神様
ベシアトルの村へ到着した二人は村人から冷たい視線を向けられる。
「なにやら歓迎されてない感じだね……」
「そうみたいね」
シロが感想を述べつつ近くに居た村人に話しかけると、村人はジロジロと警戒の眼差しを向けてきた。
「あ、どうも~。俺達はこの辺の調査を行っている者なんですけど、よかったらお話を聞かせてもらえませんかね~?」
「…………」
「あの……聞いてます?」
「……話なら村長に聞いてくれ」
「村長はどこにいます?」
村長の居場所を尋ねると村人が無言で指を差しそこへ視線を向けると、村の奥に他の家より少し大きめの家が立っているのが分かる。
村人からはこれ以上、話を聞く事ができそうもないのでさっさと切り上げて南坂と村長の家まで行く事にする。
「なんか辛気臭い村ね……」
「サレット村は他所者でも迎え入れてくれるような所だったけど、最初に来たのがこの村じゃなくてよかったよ……」
村の作りはサレット村と変わらないのに、そこに住んでいる人間が違うだけでここまで雰囲気が変わるものなのかと考えているうちに村長の家へと辿り着く。
歓迎してくれない村の態度もあってシロ達は家に入るのを少し躊躇うが、立ち止まっていても仕方がないので思い切って家の中に入る事にする。
「お邪魔します、村長さんいますか?」
「ん? 私だが、君達は?」
家の中でシロ達を出迎えたのは頭に羽飾りを付けた身長が二m五十cmはある大男だった。
(でっか! 森で戦った大男よりでっか!)
驚く二人を見て村長を名乗る大男は先に名乗りだした。
「私はこのベシアトルの村長カムシンだ、どうか君達の名前を教えてはもらえないだろうか?」
大きさに圧倒されて名乗るのを忘れていた二人は、カムシンに聞かれてようやく我に返ると自己紹介を済ませ、この村に来た理由を説明する。
「ふむ、変わった事か……」
「些細な事でも構わないので」
「……最近ではないが、十年くらい前からカマツと言う男が神と名乗って近くの洞窟を根城にしているのだ」
「「神……ですか?」」
なんとも胡散臭そうな存在にシロと南坂は声を揃えて訊ねる。
「そんな変な物を見る目をしないでくれ……こちらも困っているのだ」
「あ、すいません。いきなりだったもんで……」
「まぁいい……そのカマツなんだが奇妙な力を使うんだ」
「奇妙な力?」
「魔法に似ているんだが陣がないので魔法ではないと思うのだが……」
「それ深層術式ですね」
シロの発言にカムシンが首を傾げてくるので、展開と深層の二種類の術式についてシロは簡単に説明をする。
シロの説明を受けてカムシンが頷くと二人の顔を見て話しはじめる。
「さすが各地を旅する学者さんだ、博識でいらっしゃる」
「そんなことないですって」
「ということは、やはりカマツが使っているのは魔法なんですね」
「実際に見てみないと分からないですけど恐らくは……」
そこまで言うとカムシンが突然、両手を地面につけて頭を下げてくる。
「お二人にお願いがありますっ! カマツをこの村から追い出していただけないだろうか!」
「ど、どうしたんです、いきなり?」
「そうですよ! 頭を上げてくださいカムシンさん」
いきなりの土下座に二人は対応に困りつつ、どうにかカムシンを立たせると訳を尋ねる。
「お二人は村の者達を見て、この村を見てどう思いました?」
「えっと……」
なんとも答えにくい質問に二人は困ってしまう。
「私のことは気にせずに思ったままの事を言ってください」
カムシンの表情は真剣だったので二人はありのままの感想を答える。
「えっと、辛気臭いし感じ悪い」
「あと和やかな感じがないし寂れているし雰囲気悪いですね」
「……………」
正直に答えたらカムシンさんが少し泣きそうになる。
(成瀬君カムシンさん泣いちゃうよ!?)
(南坂さんが後で付け足すからだろ!)
二人で言いあっているとカムシンが後ろを向き目の辺りを擦っているのが分かる、そしてそのまま振り返ると話を続ける。
「実はカマツが来てから収穫した食料のほとんどを取り上げられて、我々の生活は貧窮しているのだ」
「それなら村人で袋叩きは?」
「それもやろうとしたが返り討ちにあったよ、カマツは我々の命を取るつもりはないらしいのだが、それでも我々は自分の家族を養うので精一杯になり皆で手を取り合うことをしなくなってしまった……このままでは村はいずれ終わってしまう……」
カムシンはそう言うと力なくうなだれる、先程まであった大きな体から放たれる威圧感がなくなり本当に追い詰められている事がわかる。
困ったようにシロが南坂に視線を向けると、南坂も同じ事を考えていたのか目が合う。
二人で小さく頷いてからカムシンに声を掛けるとシロはカマツを追い出すことに協力する事を伝える。
「しかし頼んでおいてこう言うのもなんだが、この村にはお二人に払う報酬を用意するだけの余裕はない」
「それなら一晩泊めて貰いたいって事と、村の人達と話が出来るようにカムシンさんが皆を説得してください」
「カマツを追い出せば皆も話くらいは聞いてくれるだろうが、本当にそんな事でいいのか?」
「野宿するくらいならちょっと苦労してでも布団で寝たいですもん」
南坂が勝手な持論を持ち出すがカムシンがそれで納得したので黙っておく。
そして二人は空いている部屋を貸してもらい、そこで自分達の持ってきた食料を食べた後休む事にした。
「それにしてもご飯くらい用意してくれてもいいと思わない?」
「仕方ないだろ、食べ物なくて困ってるみたいなんだし」
「そうだけどさー」
「大体、南坂さんは布団があればいいんだろ?」
「まあね~、あー久々の布団だー!」
言いながら南坂は布団へとダイブする。
「御堂さんの家では椅子だったからね」
「ほんと、お尻が痛くてしょうがなかったな~」
「マッサージしようか?」
「ん~? 死にたいの成瀬君」
「ごめんなさい」
笑顔で返されるが恐ろしかったので素直に謝るが、南坂の視線は冷たいままだったのでシロは大人しく寝ることに決めた。
朝になって二人がカムシンに起こされると、早速カマツという自称神の元へ向かう事にする。
カムシンがカマツに刃向かうと連帯責任で、村全体に何かしらのペナルティが科せられることになっているらしく途中までの道案内しかできないので、そこまでの間にカマツの魔法について聞いておく。
「カマツは地面を操っていました」
「地面って言うと"土"属性の魔法ってことかな?」
「魔法に詳しい者がいないのではっきりとは言えないのですが、地面をひっくり返されたりしては我々は手も足も出せず……」
「村の人が近づけないほどの地面の操作ってなると相当の使い手だよね……」
「まぁ、成瀬君がなんとかしてくれるでしょ?」
「南坂さんも手伝ってよ? 身体強化も少しは教えたんだし」
旅の道程で南坂に僅かながら身体強化を教えていたので、もちろん一人で戦う事はしない。
「あとはこの道を真っ直ぐ進むだけです。それでは、私はここまでです……シロさん、カオリさん後はお願いします」
「はい、村の人が心配そうな顔で見てたんでカムシンさんは早く村に戻ってあげてください」
「すまない……」
申し訳なさそうにしながらカムシンは来た道を戻っていく。
残された二人は少し坂になっている道を進み少し行くと洞窟があるのを見つけ、入り口付近では褐色肌の黒髪黒目の男が焚き火をしていた。
男がこちらに気付くとシロ達に話かけてきた。
「君達! このカマツに何か用かい!?」
出会った瞬間に戦いになると思っていたので、カマツのテンションが高い以外は普通の態度に少し困惑する。
「えーと、カマツさん……ですよね?」
「っ! な、なぜカマツの名を知っている?」
「なぜって自分でカマツって言ってるじゃないですか……」
「確かにカマツはカマツの事をカマツと呼ぶが君達にはまだ名乗っていないではないかっ!」
シロはその時「この男面倒くせぇ!」と心底思ったがとりあえず気を取り直して会話を再開する。
「えっと……あなたは誰ですか?」
「ふっ、名を尋ねるならまずは自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかい!」
「成瀬君、この人なんかヤダ……」
「まったくもって同意だよ…………、コホン。俺は成瀬 白です、こっちは南坂さん、それであなたのお名前は?」
「そこまで言うのなら名乗ってやろう! カマツはここを治める神・カマツだっ!」
「……それでカマツさん、あなたはどうして村から食べ物を盗るんですか?」
「盗ってなどいない! あれはカマツに奉げられた供物なのだよ!」
などと本気で言っていそうな自称神に、二人は呆れた視線を投げかける。
「その目は信じていないな! それなら見よ! あそこにある供え物の数々を!」
バッと手を伸ばしたその先に二人が視線を向ける。
「……腐ってるな」
「食べ物を粗末にするなんてサイテーな神様ね」
食べ物の山に虫が集っているのが遠目でも分かり、その視線をそのままカマツに向ける。
「な、なんだその目は! カマツは神なのだ、これくらい許される! そしてこんなに食べられないのだから仕方がない!」
「ならもう少し貰う量を減らしなさいよ!」
「これは信仰の証なのだ!」
「きっと誰もあんたを神なんて思ってないわよ!」
「なん…だと……」
驚いた表情をするカマツだがそれは一瞬で、すぐに怒りの色が顔に出てくる。
「貴様達は、神であるカマツに逆らうのか!」
「あー、もうそれでいいや面倒だし……」
「さっさとぶん殴って終わらせましょ」
「カムシンさんも言ってたけど殺しちゃ駄目だよ?」
「あの人って随分お人好しなのね、こんだけ迷惑掛けられてるなら普通そんな事気にしないわよ」
「南坂さんはこっちの世界に染まってきてるね~」
「無駄口叩いてないで行くわよ!」
「オッケー!」
言うと同時に二人は左右に分かれて魔力を練りはじめる。
村長には追い出せとしか言われておらず、今回二人は武器を持たずに手ぶらで来ているので頼りになるのは自身の魔法だけになる。
そして二人がカマツの左右に移動し魔法を放とうと構えると。
「ん~! ナルセシロは『消壁』でミナサカサンは『布槍』だね!」
カマツが何かを言うが構わずシロはカマツのすぐ横に障壁を張り南坂の攻撃を避けられないようにする。
そして南坂が袖部分を伸ばし突こうとするが、カマツが地面へと手を付くと地面が盛り上がり山となって阻む。
するとカマツの後ろの障壁を消してシロが身体強化で肉弾戦をしかけた。
シロが拳や蹴りを放つがそれをカマツは苦もなく受け止める、完全にこちらの動きが読まれていてカマツには当たりもしなかった。
「カマツに敵うはずがないだろう!」
「くっそっ、口ばっかじゃなかったか……さすが自称神」
「自称じゃない!」
シロは右手を掴まれカマツに殴られそうになる。
「くっ!」
「神の裁きだよ!」
当たるギリギリのところで拳が止まる、カマツの攻撃はシロが出した小さな障壁に阻まれていた。
身体強化により魔力が通っていたせいか障壁に触れた拳からは血が流れており、僅かにカマツが怯んだ隙に全力で腹を殴りつける。
「あうちっ!」
変な声を上げてカマツが吹き飛ぶと南坂がすぐに袖でカマツを束縛する。
「いや~、結構きわどかったな~」
「私はなにもできなかったけどね……」
「南坂さんが縛ってくれたおかげで簡単に無力化できたわけだし」
「ま、いいけどね」
結果に少し不満があるらしいが、競っているわけでもないので特になにも言わずに放っておく。
「それより、この人どこに置いてくればいいのかな?」
「目を開けたら、この村から出て行くように言えば良いじゃん」
「大人しく聞いてくれると思う?」
「その時は力ずくで聞かせるさ」
二人でカマツの処遇について話をしながらシロは洞窟の方へと歩いて行く。
「ちょっと、どこ行くの?」
「まだ食べられそうな物を探すんだよ」
「私は?」
「神様をよろしくー」
「くぅ……」
南坂は捕縛係なので待機させて洞窟に入ろうとする。
「神聖なる神の社に入るなど不届き千万!」
シロが叫ぶカマツの声に振り返ると、さっきまであった魔法で作られた山が崩れているのが見えた。
その意味を理解してすぐに南坂に向かって叫ぶ。
「南坂さん! 逃げろ!」
「え?」
南坂が反応するより速く地面に穴が空くと南坂はそこへと落ち、カマツはそのままその上に岩を叩きつけた。




