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Free story  作者: 狐鈴
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酒宴

 シロ達は昼過ぎには予定通りにチェロの村を出発していた。

 村を出る際にチチェが悲しそうな表情をしていたが、ヨークがいたせいかルシアに抱き付いたり等はしてこなかった。

 それはそれで、ルシアが寂しそうにしていたが連れて行くわけにもいかないので、必死に堪えている様子だった。



「獣人……本当に彼等がこの国に忍び込んだのなら危険ね」


 村を出てしばらく歩くとルシアがそう口にした。どうやらチチェとの別れから立ち直ったらしい。


「ロックスさんも厄介って言ってたけど、そんなに危ないの? その獣人って」


 シロのその問いにルシアが頷く。


「獣人は魔力、魔法が使えない代わりに驚異的な身体能力を有しているうえに、限りなく残酷、そして人を喰らうと伝えられているわ」

「伝えられて? その言い方だと直接会った事がないの?」

「ええ、交易があるところでは多少なりとは接する機会があるのだけれど、それ以外の人達には獣人と関わる理由はないわね」

「そんなもんなのか」


 ルシアの説明に相槌をうちながら、いつの間にか口調がお姫様モードになっているとツッコミそうになったがその言葉をどうにかシロは飲み込んだ。


「それに元々、我等と彼等は争っていたしな。互いに疲弊した国を保つために始めた交易も今では、我々の生活から切り離せない物になってしまった為に、我等とも手を切ることが出来ない状態になってしまっている」


 ルシアの言葉にロックスが補足をすると、二人して難しい顔をして考え込んでしまう。


「で、でもさ。それもまだ噂でしかないんだし、そんなに気にする必要ないんじゃないかなー?」


 シロがそう言うとルシアが「そうだね」と笑い、そこで難しい話を終わりにする。

 ロックスもそれに頷き、シトラトに着いたら書簡にて王都に報告だけはしておこうと言う事で話が纏まった。

 そうしてシロ達はシトラトに向かっていった。




「町までもう少しだね~」

「あー、こっち来てからだいぶ鍛えられたにしても、何日も歩き続けるのはしんどいな~」


 ルシアが地図を覗きながらそう言うと、シロの口から愚痴が零れる。

 いかに慣れようと文明の利器に囲まれ育った、現代人&もやしっこのシロにとって徒歩であちこちにある町村を練り歩くのは苦行でしかなかった。


「ふむ、とは言うがそれではシロ殿のいた所では、どのように移動していたのだ?」


 と、ロックスがシロに訊ねてくる。イルティネシアには動物がいない為、馬や牛の代わりとなる魔物を見つけても御しきる事が出来ないために、良くても人力車がせいぜいなのでロックスにはそれ以外の移動方法と言うものを想像する事ができなかったのだ。


「ん~、自転車とか自動車とか個人から複数人運べる物まで色々だよ~」


 ルシアとロックスは聞いた事のない言葉に興味津々のようで、シロは一つ一つ説明していく事にする。

 一通り説明し終えると二人はその見たことのない物に想像を膨らませているようだった。


「ならシロ、その自動車ってこっちでも使えるの!?」


 興奮気味になりつつもルシアがシロに迫る。


「いや~、物があれば出来るのかもしれないけど俺は技術者じゃないし作れないよ?」

「なんだぁ~、ガッカリ」


 うな垂れるルシアの後ろでロックスも残念そうな顔をして落ち込んでいた。


「しかしシロ殿の世界では人が空を飛ぶ事も出来るとは、いやはや恐ろしいな……」

「でも、空から見る景色ってどんなんだろうね。見てみたいな~」

「しかも離れたところとの情報伝達も可能とは、まさに夢のような世界だな」

「シロ殿の世界って……俺のじゃないし。それを言うなら、こっちイルティネシアだって魔法やら魔物、獣人までいる、そっちの方が俺にとっては十分に夢みたいな世界だけどね」


 シロは純粋にそう思っていた。当人にとって当たり前になってしまっている常識に大した感動は感じられないが、知らない世界の知らない常識には心躍るものがある。

 とは言っても半分ほどは命がけの血生臭いものなので、人生ままならない。


「でもそれなら、シトラトに行けば少しは楽しめるかもしれないよ」

「どういうこと?」

「それは着いてからのお楽しみだね」

「「?」」


 シロの言葉に?を浮かべ首を傾げる二人は、その後しばらく歩くとシトラトの町へと到着した。

 町に着くとロックスが王都に報せを送るためにと、官吏の屋敷へと向かいたいと言うのでそれに付いて行く。


「お? そこにいるのは、いつぞやの白髪ボウズじゃねえか?」


 屋敷を目指して町中を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた。

 その声に反応してシロが振りかえると、そこには知らないおじさんが立っていた。


「シロ、知り合い?」

「いや、知らないおじさん」

「た、確かに前に会った時にお互い名乗ってなかったな! 俺だよ俺!」

「ああ、詐欺の人ですか……」

「なんでだ!?」


 泣きそうになる見知らぬおじさんが叫ぶ。そういえば何処かで見たことがあるような気がする。

 そして詐欺という言葉に反応したのかルシアが見知らぬおじさんの胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せ足をかける。


「うぉ!」


 そのままバランスを崩した見知らぬおじさんはロックスに力の限り押さえつけられる。


「いででっ!」

「白昼堂々、詐欺とはたいした度胸だっ」

「ち、ちげぇって俺は……」


 そして、シロはここにきて思い出す。


「ああ、ザガンさんか!」


 ポンっ! と手を叩いてその名前を告げる。見知らぬおじさんではなかったのだ。


「「…………」」


 ルシアとロックスから冷たい視線を投げかけられる。

 しかし自分は悪くない、実行犯はその二人です。と開き直りたいくらいだった。





「ほんっっとうにすいませんでした!」

「申し訳ない……」

「いやいや、間違いは誰にだってあるさ。気にすんな!」


 ペコペコと頭を下げるルシアとロックスを笑って許すザガン。さっきのはちょっとした事故だと快く許してくれていた。

 しかし、知らないとはいえ王女と近衛騎士に頭を下げさせる、この村人(おじさん)は只者ではないなとシロは考えながらその光景を眺めている。

 若干、というか全てシロのせいなのだが矛先がこちらに向かってこなかったのは不幸中の幸いだった。


 そして、ロックスは屋敷へと向かい報せを送ってくると言うので、シロとルシアはザガンと話をして待つことにする。


「いやぁー、それにしても姉ちゃん! 強いなぁ、俺だって腕っ節には自信あるんだけどなぁ」

「……あははー」


 困ったような顔をしながらルシアは笑っていた。

 ザガンやこの町に住む者達は周辺に生息する魔物を狩って生計を立てているので、それなりに腕が立つはずなのだが、それを容易く引き倒せたのはルシアの技の練度と身体強化があってのことだ。

 しかし、それを口に出すわけにもいかず、こうしてルシアは返答に困っている。


「そういやぁよシロ、前にこっち来た時とは面子が違うな」


 余計な事を覚えているな……と思いながらも適当に誤魔化す事にする。


「俺等はほら、色んなことを調べる研究者なもんで派遣される人は毎回違うんだよ~」

「ほぉ、そんなもんかい」


 成程うんうん、と頷くザガン。どうにか南坂の話題になる前に納得させられたと安心するシロ。

 ルシアも特に気付いた様子もなく、聞き流しているようだった。

 そんなやり取りを終えると丁度、ロックスが戻ってきたので話を切り上げるとその場を立ち去る。


「それで、シロ。今度はどこ行くの?」

「えーっとね。町の外れに住んでる人の所」


 それだけ伝えてシロは案内を始めると、二人も後に付いてくる。

 少し歩いて町の外れに辿り着くとそこには小さいながらも家が建っており、その家の前には子供たちが群れていた。

 子供達は家の壁や扉を蹴ったり叩いたりしながら、なにか騒いでいるが大方の想像がつき家の主に同情する。

 それを眺めているとシロはその子供達の中に見知った顔を見つけた。


「フランカ、久しぶり!」


 シロの声にフランカが振りかえると、こちらの顔を見て声をあげる。


「あっ、シロさん! お久しぶりです!」


 タタタッ、とフランカが走りだすと家の扉が開け放され、黒髪の男が入れ物を抱えて出てくる。


「ほれ、これやるから今日は帰れ。あともう来るなよ」


 子供達が黒髪の男、御堂みどう 貴弘たかひろから入れ物を引っ手繰ると、嬉しそうにはしゃぎだす。


「やったねー!」

「タカヒロまた明日も来るからな~」

「最初っから出せばいいんだよ!」

「お兄ちゃん、ありがとねー」


 と、言いたい放題いいながら入れ物から飴を抜き取って去っていった。


「相変わらず子供達にたかられてるね~」


 シロの方に向かっていたフランカも御堂が出てきた途端にUターンして既に飴だけは手に入れている。

 御堂も家の近くに立っていたシロにすぐに気付き、こちらに向かって歩いてくる。


「よぉ、成瀬じゃねえか。今日はどうしたんだ?」


 声を掛けながらシロの後ろへと視線を向ける、シロの連れている人だからか敵意はないようだったが警戒しているように感じられた。


「そちらさんは?」


 御堂がそう訊ねると、ルシアとロックスが名乗りだす。



「ルシアとロックスな。俺は御堂 貴弘だ。名前で分かるとは思うが成瀬と同じ異世界人だ」


 簡単に挨拶を済ませると、御堂はフランカの方へと向きなおして口を開く。


「フランカ、成瀬と話がしたいかもしれんが俺等は少し話があるから今日は帰ってまた明日来い」

「え~、前にシロさんが来た時も私だけ除け者だったー!」

「大事な話なんだよ……なんか作っといてやるから我慢しろ」

「分かった! 我慢する!」

「変わり身はやいなっ!」


 御堂は完璧にフランカに遊ばれているようで、言質を取ったあとに走り去っていった。


「いやぁー、貴ちゃんは子供に甘いな~」


 ヒュッ

 ヒタリと首筋に刀が当てられる。「次にまた言ったらお前の首が胴体と離婚だな」と御堂から発せられているオーラが語っている。


「じょ、冗談だってー」


 当然、シロもこんな冗談で首を飛ばされては困るので愛称で呼ぶのを諦める。引き際を間違えるなんてことはしない。


「それで、どうしたんだ? こんなところまで」


 御堂は刀を鞘に納めながらシロに訊ねる、そしてシロもそれに応える。


「とりあえず、お腹減ったからなんか作ってー」

「…………」


 その言葉に御堂は固まり、後ろからルシアとロックスの溜息が聞こえる。


「はぁ…成瀬、お前って本当にいい度胸してるよな」


 溜息混じりに笑いながら御堂がそう言った。








「いやー、美味いなぁ~。一家に一人はほしいね」

「うん。ほんと、このヤキソバっての美味しいね。初めての味だわ……」

「たしかに美味いな……これに酒があれば、なお素晴らしい」


 御堂の家に上がり込んでヤキソバをご馳走になるシロ一行は各々が食事の感想を口にしていく。


「マジかよ……ヤキソバと一緒に酒をほしがるのか。ってたんに酒が飲みたいだけじゃねぇのか? まぁいいけどさ」

「おお」


 御堂がガサゴソと棚から酒瓶を取り出すとロックスが食いつく。どうも酒が絡むと人が変わるらしい。

 酒場での出来事を思い出しながらシロがロックスを見ていると御堂が声を掛けてくる。


「ん? お前も飲むか、酒」

「未成年だよ!」

「怒んなよ……聞いただけだろ」


 そう言いながら御堂がロックスと自分のグラスに酒を注いでいく。


「あれ? ミドウさん、私の分はないんですか?」

「ああ、悪い。用意するよ」


 言われて文句を言わずに用意する辺り結構お人よしだなぁとシロが考えていると、ルシアが未成年とは何か? と訊ねてくるとそれにロックスが答える。


「なんでもシロ殿の国では二十歳になるまで酒が飲めないらしいのだ」

「ええー!? 勿体無い……美味しいのに~」


 と呟きながら三人で酒を飲んでいく。


「成瀬は飲めないからな、前来たときは飲まないようにしてたんだが飲めるやつがいるなら今夜は付き合ってもらうかな」


 御堂がそう言うとカパカパと酒を飲み、空の酒瓶が増えていく。そしてルシアもロックスもかなりの勢いで飲み続けていく。

 そうなると、この後どうなるかは容易に想像ができそうなものだが、シロは敢えて止めずに巻き込まれないように少し距離をおいて眺めていた



「シロものみなしゃいよぉ~」


 のだが、めっちゃ絡まれていた……。


「いや、未成年っす」

「ひらないわょ~。なら、わらひがのまへてあげる~」


 ルシアがグラスに注がれた酒をくいっと口に含むとシロに口を近づけてくる。


「ん~」

「ル、ルル、ルシア酔ってるだろ! ストップッストップ!」


 慌てて止めようとするシロにルシアは容赦なくグイグイと押し寄せてくる。


(うおぉぉぉ~! 良い匂いがする…じゃなくて! マズイマズイ理性が飛ぶ! 頑張れ俺! 耐えろ俺! やればできる子だ、ってヤっちゃ駄目だ!)


 一人でテンパって窮地に立たされるシロだったが、不意にルシアの身体から力が抜けて身体をこちらに預けてくる。


「ルシア?」

「くー」


 完全に眠っていた……。少し勿体無いような気もしたが、とりあえず押し倒されなくてよかったと自分を誤魔化す事にする。

 そしてルシアを椅子に寄り掛からせると、自分の服が濡れている事に気付く。


「あれ? なにこれ……酒?」


 匂いを嗅ぐと服に付いていたのはどうやら酒のようだが、どこで? と考えて思い至る。


「はっ! まさか、さっきルシアが口に含んでいたやつか……」


 もう一度、服に付いた酒に目をやる。妙にドキドキしてしまう。


「やばい…鼓動がやばい……。これがご褒美ってやつですか!?」

「落ち着け」


 ムハーと取り乱すシロの後頭部にスパーンと突っ込みが入る。


「お前にそんな性癖があるとは知らなかった。悪いな、お楽しみを邪魔しちまって……」

「………………」


 場の空気に酔っていたと思われるシロの頭が急速に冷めていく。


「い、今のは見なかった事にしといて下さい」


 そしてシロは深々と頭を垂れるのであった。

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