会話
「世界の成り立ち?」
レクトの言葉にシロが質問をすると、その質問は想定内だったのか、なんてことはないという風にして頷いた。
「白君はこちらの世界での暦を知っているかい?」
「暦? 知らないけど……」
レクトが何を言いたいのかよくわからなかったが、シロは問いにだけは答える。
するとレクトがルシアへと目配せをし、答えるように促すと仕方なくルシアが口を開く。
「はぁ、現在はラーク暦二百十一年……戦争が終わって不可侵を結んでから三国の頭文字を取ってつけられたそうよ」
「「へー」」
シロ達が感心したように頷いているとレクトが話に入ってくる。
「それはお姫様が今言ったように終戦後の呼び方で、それ以前にも様々な呼び方があったが、それらをまとめた呼び方として聖暦というものがある」
「聖暦?」
「そう、今こちらの世界は聖暦二千十四年。この意味が君達にならなんとなく理解できると思う」
残念ながら理解こそはできないが、自分達がいた世界の年数と同じと言うことだけは分かった。
しかしレクトはそこからさらに違う質問を投げかけてくる。
「それじゃあ、もう一つ。君達は自分達がこちらに来た理由について、なにか見当はついていたりするかい?」
シロと南坂は顔を見合わせると以前立てた仮説を説明する事にする。
「向こうから来た人間は全員、深層術式が使える。もし理由があるとするなら、それが理由だと考えているよ」
「なるほど、悪くない考えだね」
レクトは満足そうに頷くが、反応からそれが正解ではない事が分かる。
「実はね君達がいる世界では深層術式が使える者しかいないんだよ。――と、どうやらその可能性にも気付いてはいたようだね」
シロ達の反応を見てレクトはすぐにそう言うと、やはり嬉しそうに笑う。
「やはり白君は自分で帰る方法を探すと言っただけあって、自分なりの考えを持っているんだね。君があの屋敷で死ななくて本当によかったよ」
と、助かる見込みがあったとはいえ本気で殺そうとしていた男が、そんな事を言って笑うのにシロは苛立ちを覚える。
「あんたの気持ちなんてどうだっていいよ、それより話の続きを」
「やれやれ仕方ないな君達と話すのはなかなか楽しいのだけれどね…………それじゃ率直に言うとしようか、君達がこちらの世界に来た理由なんてものはない。――君達が此処に来たのは本当に只の偶然さ」
その言葉に反応してシロの鼓動が速くなった気がした「理由がない」と言う事は自分は不幸にもここに来てしまっただけということになる、ファンタジー系の本なら異世界に来た先で「魔王を倒せ」や「世界を救え」などの理由がつけられる。
理由があればいいという訳ではないが呼ばれた意味がないとなると、自分がここで苦労しているのはなんなのだと考えてしまう。
シロが旅をする理由は帰るためだが、この世界に来たときに不安以外にも自分がこの世界に必要とされているのでは? という期待が胸の中にあったのを覚えている。
それが今、偶然の一言で片付けられてしまいシロの頭の中には「なぜ自分だけ?」と言う考えが広がっていた。
「今、君達は自分だけがなんでこんな目にあうんだ、と考えているのかな? 僕の目的はね、まさにそれの解決にあるんだ」
レクトは思考が止まってしまったシロ達に語りかける。
「少し昔の話をしよう。――二千年以上前の世界には展開、深層の二つの術式は共に存在していた。しかしそれらを使う者達は互いの術式が至高だと争い世界を壊し続けていった。だが世界の危機に瀕しても互いを受け入れられなかった先人達は世界を二つに分ける事にしたんだ」
「それって……」
シロが聞き終える前にレクトは答えた。
「この世界と君達がいた世界はね、元々は一つだったんだよ」
「ふざけないで」
その言葉に反応したのはルシアだった、シロ達もレクトの言葉には驚きはしたがファンタジー物の本などを読んでいればそんな話もあるもんだと、納得してしまっていた。
しかしルシアはすぐには納得できるはずもなくレクトを睨みつける。
「そんな話を信じろと言うのですか?」
「お姫様は異世界は信じられても、世界が元は一つという事は信じられないと? まぁ、それでも構わないし、今の話を前提として話を進ませてもらうよ」
レクトが興味なさそうにルシアから視線を逸らすと、話の続きを喋りだす。
「二つの世界はね、目には見えないが常に隣り合わせに存在しているんだ。そしてその世界の境界に結界が張られているが、それが二千年という長きに渡り綻びだしている」
「その綻びのせいで俺達がこちらに来てしまったってことなのか?」
「まぁ、そうなるね」
理屈は単純そうだが、そうなると不明な点も出てくる。
シロは考えるよりも先にレクトにそれを訪ねる。
「その理屈が仮に正しいとしても、それならなんで俺達がいた世界は魔法がないんだ?」
「分からない」
「え?」
すぐに返答が返ってくるのだろうと思っていたが、その内容は意外なものだった。
レクトは目を瞑りなにかを考えているようだった。
「僕は君達の世界に行った事は無いんだ。だから調査らしい事はなにもしていないから、理由も分からない」
「行ったことがない?」
「ああ、向こうには行った事はない。向こうの世界に行っても、こちらに戻れる保証は無いからね」
「なら今まで戻したって人達がきちんと元の世界に戻れたっていう確証はないってことか?」
「それはないよ。戻ったことを確認する術はきちんとある、だからそれについては安心してほしい」
「それは、どんな方法だよ?」
「君達が協力してくれるのであれば、いずれ分かるさ」
機密事項だ、とレクトはその方法について口を閉ざした。
シロはそれ以上は聞き出せないと判断して次の質問に移る。
「それじゃあ、もう一つだけ……」
「なんだい?」
「世界の間にある壁に開いている穴をどうやって塞ぐつもりなんだ?」
「塞ぐ?」
「違うのか? 穴が塞がれば誰かが迷い込む事はなくなるんじゃ――」
「違うよ」
シロの考えは素人の域を出ないだろうが理屈は理解しているつもりだ、なら簡単な話でその穴を塞げば良いという結論に至ったのだが、それをレクトは否定した。
「それなら、どうやって」
この問題を解決するのだと、シロは視線で訴えた。
レクトは残っていた紅茶を飲み干すと冷たい視線をシロへと向けた。
「白君はなぜ穴を塞ぐことが、異世界に迷い込むのを防ぐ為の解決法と考えたんだい?」
「それは――」
「確かに理屈ではそれで迷い込む人間はいなくなるだろうが、時が経てばいずれまた壁に穴が開くだろう? それは根本的な解決と言えると思うかい?」
「だけど、それは数千年も先の話じゃ……」
「けど必ず起きてしまう。――白君、君の言った解決法は問題の先送りでしかないんだよ」
「……っ!」
レクトの言葉でシロが俯くと、代わってルシアが話しに入ってくる。
「それなら、あなたはどうやってその問題を解決するつもりですか?」
「簡単な話さ、――その壁を壊してしまえばいい」
と、なんでもない事のように告げるその男は笑っていた。
「壊す?」
ルシアがそう聞き返すと、レクトが頷く。
「そんなことをすれば、さらに多くの人が迷い込むのではないですか?」
「迷い込むのではなく、世界が一つになる。……正確には言えば元通りになる、かな?」
「そんな事をしたら、世界にどれだけの混乱が起きるか分かっているのですか!?」
「まあ、確実に他世界間での争いは起きるだろうね」
「そしたら、多くの犠牲者が出ます、それはあなたの望む事では――」
「それがどうかしたかい?」
「ないは、ず……、え?」
「戦争……人という者は必ず争いを起こす、それは歴史を見れば明らかだろう。だから戦争が起こるも起きないも、人が死ぬも死なないも、僕が望む望まないの問題ではないんだよ」
「異世界に人が迷う事を防ぐ為に多くを犠牲にすると?」
「君は、大の為に小を切り捨てると言うんだね。まぁ、上に立つ人間なら当然そう判断するだろうが、僕には関係ないね」
そしてレクトが椅子にもたれ掛かると、深く息を吐き言葉を続けた。
「僕のこの身体、元は異世界から来た人間の物だが、彼が来たとき僕は彼を帰してあげる事が出来なかった……必死に研究をしたがその方法を見つける前に彼は死んだよ、帰りたいとは言わなかったがそれでも未練はあったはずだろうにね……」
いつも張り付いたような笑みを浮かべていたレクトだが、その表情には悲しみしか映っていなかった。
「面白くない話だったね、だが僕がなぜ多くの犠牲者を出してでも壁を破壊したいかは理解してもらえたと思う」
「理由は分かりましたが理解は出来ません。それでも私は関係のない人間を犠牲にするのは間違っていると思います」
「関係のない人間か……知らないから関係ないからと迷い込んだ人達が帰れる方法を模索もせずに放っておく、なのに少し人数が増えれば放っておけないと、見捨てられた人間にとっては自分の命が掛かった大問題だと言うのにね――」
酷い話だ、とレクトは付け加えた。
「やはり話しても理解はしてもらえないか……それじゃ、君達はどうだい? 一部の人間だけが不幸になる現状と、皆が平等に不幸になるがその先には迷う者はいなくなるという未来、いったいどちらを選ぶ?」
話を振られるもシロは悩むことなくレクトを見据えて答える。
「それでも俺はあんたには付いていけない」
「そうか残念だよ……、香織さんはどうかな?」
ずっと聞いているだけだった南坂は話を振られて少し困ったような態度をとったが、すぐに首を横に振った。
「……やっぱり私もあなたを信用は出来ません、だから付いて行くことはできないです」
「二連敗か……それじゃあ次にあったら敵同士だね」
さてと、と声に出しながらレクトが立ち上がると懐に手を入れる。
三人は咄嗟に席から飛び退くとすぐに身構える。
不意打ちか、と言おうとした時レクトが取り出したのは小さな皮袋だった、レクトは三人に目配せをすると、ふっと鼻で笑った。
「何もしないって言っただろ? これはただの財布だよ……店員さん会計を」
そう言いながらジャラジャラと財布の中身を鳴らしながら勘定を済ませるレクト。
シロ達はというと身構えたまま固まっており、いきなり飛び退いた事もあって周囲から視線を集めてしまっていた。
それを見てレクトが溜息をつきながらシロ達に話しかける。
「あまり店で騒ぐのは感心しないね」
「あんたがまぎらわしい真似するからだろ」
「心外だね、何もしないとあれだけ言っているのに」
「信用できるわけないだろ……」
警戒するこちらの心情が理解できないはずもないのに、そんな事を言ってくるレクトに腹を立てながらシロが睨むが、レクトは笑みを浮かべたまま――
「今日は楽しかったよ、機会があれば今度は食事でもどうかな?」
などと言ってくるので、シロは
「そんな気苦労が絶えない食事なんてゴメンだね」
と、強がる事しか出来なかった。
そんな言葉にレクトが残念だと呟くとそのまま背を向けて歩いていく。
レクトのその背中が少し寂しそうに映ったシロは聞こえるか分からない声で一言。
「……ごちそうさん」
と呟いた。
レクトはその言葉に振り返ることもせず、しかし心底楽しそうに――
「やっぱり君は面白いな白君」
少し名残惜しそうにしながら、レクトはマラカトの町から出て行ったのであった。