表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Free story  作者: 狐鈴
19/54

斬撃

 南坂はラグネと言う牛型の魔物と一緒に、柵の中に閉じ込められていた。

 ラグネの特徴は一見して牛のそれと変わらないのだが、唯一の違いは頭部に生えている五十cmはあるであろう立派な一本角だ、あれに串刺しにされれば怪我では済まないだろう。

 そもそも何故、南坂がラグネと柵の中にいるのかというと、この世界には動物がいないと聞いてそれなら町に魔物を飼っている所があるはずだから、そこで戦闘経験を積めないかと南坂が言い出したからである。

 そしてザガンに協力してもらいこうして無事に魔物と戦う事ができるようになったのだった。


「てやっ!」


 南坂が薙ぐように槍を振るうとラグネに命中するが、皮を切った程度で気に留める様子もなく走り出す。

 それを横っ飛びしてどうにか避けると後ろから突き刺すがどうにも威力が足りず致命傷にはならない。

 必死に避けながら槍で小突くの繰り返しをしていたが、南坂が転び動けなくなるとシロが障壁を張り柵を飛び越えると身体強化して一撃で斬り伏せる。


「はぁはぁ……」

「南坂さん、大丈夫?」


 肩で息をする南坂にシロが手を差し伸べると、南坂はその手を掴んで起き上がってから服をはたいて砂埃を落とし始める。


「成瀬君ずるい……」

「へ?」


 南坂がポツリと呟く、シロにはなにがずるいか分からず困惑していると南坂は腰に手を当てて詰め寄ってくる。


「へ? じゃないわよっ。私も身体強化が使えればこんな牛もどきイチコロなんだからね!」

「あ~、ずるいってそういう事か……」

「そりゃそうでしょ! ノーマルの私じゃ魔物に勝てないもの、お願い成瀬君! 私にも魔法教えて!」


 両手を合わせて拝むように頼んでくる南坂の期待には応えてあげたいのだが、魔力の行使は腕や足を動かす感覚と同じで口で説明できるようなものではなく、シロにはそれを教える術がなかった。

 どうにか南坂をなだめて御堂の家に戻る事にした二人は、ラグネを飼っていた牧場主に礼を云うとまた来いよと言われる。


「ラグネ達は硬いからな、お前さんがやると無駄に傷が増えなくて売る側としても助かるぜ」


 との事で、すでに三日連続で通わせてもらっていた。

 そして今日も成果なく帰ってくると御堂が出迎える、彼は疲れた顔をした南坂に水を渡すと食事を作り出す。

 シロがふと目をやると家の入り口に布に包まれた細長い物が立て掛けてあった、それが気になったシロが包みに手を伸ばすと不意に御堂が声をかける。


「それに触ったら飯抜きな」

「それってー?」


 さっと手を引いて知らん顔をするシロだが、御堂もそれ以上はなにも言ってこないので触れないでおく。

 する事もなく大人しく待っていると御堂が食事を運んでくる。


「今日の夕飯は牛丼だ」

「マジで!? いやっほー!」

「牛丼……ラグネ丼って事ね……」


 南坂がこちらの世界用語に変換すると、御堂が嫌そうな顔をしながら食事を運んでくる。


「そんな言い方すんな、なんか不味そうだろ……」

「ゴ、ゴメンなさい」


 ラグネ丼…もとい牛丼を食べながら御堂は南坂の特訓について聞いてくる。


「いや~、魔法使えなきゃ駄目みたいで勝てないや……」

「つまり南坂は口だけの女って事か」

「な、なによ、その言い方は…」


 南坂が御堂を睨みつけるが、まったく気に留める様子もなく涼しげな顔で御堂は牛丼を食べている。

 その様子が気に障ったのか南坂はいきなりテーブルを叩くと立ち上がる。


「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ!」

「…………」

「黙ってないでなんとか言いなさい!」


 特訓で成果がでない不満もあってか、さすがにここまで怒る南坂を見た事がなかったシロは、二人の動きに注意しながら黙々と牛丼を食べ進めている。

 御堂はというと牛丼をきっちり食べ終わってから箸を置くと、南坂の方を見据える。


「お前はなんでそんなに戦えるようになりたいんだ?」

「――っ! そんなのあんたには関係ない!」

「……そうだな、でも俺も自分の事で忙しいんだ、さっさと魔法でも身体強化でもできるようになって此処から出て行ってもらいたいんだよ」

「だ、だからって、あんたに理由を話す必要はないわよ!」

「ああ、わかった。なら俺がお前を追い出そうとしても文句はないな?」


 御堂がそう言うと周囲の空気が冷たくなった気がした、ゆらりと御堂が立つと南坂の襟を掴み外へと引きずって行く。

 外に出ると御堂が身体強化を使ったのか、南坂を放り投げる。

 南坂が受身も取れずに地面に落ちると、足元に槍が転がっていた。


「出て行け」

「な、成瀬君はどうするのよ!?」

「成瀬は魔法が使えるしお前よりは役に立ちそうだからな、ここに残ってもらうさ」

「そんなのあんたが決めることじゃ……――ないでしょ!」


 南坂が槍を手に持つとそのまま御堂に突撃する。


「うそ……」


 声を上げたのは南坂だ、勢いをそのままに突いた槍は御堂に片手で掴まれ、身体ごと持ち上げられている。そして手に持った槍を横に大きく振ると、手を離し南坂ごと放り投げた。


「さっさと帰れ、フランカあたりに言えば泊めてくれるだろ。まだ向かって来るなら斬るぜ」


 その言葉が本気だと言うように御堂は家の入り口の近くに置いてあった包みを取ると、中から剣を取り出した。


「……日本刀?」

「流石に知ってるか、触れればお前みたいな細腕なら簡単に落ちるぞ」


 御堂が取り出したのは日本刀だった、特に装飾されてもいない柄と鍔そして刃、その相手を斬る為だけに存在しているかのような刀を御堂は南坂に向けている。

 御堂は刀を構えるが動かない、それを前にしたせいか南坂は微かに震えているようだった。


「お前もう帰れ、戦いなんてお前が思っているほど楽なもんじゃねえぞ」

「ぅ……ぃ……」


 南坂の声が微かに聞こえるが聞き取れない、そして御堂はさらに言葉を続ける。


「なんで、そんなに戦いたいんだよ、今のままじゃ確実に死ぬぜ?」

「うるさい!」


 今度こそ聞こえた南坂の声、その声は悲痛に満ちておりシロはそれを聞いて南坂の心の起源を再確認する。


(やっぱり復讐だよな……俺が焚きつけたようなもんだけど、これじゃ……)


 普通にしていたので忘れていた、いや考えないようにしていた事にシロは気付き、自分でやったことにたいして後悔する。

 しかし御堂はやはり気にする様子もなく喋り出す。


「なんだよ、仇討ちか? そんなの面白くもなんともねぇぞ」

「五月蝿いって言ってるでしょ!!!」


 辺りに響く声を上げて南坂は槍を振り上げて御堂へと突っ込むと、思い切り振り下ろした。

 御堂はそれを刀で受け止めたが、南坂が全体重を掛けて槍を振るったせいか地面に倒れ込み、南坂がその上に乗ると槍を構える。


「南坂さん!」


 シロが声を上げるが南坂は槍を止めずに振り下ろすと、それを御堂が手で止め刀を放すと南坂の襟を掴む。


「俺に攻撃してどうすんだ、ここで死ぬつもりか?」

「死ぬのなんて怖くなんかない! あの人の仇を……討てるなら……」

「――っ、馬鹿が!」


 南坂の瞳には涙が浮かんでいるように見えたが、御堂が掴んだままの襟を引っ張って南坂を引き剥がすと明らかに不快そうな顔で怒鳴る。


「死んでもいいとか簡単に言ってんじゃねえ! 本当に仇を討ちたいなら惨めに生き延びてでも力を付けてそいつを殺すとか言ってみやがれ! 大体、俺に向かってきてどうすんだ馬鹿女!」

「あんたが私の邪魔をするからでしょ!」


 凄い剣幕で怒鳴る二人に近づけずにその様子を見ていたシロは、最初に(けしか)けたのは御堂さんでしょと言いたかったがそんな空気でもないので黙っている。

 すると御堂が刀を拾い再び構えると、南坂も槍を前に突き出して構えた。


「面倒だ…殺すかこの女」

「刺し違えてでもあんたを殺してやる」


 逆切れした御堂と完全にブチ切れしている南坂を止められそうにもなく、シロはいつでも障壁を張れるように待機する。

 先に動いたのは御堂だった、御堂が刀で斬り上げると南坂がそれを槍で受け止めるが、体ごと後方へと飛ばされる。

 やはり身体強化が使える御堂の方が有利であって、このままでは南坂が殺されると判断したシロは南坂の前に行くと障壁を展開した。


「それが成瀬の魔法か……、邪魔をするなら斬るぞ」


 言うと同時に御堂の刀が銀色の光に包まれ、それをそのまま障壁に向かって振り下ろした。


「がっ!!」


 御堂の一撃を受けてシロの全身に激痛が走ると左腕が血で滲んでいた、攻撃を受けるたびに内部に衝撃が走るため傷口が開いたのであろうと判断する。

 障壁が無傷なのを見て、御堂が忌々しそうに舌打ちすると高く飛び上がる。


「やばい!」


 シロが声を上げるがすでに御堂は障壁を飛び越えていた、そして着地すると同時にシロを蹴り飛ばすと南坂に掌打を放つ。

 二人が吹き飛ぶと御堂は刀の峰を肩に当てながら南坂を見下ろす。


「これが戦いってやつだ痛えだけだろ? だからもう止めときな」

「……っ!」


 南坂もここまで言われて気付かないはずはなかった、御堂は戦う事を止めろと仇討ちなんて止めろと言っているんだという事に、しかし南坂にはアンリの仇を取るという目的しか見えていなかった。


「それでも私は……」


 南坂が立ち上がり御堂を睨むと、御堂は頭を掻きながら仕方ないとばかりに呟く。


「馬鹿な女だな……」


 刀が銀色の光に包まれ御堂はそのまま真っ直ぐ刀を振り下ろすと、南坂の横を風が横切り何かが倒れる音がする。

 その音に振り返ると木が真っ二つに割れて倒れていた。


「俺の魔法は刀に斬撃を纏わせて飛ばす、ただそれだけだ。つまりリーチの長い剣って事になるが…この意味わかるか?」

「くっ!」


 御堂の言ってる意味を理解したらしく南坂の顔が歪む、御堂の言っている事が本当ならば距離がいくら離れていようが南坂を斬る事ができるという事になる。

 だが、ただ立っているだけの南坂を攻撃もせずに御堂は黙って見ているだけだった、シロにはその沈黙が戦いを辞めろと言っているように感じた。


「……でも、私は……逃げない!」


 南坂の絞り出したような声に御堂が微かに笑ったように見えた。


「悪くねぇな」


 そう呟くと御堂が構えて南坂を見据えると刀を振るった。

 シロは御堂が刀を振るうより速く、間に入ると障壁を展開して斬撃を止めようとするが――


「良い感じに邪魔だな! 成瀬!」


 御堂が叫ぶと斬撃は障壁の手前で上へと軌道を変え、障壁を越えたところで急降下してくる。


「まがっ――た!?」


 突如として軌道を変えた斬撃は肩を深く斬りつけシロはその場に倒れ込む。

 肩から血を流すシロを見て南坂の頭は真っ白になり、強く握った拳からは血が出ていた。


「あんたは……許さない!」

「お前に許してもらうつもりは――っ!」


 最後まで言い切る前に御堂の口が何かに塞がれた、咄嗟に左腕を出して首を絞められるのを避けたが、腕と首を絞められて身動きが取れなくなる。

 御堂を縛っている物は南坂の腕から伸びていて、そこで御堂は自分に巻き付いている物を理解する。


「服の一部……布か!?」


 それは南坂の服、左腕の袖の部分が伸びて巻き付いている物だった。

 御堂はそれを刀で切ると距離を取り、もう一度南坂を見ると魔法が解けたのか服が元に戻っている、どうやら魔力を媒体に強化、増幅ができる類の魔法のようだった。

 御堂が南坂の魔法を分析していると南坂の腕がこちらに向けられ、袖が勢い良く伸びて飛んでくる。


「くそっ!」


 真っ直ぐに伸びてくる袖をぎりぎりで避けると、それは御堂が立っていた地面を抉っていた。

 当たれば確実に体の一部を持っていかれる威力を秘めたそれは南坂の腕に戻るとただの服に戻る。


「容赦ねえな……お前」

「あんたに言われたくないわよ!」


 二人が動き出すその瞬間をシロは見逃さなかった、肩を斬られ倒れていたシロは数秒後にはまた殺し合いを始めるであろう南坂の足首を掴んだ。


「え? ……――へぶっ!」


 南坂は見事に顔から地面へと着地をして動かなくなり、それを無言で見つめる御堂は呆けた顔をしている。

 二人にこれ以上戦ってほしくないのでとりあえず止めてみたのだが、なぜかやってはいけない事をしたような気分になるシロは恐る恐る南坂に声を掛けてみる。


「み、南坂さん? 全然痛くもなくて大丈夫だったりする?」

「…………だ」


 小さく声が聞こえシロは安心して胸を撫で下ろした。


「大丈夫じゃないわよ! 成瀬君あの状況で止めたら私が転ぶの分かるでしょ!?」

「いや、あのままやってたらどっちか怪我じゃ済まないでしょ?」

「何言ってるのよ! 一番怪我してるの成瀬君じゃない、大体殺されかかったのよ私達!!」

「それでも俺達は生きてるし、御堂さんには殺す気なんてなかったはずだよ。……まあちょっとやりすぎではあるけどね」


 そこまで言ってシロは御堂の方へと目を向けると、頭を掻きながら歩いてくる。


「気付いてたのか……」

「気付くでしょ、頭に血がのぼった状態の南坂さんじゃ気付かないかもだけど殺そうと思えば俺達二人なんて簡単に殺せたんじゃない?」

「まあな、でもお前のおかげで助かった。あのままじゃ南坂を止められそうもなかったからな……」

「あ、あんたのせいでしょうが!」

「でもそのおかげで魔法、使えるようになったじゃん」

「う……でも! 成瀬君にこんな怪我まで負わせて!」

「それは俺の事だし気にしないでって」


 南坂はシロにそこまで言われると黙ってしまい、シロは苦笑いしながら立ち上がると南坂に手を差し出して起こすと振り向きながら御堂に声を掛ける。


「御堂さん」

「ん? なんっ――……ぐっ!」


 振り向きざまに身体強化した拳を御堂の腹へと捻じ込むと家の壁に叩きつけた。

 予期していなかった攻撃によろめきながら御堂はシロに目をやる。


「さっきのお返しなんでこれでチャラですね。というわけでこれからもよろしくお願いします御堂さん」

「ほんっと良い度胸してるよ、お前は」


 と言いつつも御堂はどこか可笑しそうに笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ