衝撃
屋根へと登ると大男の後姿が視界に入り、そこでシロは身構えながら逡巡する。
本来ならクロウ達が駆けつけるまで待っていたいのだが、屋敷の中に入られてしまうと多人数で戦うのが難しくなってしまう。
そこまで考えてシロは悩むのを止めて、魔力を足へと集中させ一気に走り出した。
大男は気配を感じ取ったのかこちらに振り向くと同時に拳を振るってくる。
(予想通りっ!)
その一撃を消壁で防ぐと、そのまま大男の腹部を殴りつけた。
「っ!?」
殴りつけると同時にシロが大きく飛び退くと、先程までシロが立っていた所が大男の拳で砕かれていた。
「なかなか勘がいいな、だが次で終わりにしてやる」
あの男が言うようにシロは次の攻撃で仕留められてしまうだろうと思った、そもそも大男の攻撃を回避できた事だって偶然でしかなかったからだ。
(殴ったとき岩か鉄でも殴ったのかと思った……、こんな事なら剣を持ち歩いていればよかったな。って変わらないか……)
自嘲気味に笑うと大男の次の一手を警戒する、あの男が使う衝撃魔法を受ければ大きな隙が出来てしまい、一人で戦っているシロの隙をフォローしてくれる人がいなければそこで殺されて終わってしまう。
しかし、大男はシロを見たまま動こうとはしなかった、しばしの沈黙の後に大男が唐突に問いを投げかける。
「お前どこかであったか?」
「覚えてないか……そりゃそうだよな、あの時俺はアンタに手も足も出なかったんだから」
大男の言葉に苛立ちを覚えながらも言葉を返すと、大男は何かを思い出したようだった。
「あの時の童か、よもやこんな所で会うことになろうとは思いもしなかった」
「まったくだよ、ほんと何があるか分かんないもんだねっ!」
シロが自分の前方に大きな消壁を出現させると、大男が呆れたような声を出す。
「自分の狙いは童ではない、手を出せないのなら相手にしないだけだ、これでは時間稼ぎにもならないぞ?」
そう言って大男が振り返ると眼前に炎の波が迫ってきていた。
「なっ! ……ぐおおぉぉぉぉぉおおお!!」
叫び声を上げながら炎に包まれた大男は、よろめくと屋根から足を滑らせて転落する。
男が落ちた後、シロが炎を放った相手を見ると、すでに近くまで来ており屋根から落ちた大男を見下ろしながら指示を出した。
「お前ら遠慮はいいから魔法で仕留めろ!!」
声の主はクロウだった。その指示で近衛騎士達が、いまだに燃えている大男の四方を囲むとそれぞれが魔法を放っていく。
それを見ながらクロウがシロに声を掛けてくる。
「ご苦労だったな、それで刺客は一人か?」
「たぶんね、俺が確認したのはアイツだけだよ。アイツは衝撃魔法を使うから一人の方が都合がいいんだと思う」
「衝撃魔法? それじゃあ、アイツがアンリを殺った奴か」
「うん」
「そいつは勿体無い事をしたな……、もっと痛めつけてから殺すべきだった」
クロウが憎しみを込めてそう言った時だった、パンッと何かが弾けるような音がしたと思ったら、大男を包んでいた炎は完全に消えていた。
「クロウ、足場作るから下に行こう」
「んなの待ってられるか! 飛び降りろ!」
「えっ、マジで!?」
言い残しながら飛び降りるクロウに続いてシロもそのまま飛び降りるが、着地した瞬間足から全身にかけて衝撃が走る。
「ぐぉお……超痛ぇ……」
「グズグズするな、早くしろ!」
クロウに急かされながら走って行くシロは足場を作って降りればよかったと後悔する。
近衛騎士達と合流してシロは大男を見て驚いた、クロウの放った炎を受けたにも関わらず服の一部が焦げただけで肌には火傷の痕が無かったからだ。
「ちっ! どんな身体してるんだアイツは」
クロウが舌打ちしながら忌々しそうに吐き捨てた。
ここからは不意打ちも無い殺し合いが始まる、そう思うとシロはアンリが殺された日のことを思い出す。
死なせたくない、という気持ちで弱気になる自分を奮い立たせて大男を見据える。
するとクロウが大男に向かって喋りだす。
「お前がアンリを殺したってのは間違いないな?」
大男は一瞬悩む素振りを見せたがすぐに問いに答えた。
「そうだ、そして貴様の命も貰い受ける」
「そうか……なら俺がお前を殺してやるよ……!」
クロウが明確な殺意をもって剣を抜く。
その迫力にシロは気付けなかった、遅れてやってきたルシアと南坂の存在に。
「南坂さん……!?」
まずい、と思った時には遅かった、南坂は全力で跳躍すると腕を振るい布槍を鞭のようにしならせながら大男を攻撃する。
「カオリ!」
ルシアが叫ぶがその声には応えない。
「はあぁぁぁ!!」
叫びながら渾身の一撃を叩き込む南坂だが、その一撃を大男が片手で掴むと自分の方へと引き寄せた。
「!?」
「未熟っ!」
為す術もなく身体を引っ張られる南坂を大男が殴りつけると、南坂はそのまま数メートル吹き飛ばされる。
それを自分の近くに飛んできたアルタイルが受け止め、そこへルシアが駆け寄り治癒魔法をかけ始める。
大男は吹き飛んだ南坂と自分の拳を見ながら嘆息を漏らす。
「邪魔な能力だな童」
「今回は誰も死なせないよ」
南坂が殴られる瞬間シロはなんとか小さな壁を張り、そのおかげで南坂が殺されるのを免れていた。
しかし誰も大男に攻撃を仕掛けることができないでいた。
南坂は戦闘経験は少ないが布槍の威力は相当なもので、それを身体強化とはいえ片手で止めるというのは尋常ではなく、それ故に迂闊に攻めに出ることができないのだ。
「これだけの人数を連れていて誰一人自分に仕掛けてこないとは騎士というのも、たかが知れているな」
それは大男の所感なのか、挑発なのかは分からなかったが誰も動かない。
大男もシロの消壁を警戒してか、動く気配が見られず沈黙が流れる。
「貴様、名はなんと言う」
沈黙を破ったのはクロウだった、大男がその問いに答えるとは思えなかったが、意外にもあっさりと名乗る。
「自分はマグラス、貴様ら腐敗した王家を根絶やしにする者の名だ」
マグラスと名乗った男は王族の根絶やしを目的と言った、しかしそうすると腑に落ちない点がある。
「単純明快だな、ならその王族を倒せずに無念のうちに果てていけ」
「よかろう……!」
問答は無用だと言わんばかりの空気にシロは待ったをかける、もう少し聞きたいことがあったからだ。
しかし取り合う気はないかのようにクロウ達とマグラスが構える。
「アンタはレクトの仲間……なんだよな?」
予想もしていなかった、というような顔でマグラスはシロの顔を見る。
「なぜ、そう思う?」
「以前アンタに会った時に連れていた魔法使いに似た奴と会った事がある、そしてそこでレクトにも会った」
「それで?」
「その時にアンタの仲間であるレクトは王女様を殺さなかった、本当に王族を殺すのがアンタらの狙いなのか?」
ふむ、と少し悩んだ後に少し笑うとマグラスが口を開く。
「レクト殿らしいな……。王族殺しはレクト殿の目的とは関係ない、それは自分の手で行わなければならないと言ってあるのでな、その時に手を出さなかったのはそのせいだろう」
「随分とペラペラと喋るもんだね」
「レクト殿の計画には支障はない、そしてそれを知られたところでなんら問題もない」
「ならアンリは……アンタあの時はアンリを狙っているようには見えなかった」
「あれは偶然だ、たまたま殺したのが王子だった、というだけの話だ」
今度こそ話は終わりだとマグラスが構える。
「シロ、アンリの仇でもカオリがやられた分を返す為でもいい、アイツを倒すぞ」
「……はいっ」
クロウの言葉にシロは応えると、クロウが指示を出す。
「アルタイルは抑えろ! ロックスとリューゼアは遠距離、サージェスは俺と近接! 行くぞ!!」
「「おう!」」「はいっ」「あいよっ」
それぞれが返事とともに魔法の展開を始め、アルタイルがマグラスに向かう。
アルタイルが斬りかかるが、マグラスの肩に当たるとそれ以上進まない。
「化け物かっ!」
アルタイルの焦りの声が聞こえるが、マグラスが構わず陣を付与した拳を腹に叩き込む。
咄嗟にシロが壁を形成させるが僅かに威力を弱めただけで止められない。
しかしアルタイルは一瞬だけ呻き声をあげただけでそれ以上の変化はなかった。
体格差があるとはいえ、南坂が吹き飛んだ拳を受けて仰け反りもしないというのがおかしかった。
「ぶふぅ……シロ殿ナイス防御だ」
マグラスの拳はアルタイルには直撃していなかった、当たる直前で鉄の塊に阻まれて止まっていた。
アルタイルは持っていた剣を離すと、マグラスの両手を掴む。
マグラスも完全には止められるとは思っていなかったのか、簡単に両手を掴まれて動きを抑えられている。
そこへリューゼアが風の刃、ロックスが尖った石弾をマグラスに向けて放つ。
それぞれの魔法が命中すると今度はサージェスが水を、クロウが炎を剣に纏わせて斬りかかろうとする。
「調子に乗るなよ、貴様等!」
足元に陣を展開させるとそれを踏みつけ、抑えているアルタイルやクロウ達を吹き飛ばす。
「くっ、これがこいつの衝撃魔法か面倒だな!」
「たしかにこれ程の使い手じゃ、経験の浅い魔法騎士達じゃ勝てないっすね」
サージェスが軽口を叩きながら体制を整える。
「私達は慣れてるからまだ崩されてないけど、このままだと危険ですクロウ」
リューゼアも厳しそうな表情をしている、アルタイルは髭が濃くて表情があまり読み取れないがロックスも真剣な目をしている。
皆がこの敵を警戒している、もし屋敷に入られて一人ずつ狩られていたらと思うとゾッとする。
マグラスは先程の攻撃で頭と肩に怪我を負ってはいるが、あれくらいでは戦意を失うことはないだろう。
アルタイルが魔法を四つ展開させるとそれぞれから、鉄の蔓のような物が形成されていく。そしてそれは生き物の触手のように動き、マグラスの手足へと巻きついていく。
「さっすがアル! 見かけによらず器用なこって!」
「口以外を動かせ、サージェス! 長くは持たんぞ」
アルタイルが文句を言いながらマグラスを抑えていると、サージェスとロックスがそれぞれ水と石を槍のように展開するとそれを発射する。
マグラスは焦る様子もなく、手足四箇所に陣を展開すると拘束する鉄を砕き、水槍を避け石槍と砕いた。
そこへリューゼアがマグラスを中心に風を起こすと、クロウが大炎を展開する。
クロウの炎が風に巻き上げられ、火災旋風が巻き起こる。
近くにいるだけで熱風で喉がやられそうなのに、あの中心にいたら並みの人間は確実に焼け死ぬだろう。
しかし、その火災旋風の中から手を叩く音が聞こえると、内側から爆ぜて火災旋風は消え去ってしまう。
「おいおい嘘だろ……」
サージェスが呆れながら声をあげる。
クロウ達も声には出さないが同じ気持ちだろう、今の合わせ技はおそらくは切り札だったに違いない。
それを止められた五人に手立てはなく、マグラスは足元と拳に陣を展開して衝撃を放つ。
「まずいっ! ルシア!」
クロウが咄嗟に名前を呼ぶが周囲に衝撃を放つ魔法を止めることはできない。
これで全員吹き飛べば後は一人ずつ殺されていく、しかし、全体に放った衝撃は誰にも届く事はなかった。
「……ぐぅ!」
シロはずっと消壁を張るタイミングを見計らっていて、マグラスが衝撃を放つ瞬間にマグラス自身を囲うように壁を形成した。
その結果、全体に放たれた衝撃の反動を一身に受け、そのダメージは相当のものだった。
「本当に邪魔な能力だな、童!」
掌に乗せた陣を地面に叩きつけると、軽い衝撃波が飛び全員が仰け反るとマグラスはシロに向かって走って行く。
「シロ、逃げて!」
ルシアの声が聞こえるが、もはやシロには動く体力はなく回避することもままならない。
(やばい、死んだ…!)
マグラスが眼前へと来ると、三つ重ねた陣を拳に付加して振り下ろそうとする。
「あとで仲間も送ってやるから、安心して逝け!」
ブオン!! と音を立てて振り下ろされた拳は一瞬で遠ざかり、十数メートル離れた屋敷の壁へと激突した。
なにが起きたか分からなかったシロの目の前には、不自然に伸びた樹が横切っていた。