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Free story  作者: 狐鈴
13/54

過去

 シロはベッドに横になりながら昨日の亡くなった人達の事を考えていた。

 ここに来てからの日が浅いのに周りに居た人が死ぬ事がここまで堪えるとは思ってもいなかった。


(仕方なかったとはいえ屋敷で人を殺しておきながら、こんな風に悩むなんてな……)


 目を閉じて屋敷での出来事を思い出す、あの日から自分が喉を裂いた男の顔が目に焼きついて離れない。

 体を起こし窓に目をやると今にも雨が降り出してきそうだった。


(雨、降るのかな? 天気予報ないから分かんないけど降ってきそうだな……)


 こんなにも重たい気分になるのは昨日の出来事のせいか、それともアンリやヒルトンを心配しての事か、そんな事がグルグルと頭の中で回っている。

 シロが窓に額を当てると、ひんやりとしたガラスが頭を冷ましてくれる。


「もう十年になるのか……」


 呟くとシロは目を閉じて過去を見る、思い出したくもない両親を失った時の記憶を。




 ――十年前


 当時シロは七歳、髪も黒くどこにでも居る普通の小学生だ。


「お兄ちゃん! 早くしないと置いてかれちゃうよ?」

「わかったから、引っ張るなってハル!」


 声を掛けながら手を引いてくるのは妹の遥奈(はるな)で、今日は家族で山へとキャンプに行く事になっている。

 急かす遥奈と引きずられるシロを両親は笑いながら見守っている。

 ただ家族と出かける、そんな当たり前で幸せな一日が今日も始まり普通に終わっていくものだと思っていた。

 シロ達を乗せた車は山道に差し掛かっていた、シロが窓から山の上を覗いていると何かが降ってくるのが見えた、そしてそれはそのまま車へと直撃し、そこでシロの意識は一旦途絶える。



「ぅ……」


 シロが目を開けると車の外へと投げ出されたのか、地面に転がっていた。

 車はガードレールを突き破って坂を転がったらしくシロの目の前でひっくり返っている。

 起き上がり車の中を見るが両親の姿は見えない、後部座席を覗くと遥奈が気を失っていた。


「ハル!」


 ドアを開けて遥奈を外に引きずり出して頬を叩くと目を覚ます。


「おにい……ちゃん?」

「よかったぁ……ハル、痛いとこないか!?」

「うん、大丈夫だょ……」


 返事をしながら遥奈が起き上がると、キョロキョロと辺りを見渡す。


「ねぇお兄ちゃん、お父さんとお母さんはどこ?」

「車には居なかったから大丈夫だと思う、近くに居るはずだから探そ」

「うん」


 シロが遥奈の手を掴んで車の反対側へと行くと、茂みの前で父が母を庇う様に立っており、その更に奥で顔は見えないが男二人が叫んでいる。


「そんな奴等は放っておけ! ここからすぐに離れるぞ!」

「顔を見られたんだ! テメエは先に行ってろ、片付けたらすぐに合流するからよ!」

「なんにもできない奴を殺してなんになるってんだよ馬鹿が! 勝手にしろ!」


 一つの人影が消えると、もう一つの人影が歩み出てくる。


「あん? ガキも居たのかよ、そんじゃまとめて消してやるよ!」


 茂みから出てきた男の言葉で、母親がシロ達に気付くとこちらに駆け出す。

 遥奈も母親の方へと駆けて行くのですぐに後を追うが、母親から微かな声が漏れたのが分かった。


「ぁ……」


 声を上げた母親の胸からは血が噴き出していた、そしてそのまま駆け寄ったシロと遥奈は母親の血を浴びる。

 シロには何が起こったのか分からなかった、意味を理解できずに固まるが遥奈の悲鳴でシロは現実に引き戻される。


「あぁ……あああああ!!」


 母親を殺され血を浴びた遥奈は壊れてしまうのではないかと思うような声を上げて膝をつく。

 茂みの方では父が飛び掛ったのか男に馬乗りになっているが、男が父を突き飛ばすと車まで吹き飛ばされる。

 人間業とは思えない力で車にぶつかると、父は痛みで息ができないのかその場で咳き込んでいる。


「手間かけさせやがって!」


 男がそのまま父を殴りつけると、のしかかり何度も殴る。

 このままでは父が殺されると思ったシロは、車から投げ出されていた荷物から包丁を取り出す。

 男は父を殴るのに夢中で気付いていないようだった。

 "人を刺す事は悪い事だ"そんな言葉が脳裏を過ぎったが家族を守る為にと自分に言い聞かせ、背中から男の心臓を一突きにする。


「……あ? ――な、んだよ、これは」


 男は自分に起きた事が理解できないまま力尽きた。

 シロはそのまま父に駆け寄るが動かない、顔は誰か分からないくらいに腫れている。

 だがそれがさっきまで父であった者だと知っている、シロはそのまま父に縋りついて涙を流す。

 大切な人を守れなくて、 結果大切な人が死んでしまった、シロはそれが悲しくて泣き続けた。



 目を覚ますとシロは病院のベッドで寝かされていた。

 横に目をやると隣のベッドで遥奈が寝息を立てている。

 あれから自分達はどうなったのだろう、と少し考えてからベッドを出るとトイレへと向かう。

 用を済ませ手を洗っていると髪が真白になっているのに気付くが別段驚きはしなかった。まるで自分の悲しいという気持ちを映している様に思えたからだ。

 そんな事を考えながら病室に戻ると、シロの後に続いてスーツを着た一人の男が病室に入ってきた。

 男はボサボサの頭をしていて気だるそうな顔をしながら煙草を咥えている。

 シロが男の顔をじっと見ていると困ったように頭を掻きながら煙草を口から離すと喋りだす。


「ここ禁煙だからね、火はつけてないから勘弁してくれよ」

「別にかまわない」


 ぶっきら棒に答えると、男はそりゃよかったと言って煙草を咥えなおす。


「え~っと成瀬 白君だっけ? 俺は藤沢って言ってな刑事やってるんだ」

「ふ~ん」

「反応冷たいね……まぁあんな事があった後じゃ、しょうがないか」


 藤沢と名乗った刑事が言うあんな事の意味はすぐにわかった、それを聞いてシロはあれが現実のものだったと理解するがきちんと確認だけはしておくことにする。


「父さんと母さんは?」

「――残念だが亡くなったよ」

「そう……」

「妹さん、遥奈ちゃんだったかな? かなり興奮していたけど今はもう大丈夫だから」

「両親が死んだのに大丈夫ってなにがですか? あの時、ハルだって壊れちゃいそうだったのに……」


 藤沢がその言葉を聞いて黙る。


「すまない、配慮が足りなかったな…………また来るよ」


 そう言って藤沢は部屋を出て病院の外へ行くと煙草に火をつける。


「ふーっ……まずったな」


 大丈夫などと簡単に言ってしまったが両親を二人とも殺され、妹は発見時ショックで相当酷かった。

 そこへ無責任な言葉を投げかければあんな反応されるのは当たり前だ。


「今度行く時は菓子でも買っていくか」



 遥奈の意識が戻ると、あの時の事を思い出したのか暴れだした為、別の病室に移される事になった。

 その翌日また藤沢という刑事がやってくる。


「また来たんですか」

「そんな嫌そうな顔すんなって、お土産もあるぞ?」


 藤沢はそう言ってお菓子を取り出すとシロへ渡す。


「妹ちゃんは別室に移ったんだって?」

「うん、まだ落ち着くまで時間が掛かるだろうって」

「そうか、なら都合がいいな」

「なにが?」


 シロが聞き返すと藤沢は煙草を咥えてから話し始める。


「嫌な事を思い出させるようで悪いんだが事件の日の事を話してほしいんだ」

「…………」

「まっ、無理にとは言わないがな」


 ニカっと笑って誤魔化そうとする藤沢はまだ早かったかと後悔するが、シロが急に事件について話し出した。


「む、無理しなくてもいいんだぞ?」

「父さんと母さんの仇取ってくれるんだろ?」

「――……っ! ああ、まかせとけ」

「それじゃあ、話す」


 シロは藤沢に山から何かが降ってきたところから、父が殺されたところまで話をすると藤沢が質問してくる。


「降ってきたのは落石かなにかかな? あと君のお父さんを殺した奴も一緒に死んでたんだがあれは誰がやったのか見たのかい?」

「あれは……俺が、やった」


 藤沢は絶句する、男の背中に刺さっていた包丁からは確かにシロの指紋が付いていたが、不意をついたとしてもこんな子供が人を刺し殺すなんて想像ができなかったからだ。


「成程な、まぁあんな状況じゃ仕方ないさ」

「怒らないの?」

「白君は妹を守ったんだろ? そんだけだ」


 殺した事を悪いと認識しているように感じたので責める事はできなかった。


「それと白君はもう一人居たと言っていたが顔は見たのかい?」

「顔は見えなかったです」

「そうか、わかったありがとうな――捜査協力に感謝しますっ! なんてな」


 藤沢が敬礼して笑いながら部屋を出ようとするとシロが呼び止める。


「おっちゃん」

「おっちゃん!? 俺はまだ二十三だぞ!」

「また来るの?」

「……妹ちゃんが退院するまでは顔出すよ、そんじゃあな」



 その後、遥奈が退院するまでの二週間、藤沢は毎日顔を出しに来てくれた。上司に電話で怒られていたが、気にしねぇよと言って笑っていた。

 遥奈も藤沢には懐いていたが、退院後は捜査が忙しいと言って会うことはなくなり疎遠となってしまった。

 シロと遥奈は遠縁の親戚が引き取る話になっていたが、両親と過ごした家に残りたいと遥奈が言い出したので両親が残してくれてあった貯金と仕送りをしてもらいながら生活をすることになった。


 シロと遥奈は普段の生活に問題はなくなったが、ふとしたことで事件の事を思い出すと遥奈は取り乱しパニックに陥る事があり、シロも守るに繋がることをする時は恐ろしい事を平気でやってしまう。

 遥奈曰く、冷酷な戦闘マシンらしい。


 そんな過去がある為、遥奈を一人にしておく訳にもいかず、シロは少しでも早く元の世界に帰りたいと考えていた。




「それなのに、こっちの世界の人の事が気になるなんてさ」


 目を開ける十年前ではない異世界の空が目に映る、いつの間にか外は雨が降っていた。

 その空を見ながら深呼吸をすると、よしっ! と言って走り出す。


「なにかあってから後悔するぐらいなら動くしかないよな」


 自分に言い聞かせるように言葉にして、シロは部屋を飛び出した。







「雨が降って来ましたね」


 森の中を進みながら一人の騎士が呟くと、アンリが皆に聞こえるように喋る。


「視界も悪くなってきている、全員周囲を警戒せよ!」


 報告にあった奇襲された場所に近づいて来た為、緊張が走る。

 アンリの周囲には五人の近衛騎士が固めていて、その少し後方にヒルトンが居る。


「アンリ様はもう少しお下がりになってください」

「そういう訳にはいかない、魔法だけなら魔法騎士にも張り合えるから足手まといにはならないさ」

「わかりました、くれぐれも無理はなさらないでください」

「わかっているよ」


 近衛騎士は注意だけ促し警戒に入る、すると右前方に魔法の光が見える。


「右前方に魔法陣! 警戒を!」


 その声に皆反応し戦闘態勢を取ると魔法に備える、しかし違う方向から風を切る音が聞こえた。


「がっ!」


 短い悲鳴とともに騎士が倒れる、音が聞こえた方を確認すると白目をむいた魔法使い達に既に包囲されていた。

 敵に気付くと同時に一斉に魔法を浴びせられる。

 アンリはこれだけの騎士が誰一人として気付かない内に包囲する事が出来るのか? と考えるが今はそれどころではなかった。


「全員で円陣を組み魔法で応戦しつつ後退しろ!」


 こちらも数では負けていないので魔法で対応して一点突破をかけて離脱する、状況が不利なため一度距離を取って体制を立て直すしかなかった。

 しかし敵を突破すると道を塞ぐようにして二mはあるだろう巨躯な男が立ち塞がる。

 大男は拳に小さな魔法陣を展開して構えると、斬りかかってくる騎士に拳を放つ。

 拳が当たるとパンッと音が鳴り、騎士が血を撒き散らしながら数m飛んで絶命する。


「アンリ様をお守りしろ!」


 誰もが大男に恐怖し、竦んでいると近衛騎士の一人が声を上げる。

 そして魔法で距離を取りつつ、大男から逸れて移動していく。


「左側面を突破して離脱するぞ! 全員着いて来い!」

「おお!」


 アンリは騎士達を鼓舞する為に声を上げる。

 しかし大男が素早く動きアンリ達の前に出ると、足元に大きな陣を投影しそれを踏みつけた。

 陣を踏むと同時に強い衝撃が周囲を襲い、木々もろとも騎士を薙ぎ倒す。


「衝撃魔法か!」


 アンリがそう告げると、皆から動揺の声が上がる。


「しょ、衝撃ってあの"震将"の?」

「やばいんじゃないか?」

「勝てる訳ないだろこんなの……」


 どの系統の魔法でも鍛錬すれば誰でも扱えるようにはなるが、自国の騎士が英雄と言われる所以でもある魔法を使われれば誰でも戦意を失う。


「衝撃魔法はこんなにも厄介なのか」

「敵に回して初めてその恐ろしさを知りましたよ」

「まったくだ」


 アンリは近衛騎士と言葉を交わし嘆息する。

 囲まれ陣形もバラバラになった今では反撃するのも難しい、アンリは意を決して皆に告げる。


「この戦いこちらの負けだ! 各自の判断で城に帰還せよ!」


 その命令は仲間を逃がすために戦えか、なんとしてでも逃げてこの敵についての情報を持ち帰れのどちらかを意味していた。

 昨日の報告の時にこれほどの力を持つ者が情報になかったというのは不自然だ、おそらく昨日この大男は襲撃には居なかったのだろうが、この国にとってこの敵は脅威にしかなりえないと判断したのだ。

 なんとしてもこの難敵の情報は持ち帰らなくてはいけない、アンリは身体強化をかけ剣を構える。


「この大男は私が引き受ける」

「ならば我らもお供いたします」

「アンリ様だけでは荷が重いですぜ」


 近衛騎士五名とヒルトンが前に立つ。

 アンリは仕方のない奴等だと笑った。


「三人は魔法で援護、他は俺に続け!」


 アンリの声を合図に四人で斬りかかる、大男が拳を構えるが飛んでくる光弾や氷柱といった魔法に阻まれる。

 その隙を突いて攻撃を行うが大男は避ける、そこへ近衛騎士が一人身体強化により素早く懐に潜り込むと横腹を斬りつけた。

 後ろでよし! と声が上がるが剣は大男の体に少し傷を付けただけで、両断しきれなかった。


「なっ!」

「そいつから離れろ!」


 アンリが叫ぶがそれより速く、大男は陣を展開した拳で近衛騎士を殴り飛ばす。

 声もなく崩れ落ちる近衛騎士を見て皆が言葉を失う。


「皆は逃げ切れたかな?」

「どうでしょうかね、ここからじゃ分かりませんね」

「それでこれはどうしましょうか」


 斬っても斬れないのではどうしようもない、といった感じに皆がどこか諦めていた。

 すると大男が陣を展開し両の手を開くとそれを叩く。

 また強い衝撃に襲われ次々と騎士達が倒され、衝撃によって脳を揺さぶられているせいかまともに立ち上がることもできなくなっている。

 終わりだとばかりに大男が歩み寄ってくるとアンリに拳を振り上げる、ヒルトンや近衛騎士が動こうとするが立つ事ができない。


 ブンと拳が振り下ろされて、アンリは静かに目を閉じた。


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