少女
チェロの村長の家に泊めてもらったシロは翌朝、早めに起き出し鍛錬をする為に外へ出ると身体強化の魔法をかけ身体を動かしていく。
今日の昼頃には村を出る予定の為、ロックスとの訓練は止めて軽い運動程度にとどめておく。
程よく汗をかいた後、汗を拭きながら村の中を散策していく。
(サレット村に似ているなぁ……レイナは元気にしているのかなー)
レイナと別れてから既に二ヶ月近く経とうとしている、改めて考えると異世界に来てから随分と大変な日々だったと感じられる。
(なんか旅も当たり前みたいになってきちゃったし、慣れって怖いなぁ……)
自分が徐々にこの世界に順応している事になんとなく落ち込むシロだったが、ふと小屋の前に立っている二つの人影に気が付いた。
(あれは、ルシアと昨日の……チチェだったっけ?)
そこには昨日、村長の家で会ったチチェと名乗った少女とルシアがなにやら話をしていた。
「あんがとね、治癒魔法使えるのあたししかいないから、お姉ちゃんが手伝ってくれて助かったよ!」
「ううん、怪我させたの私だしね……。それよりチチェは治癒魔法、上手なんだね誰かに習ったの?」
「村は薬が届かない事って結構あるからさ、あたしが治してたらいつの間にか上達してたんだ」
「ああ~、なるほどね。でも魔法使えるってことは将来はお城に仕えるの?」
どうやら二人は昨日の野盗の治療をしていたようだったが仲良く話をしていたチチェは、ルシアの口から城の話が出ると急に表情が暗くなる。
「嫌だよ!」
「え?」
その怒りが含まれた言葉にルシアが少し驚くがどうしてなのか理由を尋ねる。
「だって城の連中は自分の事ばっかで、こんな小さな村の事なんてどうだっていいって思ってる。それなのに村の連中は町や城から来る役人にペコペコして、子供に構おうともしない!」
「チチェは村の人が嫌いなの?」
「嫌いだよ。自分がよければ後はどうだっていいみたいな考えの奴等なんて……でも、ここはあたしの生まれた村だから面倒みてるんだ」
そう言ってチチェが俯く。その様子を見ていたシロも、どうしたもんかと考えながらもルシア達の方へと歩いて行くとルシアがこちらに気付く。
「……シロ」
「よっ」
シロが手を上げて軽く挨拶するとチチェがムスっとした顔でシロを睨んでくる。
「あれ? なんか怒ってる?」
「今の聞いてたの?」
「うーん。チラっとね」
チチェの問いかけにシロがそう答えると溜息をついて小屋の壁へと寄りかかる。
「まぁ、いいけどね。城がどうとかはどうでもいいけど魔法が使えるのを城に伝えるのは止めてね、まあお姉ちゃんも魔法使えるみたいだしそんなこと伝えないだろうけどさ」
「魔法伝えるとよくないの?」
魔法が扱える者は城の監視下に置かれる為、魔法が使えることが判明したら王都に召喚されてしまう、それ故に自身が魔法を使えることを隠そうとする者は少なからず存在する。
だが、シロは以前にレイナからそのような話を聞いてはいたが、そこまで強制力があるものとは知らずにそう答えたのだが、それが当たり前であるチチェにとってはその発言自体が可笑しかった。
「はぁ? シロだっけ? あんた常識ないの?」
「うっわ。否定は出来ないけどこんなチンチクリンに言われると腹立つわー」
「なんだとー!」
チチェがムキーとシロに飛び掛ってくるが所詮は子供の攻撃痛くも痒くもない、と思っていたらチチェの前蹴りが見事に股間に直撃した。
「ぐぉおおお……そ、そこは狙っちゃ駄目だろ……ぐふっ」
堪らずその場に座り込み悶絶しながら訴えるが、子供に半泣きさせられているシロの言葉はチチェには届かない。
「あたしはチンチクリンなんかじゃないやい!」
ベーと舌を出しながらチチェが文句を言うがシロには痛みで聞いてる余裕はない。
そんなチチェの凶行をどうにかしてもらおうとシロがルシアに視線を向けると、ルシアはなにかに気付いたかのような表情をするが、それはシロの想像していたのとは違っていた。
「ゴメンねシロ……。さすがに私でもそこを治癒するのは…そ、その恥ずかしいの」
と、頬を赤らめながらルシアが答える。
「ち、違うからね!? そんな事これっぽっちも考えてないよ!」
「うーわー、シロっ最低だな~」
「って、お前も今の意味通じたの? ませてるな!」
「そんなことで顔を赤くするなんて、お姉ちゃんはまだまだ子供だな~」
そんな発言をしながらチチェは楽しそうに笑っている。
「そういえばなんで俺は呼び捨てでルシアはお姉ちゃんなんだ?」
直撃を受けた急所の痛みがだいぶ引いてきたので気を取り直して質問してみる。
「え? だって治癒魔法あたしより上手いし、昔からお姉ちゃんほしかったしさ。まあ、シロは呼び捨てでもいいかなーって思って」
あははーと笑いながらチチェが答える。
どうも目の前のチンチクリンはシロを自分より下に見ていて年上として敬う気はないらしい。
「って、呼び方とかどうでもいいじゃん。シロって小さい男だな~」
「おまっ、さっきから聞いていれば調子に乗りやがって」
そう言いながらシロはチチェの両頬をつねる。
「むむー! はにふるんらよー!(訳:なにするんだよー)」
「ふふん、聞こえんなぁ」
体格差があるので一度掴んでしまえばこちらのものだったが、なんとも大人気ないことである。
シロがチチェを弄びながらルシアの方を見ていると、なんとも嬉しそうな表情をしながら頬を緩ませていた。
「ルシア?」
「チチェ! 私の事これからもお姉ちゃんって呼んでいいからね!」
「お、お姉ちゃん、どうしたのさ!?」
シロにつままれていたチチェをルシアがひったくると、そのまま抱き寄せてそう伝えるとチチェが困惑した表情を浮かべる。
(あー、そういえばルシアって弟のマルクスの話をしてる時、すごい嬉しそうだったもんな。そうかルシアは幼子が好きだったのか~)
と、此処に至って初めて知るルシアの趣向になんとも言えない表情を浮かべ眺めているシロ。
「お姉ちゃん、ちょっ苦しいって! シロなんとかしてー!」
(大丈夫だとは思うけど王族権限使ってお持ち帰りとかしないよな、そこまでは節操なくないか……)
シロはそんな考えに至りながらもチチェの言葉を聞き流し生暖かい目でルシア達を眺める。
若干チチェが泣きそうになっているのも、きっと姉が出来た事による嬉し泣きだとポジティブ変換して見なかったことにする。
ルシアがチチェを一通り揉みしだいた後、息を切らして地に伏しているチチェの横でルシアと話をする。
「チチェと遊びたいなら一日くらい村に留まってもいいよ?」
「えっ!? うー、でも予定通りに進むよ」
少しというより、かなり残念そうにルシアがそう答えるとチチェがガバッと起き上がる。
「お姉ちゃん、もう町出ちゃうの!?」
「うん、ごめんね……用事があるから」
「そっか…無理言っちゃ迷惑だもんね。でもまた遊びにきてくれるよね?」
「うん。それは約束するよ」
「やったっ! 約束だよ!」
ルシアがニコリと笑いながら答えるとチチェは嬉しそうに飛びついた。
その二人のやり取りを見ながらシロは安堵する。
(城の話が出た時は凄い嫌そうな顔してたけど機嫌も直ったみたいでよかった。こうしてると年相応の子供だな)
チチェにたいして、そんな風に考えながら機嫌を直せたことに気をよくするシロだが、その為とはいえ急所の蹴り上げは勘弁してもらいたいと心の中で溜息をつく。
(まっ、チチェも楽しそうだし俺は退散するかな~)
そろりと、その場から移動しようとすると後ろからチチェが声を掛けてくる。
「シロ、ありがとね!」
「え?」
その不意の言葉にシロは思わず振り返る。
この少女はシロが気を使って嫌な話題から話を逸らし誤魔化してくれた事を理解しているのか? と一瞬考える、この子は小さいながらも周りをよく見ているようだった。
「あたしとお姉ちゃんの時間を邪魔しないために、消えてくれるんでしょ? ありがとね~」
「…………」
前言撤回、ただのお子ちゃまである。
「どうしたのさ? って痛っ!?」
シロの顔を覗き込んでくるチチェにとりあえず拳骨を喰れてやる。
「~~!?!?」
「じゃあな~」
訳も分からずに涙目になるチチェに爽やかに手を振って立ち去るシロの顔は晴れやかだった。
村長の家へと戻るとロックスがなにやら旅支度をしていたので、シロも一緒に手伝った後にロックスとヨークの三人で朝食をとることにした。
「そういえばルシアさんはどちらへ?」
「さっき外でチチェといたから、まだ一緒にいるんじゃないかな?」
ヨークの質問にルシアはチチェと一緒に外で朝食をとっているのだと考え、そう答えるとヨークが若干、不機嫌そうな表情をする。
「まったくチチェは私の言いつけを聞きはしない」
「ヨーク殿は少しチチェに厳しいのではないか? あれくらいの子供ならあれくらいで丁度良いと思うが……」
ヨークの態度が気になったのかロックスがそう訪ねる。
さすがに他所の教育にケチをつける気はないが、ロックスは自分の考えを伝えてみる事にした。
シロも同じような事を考えていた、実際チチェは父であるヨークや村の大人に相当な不満を持っているようだった。ただの反抗期とも考えられなくはないが……。
「しかし、チチェはまだ十歳になったばかりですし……それに村の外から来た者とも話し込んでいる姿を見たと言う者もいるようですし」
「まぁ、俺らもヨソ者だし」
「いえいえ、あなた達は私の命の恩人なのですから問題はありませんよ!」
シロの言葉にヨークは慌てて取り繕う。
(まあ、あれか。娘に構ってもらいたくて必死になって色々やってるのが逆効果になって、今じゃ「お父さんウザーイ」の状態にまで陥っちゃったって事かな~)
ヨークの慌てぶりを見ながらシロはそう判断する、ロックスも微妙な表情をしているので、どうやら何か言ってチチェの状況が悪くなる可能性を感じて、これ以上なにか喋るのを諦めたようだった。
「そういえば、ヨークさん達が運んでた積荷って港町、フロートでしたっけ? ――から運んできたんですよね?」
「ええ、そうですよ」
チチェのことになるとヨークの態度がおかしくなるので、とりあえず聞きたかった話を振ってみることにする。
「その港町って他の国からいろんな物が入ってくるんですよね? もしかして人の行き来も出来たりするのかな?」
元の世界に戻る方法を探すのが、いよいよ行き詰った場合は他国に行く必要が出てくるので少しでもそういった情報をシロは聞きたかったのだが、その問いにヨークは首を横に振る。
「無理ですね。船は国が所有しているので一般人は立ち入ることは出来ませんし、出港と入港時に両国の確認も入るので密航もできませんよ」
「じゃあ、どうすれば他国に渡れるんですかね~」
「シロさんは他国になにか用でも? それなら王都に行って渡航許可証を発行してもらうしかないのでは?」
「おお、なるほど!」
王族に知り合いがいるシロはそれなら簡単だとばかりに、ガッツポーズを取りながらロックスの方を向くと首を横に振っていた。
「残念ながら……他所の国、ラインテリアは人の行き来を禁止しているし、クェリコはそこまで厳しくなかったはずだが現在内乱中のせいで制限が掛かっているから王都で渡航許可を貰っても門前払いされるだけだ」
「なんだ~、そんじゃ仕方ないか……はぁ」
シロは溜息をつきながら、がっくりとしながらうな垂れる。
「ああ、そういえば……」
「ん?」
ヨークが思い出した、と言うように声をあげるとシロはそちらに視線を向ける。
「私たちがフロートについた時、港が騒然としていましてね。なんでもクェリコからの船に密航者がいたとかいなかったとかで……」
「密航なんて出来ないんじゃなかったっけ?」
「ええ、そうなんですが……詳しくは分かりませんがクェリコのスパイではという説が一番有力ですね」
「でも、内乱中でしょ? そんな余裕あんのかな?」
シロはもっともな疑問をぶつける。
「ですな……。まあ、あくまで噂ですので」
「噂に振り回されてもしょうがない。しかしクェリコの者がこの国に忍び込んだというなら厄介だな……」
ロックスが神妙な顔をしてなにやら考え事をしはじめる。
「まぁ、スパイとなると穏やかじゃないけどさ、国を出るにはまた港を出なきゃいけないわけだし大丈夫なんじゃないかな?」
「うむ。確かにそうなんだが、問題はそこではなくてな」
「?」
ロックスはまた少し思案しはじめ、シロが首を傾げているとロックスが口を開いた。
「クェリコの者は人間ではなく獣人なんだ」
その言葉はまさしくファンタジーだった。




