出撃
その日は朝から王城が騒がしかった、城から少し離れた森に魔物が現れたとの報告が入り、騎士団が慌しく出撃準備を整えていた。
「ヒルトンさんは出撃しないんですか?」
南坂の質問にヒルトンが頷く。
「私は二人の警護の任に着いてるからな、魔物の大群とかが出ない限りは出撃するような事はないよ」
「魔物の群れって言ってたけど、よくあることなの?」
「この時期にしては珍しいね、季節が変わる毎に様々な魔物が活動するがそれは月初めに討伐したばかりだしな」
「それにしても魔物なんてほんとにいるんだね」
「南坂さんは見たことないのか」
「まあ、アーウェンブルグは他の二国に比べると平和らしいよ、定期的に騎士団と剣魔部隊が周辺の魔物を討伐しているからね」
「そういえば他の国って知らないや、アーウェンブルグ以外にはどんな国があるの?」
シロが訊ねるとヒルトンが説明をしてくれる。
イルティネシアにある三つの大陸には、それぞれの大陸を治めている国がありアーウェンブルグの他に、ラインテリア、クェリコという国がある。
昔、三国が覇権を争っての戦争が続いたが、終戦後の二百年経った今でも食料等一部の貿易しか許可されておらず、隣国へと渡ることは困難だと言う。
「そうなると、情報集めはこのアーウェンブルグでやるしかないってことだよね」
「元の世界に帰るってやつか、まぁそうなるよな」
シロが元の世界について話し始めると南坂の表情が暗くなる。
「南坂さん、どしたの?」
「え? ううんっ、なんでもないよ」
南坂の様子が少しおかしいが、シロはそれ以上聞く事をやめる。
外が騒がしいのもあってシロ達は、鍛錬を早めに切り上げて部屋へと戻る事にした。
その日の夕方、王城に何人もの怪我人が運び込まれた。
シロは騒ぎを聞きつけて様子を見に来るが、邪魔になりそうだったので少し離れたところへと行き様子を見る。
運び込まれたのは騎士団と剣魔部隊に所属している者達で、火傷や裂傷を負っている人、腕や脚がない人等、見ていて気分の悪くなる光景だった。
「大丈夫か? シロ」
ヒルトンがシロを見つけて声を掛ける。
「吐きはしないけど、酷いもんだね」
「まぁ、腕くらいなら魔法で治るからいいけどさ、死んじまった奴はどうしようもない…」
腕をなくしても治るというのは驚きだが、それ以上に死人が出たという方がショックだった。
「やっぱ助からなかった人もいるんだ」
「まあな、しかし普段と比べると今回はちょっと酷いな」
ヒルトンの話では怪我人が出るのは当たり前だが、死者が出るのは稀だという。
「どれぐらい……やられた?」
「さあな、ただの騎士にはすぐに情報なんてこないさ」
「騎士が十六名、剣魔が三十三名、これが今報告されている死亡数ですが、まだ増えるでしょうね」
声のする方へと目を向けるとカインズが立っていた。
「カインズさんどうしたんです?こんな所で」
「ルシア様の付き添いです」
「ルシアの?」
「ええ、ルシア様は治癒魔法が使えますからね、このような事態になれば動くのは当然です」
カインズの言葉を聞いてシロがルシアの姿を見つけると、ルシアは一生懸命に怪我人の治療をしているが顔色があまり良くないように見えた。
「カインズさん! ルシア、調子が悪いんじゃないんですか?」
「よく見てますね、ここに来てすぐに気分を悪くされましたが治療に参加すると言って聞かないので、ここで報告をまとめながら様子を見ているんです」
「――っ!」
それでシロは何も言えなくなる、ただ遠くから眺めているだけの自分に、あそこで治療を続けるルシアになにかを言う資格なんてないと思えたからだ。
「俺ってなにもできないですよね」
「負傷兵に何か出来る人なんて治癒魔法が使える人だけだよ」
「シロ君が気に病むことはないですよ、ここにいる三人は治癒もできない無力な人間なんですから」
「カインズさんが無力なら俺はなんなんでしょうね……」
「シロ君、人にできることは限られてます、一人ではなにもできません、だから他の人とそれぞれを補って助け合っているんです。私もルシア様も君が居なかったらあの屋敷で死んでいたはずです、君が助けてくれたからこそ今あそこでルシア様が傷を癒し誰かが救われている、それでいいじゃないですか」
「そうそう、持ちつ持たれつってやつだよシロ」
シロがルシアを見ると汗を流していた、魔法を使うには集中力が必要で長時間使えばそれだけ疲弊することになる、シロはルシアの側へと行き汗を拭ってやると、ありがとと小さく返事をしてまた治療に集中する。
今度は水を汲んできて怪我人に少しずつ飲ませて回り始めた、ヒルトンもシロを手伝う事にして二人で怪我人のケアをすることになった。
怪我人の治療が終わる頃には外は真暗になっており、シロが周りの片付けを手伝っているとカインズに呼び止められる。
「すみませんシロ君、私はこれから報告書を提出したら、そのまま騎士達から事情を聞かなければならないのでルシア様を部屋まで送ってもらっても構いませんか?」
「わかりました、大丈夫ですよ」
「すみません、お疲れなのに」
「いえ、これくらいはなんとも。カインズさんも無理しないでください」
「ありがとうございます。……では」
カインズと別れた後、シロはルシアを探すと亡くなった騎士達の前で立っていていた。
シロが駆け寄るとルシアは涙を流していた、まるで子供のように泣いているルシアの頭を撫でてやるとシロの胸に顔を埋めてくる。
しばらくそのままにさせておくと、ルシアは顔を離し笑顔を見せる。
「ごめんシロ、変なとこ見せちゃったね」
「無理に笑わなくてもいいよ」
「うん……」
「大変だったね、今日は早く休んだほうがいいよ」
シロがそう言って促すとルシアは覚束ない足取りで部屋に戻ろうとするが、見ていられないのでシロはルシアを抱きかかえる。
「シ、シロ!?」
「部屋まで運ぶから、ちゃんと掴まってなよ」
周囲がざわつくが、この際どうでもいいとシロは自棄になる。
「みんな見てるよ?」
「疲れて歩けないんだろ? なら我慢しなよ」
「シロは変なところで強いよね」
「ルシア程じゃないよ、ルシアは本当に強いんだって思ったよ尊敬できるぐらいに」
「そんな立派なものじゃないよ……助けられない人だっていた」
「俺だったら誰も助けられなかったし、持ちつ持たれつだよ」
「うん……、ありがとうねシロ」
よほど疲れていたのか部屋に着く頃にはルシアは眠っていた、シロは起こさないようにルシアをベッドへと寝かせると部屋を出る。
「はぁ……大変な一日だったな、俺も早く寝よっと」
シロは伸びをしながら部屋へと向かっていくと南坂が部屋の前で待っていた。
「成瀬君、こんな時間までなにしてたの?」
「ん? ああ、怪我人の面倒見てたんだ」
「成程ね、私は怖くて見にいけなかったよ……」
「気持ちは分かるよ、俺もなにしたらいいか分かんなかったし」
「成瀬君は強いんだね」
南坂がそう言うとシロは首を横に振る。
「ルシアにも同じ事言われたけど俺は強くなんかないって」
「そんな事ないと思うけどな~、そういえばルシアはどうしてるの? さっき部屋に行ったけどいなかったんだ」
「ルシアならさっき部屋に連れてったよ、今は疲れて寝ちゃってる」
「そっかお疲れ様、成瀬君も早めに寝ときなさいよ」
「襲うなよ」
襲うか! と南坂が突っ込むがそれは華麗に流してさっさと寝る事にする、その日は精神的にきつかったせいかすぐに眠りにつけた。
朝になりヒルトンがシロ達を起こすと今日の鍛錬は行えないと告げてきた。
昨日の魔物討伐に出た者達の話を聞いた結果、どうやら報告にあったのは魔物ではなく魔法使いであることが判明し、魔法騎士と騎士団で構成された部隊で、調査及び殲滅する事が決まったらしい。
そしてヒルトンも正午には出発する事になっているとの事だ。
「そっか気を付けて行けよヒルトン」
「ああ、お前も鍛錬さぼるなよ、シロ」
「ヒルトンさん怪我しないでね」
「大丈夫だって! 魔法騎士団だっているんだ負けねえよ!」
ヒルトンが南坂の不安を拭うように笑うと、準備があるからと言って慌しく部屋をあとにした。
シロ達は大人しく待っていても落ち着かないので、鍛錬を行う為に修練場へと向かう。
南坂と二人で鍛錬をしていると途中でアンリがやってくると、汗をかいている姿を見せるのが恥ずかしいのか南坂があたふたしながら汗を拭いはじめていた。
「やあ、おはようカオリさん、シロ殿」
「おはようございます、アンリさん」
挨拶を交わすと南坂が二人の顔を交互に見ている。
「二人とも知り合いだったの?」
「うん、以前ちょっと話してさ」
「貴重なアドバイスをもらったんだよ」
「アドバイス? 成瀬君がアンリ様に?」
「まあ、相談に乗っただけだよ」
話の内容を聞かれても困るので、アンリに話を振る。
「それでアンリさんがここに来るなんてどうしたんです?」
「ああ、今日の正午に出る討伐隊に私も参加することになってね、それを伝えに来たんだ」
「え? アンリ様も行かれるんですか?」
「ええ、昨日は奇襲をされた為、混乱し被害も大きくなり逃げるしかなかったそうですが、今回は対人用に部隊を整えてありますので問題はありませんよ」
「でも……」
「アンリさんも騎士団もプロなんだし問題ないって言うんだから、大丈夫だって」
シロは心配そうにする南坂を説得するが不安は拭えないようだった、それはシロも同じで昨日の光景を見れば誰でも不安になる。
「まぁ心配になるのはわかるけどな~」
そう言いながらシロはレイナから貰ったペンダントをはずすとアンリに渡す。
「それ恩人から貰ったやつなんで絶対に返してくださいよ」
「わかった、預かっておくよ」
アンリがペンダントを受け取るとシロはアンリの肩を叩いて頑張れと呟くと修練場を後にした。
二人きりになると南坂はなにを言ったらいいか分からず黙ってしまうがアンリがシロから受け取ったペンダントを南坂へと渡す。
「あの、アンリ様?」
「すみませんがそれ着けてもらってもいいですか?」
「は、はい!」
少し照れながら南坂はアンリの後ろへと回りペンダントを着ける。
「ありがとうございます。それでカオリさん」
「はい?」
「心配してくれるのはありがたいのですが、笑顔を見せてもらえるともっと嬉しいです」
「え、笑顔って……」
顔は赤くなり、緊張して笑顔がうまく作れなく、南坂は俯いてしまう。
「あ、えっと……あはは」
「カオリさんはやっぱり綺麗ですね」
「そんなことないですってば! あとアンリ様そういうこと言うのはナシですっ、恥ずかしいです」
照れる南坂を見てアンリが笑うと南坂は余計に黙ってしまう。
「う~、アンリ様はずるいです……」
「失礼しました、でもやっと笑ってくれましたね」
「アンリ様と居ると緊張してしまうんですけど、とても楽しいです」
「私もですよ、もっとあなたと話をしていたいのですが、そろそろ時間なので私はこれで」
「――あ、あの!」
「どうしました?」
「……後ろ向いてもらってもいいですか?」
アンリが南坂の言葉に従うと、南坂が後ろから抱きしめてくる。
「カオリ……さん?」
「は、恥ずかしいので振り向かないでくださいね」
「はい」
アンリは返事をすると南坂の手をそっと握る。
「アンリ様、どうか無事に帰ってきてくださいね」
「はい、必ず」
返事を聞いてから南坂はそっとアンリから離れるとアンリが質問する。
「今のはもしかしてカオリさんの故郷のおまじないかなにかですか?」
「そ、そうです! とくに意味なんてありませんよ!?」
あははと笑って誤魔化す南坂だが、隠しきれていない。
アンリはそんな南坂を愛おしく感じながら、今度こそ修練場をあとにした。
シロは修練場を出てから、やる事もなく城の中を歩いていたが、違う道を通ってから戻る事もできずに迷っていた。
「ああ、異世界初日を思い出すな~、本当にこんな広い場所全部把握なんてできるのかな?」
一人で文句を言いながら歩いていると、中庭を見つける。
中庭に出ると麦わら帽子を被った男が庭弄りをしているので、声を掛けてみる。
「あのー、すみません道に迷っちゃたんですけど客間ってどこにあるか分かりますか?」
声を掛けられると男がシロの方に振り向くが、帽子を深く被っているので顔はよく見えない。
男がシロの顔をじっと見ているので、反応に困っていると男が口を開いた。
「見ない顔だな、誰の客人だ?」
「えっと、ルシーナ姫に招かれまして……」
「ああ、なるほどな確かに白い髪をしている」
「え? あのー……俺の事知ってるんですか?」
男の口ぶりからして自分を知っているようなので訊ねてみる。
「知ってるとも、姫が招いたんだ城の中では有名人さ」
「なるほど……」
「それと、姫と恋仲と言う噂もある」
「誰がそんなことを!?」
「なんでも一緒に踊ったり、お姫様抱っこして城の中を闊歩していたとも聞いたぞ」
ああ、全部に心当りがあるや、今更ながら軽率な行動だったと反省する。
「もしそれが国王の耳に入ったらどうなる事やら」
「ど、どうなるんです?」
「国王は大層姫を可愛がられているとか…そんな可愛い愛娘を盗られたとなったら……口にするのも恐ろしい事になるだろうなぁ」
「へ、へーそうなんですか」
「怖くなったかい?」
「まあ、怖いですけどね、でもどのみち俺はルシアとは一緒になれませんよ」
「なぜかね?」
「俺はこの世界の住人じゃないし元の世界に帰りたいって思ってる。ルシアの事は好きだけど、でもいつかこの世界を去るなら俺はその気持ちを伝えちゃいけないと思うんです」
最初から関わるべきではなかったとシロはずっと悩んでいた、たとえ好き合っていたとしてもシロは元の世界に帰るだろう、それなら一緒になるべきではないと考えていた。
おそらくは南坂も同じような事で悩んでいるはずだ。
「そうか、まあそれは当人の問題だから俺が口出しする事ではないが、一言いわせてもらうとだな」
「はい」
「後悔したくないなら気持ちだけは伝えるべきだ、そんでマジで惚れてるならなにがなんでも幸せにしろ、それが男ってもんだぜっ」
「二言になってますょ――おぐぅ!」
突っ込むと有無も言わさずに殴ってくる。
「折角、俺が助言くれてやってんのに、いい度胸だな」
「す、すんません……」
怖かったのでとりあえず謝っておく。
すると男は客間までの道を説明し始め、説明が終わると仕事の邪魔だと言ってシロを追い払った。
シロはお礼だけ云って部屋へと戻っていった。