帰路
二人が家に戻るとカマツが起きて食事をしていた。
カマツがこちらに気付くと、手を振りながら名前を呼んでくる。
「おー! ナルセシロにミナサカサンよく来たね!」
口の中にあるものをポロポロと飛ばしながら叫んでくるので南坂が一瞬でキレる。
「あんた汚い! 口の中に物を含んだまま喋るな!」
それには流石にカマツも驚いたのか固まってしまうが、それでも南坂は怒るのを止めない。
「中身は子供かもしれないけど、外見は大人なんだからもうちょっと弁えなさいよ!」
肩で息をしながら南坂が言い終わると、カマツは呆けた顔で訊ねる。
「君はなにを怒っているんだい? ちょっと引くよ?」
「なんですってー!! ……殺す!!!」
「ストップ南坂さん気持ちは分かるけど話聞くまでは待って!」
怒る南坂を羽交い絞めにして必死に止めるシロと困り果てるカムシン、しかしカマツは興味を失ったようにまた食べ始める。
「……って、お前のせいなんだから謝るかなんかしろボケ!」
「あうち!」
シロは文句を言いつつ容赦なく蹴りを喰らわすとカマツが吹き飛ぶ。
カマツは鼻血を垂らしていたが、鼻を押さえつつ立ち上がると喋りだす。
「な、なぜ怒っているんだい君達は!?」
本当に分かっていないようでシロ達は心底面倒くせぇといった顔でカマツを睨む。
「そんなゴミを見るような目で見ないでくれ! カマツは神だぞ!?」
「自称神がまだほざくの?」
「そもそも一人称が自分の名前ってところがしゃらくせえ」
「ひどい! もう止めて!」
「成瀬君、情報諦めて埋めちゃう?」
「そうしよっか」
「ふ、二人とも落ち着いてくれ!」
シロ達を止めたのはカムシンだった、そこでようやく二人が落ち着きを取り戻すとカマツは鼻に詰め物をして椅子に座りなおす。
「まず、君達が怒っている理由を教えてくれ!」
「食べカス飛ばすな」
「声がでけぇ」
「き、気をつけよう!」
「あとの教育はカムシンさんに任せます」
「私か!?」
驚愕の事実を突きつけられて固まるカムシンは放っておいて、シロはさっさと本題へと入る事にする。
「単刀直入に聞きます、カマツさんはこの世界の人間ですか?」
なにも知らない人なら質問する人間の思考を疑うだろうが、もし向こうから来た人間なら分かってくれるはずだとシロは考えた。
そしてカマツは少し考えるとすぐに口を開いた。
「違う!」
「それじゃあ、俺達と同じ世界から来たって――」
「カマツは神だからこの世界の住人ではない!」
言い切ると同時に南坂が拳骨をお見舞いして怒鳴る。
「神様とかはどうでもいいから、きちんと話しなさい!」
カマツは頭を抱えながら悶えているが顔を上げると真面目な顔つきで南坂を見据える。
南坂はカマツの迫力に僅かにたじろぎながらも睨む。
「な、なによ」
「カマツは父と母に神の子だと言われてきた、そして二人は此処とは違う所から来たと言っていた。つまり! カマツはこの世界に降り立った神なのだ!」
「最後の一言は余計だけど、両親が向こうから来た人か……」
「最後が一番大事だ!」
カマツのどうでもいい突っ込みは置いておくとしても、どうやらカマツは異世界生まれの日本人らしい。
そしてシロにはまだ気になることがあった、それはカマツが深層術式を使えるということだった。
「カマツさん、あなたの両親は深層術式を使えたんですか?」
「しんそう? なんだそれは!?」
そこからか、と…説明は面倒だったがため息をつきながらシロは説明を始める。
カマツがきちんと理解できたかは分からなかったが、展開と深層の違いぐらいは伝わったはずだ。
「父と母は魔法が使えなかった、そして二人はカマツが使っているのは神の力だと教えてくれた!」
正直そんな教育を施した両親を咎めたかったが、死んでしまった人にあれこれと文句を言っても仕方がないので黙って情報を整理する。
「御堂さんも深層術式だし、深層術式を扱える人だけがこっちの世界に飛ばされるのかな?」
「それとも、私達の世界に居る人が全員、深層術式しか使えないとか?」
南坂も意見を出してくるがその可能性も十分にありえた、確かにそれらの理由なら失われた魔法と言われるのも納得ができる。
しかしこれらは予想でしかないのであとは現実の問題を片付けることにする。
「あ、カマツさん怪我が治ったら村で働いてください」
「なぜだい!? なぜカマツが働かなければならない!」
「ウザイからでしょ」
「カマツさんは神様じゃなくて人間です、俺達もあなたとおなじ魔法が使えますしね」
「うう……」
ショックを受けるカマツ、途中南坂さんの冷たい突っ込みがあった気がするがそれはスルーして話を進めていく。
「あなたは神様じゃあないけど、あなたのその力にはカマツさんにしか出来ない事があるはずなんです」
「カマツにしか出来ない事?」
「それでこの村を救えば将来、神様と呼ばれる時がくるかもしれないですよ?」
「まかせろ!!」
カマツが勢いよく立ち上がり意気込むと、カムシンが安堵の表情をする。
そして二人には聞こえないようにシロが呟く。
「ちょろいな」
「私、成瀬君のキャラがよく分からないや……」
南坂さんが呆れたようにそう言うと、疲れたと言って部屋に戻っていく。
シロも戦闘をやったり村を歩いたりとかなり疲れたので、騒ぐカマツと喜ぶカムシンを放ってさっさと部屋に戻って休む事にした。
シロが部屋の隅で縮こまるとベッドの中から南坂が顔を出して声をかけてくる。
「ねえ、成瀬君」
「どうしたの?」
「私達、帰れるかな?」
その言葉にどんな想いが込められているのかは分からなかったが、ちゃんと帰れるかどうかの不安だけは伝わってきた。
シロは自分の中にもあるその不安を振り払うように南坂に笑いかける。
「当たり前だろ、その為の旅だ。絶対に帰れるって」
「……うん」
疲れていたのか返事だけすると南坂はそのまま寝息をたてて眠りについた。
次の日の朝になり、痛む身体をほぐしながらシロが起きるとカムシンとカマツの姿がなかった。
少し不安を覚え外に出ると村人が集まってなにやら騒いでいる。
近くに寄って様子を見てみるとカマツが魔法で地面を掘り起こしている最中だった。
「どうだろうか? 彼には確かに迷惑を掛けられたが彼のこの力があればもっと収穫を増やす事ができるかもしれない、過去の事は水に流して彼をこの村に迎え入れたいと思う」
当然、周囲からは反対の声が上がったが、その中で何人かが迎え入れてもいいと言い出した。
その者達は周囲に説得を試みる、話を聞いている限りだとどうやら彼らもカムシンと同様で、昔カマツを見捨てた事に後ろめたさを感じていたらしい。
その説得のおかげか渋々ながらも頷く人達が出てきていた、その村人達の反応に一番驚いたのはカマツだった。
「み、みんな……カ、カマツの為に…………うおぉぉおおん!!」
いきなり男泣きするカマツに村人達は呆気にとられていたが、皆は責める気など失せてしまったらしく仕事に戻って行った、その時何人かがカマツに声を掛けて行ったが本人が聞いていたかは微妙だ。
村人達が散った後、カムシンがシロに気付くと苦笑いしながら声を掛けてくる。
「どうやら皆、受け入れてくれたようだよ」
「みたいですね、これからが大変でしょうけど」
「ああ、私もカマツも頑張っていくさ」
「カマツさんのこの様子なら大丈夫だと思いますよ」
シロはそう言うと一旦南坂を迎えに行き、二人でニコルの家へと向かって行った。
ニコルの家の近くを色々と捜索していると、ネミッサが家の中から顔を出しお茶とお菓子を用意してくれており、それらを頂いてから再度捜索を開始する。
「ネミッサさんのお菓子美味しかったね!」
「うん、表面はもちっとしてて中は甘い、なんか元気でるなーって味だね」
「ウムレだっけ? こっちのは変わった名前の物が多いけど、あれは覚えていて損はないね。そしてウムレ食べた後のシッパ茶もよかったよ」
ウムレとはルオ(こっちでの米)を潰して作った餅の中に、蜂蜜に漬けたサレクと言う木の実を入れたお菓子で長持ちするので食料が少ないこの村では重宝される保存食なのだとか。
シッパ茶と言うのもこの村周辺ではよく採れる葉らしく、身体を温める効果を持つその葉をお茶にするのが普通らしい。
食料難なのにご馳走してもらうのも悪い気がしたが、ネミッサさんがどうしてもと言うので断りきれなかったのだ。
最初この村に来た時は暗い雰囲気がある村だと思ったが、ネミッサさんやニコルさんのような人がいるなら大丈夫だと思ってしまう。
結局、手掛かりらしいものはなく手ぶらで二人が村長の家へ戻ると、カマツとカムシンも丁度帰ってきたところだった。
「お帰りシロさん、カオリさん」
「シロ! カオリ! カマツが働いているのに君達はなにをしていたんだ!」
「別に俺達は働きにこの村に来たんじゃないですよ」
「あんたみたいに暇じゃないのよ」
ぐぬぬと唸るカマツだが自分がやってきた事は、悪い事だと認識できたらしく反論してこない。
そしてシロ達は部屋に戻って荷物を取ってくるとカムシンがどうしたのか訊ねてくる。
「そろそろ一旦、帰らないと怒られちゃうんで」
「帰るって研究所かなにかかい?」
「まあ、そんなとこです」
シロはルシアの拗ねた表情を浮かべて苦笑いしながら答えた。
するとカマツがようやく出て行くと理解したのか文句を言ってくる。
「なんでもっと早くに言わない!」
「いや、早くもなにも会ったの昨日の今日でしょ!?」
「寂しいではないか!」
「暑苦しい男に言われても嬉しくないし!」
「というかキモイね」
「キモイ!?」
カマツは泣きそうになっていたが、泣かれては騒がしいのでシロが宥める。
「まぁ、またいつか来ますって。その時にはご馳走用意しておいてくださいね」
「まかせろ!」
シャキンと立ち直ると胸を張ってカマツは約束してくれた。
隣で笑っているカムシンは、子の成長を喜ぶ父親の姿に似ていた。
そうしてシロ達は家を出ようとすると、シロが急に立ち止まり南坂がぶつかってくる。
「ちゃっと、成瀬君急に止まらないでよ」
「あ、ごめん。――それよりカマツさん、俺達が最初に魔法を使おうとした時にどんな魔法か分かっているみたいでしたよね?」
「当然だろう、神だからな!」
「もうそれはいいですって……」
辟易しながらシロはカマツに問いただす。
「あれはカマツが生まれた時からできるのだ、相手を見れば人間であれ魔物であれどんな見えない力を持っているかが分かるんだ!」
「見ればわかる……かぁ」
魔法とは違うであろう能力だとは分かるが、これ以上カマツに聞いてもきちんとした答えが返ってくる筈もないので、この辺で聞くのを止める。
そしてカムシンさんに泊めてくれた礼を云ってベシアトル村を後にした。
村を出てしばらくすると、退屈だったのか南坂が話しかけてくる。
「ねぇ、成瀬君。王都まではどれぐらいかかるかな?」
「う~ん、寄り道しなくても一週間はかかるでしょ」
「ルシア元気かな?」
「王都を出てまだ二週間っくらいだし元気だよ」
「きちんと両親を説得できたのかな?」
「お姫様だしね……難しいと思うけど」
「やっぱり無理かなー?」
南坂は期待を込めた表情でルシアの事を考えていた、シロもルシアを加え三人で旅ができたら楽しそうだと思うが立場上難しいと考えていた。
それでもクレアノの町での一件を考慮に入れて旅を許可してくれても良いのではと考え、城に着いたらどうにか王様に会って頼めないかと思案する。
難しい顔をしながら悩んでいると南坂がニヤニヤと笑っている。
「どうしたの南坂さん」
「いやぁ、成瀬君がルシアの事を考えているんだろうな~と思うとお姉さん楽しくなっちゃって」
「あーはいはい、聞かなきゃよかった」
「照れない照れない、結局ルシアの事はどう思っているの?」
ここで迂闊に喋れば自分が居ない時になにを言われるか分かったもんじゃないので、ここは黙秘権を行使して足早に歩く。
「あ、成瀬君逃げちゃ駄目だって!」
「うっさい! どんどん行かないとルシアに会えるのが遅くなるだけだよ!」
「おやおやぁ? それはそれは早く会いたいってことですかな?」
(くっ! 殴りてぇ……)
シロは仕返しすることも出来ずに、道中ずっとからかわれ続ける事になったのだった。




