失踪
月明かりはなく、このまま歩くのは宜しくないとのことで今日はここで野宿をすることになり、レイナが慣れた手つきで火を起こし始める。
「さすが、手慣れてるね」
シロが素直に褒めるとレイナが嬉しそうにする。
「毎日のことだからね、慣れもするわよ」
「こういう時に魔法とか使えば楽なんじゃないの?」
「私は魔力が使えるだけで魔法は扱えないのよ」
そういえば、レイナにあった最初の日に、魔力と魔法を分けて言ってたなとシロは思い出し、この際だから魔力、魔法について聞いておこうと思い質問してみる。
「魔力が使えるレイナはそれでなにかできたりするの?」
「残念ながらなんにもできないよ、地図のときにも言ったことだけど魔力が扱えるようになっても字が読めるってだけで他の事はなにもできないんだ」
「魔法を覚えられれば便利そうなのに…」
「魔法は確かに便利かもしれないけど扱いを誤ると危険だから、魔法書はお城で管理しているって聞いたことがあるよ」
「なるほどな~、だったらレイナも魔法覚えにお城に行ってみれば?」
「イヤだよ、魔法覚えたら王国の一員として働かなくちゃいけなくなるから任務以外ではお城から出してもらえなくなっちゃうの、そしたら村にも帰れなくなっちゃうよ」
「そこまで厳しいのか……でも、それなら帰る方法の手がかりとかあったりするかもしれないな」
町に行った後の目的地も決まり、そろそろ休もうかと提案しレイナを先に休ませた。
休むにしても一人は起きて見張りをしていなければならないので、しばらくは火が消えないように番をしていたが眠気に負けそうになったシロは、仕方なく携帯を取り出しダウンロードしてあったアプリを起動し遊び始めた。
遊び始めてしばらくしてから、レイナが目を覚ますとシロの持つ携帯に興味を示した。
「何してるの? なんかそれ光ってる…」
「ん? ああ、これは携帯電話って言って遠くの人と話せるんだ。……今は使えないけど」
「それじゃあ今はなにをやってるの?」
「え~と、なんて言ったら良いかなー…え~っと、落ちゲーって言って……パズルみたいなものだよ」
どこまで説明が通じるか分からないので、とりあえず見せてみる。
するとレイナは、おお~と感心した様子で画面を覗き込みながら、なんで中のものが動いているの? とか聞いてくるが、構造について詳しく説明できるわけではないのでシロは携帯をレイナに渡して遊ばせてみる。
最初は戸惑いながらだったが次第に夢中になってきたようなのでレイナと見張りを交代してシロは眠りについた。
朝になったのかレイナが声をかけながら身体を揺すってくる。
慣れない野宿のせいか、かなり眠気が残っているが仕方ないとばかりに起きるとレイナが困ったように携帯を差し出してきた。
「シロ、けーたいが光らなくなっちゃったよぉ、なんで?」
寝ぼけたまま携帯を受け取って画面を見てみるが画面にはなにも表示されていなかった、というか考えるまでもなく電池切れだった。
「電池切れか……迂闊だった」
レイナがあまりにも楽しそうだったので、言うのを忘れていたなと反省するシロだが、朝までずっとやってたのかとレイナの集中力に関心する。
「ごめん、もう使えないみたい」
「もしかして私のせい? 壊しちゃった?」
「大丈夫、壊れたわけじゃないから」
壊したと思って責任を感じるレイナに問題ないと説得をしてから食事をとり、町へと移動をはじめたシロとレイナだが途中で休憩を挟みながら進んだため町に到着したときには、すでに日が傾き始めていた。
「ようやく着いたよ」
「シロがすぐにへばるから日が暮れちゃったよ」
「こんなに歩くことなんてなかったから足が棒みたいだよ…」
「だらしないなー、それじゃあすぐに宿を探そっか」
本当ならすぐにでも座り込んでしまいたいところだが、腰を下ろしたら立つのが億劫になりそうなので重い足取りのまま歩き出す。
「それにしても町って言っても建物は村と変わらないね」
「まあね、でもこの辺までくると魔物の縄張りが近くにあったりするから町を壁で囲ってるし、夜になったら門を閉めちゃうし、人も多いからサレット村のほうが私は好きだな~」
「そうだね、でも俺がいたところはもっと人がいたし住んでみれば案外慣れるもんじゃない?」
「慣れるとかじゃなくて、雰囲気が好きとかって話なのに……ちゃんと自分の考え持たなきゃ駄目だよ?」
「は~い」
なぜか説教されてしまったがとりあえず頷いておく。
そんなやり取りをしながらレイナと歩いていると、前方から十歳くらいの少年がなにかを抱えながら走ってくる。
さらにその少年の後ろからは、男が怒った様子で少年を追いかけてくる。
「待てコラ、ウチのもん返しやがれ!」
男が少年を追いかけている理由はすぐに分かり、シロは横を通り過ぎようとした少年の襟を掴んで動きを止めると、追いついた男がシロに目もくれずに少年に殴りかかる。
レイナが思わず声をあげるが、男の腕はシロに掴まれて少年に当たる直前で止まっていた。
シロが腕を掴んだとはいえ本来なら止められはしないのだが、急に止めに入られた為、男は思わず手を止めてしまっていた。
男は腕を掴まれたまま睨むようにシロへと視線を向ける。
「ガキを捕まえてくれたのは良しとして、この手はなんだ? にいちゃん」
「叱るくらいなら良かったんだけどさ、あの勢いで殴ってたら怪我じゃ済まないんじゃないのかなー?」
シロは軽い口調で喋りながらも目で男を睨む。
レイナもいつもと雰囲気が違うシロの態度に口を挟めないでいると、男がつまらなそうにシロの手を振り払う。
「盗られた物は渡すからこの子は、こっちに任せてくれないかな?」
「ちっ、わかったよ」
舌打ちしながら男は盗られた物を確認しながら来た道を戻っていく。
男の姿が見えなくなってからシロは黙ったままの少年に視線を向けた。
「ああいう怖いおじさんもいるから物を盗んじゃ駄目だよ、どうしてあんなことしたのさ?」
「……腹が減ってるからに決まってんだろバーカ!」
「ですよねー」
理由には見当がついていたが一応は確認してからと思い質問したシロは少年にゲンコツをくれた。
「痛えな! なにすんだよ!」
「悪いことしたら怒られるのは当たり前だろ? 叱る人がいないなら俺が叱るしかないじゃん」
「なんだよ偉そうに! ってか、いつまで掴んでんだよ放せよ!」
「君は孤児なのかな? 君みたいな子って他にもいたりするの?」
「人の話し聞いてねえだろ?! 放せって!」
「教えてくれたら放すからさ」
ニコーと笑みを浮かべながら答えるシロに、気持ちわるっと呟くのでとりあえず少年の頬をつねっておく。
「わ、わかったよ! 言うから!……このクレアノには孤児院があるんだけど、そこの院長が一昨日、孤児院のみんなをどっかに連れてっちゃたらしいんだ……オイラはその時外にいたから置いてかれちゃったみたいで……」
「クレアノってこの町の名前?」
「はぁ? 当たり前だろ、あんちゃんバカなのか?」
「ほほぅ、いい度胸だ……こちらの物事には疎いけど馬鹿ではないやい」
そう言いながらシロは少年の襟を掴んだまま歩き出すと、その横にレイナもついて来る。
「レイナ、宿はこの子も一緒でいいかな?」
「私は構わないけど……」
「っていうわけで、この辺の安い宿教えてくんない?」
「なんで一緒に泊まることになってんだよ、やだよ」
「ご飯くらいは奢るからさ」
その言葉に少年は一瞬悩むがすぐに頷いた。
「しょうがないなぁ、あっちだよ」
少年が指差したほうへと向かうと他の石造りの家よりも大きい木造の建物が見えてきた。
「へ~木造の建物なんてあるんだ」
「あんちゃんってなんか田舎者みたいだな……」
「世間知らずで手がかかる子なの……」
人が物事を知らないことをいいことに言いたい放題な2人を置いて宿へと入ると、暇そうに店番をしていた女性が元気よく声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! お客様は 何名さまですか?」
「三人です」
「お部屋は三つ用意します? それとも――」
少年の姿を見つけ店員は口ごもる、少年が孤児だということを知っているようで代金を払えるかの心配をしているようだと分かった。
それを察したシロは少年に聞こえないように代金は払うと店員に告げた。
最近は客が入っていないらしく店員が嬉しそうに食事を運んでくる。
「結構いい感じの宿なのに、なんで客が来ないんだろう」
シロが独り言のように呟くと、店員が話しかけてくる。
「お客さんは旅人さんです?」
旅人とは違うような気もするがシロは店員のその言葉に頷くと、少し難しい顔をして話を続ける。
「せっかくのお客さんにこんな事言うのも変ですけど、あまりこの町には滞在しないほうがいいですよ」
「どうしてですか?」
村の人を探すつもりでいたレイナが店員の言葉に反応する。
「実は最近この町で失踪者がかなり出てるんです……それも旅人やよそから働きに来た人ばかりが……」
「それってサレット村の人ですか?」
「詳しくは分からないですけど、失踪した人の中でウチの宿を使っていた方が確かサレット村から来たと言ってましたね」
「もしかして孤児院のみんなも……」
「そんなに人が居なくなってても騒ぎにはならないもんなの?」
行方が分からなくなった人の心配をするレイナと少年に代わってシロが店員に話を聞くが、それ以上のことは話したくないらしく店員は店の奥へと戻ってしまった。
それからしばらく黙って食事をしていたがシロはまだ少年の名前を聞いてないことに気が付き名前を聞くことにした。
「ん? オイラか? オイラはニケだよ」
「俺はシロでこっちがレイナ、よろしくなニケ」
「……それでニケ君はこれからどうするの? もしよかったら私の村に――」
そこまで言いかけてレイナは言葉を止める、シロがレイナの前に手を出して言葉を遮ったからだ。
レイナはシロがどうしたいのか意図が読めずに困惑する。
「その辺の話は部屋でしよう、せっかくの晩飯なんだしさ」
そだね、とレイナは頷き三人は食事を済ませた。
部屋に戻りシロ達は話の続きを再開する、レイナが先程言いかけた自分の村に来たらどうかという話をニケに伝える。
「ありがと、ねーちゃん……でもオイラ孤児院のみんなと一緒に居たいんだ」
「そっか、うんわかったよ」
レイナの話が終わると今度はシロが話を始める。
「この町ってさ誰かまとめるような人っていたりするの?」
「町には官吏の人がお城から派遣されてくるから、その人がこの町の運営をしているはずだよ」
「でも、スゲー忙しいとかでこの町に来た時に挨拶したぐらいで、ほとんど屋敷から出てこないぞ?」
「その偉い人はいつ来たのさ?」
「ん~、たしか一年半くらい前だったかな?」
「村の人と連絡取れなくなったのは一年前だし、その官吏がこの町での失踪に関わってるんじゃないかな?」
シロの発言にレイナが慌てて周りを見渡す、もちろん自分たちの部屋なので誰も居ない。
さっき話を切ったのはこの話をする為だったのかとレイナは理解する。
「たぶん町の人は分かってると思うけど居なくなるのが町の人間じゃないから黙ってるんだよ、下手に騒いで自分が面倒事に巻き込まれるのを避けるためにさ」
「でも、なんのために攫ってるっていうの?」
「さあ? 分からないけど碌なことじゃないと思うけどね、それに孤児院も全員居なくなったってことは院長もグルなんじゃないかな?」
「院長は良い人だぞ! そんなことするもんか!」
「そっか……ごめんニケ、きっと院長さんも一緒に攫われて動けないんだよな」
ニケが怒り出したので、とりあえず話をあわせておく。
聞きたかった事は聞けたので、シロが話を終わらせるとレイナはおやすみと挨拶だけして自分の部屋へと戻っていったが、シロとニケは相部屋なのでそのまま部屋に残っている。
ニケはまだへそを曲げていたので、シロはそっとしておこうと決めて、さっさと布団へと潜りこむことにした。
翌日、食事を終えると、機嫌もよくなってきたニケに案内役を頼み三人で街中を歩く。
孤児院や商店街、教会を回った後に官吏の屋敷へと案内してもらった。
屋敷は槍を立てたような柵で周りを囲っており乗り越えられそうになかった。
「乗り越えられないか~」
「乗り込むつもりだったの!?」
残念そうに呟くシロに素早く突っ込むレイナ。
レイナが騒ぐと門番が怪しむようにこちらの様子を伺ってくるのでニケが二人を連れて行く。
「あんちゃん達、あんなところで騒いでいると捕まっちゃうよ?」
「マジか、意外に取り締まり厳しいな」
シロの言葉を聞いて呆れながらもニケは二人から離れすぎないように見える範囲で移動をすると、少し離れたところに見覚えのある後姿を見つけた。
「院長?」
失踪したはずの院長を見つけて思わず駆け出す。
いきなり走り出したニケを追って二人も動くが、すぐにシロがレイナの腕を掴む。
「どうしたのシロ? ニケ君見失っちゃうよ?」
「武器を持ったヤツが後をつけてる」
レイナがシロの視線の先へと目を向けると腰に剣を差した衛兵が二人、ニケの後をつけていた。
「さっき屋敷で騒いだときに目をつけられたかな?」
「シロのせいじゃん!」
「悪かったよ、でもこのままだと多分ニケは連れてかれるな」
「どうするの?」
「ニケが連れてかれたら、行き先を確認してそれから動くしかないかな~、兵士に目をつけられたら町にいられないし」
「ニケを見捨てるってこと? 私は助けたい」
「ですよね~」
本意ではないがニケを囮にした方が動きやすいと思っていたが、レイナが助けるというのでシロもそれに従う。
「最悪お尋ね者だよ?」
「それはイヤだけど、見捨てるのはもっとイヤ」
「お人好しだねレイナは、あいつらもさすがに町中で人攫いはしないはずだから人目のつかない所にいったら、後ろから攻撃するでいい?」
「ん、わかった。――でもお人好しなんてシロには言われなくないや」
軽口を叩きながら二人は兵士の後を追い裏路地へと入っていった。