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Free story  作者: 狐鈴
14/54

敗走

 雨が降る中シロが森を走っていくと、その横を何人もの騎士が通り過ぎていく。

 嫌な予感がする中、駆けて行くと拳を振り上げている大男の後姿を見つけた、その拳は今にも目の前にいるアンリへと振り下ろされそうだった。

 息をするのも忘れシロは無言で大男へと斬りかかった。

 シロの剣は完全に虚を突かれた大男の背中に深い傷を負わせ、地面へと片膝をつけさせた。


「今のうちに早く逃げっ――!」


 シロが言うよりも速く大男が腕を後ろへと振るい、シロを吹き飛ばす。

 あれだけ深い傷を負わされたにも関わらず、すぐに反撃をしてくるとは思ってもいなかったシロは、そのまま木へとぶつかる。


「ぐっ、かは……」


 咄嗟の反撃だった為、魔法は付加されてはいなかったが巨躯の腕に殴り飛ばされれば、それだけで無事では済まない。

 大男が狙いをシロへと変えると拳に魔法陣を添える。

 シロはどうにか立ち上がるが一撃もらっただけで足が言う事を聞かなかった。


「邪魔をしてくれるな、(わっぱ)


 大男がそれだけ告げてシロに殴りかかろうとした瞬間、剣が腹を突き刺した。


「シロ殿は大事な妹の客人なのでね、やらせはしないよ!」

「ぐぅ! ぬかった……」


 アンリが大男に剣を突き立てると、大男はそのまま地面を強く殴りつけた。


「またか!」


 アンリは忌々しそうに呟くと後ろに下がると、近衛騎士達も立ち上がり構える。

 大男がゆらりと立ち上がりアンリ達を見据えると口を開いた。


「自分もまだまだ精進が足りぬな、よもやこれだけの人数に苦戦するとは……」


 七人もいてこの有様だというにも関わらず、そんな事を言ってくる大男に近衛騎士達が睨む。


「だがまあ目的は果たせた、動かす者がいるだけでこれだけ立ち回れるようになれば十分だろうな」

「……?」


 大男の意味の分からない呟きにシロは頭を捻る。

 しかし考えを纏める間も与えないかのように大男が腕を上げると、大男の後方から無数の魔法陣が浮かび上がる。既にこの周辺にはアンリ達しか居らず、騎士達を攻撃していた魔法使い達が次々と集まり魔法陣を展開していたのだ。

 大男が合図とばかりに腕を下ろすと魔法が次々と放たれるが、シロが大男の横を素早く通り抜けるとアンリ達と合流する。


「シロ殿!?」


 アンリが思わず声を上げるがシロに返事をする余裕はなかった、シロは魔力を纏め上げる為に集中する。

 以前、屋敷の時にも同じ状況で助かっている、アレが本当に自分が行使した魔法なら今回もできるはずだ、と考えるまでもなく行動に移せたのはここに来る前に散々悩んだ結果だろうか、シロは今目の前にある事にだけ意識を向ける。

 そして両手を前に出すと、シロ達を囲むようにして光る壁が広がる。

 数十人もの魔法使いが放った魔法はシロが展開した壁に当たると、様々な光や音を立てて消失した。


「い、今のは?」

「ここまで強力な防御魔法は見たことがない!」

「シロ殿、これはあなたの魔法か?」


 皆が一様に驚いていたが、シロが膝を着くとヒルトンが駆け寄る。


「大丈夫かシロ!?」

「ちょっと、しんどいかも……」


 魔法が壁に接触した瞬間、シロの体に痛みが走っていた、魔力返(リバウンド)りかとも思ったが血は出ていないようだった。

 しかし相手が待ってくれるはずもなく、今度は大男が陣を添えた拳を壁へと叩き込む。


「ぐぁ!」


 轟音が響くと同時にシロが呻き声を上げる、それを見てアンリが心配そうに声をかける。


「シロ殿! 魔法を解除するんだ、どうやらこれは高い防御を持っているがダメージの一部を術者が負っているんだ! これでは君がもたないぞ!」

「んなこと言ったって、今解いたら皆死ぬだろ……」

「……しかし」


 シロの言うことはもっともで、大男の一撃を耐えたが魔法使い達の攻撃はまだ続いており、この壁はまさに最後の砦なのである。



「心配すんのは終わってからでいいから逃げる算段つけてくんないかな?」

「わかった」


 アンリがシロの言葉に頷くと敵に聞こえないように相談する。


「やはりここは一点突破しかないでしょうな」

「ああ、シロ殿が魔法を解除すると同時に一斉に魔法を放ちそこを抜ける」

「単純ですがあの堅牢な壁を任意で消せるなら効果的ですな」

「ヒルトンはシロ殿を担いで走れるか?」

「はい! まかせて下さい!」


 ヒルトンの返事を聞きアンリが頷くと全員が構える。

 だが大男はこちらの事情などお構いなしに拳を構える、それも今度は陣が三枚重なっている。

 それを持って拳を振りぬくと壁が軋みをあげて砕けた。


「皆、やれ!」


 アンリの合図で魔法を一点に集中砲火をかけると、そこへ向かって走りだした。

 敵の包囲を走り抜けるアンリ達を、大男は逃がすまいと魔法陣を足元に展開すると、陣を添えた両拳で足元の陣を殴りつけた。

 大男が放った衝撃は敵味方を問わず襲い、周囲の地面を割り木々を根こそぎ倒していった。

 地震を思わせるその揺れに足をとられ、皆がその場に膝を突くと大男が近づいてくる。


「本当に滅茶苦茶な魔法を使うな……」

「自分の味方も巻き添えにするとは外道め!」


 そんな言葉に大男が意外にも答える。


「あれは味方ではない、只の駒……道具に過ぎん」

「駒だと? 貴様、人の命を何だと思っている!」

「そうか、お前にはあれが人に見えるのか……」

「なに!?」


 アンリが怒りを露わにするが、気に留める様子もなく大男が問答は終わりだとばかりに近づくと、アンリが声を荒らげる。


「ここは私が時間を稼ぐ、皆は逃げろ!――ヒルトン、シロ殿を頼む!」

「な、なに言ってんだアンリ!」


 シロが止めようとするがヒルトンがシロを担いで走り出す。


「なにやってんだよヒルトン! アンリを見捨てるのかよ!?」

「馬鹿か! このままじゃ逃げ切れないから、その為の足止めだぞ!? 駄々をこねればそれだけアンリ様の覚悟が無駄になる!」

「でもっ!」

「喚くな! 大体もうお前動けないだろ!?」


 ヒルトンの言うとおりシロはもう動く事すらできなかった、動く事ができるなら大人しく担がれていないでアンリと一緒に残っていただろう。

 ここまで来たというのに、シロは何もできない己の無力さを呪う。




 大男は背中と腹の傷のせいか動きが鈍くなっているようで、アンリは慎重に相手との距離を取りながら動きを観察する。


(身体強化しても斬れなかった相手だ、さっきのように不意を突かなければ勝ち目はないか……なら少しでも長く持たせるだけだ)


 下手に攻撃して一撃でやられては時間稼ぎにもならないので、如何に持たせようか思案していると不意に横から声が掛かる。


「あなたはいつも我々にはなにも言わずに勝手に決めてしまわれますね」

「そうそう、少しは私達を信用してくれてもいいんじゃないですか?」

「――お前達なんで?」


 声の主達は逃げろと命じたはずの近衛騎士だった。


「なぜ、とはまた随分ですな。我々はアンリ様の近衛騎士ですよ?」

「私達だけ逃げるなんてできるわけないじゃないですか」

「それにアンリ様を置いて逃げたらどんな処罰を受けるのやら……それなのに逃げろとは無理を仰る」


 皆アンリの顔を見て笑いかける、自分が今まで信用しようとはせずに一線を引いて接してきた近衛騎士がこんな自分の為に戦ってくれる事に今更ながら感謝する。


「皆、今まですまなかった……そして私と共に戦ってくれてありがとう!」


 近衛騎士達は照れくさそうに笑うとアンリを見る、その視線を受け止めて最後の命令を下す。


「いくぞ!」

「おお!」


 その声に皆が一斉に飛び掛り、アンリが後方で魔法陣を三つ展開し光弾を飛ばす。

 大男はそれを苦もなく避けると一人ずつ確実に仕留めていく。

 アンリは目の前で仲間が殺されていくのを止める事もできずに、只々魔法を撃つだけの自分が心底憎らしかった。

 四人の近衛騎士が倒され大男はアンリへと向かう。


「あとはお前だけだ、自分を相手によく持ったと褒めておこう」

「この化け物め……」


 大男はアンリの言葉を聞くと可笑しそうに笑う。


「なにがおかしい?」

「いや失敬、自分が化け物ならあの男はなんなのだろうなと思ってな」

「あの男?」

「要らぬ話であったな……殺生は好かぬが見逃す理由もないのでな諦めよ」


 大男が両拳を振り上げるがその隙にアンリは走り出す。


「往生際が悪い!」


 片手で地面を叩きつけ大地を揺らすとアンリがバランスを崩す、そこへもう片方の腕を捻じ込む。

 アンリは咄嗟に剣を盾にするが粉々に砕け体に命中すると、衝撃が容赦なく全身を駆け巡りその場に倒れ込む。


「ほう?……今のを耐えるか」

「ぐ、まだ……だ」


 アンリは折れた剣を放そうとはせずに、顔を上げて大男を睨む。


「そろそろ楽になれ、これだけ時間が経てばあの童を追うことはもうできん」

「仲間が命を懸けてくれたのだ、だから私はどんなに傷つこうと諦めない!」

「見事だな……ならせめて痛みを感じる間もなく葬ってやろう」


 そう言うと大男は複数の魔法陣を展開しアンリを囲うと拳を構えた。


(すまないシロ殿、これは返しに行けそうもない……)


 アンリはシロから手渡されたペンダントを握り締める。


(カオリさんすみません、どうやら私はここまでのようです……)


 こんな時でも南坂の顔が浮かび帰れない事にアンリは申し訳なく思う。

 そして無情にも振り下ろされた拳が魔法陣の中のものを轟音と共に消し去った。

 その音は逃げているシロ達のところまで届いた。


「今の音! アンリ達になにかあったんじゃ?」

「かもな……」

「かもって、ヒルトンは騎士だろ、いいのかよそれで!?」

「いいわけないだろ! でもアンリ様の命令だ、従うしかないだろ!」


 ヒルトンの悲痛の叫びを聞いてなにも言えなくなるシロはアンリの無事をただ祈ることしかできなかった。




 シロ達が王都に辿り着くと門前に多くの兵が集まっていた。

 アンリがまだ残っていると聞いて、救助隊が編成されていたらしくカインズの姿も見えた。

 カインズがシロとヒルトンを見つけると、治癒魔法を扱える者を呼び治療を受けさせつつ話を聞く。


「事情は大体わかりましたシロ君はゆっくり休んでください、ヒルトンもご苦労様でした」

「カインズさんっ」

「どうしました?」

「クレアノの屋敷に居た魔法使いの話覚えてます? 白目の……」

「確かルシア様が首を刎ねたと言っていましたね」

「森に居た魔法使いも皆、白目でした……もしかしたら」

「あのレクトという男が絡んでいるかもしれないと……分かりました気をつけましょう」


 それだけ言ってカインズは騎士を連れて森へと向かっていった。






 シロが治療を受けつつ王城まで運ばれるとルシアと南坂が待っており、ルシアがシロの治療をするといって交代する。

 なんて無茶するのよ! と二人に怒られたが怪我のせいもあってかそれ以上は言ってこなかった。

 南坂はアンリがまだ戻って来てないと聞き、王都の入り口で待つと言って行ってしまうとルシアが心配そうな顔をする。


「ルシア、南坂に付いていてくれないか?」

「でもシロの怪我は?」

「まだ痛いけど大分良くなったし大丈夫、それより今は南坂の方が心配だ」

「ん、わかった、私カオリの所に行って来るね」


 ルシアを見送るとシロはため息をつく、考えたくはないけどアンリは助からない、他の騎士達も皆殺されただろう。

 それが悔しくて悲しくてシロは涙を流す。


「ゴメン、アンリ……」


 結局、自分にはなにもできなかったと、自分を責め続けた。





 翌朝、カインズ達が帰ってくると南坂とルシアが出迎える。

 何名か生存者を発見したがその中にアンリの姿はなかった。


「遺体も回収してきたのですが……アンリ様は発見できませんでした」

「ならアンリ様は生きてるってことですか!?」

「……アンリ様の剣が落ちていました、剣は折れていますが王家の紋が刻まれていますので、アンリ様の物と思われます、そのすぐ側には鎧の破片と血痕があり出血量から考えてもおそらくは……」

「そんな……」

「アンリ兄様……」


 崩れ落ちる南坂にルシアが寄り添う。

 カインズはそれを見てから騎士にルシア達を王城まで連れて行くように指示する。

 それを見送ってからカインズ達も城へと向かった。



 シロが部屋にいると騎士がノックしてから入ってくる。

 一緒に国王の所まで来てほしいとの事だった、シロは王様が自分に何の用かと考えながら付いて行く。

 ヒルトンも呼ばれていたらしく途中から一緒に歩いていく。

 連れてこられたのは謁見の間ではなく、六人掛けのテーブルが置いてあるだけの小さな部屋だった。

 部屋に入ると一番奥に王様らしい人が座っており、その後ろに近衛騎士だと思われる二人の騎士が立っていた。


「座りなさい」

「は、はい」


 国王が座るように促すとシロとヒルトンは緊張しながら座る。

 後からカインズも部屋に入って来て椅子に座ると被害報告を始め、それを聞いてから国王が質問をする。


「アンリはどうだった? まだ見つかってないんだろ?」

「アンリ様の剣の近くに直径三mほどの穴がありました、おそらくは報告にあった衝撃魔法による攻撃で跡形もなく消し飛ばしたと思われます」

「可能なのか?」

「グローウィル殿に確認を取りました、報告どおりの使い手なら十分に可能です」

「……そうか」


 その報告を聞いてシロは国王に謝罪する。


「すみませんでしたっ」

「なんで謝る? お前のおかげでそこのヒルトンが救われ、敵の情報も持ち帰れたお前は良くやった」

「でも……」


 俯くシロに国王は大きなため息をついてから喋りだす。


「お前は別れが辛くなるから、この世界の事情にはあまり踏み込みたくないと思っていたよ」

「え?」

「まだ気付かないのか? 庭師やってた親父だよ」

「あっ! え、でもなんで王様なんかやってるんですか?」

「逆だろっ! なんで王様が庭師やってるんですか? だろそこは」


 軽く混乱しているシロに王様が突っ込みをいれる、そういえば声が似ている気がする。


「まぁ、もういいや、お前は元の世界に帰るから他のヤツと深く関わるのが嫌なのに、なんでアンリ達の所まで行った?」

「それは……」

「アンリを死なせたくないと思ったんだろ?」

「はい……でも助けられなかった」

「だが行った価値はあっただろ、一つ命を救ったんだ、お前の望んだ結果じゃなかっただろうが、その後悔は次に生かせばいい」

「次?」

「これからお前がどうするかは知らんが、やりたい事があるならいつでも言いな、息子のダチだ多少の無理はなんとかしてやる」

「ありがとう……ございます」


 今にも泣きそうな声でシロは感謝の言葉を述べる。


「馬鹿、礼を云うのはこっちの方だ。 アンリを助けてくれようとしてありがとな」


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