黒髪
シトラトに到着すると、町の住民達がシロ達の方に視線を向けてくるので、シロは少し困った表情をして南坂に話しかける。
「俺達なんか目立ってない?」
「そりゃ、こんな魔物引きずってれば嫌でも注目されるでしょ」
「やっぱり、これが原因?」
「たぶん、そうでしょうね」
自分達が運んできたのはティグルと言われる魔物で、どうやら皆はその魔物を倒した見ず知らずの自分達を少なからず警戒しているようだった。
そんな町の人々の中から一人の男が前に出てくると、女の子に話しかけてきた。
「フランカ、そっちの二人は知り合いか?」
「あっザガンおじさん、この人達は私がティグルに襲われてるところを助けてくれたの!」
フランカと呼ばれた女の子がそう答えると、ザガンはシロ達を訝しげに見つめる。
「本当にこんな女子供がティグルを倒したってのかよ?」
「ほんとうだよ! あと倒したのはそっちの白髪の人だよ!」
「一人で倒したってのか!?」
周囲が騒がしくなるが、囲まれる前にフランカがシロの腕を引っ張って歩き出す。
「というわけで、ザガンさんはティグルを適当に配ってください。私はこの人の手当てをしなきゃいけないので」
「お、おう」
ティグルを一人で倒すと言うのは、それほどのものなのか皆が一歩引いてシロとティグルを交互に見ている。
それを気にする様子もなく先を行くフランカにシロが質問を投げかける。
「ティグルって一人で倒せないもんなの?」
「本来は罠を仕掛けて五、六人で仕留めるので、あんな風に一人で倒してしまうなんて初めて見ました」
「だから、あんなに騒ぐんだな~」
「それは騒ぎもしますよ! ティグルは凶暴ですが皮は高く売れるんです、だからティグルを狩るのを生業にしてる人もいるんですよ!?」
「あ~成程ね、凄いだけじゃなくて商売敵的な目でも見られてたのか……」
「はい……だからさっさと移動させてもらいました」
「ありがとう、フランカ」
お礼を云うとフランカが急にこちらを振り返えると、少し驚いた表情をしている。
「どうしたの?」
「そういえば私名乗りましたっけ?」
「いや、さっきザガンって人が名前呼んでたし……」
「あ、そっか……そうでした」
成程どうやら、この子はティグルという魔物の縄張りに入ったりと色々そそっかしい所があるようだった。
そんな事を考えながら、簡単に自己紹介を済ませるとフランカが一つの家の前で立ち止まる、どうやらここが彼女の家らしい。
家に入ると彼女の母親が出迎え、フランカが母親に抱きついて挨拶をする。
「フランカこちらの方は?」
母親が尋ねるとフランカがシロ達を紹介し、町の外であった出来事を説明する。
フランカは説明が終わると、今度は薬箱を持ってきてシロの腕の手当てをし始めた。
「この子を助けてくれたんですか……すみません、町の外には出るなと言ってあったのですが……」
「いえいえ、気にしないでください、俺の傷もかすり傷みたいなもんですし」
「せめて、なにかお礼ができればいいのですが……」
母親がそう言うと部屋の奥に視線を送る。
誰かが眠っているのだろうか、部屋には扉がないので僅かに奥の部屋の様子が伺える。
「主人です、病気であまり動けなくなってからは、フランカが薬草を取ってきたり私も働いているのですが、お二人にお礼ができるほどの余裕がなくて……」
「礼なんて別にいらないですって!」
「お気になさらずに私達は宿を探しますよ!」
シロ達は慌てて家を出ようとすると、ザガンが家に勢い良く入ってくる。
「おう、フランカはいるか? ってさっきの白髪ボウズ!」
「どうしたんですか?」
人の顔を見るや驚くザガンを軽く睨みながら聞き返すと、ザガンは申し訳なさそうな顔をしながら毛皮を差し出す。
「これって……ティグルの?」
「ああ、あそこに居た馬鹿共はヨソ者だから黙って貰っちまえって言ってたが、俺が預からせて貰ったからな、あんたに渡しに来たのさ」
「ああ、それならフランカにあげちゃって」
「おう、分かった……って、なにいぃ!?」
ザガンが突然素っ頓狂な声を上げる、それはフランカの母親も同じらしく困った顔をしている。
固まる二人の代わりにフランカがシロに訊ねてくる。
「ティグルの毛皮って高いんだよ? いらないの?」
「別に俺達はお金の為に旅してるわけじゃないしさ」
「そうそう、だから気にしないで貰っちゃってよ」
「あれ、南坂さんはそれでよかったの? 俺はてっきり怒られると思ってたや」
「成瀬君て私をどんな人間だと思ってるのよ」
南坂が呆れたように言うとフランカがクスクスと笑うが、母親は納得できないようで受け取ろうとはしない。
「さすがに娘の恩人になにもせずに、その上毛皮まで頂くなんて訳には……」
「それなら夕飯をご馳走してください、もうお腹減っちゃって……」
「どっちが食い意地張ってるのかしらね」
「うるせっ」
シロの言葉に母親が頷くとフランカが少し嬉しそうな顔をする、そしてザガンが毛皮をフランカに渡すと今度は肉を取り出してきた。
「肉は町の連中にも配っちまったが、これはお前さん達の分だ受け取ってくれ」
「っていうか、もう捌いたんですね……早いなー」
「今度やり方教えてやろうか?」
「機会があったら是非~」
ティグルの肉を受け取りそれをそのまま母親に渡すと早速調理してもらう事にした、夕食にはフランカの父親も起きて来て五人で食べる事になり、シロは折角なのでここ最近、町でなにか変わったことがないか聞いてみる事にする。
「変わったことですか……」
そう呟いたのはフランカの父親だった、父親は少し考える素振りを見せたがすぐに首を横に振る。
「すみません心当たりはありませんね。シロさん達はそんな事を調べて、一体なにをなさっている方なんですか?」
「あ、俺達はこの国で起きる様々な現象を調べる為に各地を回ってるんですよ~。そういったものは人の生活にも影響を及ぼすものなので、なにか変わったことがあればそれを手掛かりに調べる事ができるので」
「成程、二人は学者でしたか……お若いのに大変ですね」
「いやー」
(よくもまあ、あんなにペラペラと嘘を言えるもんね感心するわ……)
(下手に城の関係者って言ったら動きにくいかなーと思って)
二人がこそこそと話をしているとフランカが、口を出してくる。
「でも学者さんのわりには知らないこと多いよね二人とも」
「い、いや~魔物は戦った事がなかったからさ、びっくりしちゃって……」
「それでティグルを倒してしまうのだから驚きですね」
「偶然ですって」
その後も町について色々と話を聞いたが特に有益な情報も無く、そろそろ宿を探しに出ようと話をすると母親が家に泊まるように勧めてきた。
「いいんですか?」
「ええ、それくらいはしなければバチが当たってしまいす」
「それならお言葉に甘えさせてもらいます」
泊まることが決まり南坂は久々に布団で寝れると喜びはしゃいでいると、そんな南坂を見ながら母親が少し考える素振りをする。
その視線に気が付くと南坂が母親にどうしたのかを尋ねる。
「ごめんなさいね、カオリさんの髪と瞳の色が珍しいと思って……」
「やっぱ両方とも黒って珍しいですよね~」
「成瀬君の白髪も十分、変だと思うわよ」
「個性って言おうよっ」
母親はシロ達のやり取りをスルーして話を進める。
「それでカオリさんと同じ特徴の人がこの町にもう一人いるんですよ」
「えっ? 本当ですか!?」
「ええ、もう三年くらい前になるんですけどフラっと現れて、町の外れの廃屋に住み着いているんですが……」
「その人の名前って分かります?」
「ごめんなさい、あまり町には来ないので……」
「その情報だけで十分ですよ、助かります」
フランカの母親に話のお礼を云い二人は休む為に部屋へと向かう。そして部屋を見た南坂がため息をついてからシロの方を見て床を指差す。
「成瀬君は床ね」
「有無も言わせないとか南坂さんも逞しくなったよね……」
「部屋に文句はないけどさすがにシングルで二人寝るのは無理よ」
「まぁ一般家庭じゃ寝床はこんなもんだよ……」
贅沢を言うつもりは無いが南坂の提案に釈然としない、しかしシロはさっさと諦めて寝ることにして部屋の隅で小さくなって眠りについた。
朝になると南坂のクシャミが聞こえて目が覚める、シロが起きると毛布が掛けられており、その代わりに南坂が寒そうに眠っていた。
「無理しなくてもいいのにな……」
呟いてから南坂に毛布をかけ直すと、もうしばらく寝かせておくことにする。
シロもまだ眠気が残っていたので、ベッドに背中を預けてしばらく目を瞑っていると南坂が目を覚まし、シロに気付くと毛布をかけ直された事に気付き悔しそうな顔をする。
「ちぇ、恩に着せようと思ったのに」
「それを口に出したら駄目だと思うな~」
「むぅ~……――それより成瀬君、今日はどうするの?」
「やっぱ昨日聞いた、町の外れに行こうと思う」
「得体が知れないっぽいけど、大丈夫なの?」
「さぁ?」
「さぁって……まっいいけどね……」
南坂は呆れたように返事をするとシロと一緒に部屋を出て行き、フランカ達と朝食を取るとすぐに家を出て町外れに向かおうとするが、フランカが道案内をすると言い出し三人で出かける事になった。
しかしこれから会う人物がどんな人物か分からない以上、フランカを連れて行くのには不安があった。
そこで二人は町外れに着いたら少し離れているところで見ているように伝えると、フランカが大丈夫だと言い出した。
「町外れの所にいるお兄ちゃんはちょっと怖いけど優しい人だよ」
フランカの言い方だとどうやら町外れのお兄さんという人物と知り合いのようで、シロと南坂は二人して顔を見合わせるとその人物について聞いてみることにする。
「フランカちゃん、昨日はその人の事知らないみたいな感じだったけど?」
「だって町の人は皆近づいちゃ駄目って言うんだもん、だから町の子達は皆内緒にして行くの、遊びに行くとね時々お兄ちゃんが飴って言うお菓子くれるんだ!」
「この世界には、飴をくれる知らないお兄さんに付いて行っちゃ駄目って言葉はないのかね……」
「フランカちゃん飴ってこの辺にはないものなの?」
「うん、お兄ちゃんに貰うまで食べた事なかったよ」
この世界に無いお菓子を作れるという事は、この世界の人間ではない可能性がある……そして三年前にここに来たという事は自分達が持っていない情報を手に入れているかもしれない、そんな期待を胸にシロ達は町外れへと向かっていった。
家の前に到着すると、南坂が難しい顔をしながらシロに向かって話しかける。
「ねえ成瀬君、もしここの人がロリコンだったらどうするの?」
「ロリコンってなんでさ?」
「だって子供に飴あげて喜んでるんでしょ? 危なくない?」
「いや、喜んでるなんて言ってないだろ……」
「でも見返りも無しで物をあげる人って信用ならないって言うか……」
「それだったら俺達だって同じでしょうが……――おじゃましまーす」
南坂は前情報の段階でどうにも悪い印象を持っているらしく、入るのを躊躇っているがそんなの関係ないので、さっさと家の中へと入ると本を読んでいる男が椅子に座ったまま出迎える。
「……ん? 見ない顔だな、町の人間じゃないな?」
男がシロに気付いて本を置くと、ゆっくりと立ち上がり近づいてくる。
フランカの母親の話通り、黒い瞳に逆立つ短髪の黒髪に鋭い目つきをしていて、背丈はシロより少し目線が高いので、なんとも威圧されているような感覚に陥る。
「あ、あのー俺、成瀬 白って言います、そんでこっちが――」
「南坂 香織です、初めまして……」
「なんだフランカじゃねえか、もう来るなって言っただろ、親に怒られるぞ?」
「秘密にしてるから大丈夫だもん!」
「そうかい……」
普通に無視されてフランカと会話を始める、どうやら眼中にないらしい。
「成瀬君ここは怒っていいところかな?」
「良いと思うよ? 南坂さんやっちゃいなよっ」
「そこ私なの!?」
二人で無駄な言い争いをしていると、ようやく男がこちらに視線を向けて口を開いた。
「夫婦漫才ならヨソでやってくんないか?」
「「夫婦じゃないよ!」」
「息ピッタリじゃねえか……」
「な、なんなのよこの人、馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんてしてねえよ……――それとな女」
男が急に真面目な顔をする、先程から仏頂面ではあったがさらに目が鋭くなり南坂も少し怯んでいるようだった。
「な、なによ?」
「…………俺はロリコンじゃねえ」
「そんなのどうでも良いわよ!」
怒鳴る南坂、ちゃっかり家の前での会話も聞かれてるし、なんとも無駄に隙が無い人物だなとシロは呆れながらも感心する。
「からかうのはこの辺にしておくか……」
「こんのっ……」
「はいはい南坂さん落ち着いてー」
南坂を押さえながらシロは男に名前を聞く。
「俺は御堂 貴弘、お前らと同じ異世界に踏み込んじまった迷子の一人だよ」