奇襲
シェーバは岩肌を削り、その中を居住スペースとしている、元々は鉱夫が掘った只の穴だか平地がない此処では家を建てるのが困難だった為そのようになったという。
そんな洞穴だらけの町の中央に、一箇所だけ古めかしい木造の建物がある。そこは鉱山から帰って来た男達が、その日の疲れを癒やす為の酒場だ。
今日も仕事を終えた鉱夫達が、酒を飲みながら互いを労っている。そんな彼らにとっての日常とも言える光景も今日は少し様子が違う。
何時もは、むさ苦しいだけの男達の憩いの場に酒を注いでくれる娘が二人がいる。
一人は黒髪が肩に掛かった快活な娘で、鉱夫達に酌をしては楽しそうに話しかけている。
もう一人は腰にまで伸びた金髪を歩くたびにサラサラと靡かせながら酒を注ぎ、その美しい動作一つ一つで鉱夫達を魅了していく気品溢れる娘だ。
そんな彼女達の注ぐ酒のせいか鉱夫が飲むペースはいつもより早い。
しかし酒に酔いながらも誰も娘達に手を出そうとはしてこない。
なぜなら親方が側で睨みをきかせているのもあるが、一番の理由は娘達にある。
酒が入ってすぐに手を出そうとした鉱夫が何人かいたが、黒髪の娘にちょっかいを出せばその服にはたかれて一発でのされてしまい、金髪の娘の方は護身術を嗜んでいるのか自分より一回りも二回りも大きい男の腕を軽く捻り上げてしまう。
なので鉱夫達は美味しく酒が飲めれば良いと諦め、お酌だけしてもらっているのだった。
程良く酒が回り始めた鉱夫達は、娘達に煽てられながら自分達の仕事場の話に花を咲かせている。
「いやー、カオリちゃんだっけ? 二、三日なんて言わないでここの看板娘になっちゃいなよ。そしたら俺、毎日来ちゃうからさ~」
「駄目ですよ~、私が此処にいるのは用事で滞在している間だけなんですから」
「でも、勿体無いよ。此処にいれば危険な旅もしなくていいんだし、それにほら、良い男が沢山いるぜ?」
「残念でした。私には好きな人がいるんですー」
南坂の発言に周囲の男達が驚きの声を上げる。
「マジかよ。誰だよ、そんな羨ましい奴は……」
「カオリちゃんともう少し早く会えてればなぁ」
周りのそんな言葉に南坂は少し照れたように笑う。
そこへ皿を片付けに来たルシアが会話に入ってくる。
「そんな事よりも私、お仕事の話が聞きたいですよ~」
「おっ、ルシアちゃん。いいよいいよ~、お酒くれたらいくらでも話しちゃうよ~」
すでに上機嫌な鉱夫は自分達の仕事っぷりを話し始める。
そんな賑やかな集団から少し離れたところにあるカウンターに男が二人座っている。
一人は髪がなく、その頭部が光沢をはなっている強面の男。
もう一人は白髪な為に遠くから見ると一瞬、年相応に見えないが近づけば、そんな印象が間違いだったと改めなければいけない、整った顔立ちの青年だ。
そこへ強面の男、ロックスがカウンター越しに酒場の店主に話しかける。
「マスター、この店で一番安い酒をボトルで頼む」
マスターは注文を聞き、氷の入ったグラスと酒瓶をロックスの前に持ってきて酒を注ぐ。
ロックスはグラスに注がれた琥珀色の液体を一気に煽る。
「――っふう、シロ殿は飲まんのか?」
「未成年だからね……」
「みせいねん?」
ロックスが聞かない言葉とばかりに首を傾げる。
「あー…と、俺がいた所では酒は二十歳になってからという決め事があってね~」
「なんと! 酒という楽しみがそれまでお預けとは辛い物があるな……」
「ちなみにこっちではいくつから、お酒が飲めるようになる?」
「こちらは十五から解禁だな」
「早いな~、一人前の貴族は二十歳からとか言ってたから、それぐらいかと思ってた」
「酒は兵役が可能な年から飲めるようになるからな」
「あー、なるほど。それじゃあ俺はなに飲むかなー」
とは言っても酒を飲む気はないし、メニューも見あたらないのでありそうな飲み物を頼むしかないので適当に注文してみる事にする。
「マスター、ホットミルクを砂糖たっぷりで頼む」
ロックスに倣って同じように注文すると一瞬マスターの動きが止まる。
(あ、ホットミルクじゃ伝わらないかな?)
と、脳裏を過ぎったが直ぐにマスターが動き出す。
するとロックスが可笑しそうに腹を抱えていた。
「……酒場に来てミルクとは、シロ殿は変わっているな」
「他に思いつかなかったんだよ」
笑われて少し恥ずかしそうにしていると、スッと注文していたホットミルクが差し出される。
シロはそれを手に持ち口に運ぶと、その味を楽しむように一呼吸おいてから飲み込む。
「そしてシロ殿は濃厚でねっとりと絡みつく熱くて白いソレを味わいながら、ゴクリと喉を鳴らして飲み下した」
「気持ち悪いんで、そう言う変換やめてもらえますか」
気が付くとロックスの横には空になった三本の酒瓶が置いてある。
「っていうか飲むペース早すぎでしょ……」
「これくらいは飲んだうちには入らないさ」
「さいですか……」
呆れながらシロはルシア達へと視線を向けると男衆にに囲まれて楽しそうに騒いでいる。
(向こうは楽しそうだなぁ……こっちはスキンヘッドの屈強そうな男と飲んでるって言うのに、って向こうも屈強そうな男達ばかりか)
などと考えているとルシアと目が合うと鉱夫に気付かれないように小さく手を振ってくる。
その仕草にシロは癒されながら美味しくミルクを頂く。
「ぷはっ、やっぱホットミルクはいいなぁ~。砂糖もいいけど蜂蜜入れたヤツもたまには飲みたいな」
「シロ殿はホットミルクがお好きなんですな」
「まあね、子供っぽいみたいに言われるけど好きなもんは、しょーがない」
そう言ってミルクを全部飲み干すと、またルシア達の方へと視線を移す。
あの二人はなにか問題を起こすかなと思っていたが、何人かを張り倒した以外はこれといって問題はなく楽しそうに話を聞いているので安心する。
「こういう所では何もないところで転ぶ、とかが定番なんだけどな~」
「誰に言っているんだ、シロ殿」
「独り言だよ~、ちょっと期待してたのに……はぁ」
残念とばかりにシロが溜息をつくのを見てロックスが笑う。
「何を期待していたかは分からないが、店に入ってから心配そうに二人を見ていた人の台詞じゃないな」
「心配じゃなくて、やらかす瞬間を見逃さないように見てたんだよ」
「成程、転んだ時にスカートの中身を見逃さないように見詰めていると」
「違うわ! どう聞いたらそう解釈できるのさ!?」
「どこをどう聞いても、そうとしか解釈できん」
「最初は寡黙な人だと思ってたけど話してると、どんどん変なところが出てくる! 道中、沈黙を守ってきた俺に謝れ!」
するとロックスは急に真面目な顔をすると頭を下げる。
「すまなかった……それで話は変わるがシロ殿、あの二人のスカートの中身は何色だと思う?」
「謝罪軽いな!! そして話題が変わってないし!」
「シロ殿は一度も二人の下着の色を想像していないと!?」
「一度も想像してないよ! っていうかクロウの部下にはこんなんしか居ないの!?」
ロックスの相手をしているうちに閉店の時間が近づいてきたらしく鉱夫達が名残惜しそうに帰っていく。
そしてルシアがテーブルの片づけをし、南坂が鉱夫を笑顔で見送り店にはマスターとシロ達だけが残っている。
そしてなぜかシロとロックスは正座をさせられていた。
「あの南坂さん? 俺達なにかしたかな?」
シロが恐る恐る質問してみると冷たい視線をこちらに向けて見下ろしてくる。
「成瀬君は私達が一生懸命情報を集めていたときに、私達の下着について話をしていたんですって?」
「な、なぜそれを!?」
「マスターが教えてくれたからね、――さて、どうしてくれようかなぁ?」
「マ、マスター裏切ったな!?」
シロ達がマスターに視線を向けると首を横に振る。
「ウチの看板娘が男の脳内で辱められていたら助けてやるのが紳士ってもんさ」
と、ニヒルに笑いながらそう答えた。
「可愛い女の子がいたら想像するのが礼儀ってもんだろ!」
「か、可愛い……」
可愛いという言葉にルシアが頬を赤らめる。
「って、ルシアそこで照れちゃ駄目だよ!? 言ってる事サイテーだから!」
なんとか誤魔化そうと言ってみたが意外にもルシアが引っかかってくれるがまだ南坂が残っている。
なにかないかと考えているとロックスがいきなり服を脱いだ。
「カオリ殿! 謝罪が必要なら俺のこの筋肉で返そう!」
(そうか! 南坂さんは筋肉好き、筋肉を見せて有耶無耶にするつもりか、流石ロックスさん、変態だ!)
ロックスが必要以上に胸筋を誇示してくるが今ほど頼もしく見えることはなかった、そしてシロは小さくガッツポーズを取る。
それと同時に二人は布状の細長い物で吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」「むぉ!」
勢いよく飛ばされた二人を呆れたように見下ろしながら腰に手を当てて南坂が喋りだす。
「私、筋肉は好きだけど迫られるのは嫌よ! 眺めるのが良いんだから」
などど持論を持ち出してくるが正直どうでもいい情報だった。
「筋肉見ればどこにでも飛んでいくと思ってたのに……」
「私そんなに節操なくないわよ!」
そんなやり取りをしているうちに怒りは何処かにいってしまったらしく、南坂達は聞きだした情報を纏めだした。
「最近の女の子は強いねぇ」
と、マスターがそんな二人を見てしみじみと呟いていた。
酒場で片付けを済ました後、シロ達は放棄されたいくつかの鉱山の中で一番怪しいと思われる場所に向かっていた。
「誰かが出入りしている形跡があるなら自分達で調べればいいのにな~」
「落盤の危険性があるって言うんだし、しょうがないでしょ」
「その危ない場所にこれから足を踏み入れようとしているわけで……」
シロは自分で言いながら足取りが重くなっていく。
しかしそれでも先に進まなければいけない、と考えつくづく自分はとんでもない事に関わろうとしているなと自覚していく。
「はぁ……」
何度目かの溜息をついた後、不意に微かな風を感じると背筋に冷たい物が走った。
それが何か分からないが直感的に、ルシア達を突き飛ばすと右腕が軽くなったのを感じた。
「あ――」
咄嗟に出た声はそんなもので、右肩から先にあるはずの腕は綺麗になくなっていた。
地面に転がった自分の腕だった肉塊と溢れ出る温かい血液、そして悲鳴。
「……ぁああぁぁああああ!!!!!」
腕が落ちたと気付くと同時に激痛が伝わってくる、目の前は真っ暗になり三人がなにかを言っているが聞き取れない。
自分の呼吸は聞こえるが痛みでうまく息が吸えていないのか苦しくて吐きそうになる。
しかし今の攻撃からして敵が近くにいるはずなので、蹲ってる暇はないと焦点が合わない視線を目の前へと向けると、ロックスが魔法で石の壁を作り上げていた。
その壁に南坂がシロを寄りかからせるとルシアが青い顔でシロの右腕を持ってきて傷口を合わせようとするが、焦りからか手が震えてうまく合さらない。
そんななか敵からの攻撃がないと分かると、ロックスがルシアに向かって喋りかける。
「ルシア様はここでシロ殿の手当てを! カオリ殿はここで二人を守ってほしい」
ロックスが素早く指示を出し走り出そうとするが南坂が呼び止める。
「私も一緒に行きます!」
「だが……」
ロックスが断ろうとするがここで問答している時間は無いと判断し、すぐに頷き南坂と奥へ向かって行った。
残ったルシアは周囲を警戒しつつシロの治療を続けるが、出血が酷く傷よりも失血の方が心配だった。
ルシアの治癒魔法は王城にいる治癒術者達を上回るとまで言われているが、それでも複雑な臓器や失われた血液を元に戻す事は出来ない為、ルシアは焦っていた。
だが腕の表面が繋がり出血が収まってきた事もあり、ようやく集中し普段どおりの治癒を始める事ができた。
その為か、先程まで苦しそうにしていたシロがルシアの方を見て何かを喋りかけていたので、耳を近づけ聞いてみる。
「……もう大丈夫だから南坂さん達を追おう」
「駄目だよ! 今動いたら腕が千切れちゃうよ!」
自分の事より他人の心配をする、普段なら好感を持てるシロのその性格も今のこの状況では怒りすら覚える。
「少しは自分の心配をしてよ……死んじゃうかと思ったんだから……」
瞳に涙を一杯に溜めながらルシアがそう言うとシロは何も言えなくなってしまう。
「ゴメン……でも一通り治療が終わったら南坂さんのあとを追いたい」
「分かったから、もうちょっと大人しくしてて」
「了解」
出血のせいかフラつくシロは、ルシアの許しが出るまで目を瞑る事にした。
今回も更新遅くなりました!
次はもっとかかるかもしれないです……
でもちゃんと更新するんでお付き合い頂けたら幸いです!