球体
シロ達は日が傾く中、木々が生い茂る森の中を突き進んでいた。
マラカトまでの道のりはおよそ六日、王都エリステルを出発して街道に沿って行けば大体その日数で到着する予定だった。
街道を歩いて行くはずだった三人がなぜ森の中を草木を掻き分けて歩いているのかと言うと、それは王都を発ってからしばらくしてからのことだった。
ルシアが城から出たという事を隠す為に日が昇る前に王都を出た三人が、森に差し掛かったときの事だった。
「ねぇ、この森を抜ければ二日くらいは早くマラカトに着くんじゃないかな?」
そんな事を突然言い出すルシアに二人は何も言えなかった。
予定より早く目的地に到着するにこした事はないが、この世界には方角を示すコンパスがないので森に入ったとしても、真っ直ぐに森を抜けられる保障はないのだ。
「ルシア、ちゃんと森を抜けられるかも分かんないのに、行けるわけないだろ?」
「そうだよ、もし迷子になっちゃったらもっと時間が掛かるし……」
「だよね…、私焦り過ぎかな? ゴメンね」
気持ちは分からないでもなかったので気にするな、とだけ言って歩き始めた時だった。
森の奥から何かが草を掻き分けながら近づいてくる音がする。
三人はすぐに魔物だと判断して身構えるが、木々の隙間から出てきたのは植物の蔓に巻き付かれた子供の姿だった。
「子供が!」
言うと同時にルシアが動き出す。
ルシアは細身の剣を抜きながら森の中へと飛び込むと子供の方へと向かう、しかしルシアが近づくと子供の身体は森の奥へと移動していく。
それを見てルシアが子供を追いかけると、シロ達もすぐにあとを追い始めた。
そこから暫く追いかけたのだが、子供を見失い気付けば三人は見事に遭難していた。
「私が無闇に追いかけたせいで……ごめんなさい……」
珍しく素直にルシアが謝るがシロ達もルシアが動かなかったら自分が行っていた、と言って慰める。
帰る道も分からず突っ立っているわけにもいかないので、とりあえず前に進みながら先程の子供の事を考える。
もし魔物が巣に連れ帰ったのなら既に食べられている可能性が高いが、あの時の動きを見るに子供はシロ達を森に連れ込む為のエサと考えた方がいいだろう。
そう考えると今のこの状況は、まだ見ぬ魔物が張った罠の中と言う事になる。
もしそうなら、また何かしらの行動をしてくる筈なのでその前に確認しておく。
「ルシア、このレーエスの森だっけ? ここってなにか変わった魔物とかっている?」
「変わった魔物? ……う~ん」
「例えば、擬態か疑似餌を使うような魔物」
「……疑似餌」
なにか思い当たるものがあったのか考える素振りをしてから、あっと思い出したかのように声を上げる。
「魔物の餌をぶら下げて誘い込んで捕食をする魔物がいるって聞いたことがある!」
「もう少し早く思い出してもらいたかった情報だね、それ……」
申し訳なさそうにするルシアだが、構わずにシロは辺りを警戒する。
ルシアの話通りの魔物ならシロ達は既に誘い込まれており、今も何処かでこちらの様子を伺っているはずだ。
三人共、黙って周囲に意識を張り巡らせる、額には嫌な汗が滲み出ている。
すると木々の間から子供が出てきてその場に力なく倒れると、シロは警戒しながらその子供に近づいていく。
そしてその子供をよく観察すると人ではなく、ただ人に似せただけの人形だった。
「擬似餌……?」
遠目から見る分には人に見えるので、子供を助けようとした人間を捕食する危険な魔物である事は理解できた。
シロは子供が人形だった事を伝え、また周囲に気を配ると一体の魔物が現れる。
その魔物はソフトボールくらいの球体に目がついていて、そこから八本の蔓を触手のように動かしている。
「メリヌアル……」
ルシアが魔物の名前を口にする、特徴を知っていたことから魔物の名前も知っているのに不思議はないが、ルシアの表情が強張っているのに気付く。
「ルシアがそんな顔するなんて珍しいじゃん、あの魔物って強いの?」
「……詳しくは知らないよ、ただ餌がなくなると人を襲ってすぐに住処を移すから、討伐が難しいとは聞いた事あるよ」
「危険な魔物ってことだよな……なら、南坂さんが先手打った後、敵の攻撃止めるから俺とルシアで仕留めるでいいかな?」
「…………分かった」
「了解っと!」
ルシアはなにか言いたげだったが、シロの提案を否定するつもりはないらしく構える。
構えると同時に南坂が腕を前に出すと、袖が伸び『布槍』となって球体を狙うが、メリヌアルは二本の触手を前に出し南坂の攻撃を受け止めるが、受けた触手が千切れ飛ぶ。
しかしそれによって布槍の狙いが逸れて球体を仕留めそこなうと、四本の触手がこちらに迫ってくるが今度はシロが『消壁』を出現させて防いだ。
「ルシア!」
合図とばかりにシロが叫ぶと二人は壁の横を抜けて、勢いを落とさない程度に伸びていた触手を一本ずつ斬り落としながらメリヌアルへと走っていく。
メリヌアルも危険を感じ取り伸ばした触手を戻そうとするが、そこは南坂が槍で薙ぎ払いながら妨害する。
残る触手は二本となりシロとルシアはその攻撃を避け、メリヌアルを斬りつけた。
「ギィイイィィ!」
どこから出したか分からない断末魔を上げながら、触手から力が抜けて地面へと転がり落ちると動かなくなった。
「どうにかなったな~」
「シロ、戦いに余裕が出てきたね」
「そうかな? 今だに戦うときはドキドキするけど……」
「屋敷で一緒だった時は私の後ろに付いてくるだけだったのに……、さっきのシロはカッコいいなって思ったよ」
自分の事のように嬉しそうな顔でルシアが笑うと、シロは思わずドキリとさせられる。
(不意打ちはずるいだろ……やばい平常心、平常心っと)
シロを褒めてからルシアが南坂の方へと振り返ったその時だった。
「カオリ避けて!!」
その声ですぐにシロも振り返ると、南坂が物凄い勢いで吹き飛ばされて木に叩きつけられた。
「南坂さん!」
「カオリ!」
二人で駆け寄ろうとすると南坂が立っていた位置の少し奥から触手が伸びてくるが、それを消壁で防ぎきる。
ルシアが南坂のもとへと辿り着くと怪我を確認する。
息が荒く苦しそうにしていることから、ぶつかった衝撃で内蔵の方にまでダメージを負っている様だった。
「ルシア! 南坂さんの怪我は!?」
シロも南坂に駆け寄りたかったが、魔物の攻撃を止める為に背を向けたまま話しかける。
「早めに治療しないと不味いかも!」
「ならそっちを頼む!」
「でも……」
得体の知れない魔物と一人で戦うのは危険すぎると考えて止めようとするが、一瞬シロと目が合うとそれ以上言葉を発せなくなる。
三人の中で治癒が使えるのはルシアだけだ、そしてもしルシアとシロの立場が逆だったのならやはり治療を優先させただろう。だからこそルシアは何も言えなかった、それにここで言い争いをする無駄な時間など無いのだ。
ルシアは背中をシロに任せ、南坂の治療に専念する事にした。
消壁越しにシロは触手の大本を辿ると、そこには魔物が切り捨てたはずの子供の姿をした擬似餌が立っていた。
シロは心の中で舌打ちをする、あれは"擬似餌"ではなく"擬態"であってメリヌアルは最初から二体いたのだと、擬態を擬似餌と判断したことによって南坂に怪我を負わせてしまった自分自身の浅はかさに腹が立つ。
その怒りを心の奥深くに沈めて冷静であろうと努めていると、メリヌアルが子供の皮を剥いで姿を現す。
剥けた皮は球体に吸い込まれ、先程三人で倒したメリヌアルと同じ姿を成すとシロは壁を解いて触手に斬りかかる。
「はぁ!」
シロが触手を一本斬り落とすと、今度は七本全ての触手が襲い掛かってくる。
その攻撃を真上に跳んで躱すが触手は迷うことなく、シロがいる空中へと方向を変える。
そのまま掴まれれば巻き付かれて窒息か、地面に叩きつけられてトドメを刺されるかの、どちらかの末路を迎えるだろう。
だからシロと触手の間に消壁を張る、だがそれは攻撃を防ぐ為の壁ではなくその上に足を付ける為の足場でしかない。
「っと……、やれば出来るもんなんだな~」
空中に突如現れた足場に攻撃を阻まれるメリヌアルは、そこに触手を叩きつける事しかしない。
だがシロもずっとそこに留まっているつもりはなく、そこから飛び降りると足場を蹴りながら加速をつけて触手の大本へと向かって行く。
触手が空に向かって伸びきっている以上、本体を守るものはなにもない、シロはそのまま全体重を掛けてメリヌアルを一刀両断した。
地面に着地するとシロは身体の具合を調べる、消壁の反動で身体のあちこちが痛むが、まだ多少の無理は利きそうなので大丈夫そうだった。
(やっぱり身体強化を使っていると、反動が幾分かマシになるな……)
それはシロが御堂やカマツとの戦いで得た経験だった。
身体の状態を確認してから南坂のもとに駆け寄ると、ルシアの膝の上で気持ちよさそうに眠っていた。
その様子から怪我は大分、治癒したのだと分かるが人が必死に戦っている時にスヤスヤと寝息をたてていたとなると釈然としないものがある。
そんなシロの心情を察してか、ルシアが治癒魔法を掛けながら笑ってくる。
「さっきまでは苦しそうだったんだけど今は普通に寝てる。シロが一人で頑張ってくれたおかげだよ」
「ルシアだって南坂さんの治療、頑張ってくれたじゃん。お疲れ様ルシア」
「シロもお疲れ様」
そう言って二人で笑っていると、頑張ったかいがあったと思える。
そしてシロはルシアに少し待ってるように言うと、身体強化でその場をジャンプすると空中に足場を作り出す。
「なんで今まで思い付かなかったんだろう……」
先程の戦闘で空に足を付けてから、この方法を使えば方角が分からなくても王都もしくは王城が確実に視認できるはずなのだ。
そうすれば王都と自分達の位置から、進むべき大体の方向が分かるのではないかとシロは考えたのだ。
「あれだけ大きい城なんだ、見えないほうがおかしいもんな」
シロの予想通り王城の姿ははっきりと見え、それによって自分達が進む方角がはっきりとわかった。
そして魔法を解いて下に降りるとルシアにその事を話し、森を進むことに決めたのだが、まだ南坂が起きていないのでここで野宿をすることにする。
シロはパンと干し肉をかじりつつ、南坂を診ているルシアを眺める。
黙っている時はお姫様だと思える気品があるのだが、普段はその辺にいる普通の女の子となんら変わりがないな、と考えて王族も貴族も一般人もみんな同じなんだとシロは思い至る。
貴族の知り合いはいないので違うのかもしれないが、シロが出会った人達はそういった立場の違いを気にしないので、異世界に来てから王族というものの見方が変わっていた。
「もっと、雲の上のような存在だと思ってた」
「ん? なにが」
いきなりだったので訳もわからずルシアは首を傾げる。
「ルシアもそうだけど、王族の人って手の届かないような人なのかと思ってたからさ」
「私達だって人間だもの悩んだりもするし笑ったりもするわよ。それにもし国王が人ではなかったらそれは国じゃないと思うの」
「どういう意味?」
「王様は完璧ではない、王様も皆も完璧じゃないから良くしようと頑張れる、頑張れるから国は発展するの。……もし、そうね神様が王様だったらきっと人が望むものすべてを叶えてくれる、でもそこにはきっと人の営みは無い、それはただ生きているだけと同じ」
「……ルシアって時々、お姫様になるよね」
「時々ってなに!? 一応お姫様だけど!?」
「冗談だって、でもルシアが国の事をよく考えているっていうのは良く分かったよ」
「そ、そう?」
少し照れくさそうにして、ルシアは俯いて黙ってしまう。
シロもこれ以上は恥ずかしいので何も言わないが、先程のルシアの言葉が心に残る。
"ただ生きているだけ"……自分は元の世界でなにかを頑張れていたのだろうか? そんな事を考えながらその日の夜を過ごす。
そして途中で目を覚ました南坂に見張りを任せて二人は疲れた身体を休ませる事にした。




