
そこでシロは自分も裸だということに気づいた……。
(あれ? 俺ナニしたんだろう……)
自分はナニもしていない――はずなのだが、なぜにお互い裸なのでしょう。
この状況からすると、まさかの脱・童t……
(ぬあぁぁ! せめて感触でも残っていればっ!)
シロが悶えていると、横で眠っていた女の子が目を覚ます。
「ぅん……」
可愛い声に思わずドキッとする、そこで少し冷静に考えるシロ。
(もしかしてこのまま起きたら俺って、この娘襲ったって扱いになんないよね?)
そうこう考えているうちに女の子が身体を起こす、せめて胸あたりは隠してほしいものだと鼓動を速くしながらもそんなことを思う。
シロがそんな事を考えているとは思っていないようで、女の子は寝ぼけた目でシロの様子を伺っている。
すると女の子が思いついたように口をあける。
「あっ! きみ、身体のほうは大丈夫?」
「へ、身体? ……特には問題ない…みたいだけど?」
「そっか良かった、――昨日のことは覚えてる? 君、教会に来てすぐ気を失っちゃってさ~ベッドに運ぶの大変だったんだよ?」
「だから俺、ここで寝てたんですね……でも俺、なんで裸なんです?」
「一緒に寝たからだよ?」
「いやいや、どうして俺が君と一緒に寝てるんですか?」
この人には羞恥心というものがないのか……レイナみたいに殴ってくるよりはいいけど、反応はあっちの方が正しい気がする。
「あー、それはね。きみが倒れた後、ここに運んだらすごい熱があったから身体拭いてあげたの」
「え? 全身ですか?」
「そだよ?」
「……。」
「身体拭いたあとは、寒そうにしてたもんだから一緒にね」
駄目だ、この人恥ずかしすぎて顔見れない……たしかに助けてくれるかもと思って教会を選びはしたけど、予想以上だった。
教会にいるということは、この女の子はシスターなんだろうけど、皆こんなものなのだろうか?
意識しすぎると駄目なのでとりあえず話しをしよう。
「えっと、助けてくれてありがとうございました、夜分に転がり込んだ見ず知らずの俺の看病なんかしてくれて……」
「見ず知らずじゃないよ?」
「え?」
「昨日、君と女の人と男の子の三人で来てたでしょ?」
どうやら、昨日ニケに道案内してもらって教会に来たときに見ていたらしい。
「それだけで?」
「その連れ添いの人はいないし、きみは怪我をしていたし見捨てるわけにはいかないよ」
「神様の教えってやつですか?」
「あはは、神様は関係ないよ。私が人として君を助けたかったのだよ」
エヘンと胸を張る。
いや前隠してくださいホント、健全な男の子にはキツイです。
「どうしたの俯いちゃって? やっぱりまだ調子悪い?」
「大丈夫です……」
視線を合わせようとしないシロを見て察したらしく、ははーんと笑みを浮かべながらシーツを剥いで自分の身体に巻く。
「男の子には刺激が強かったかな~? 君の服はそこに畳んで置いてあるから着替えたら下においで、お腹すいてるでしょ?」
「なにからなにまで、すみません」
「いいよいいよ、それより君の名前はなんていうの?」
「シロです、成瀬 白。あなたは?」
「私はルシア、ここで住み込みのお手伝いやってます」
ルシアは名乗るとそのまま部屋をあとにする。
(ふぅ…色々とすごい人だなルシアさんって)
着替えながらさっきまでのことを思い出す。
なんかいろんな意味で疲れる時間だったなと考えるが、少しもったいなくも感じられた。
「この後どうしよう……レイナとニケ、無事だとは思うけど俺一人じゃなあ……」
町一つ相手にするとなると問題が大きすぎて自分一人では、どうにかなりそうもない。
頼れる人もいないので完全に手詰まりである。
「とりあえずルシアさんに相談してみようかな」
これ以上、迷惑かけるのも悪いとも思ったが仕方ないと自分に言い聞かせてシロは部屋を出た。