風呂
食事を取り終えたシロ達は用意された客間でくつろいでいると、ミリアナがノックもせずに入ってくる。
「三人共! お風呂の用意が出来たから入ろ!」
三人ということは自分も含まれているのか? とシロが悩んでいると、ミリアナが残念そうな顔をする。
「ごめんねシロくん、ウチのお風呂混浴じゃないんだ~」
「いやいや! そんな心配してないですって!」
「あれ? ルシアちゃんやカオリちゃんの裸見たくないの?」
「ぶはっ! ……そ、そうじゃなくて、ですね……」
ミリアナにいいように遊ばれるシロの背中に、南坂の視線が突き刺さる。
「成瀬君ってスケベなのね」
「健全な男子なだけですけど!?」
「別に裸くらいいいじゃない」
「ねー、私も気にしないよ?」
「私が気にします!!」
シロは真剣に王族の人間って皆こんなもんなのか? と思案する。
(たしかにアンリも人前でいきなり服を脱ぎだしたしな……)
遠いところを見るようにして現実逃避を始めるシロ。
「そんなことより、皆もそろそろお風呂入るって言ってたし早く行こう」
と言いながらミリアナが急かし始める。
「え? 皆って……」
「クロちゃんと近衛の皆だよ~。男湯と女湯の間に仕切りしてあるから大丈夫だって!」
「そう言う問題ですか!?」
「皆とお喋りしながらのお風呂は楽しいよ~」
「わ、私は後で入ります!」
「駄目だよ~、カオリちゃんも一緒にね!」
抗議の声は無視されて南坂が引きずられていく、シロも女湯を意識しないようにと心に決めて風呂場へと赴くのだった。
風呂場は他の人間も使うのだろうか広い造りになっており、脱衣所で服を脱ぎ浴場へと出る。
「うわ……露天風呂みたいだ」
屋敷の中庭には露天風呂のような造りの浴場があり、男湯と女湯の間にはきちんと柵がしてあった。
(よかった、これなら覗かれる心配はなさそうだな)
普通ならそれは女性の心配なのだが、ルシアはともかくミリアナが覗いてくるのでは、と気が気ではなったのだがシロは安心して湯船に足を浸ける。
「あっつ……、けど気持ちいいな~、開放感もあっていいとこだし」
「でしょ?」
「これって作るの大変だったんじゃないんですか?」
「クロちゃんは凝り性だから造るって言い出したら聞かなくて」
「あ~、クロウはそんなイメージあるな~」
「うんうん、ほんと良い仕事するよっ!」
「ん? ってミリアナさん!?」
「なーに?」
「なななな、なんで男湯に……?」
「なんでって繋がってるし?」
なにを言ってるのか分からない、というような表情をしながら指を顎に当てて、もう片方の手を腰に置きながら首を傾げるミリアナ。
「じゃなくて! 前隠してください!!」
「え~、折角のお風呂なのに~!?」
「ミリアナさんには羞恥心っていうもんがないんですか!?」
「そういうシロくんだって隠してないじゃん」
「へ? って、うおぁ!?」
慌てて前を隠しながら湯船に浸かるシロだが、そうするとミリアナの身体が目の前にくるわけで……、急いで後ろを向く。
「いや~、シロくんも男の子だねぇ……、でもクロちゃんの方がおっきいな~」
「いらないですよ、そんな情報!! ってかクロウが来る前に女湯に戻んないと殺されますよ! 俺が!」
「まだ大丈夫だよ」
「俺が大丈夫じゃないんですって……」
シロが疲れてくると女湯の方から声が聞こえてくる。
「わー、広い! カオリ早く早く!」
「わ、私はルシアみたいに出るとこ出てる訳じゃないから、タオルで隠させてよ!」
「いやいやカオリ殿も十分に魅力的ですよ」
「リューゼアさんだって綺麗じゃないですか~」
「ふふっ、ありがとう」
「あれ、ミリアナ義姉様は先に入ってるのかと思ったのに、どこに行ったのかな?」
などと言う会話が聞こえてくる、今のシロの状況がばれたらなにを言われるか分かったもんじゃない。
そんな慌てふためくシロをミリアナが楽しそうに観察していると。
「おう、シロ早いな」
「クロウ!? あ、いや、これには深い事情が……」
いきなりのクロウの出現に、どもりながらシロは両手を広げてミリアナを隠そうとする。
当然そんな事をすれば怪しまれるわけで、クロウに訝しげに睨まれる。
「なにしてるんだシロ?」
「ナンニモシテナイヨ!」
「なんで片言なんだよ……後ろに誰かいるのか?」
そう言ってクロウがシロの後ろを覗き込んだ。
「なんだ、なにもねえじゃないか」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げながらシロが後ろを振り向くと、そこにミリアナの姿はなかった。
(いつの間に柵越えたんだよ……)
掴めない性格だとは思っていたが、想像以上に謎な人だと認識を新たにしていると、サージェスが肩に手を回しながら話しかけてくる。
「よぉシロ、女湯を覗きたいのなら俺が教えてやろうか?」
「覗くわけないでしょ、あと気持ち悪いんで裸で抱きつくの止めて下さい」
シロは文句を言いながら身体が引っ付く直前に、サージェスに肘鉄を叩き込む。
「お、おまっ……容赦、ねぇな……」
力なく湯船に沈んでいくサージェスを哀れみの目で見送っていると、また女湯の方から声が響いてきた。
「ねぇねぇ! ルシアちゃんは誰の身体が一番いいと思う?」
「ミリアナさん、そういう話は恥ずかしいんで止めて下さい!」
「カオリ殿、ミリアナの前では抵抗は無意味ですよ……」
「そうだよ! カオリちゃんだって興味あるでしょ?」
「ミリアナ義姉様、私はシロみたいな体付きが一番いいですっ!」
女湯の方は女性陣で盛り上がっているらしいが最後のルシアの台詞が気になった。
嫌な予感がして柵の方に視線を向けると、柵の一部が綺麗にくり抜かれており、そこから女四人が男湯を覗いていた。
「うおぉぉい!! なにやってんだあんたら!?」
「あ、バレた!」
「そりゃバレるよ! あんな大きな声出してれば!」
しかし穴を隠すために湯船から出たら裸体を晒す事になるので、軽率な動きが取れないでいるとクロウがシロの横に立つ。
「シロ、男なら堂々としてろ」
「いや、全裸の人がなにカッコつけてるんですか」
「そうそう! いいかシロ、こういう時にありのままの姿を晒して女の心を奪うのさ!」
「サージェスさんはもう復活したんですか……あと貴方が晒しているのは痴態です」
「なんかシロ、俺には冷たくない!? 大体、痴態はあっちのおっさん達だろ!」
サージェスが指差す先にはロックスとアルタイルが2人で柔軟をしている姿があり、シロの気分がみるみる悪くなっていく。
すると突如、興奮気味な南坂の声が聞こえ始める。
「ミリアナさん! ロックスさんの筋肉マジ凄くないですか!?」
「え…? カオリちゃんって、ああいうのが好みなの? 私はクロちゃん一択なんだけど」
「分かってないですね! あんなヒョロヒョロなもやしなんかより、ムキムキで綺麗な筋肉に惹かれないなんてオカシイじゃないですか!」
「ああ、うん……そうだね……」
「さすがカオリ殿! やはり殿方の肉体はあれぐらい頑強でなければいけませんよね!」
南坂とリューゼアが楽しそうに筋肉トークを始めだすと、ミリアナとルシアが少し引きだした。
すると唯一選ばれなかったサージェスが悔しそうに騒ぎ出す。
「って、なんであっちの筋肉ダルマがモテて、俺が選ばれないんだよ!?」
「「「「え、だってねぇ……」」」」
「傷つくから声を揃えて言うのヤメテ!!」
サージェスは心に傷を負ったが、騒がしくも賑やかな一日が終わろうとする。
全員、長湯になってしまった結果、ゆでダコの様になりながら自室へと戻っていく。
シロ達三人は別々の部屋を用意されていたので、久しぶりに一人で寝ることになりベッドを占領できるので喜んで寝転がる。
「あ~、隅っこで縮こまって寝るのは辛いからな~」
自分達がここに来た理由を忘れてしまいそうになるが、浮かれすぎないようにと心掛ける。
べッドに潜りこんでからどれほどの時間がたったのだろうか、いつまで経っても眠くならないシロは涼む為に廊下へと出ることにした。
時間も遅い為か屋敷の明かりはほとんど消えており、起きている人間は誰もいないように感じられた。
「ま、もう真夜中だしな~。……それにしても月が綺麗だ」
窓の外を見上げると、雲はなく満天の星と月が空を照らしていた。
そんな夜空に見惚れていると、廊下の奥から僅かな明かりと足音が近づいてくる。
(こんな時間に誰だ……?)
シロが身構えていると蝋燭に火を灯した燭台を片手にメイドが現れた、メイドは一瞬驚いたようだったがすぐに安堵の息を漏らした。
「シロ様でしたか、賊が侵入したのかと思い、生きた心地がしませんでしたよ……」
「あ、すみません。それよりこんな時間に見回りですか?」
「はい、今は大変な時なので少しでもお力になれればと思い、こうやって不審者がいないか見回っているのです」
「というと、自主的に?」
「はい! 私はミリアナ様に拾われた身なので、ミリアナ様の為になにかしたくて」
「へー、凄いなぁ。俺なんか最近になってようやく何をしようか考え出したってのに」
「私なんて全然凄くないですよっ! クロウ様の御友人であるシロ様の方が、地位も人としても私より凄いんですから!」
メイドは必死にシロを褒めているが、どうにも世辞にしか聞こえない。
「あの、メイドさんの名前教えてもらってもいいですか?」
「え? ……あ、は、はい! すみません名乗りもせずになんとお詫びしたらいいか!」
「責めてるわけじゃなくて、呼ぶにメイドさんじゃ変でしょ?」
「そ、そうですよね。私はサーシャです、以後お見知りおきを」
「よろしくサーシャ、あと俺は客だけど貴族じゃないし敬語とか使わなくていいよ?」
「え、違うんですか? 私はてっきり……」
「ちょっとした縁でね、ルシアの旅に同行してるんだ」
「王女さまの警護ですか、やっぱり凄い人じゃないですか!」
「ああ、やっぱりそうなっちゃうの?」
サーシャの緊張は少しばかり解けたようだったが、まだ表情が強張ったままだった。
どうしたものかと考えているとシロは背筋に冷たいものが走り周囲を見渡す。
(なんだ、今の?)
キョロキョロしているシロの様子を見て、サーシャが心配そうにどうしたのか訊ねてくる。
「分からない……けど、一緒に付いてきてくれる?」
「は、はい!」
シロが歩き出すと慌ててその後ろに付いてくるサーシャだが、少し落ち着かない様子でおどおどしているのでシロがどうかしたのかと聞くと。
「なんかシロ様怖い顔なさってますよ?」
「そう?」
「はい、怒っていると表現すればいいのでしょうか……」
「ゴメン、怖がらせちゃったかな?」
「と、とんでもないですっ」
なにか言うとすぐに慌ててしまうのは面白いとは思ったが、シロはサーシャに言われて自分が不機嫌であることに気付いた。
(なんで俺イライラしてるんだろ……)
自分でも分からなかった気持ちに困惑していると今度は全身に悪寒が走った。
「なんっ――」
シロがなんだと言い終わる前にその悪寒と苛立ちの正体に気付いた、それは正門から屋敷に向かって歩いてくる一人の大男が発する殺気だということに。
少し遅れてサーシャが大男に気付くとシロの服を掴んでくる、その手からは彼女の体の震えが伝わってきた。
その手を優しく握り返すと大男から目を離さないようにして、サーシャに喋りかける。
「サーシャ、まだあいつはこっちに気付いていないから今のうちにクロウ達を起こしてきてほしい」
「シロ様は?」
「俺はあいつから目を離せないから、頼むよサーシャ」
サーシャは頷くと姿が見えないように身を低くして廊下を走って行った。
一人残ったシロが大男の様子を伺っていると、屋敷に近づいたところで足を一歩強く踏み込むと高く跳び上がった。
「屋根の上!? どんなジャンプ力だよっ!」
慌てて窓から飛び出すとシロは消壁を足場に屋根へと登っていった。