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Free story  作者: 狐鈴
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赤子

 岩が叩きつけられ地響きとともに砂が舞う。

 目を細めながらもシロはカマツから目を離す事はせずに睨み続けている。


「神であるカマツに逆らうからこうなるのだ!」


 カマツが走り出して殴りかかるが、シロはそれを横へ躱して膝蹴りを放つ。

 膝蹴りを受け止めてカマツが再度攻撃を行ってくるが、シロも相手の拳に合わせてカマツの顔面にカウンターの拳を捻じ込む。


「ぐぅ! ……君は魔法を使わないのかい!?」

「そんな事言われても解く気はないね!」


 そう言ってシロは攻撃を再開する、もし今シロが魔法を解いてしまえば岩に閉じ込められている南坂が岩の下敷きになってしまう。

 しかしそれはカマツも同じで岩を魔法で維持しておかなければ、穴から南坂が出てきてしまい二対一で戦わなければいけなくなるので、二人は必然的に肉弾戦を行うしかなかった。


(でも…このまま戦っててもこっちが負けるっ)


 シロの攻撃のほとんどが見切られ、カマツの拳は確実にシロの体力を削っていく。

 それでもまだ戦っていられたのはシロが回避に専念し始めたからだった。


「逃げてばかりじゃ勝てないよ!」

「かもね」


 カマツは逃げてばかりのシロに苛立ってきたのか、挑発を始めるがシロはそれでも回避に集中する。

 痺れを切らしてカマツが大振りの一撃を放とうと腕を上げると、シロが足に魔力を集中して隙が出来たカマツに向かって一気に距離を詰めた。


「もらった!」

「残念……だったね!」

「っ!」


 カマツがニヤリと笑うとそのまま真上へと跳び、振り上げた拳をシロに叩き付けた。


「がはっ!」


 完全に無防備だった真上からの攻撃で、地面に倒れるとカマツがシロを踏みつける。


「残念だったね、君の負けだよ!」


 勝ち誇るカマツだがシロは自分を踏む足を掴み身体強化で抜けられないように固定すると、南坂を守っていた障壁を解除した。

 支えていた障壁がなくなり岩が更に穴に深く落ちるとカマツが可笑しそうに笑う。


「結局、仲間を見捨てたのかい!? これで完全に君達の負けだよ!」

「いんや、俺達の勝ちだって」


 シロが勝ちを宣言すると地面を吹き飛ばして南坂が飛び出してきた。


「なっ!」


 南坂は穴から出てきた勢いをそのままに、右手を前に出し袖で布を槍のように突き出した。

 その突然の攻撃にカマツは反応できず直撃し、持てる力全てで掴んでいたシロの手からカマツの足は簡単にはずれ、洞窟の岩肌まで飛ぶとそのまま激突し壁に減り込んで完全に沈黙する。


「ちょっ! 南坂さんやりすぎだって、カマツさん死んだ!?」


 慌ててシロが駆けつけると白目を剥いていたが、とりあえず呼吸はしているのでセーフのようだった。

 カマツの生死を確認してからシロが南坂の方を向くと、南坂はその場に座り込んでいた。


「大丈夫、南坂さん?」

「普通、最初は仲間に駆け寄るもんじゃないの?」

「いやー、カマツさん尋常じゃないスピードで飛んでったし……」


 南坂は敵だった相手の心配なんてなに考えてるのよ、と言いたそうな顔をしていたが既に諦めているようだった。


「ま、いっか。――それより私は結構魔力使っちゃったからもう動けないよ……」

「南坂さんが速く穴を掘ってくれたおかげで助かったよ」

「それより成瀬君は大丈夫だったの? 合図代わりに障壁に攻撃したけど…」

「ああー……カマツさんの攻撃も合わさって死ぬかと思ったけどどうにか生きてたね」


 打ち合わせもなしで連携ができたのは、お互いを信じて行動できた結果なのだと、嬉しくなって自然と二人して笑い出す。

 ひとしきり笑ってからシロがカマツを抱えて歩きだし、南坂もそれに付いていく。


「やっぱりカマツさん連れて行くんだ」

「あのまま放っておいて死なれても後味悪いしね……それに」

「それに?」

「変な人だけど悪い人じゃないって思うんだ、ただ常識がない…みたいな?」

「分かる気もするけど私たちも似たようなもんだよ?」


 南坂の言い分はもっともなのだが、シロが言いたい事は少し違う。


「なんだろ……子供みたいだなーって」

「どう見ても大人だけどね……、こうはなりたくないな~」


 カマツが気絶しているのを良いことに言いたい放題の二人は、そのままカムシンの家へと戻っていった。

 人目につかないようにカマツを家へと運ぶとカムシンに手当てを頼む。

 普通なら村に迷惑を掛けた男の手当てなどしたくないと言うのだろうが、カムシンは文句を言わずにカマツの手当てを済ませるが、南坂はそれが少し気に食わなかったようだった。


「カムシンさんはどうして、その自称神を殺すのではなく追い出してなんて言ったんですか?」


 南坂の言葉にカムシンは僅かに固まるが、カマツの頭を撫でながら喋りだす。


「今から十年前になるか、私が村長になる前の話だ。この村にやせ細った親子が辿り着いた、そのままではすぐに倒れてしまいそうだった親子に、我々は食料を与える事をしなかった……」

「どうしてですか?」

「その年は作物が不作で自分の家族が食べていくだけで精一杯だったんだ、そして見捨てられたその親子は村の外れにある洞窟に向かっていった」

「それってカマツさんの事ですか?」


 訊ねるとカムシンの表情が暗くなる、黙っているという事は当たっているという事なのだろう。


「その親子が村についてから数日が経った後、私は自分の食べ物を少しずつ貯めて洞窟に向かうと子供が二つの死体の前で座っていた、両親は森で手に入れた僅かな食料を子供に与えて餓死したようだった」

「子供の為に……それでカマツさんがあんな風に?」

「神を名乗った理由は知らないが、カマツを見つけた時に私は罪悪感から顔を出す事が出来ず食料を黙って置いていったのだ」

「それを供物だと思い込んだって事ですか?」

「おそらくは……あとは本人に聞くしかないが、あの時カマツが村に来たときに我々が手を差し伸べていればこうはならなかった筈なんだ……だからカマツを殺さないでほしいと頼んだのだ、これは私の自己満足でしかないのだがな」


 そう言ってカムシンは自嘲するように笑うと、南坂は申し訳なさそうにして謝る。


「すみません、嫌な事を話させてしまって」

「いや、いいんだ。君達には感謝している、ありがとう」


「でも、それってズルイですよね」

「成瀬君?」


 少し間を置いてからシロが口を開くと南坂とカムシンが首を傾げる。

 シロも今ので意味が通じるとは思っていないので、少し苛立ちを込めてカムシンに話しかける。


「たしかにこの村は今大変かもしれない、だからって殺しはしないから他所でやっていけって言ったって出来るはずがない」

「しかし食料もいくらか貯めた物がある、それを持って旅に出れば彼だって……」

「普通の人ならできるかもしれない、でもカマツさんは何も成長していないまるで子供みたいな人だ、恐らくあの人には悪い事をやったっていう自覚すらないよ」

「そうかもしれないが……」

「そんな人を外に追い出したって他所で同じ事をやるだけでなにも変わらない、カムシンさんはまた見殺しにするって言ってるのと同じですよ」


 見殺しという言葉に反応したのかカムシンが黙る。

 南坂もシロの態度に少し困惑しているようだが、構わずに話し続ける。


「昔の事を引きずって負い目を感じているならこの村で働かせればいい」

「「は?」」


 シロの唐突な提案に南坂とカムシンが呆けた声を上げる。


「カマツさんの魔法なら畑耕すのは楽になると思いますよ? そしたら畑広げて今より良くなるかも知れない、最初は皆嫌がると思うけどそこは村長であるカムシンさんが踏ん張るところです」

「……カマツを受け入れる……そんな事が出来るのだろうか? 私に、この村に……」

「良くするためには今までとは違う何かを取り入れなきゃいけない、きっとカマツさんは新しい風になってくれると思いますよ」

「……そうかもしれない、だがその前に」

「まずはカマツさんに聞かなきゃ駄目ですけどね」


 そこで一旦話を止めて、カマツが目を覚ますまで二人は村で情報収集をすることに決めた。

 シロ達が村人に話を聞きに行くと最初は警戒されるが、カマツを退けた事を説明してから話せばどうにか会話が成立するので時間は掛かるが根気良く村を練り歩く。


「カムシンさんに話を通してもらえばいいのに」

「今は色々考えたいと思うからね~」

「成瀬君は急にマジメになったり変な人だね」

「やっぱり偉そうだったかな?」

「とってもね、でも良い事言ったんじゃない?」


 南坂は口では褒めているが面白そうにしているので、素直に喜べない。


「自分より年上の人に説教とか調子に乗ってましたホントすいません」

「別に責めてないし、でも意外ではあったね~」

「――それよりさ、カマツさんって」

「ん?」


 南坂がからかい始めてくるので、どうにか話題を変えてみる。


「黒髪黒目だったじゃん? もしかして俺達と同じ世界の住人なのかなーって思ってさ」

「あ、それ私も思ったけど、やっぱりそうなのかな?」

「そこはカマツさんに聞かなきゃ分からないね」

「なんにせよ、あの人と話をしなきゃいけないって事なんだよね……」


 嫌そうだと言わんばかりに肩を落とす南坂を見てシロは苦笑する。

 そんな話をしながらもう一軒訪ねると若い男が扉を開ける。

 男は他の村人とは違いシロ達を邪険にすることなく家の中へと招いてくれた。

 シロ達が家の中に入ると青い髪の色をした女性が椅子に腰掛けており、座ったまま頭を下げると男に声をかける。


「ニコル、その人達は?」

「この人達はカマツを倒してくれたらしいんだ、名前はええっと……」


 ニコルがそこまで言いかけてシロに視線を向けるとシロ達は簡単に自己紹介を済ませた。


「まぁ、それじゃ二人はお強いんですね。私はネミッサと申します、この度は村を救っていただきありがとうございました」


 ネミッサが深々と頭を下げると二人はなんだか申し訳なく感じる。


「お礼を言われるほどの事じゃないですよ! 頭を上げてくださいって」

「あら、そうですか? でも感謝くらいはさせてください」


 そう言ってネミッサは優しく微笑むとシロは照れて視線を逸らすが、南坂はシロの反応が面白かったのか近くによって話しかける。


「おやおや成瀬君は照れているのかな?」

「て、照れてないし! なんかお礼を言われるのに慣れてないっていうか……」

「お人好しだからお礼なんてしょっちゅう言われてるんじゃないの?」

「そんな事ないよ、普段は面倒事には首を突っ込まないようにしているけど、こっちに来てから……というかはルシアの影響なのかな? 見て見ぬ振りが出来なくなった気がする……」

「……ルシアとは会ってそんなに時間が経ってないはずだけど…………もしかして、それは恋?」

「んなわけあるか!」


 ニコルとネミッサを置いてけぼりにして二人で話に夢中になっていると、ニコルが口を挟んでくる。


「それで君達は、僕達になにか用があって訊ねてきたんじゃないのかな?」

「あ、すいません! えっと……」


 シロは謝ると慌てて説明を始めてニコル達に話を聞く。

 南坂はというとルシアをネタにからかえた事が楽しかったのかまだ横でニヤニヤと笑っていたので、後で仕返しをしてやろうとシロは心に決めた。

 二人の話は他の村人と同じで特にはなにもないという話だったが、ネミッサがふと思い出したように小さく声を上げる。


「あ……」

「どうしたんですかネミッサさん?」


 南坂が訊ねるとネミッサは悲しそうな表情をしており、それに気付いたニコルが彼女に近寄り肩を抱く。


「すまない、ネミッサは時々昔の事を思い出してはこうやって落ち込んでしまうんだ……」

「なにかあったんですか?」


 踏み入るべきではないと分かってはいたが、シロはニコルにそう質問する。

 言うべきか悩んでいるニコルをよそに、喋りだしたのはネミッサだった。


「私達には娘がいたの」


 その言葉でなにがあったかは大体想像できてしまったがネミッサは言葉を続ける。


「生まれたばかりの私達の赤ちゃん……でもほんとに少し、ほんの少しだけ目を離したらいなくなってしまって……」


 そこまで言うとネミッサは泣き崩れてしまった。

 二人は何も言えずに黙ってしまったがニコルがすぐに落ち着くからと笑ってくれる。

 気付くと日も沈んできていたのでシロ達は村長の家に戻る事にすると、ニコルが家の外まで見送ってくれる。

 そこでシロがネミッサに聞こえないようにニコルに先程の話をする。


「さっきのネミッサさんの話っていつ頃の事なんです?」

「もう七年前だね、彼女の家にあった宝物をあの子に持たせて本当に可愛がっていたよ……それなのに」


 ニコルの目には涙が溜まっていた。

 シロは最後にとニコルにその赤ん坊の名前を訊ねる。


「名前? そんなの聞いてどうするんだい?」

「俺達は各地を旅しているんでそれを手掛かりに探せるかもしれないんで」


 すでに諦めているであろう夫婦に、その申し出は実に酷な事なのかもしれないがシロが真っ直ぐ見つめるとニコルは娘の名前を口にする。


「娘はルーナだ、もしなにか分かったらすぐに教えてくれ」

「分かりました、それじゃあ失礼します」


 そう言って二人が家を後にすると、南坂が不機嫌そうにシロに訊ねる。


「なんであんな事を聞いたの? 七年も経ってるならルーナって子はもう……」


 言いたくないのか南坂はそこで口を閉ざす。

 そんな事はシロだって分かっている、どんな事情があるにせよ七年も経っていたら子供の生存は絶望的である。

 しかもこんな山奥の村に赤ん坊を攫いにくる可能性なんてまずないだろうし生きている可能性は低い、だがシロが気になったのはそこではなかった。


「ネミッサさんはルーナが消えたって言ってた」

「うん?」


 ポツリと呟くシロの言葉に南坂は一応相づちを打つ。


「それって俺達と同じなんじゃないのかな?」

「私達がいた世界に行ったってこと?」

「推測でしかないけど、もしそうなら帰る方法の手掛かりになるかもしれない」

「それじゃ、明日ニコルさんの家の周りを探してみる?」

「そうだね、そうしよう」


 二人はようやく手に入れた情報に喜びつつも、ネミッサの泣き顔が頭から離れずに複雑な気持ちのまま村長の家へと戻っていった。

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