修練
夜になるとルシアとカインズが一緒に食事を取りに部屋へと訪れ、シロは昼間に老師から聞いた魔法の話をし、修練場を使わせてもらえる事になったとルシア達に報告した。
するとカインズがぽつりと呟く。
「よかったですね、ルシア様」
「な、なにがよ?」
「シロ君達は当分ここに残るみたいですよ?」
「うん……」
シロと南坂が顔を見合わせると、カインズが二人の方を見て話し始める。
「それがですね、ルシア様は今日一日を習い事で過ごされていたのですが、二人が何時まで城に居るのだろう……と気にして授業は上の空で、先生方を困らせてばかりだったんですよ」
「もう、いいでしょそれは!」
「二人が鍛錬するというのにルシア様だけ怠けているというのはいかがなものでしょうか?」
「明日からちゃんとやりますっ!」
「よろしい」
「……はぁ」
城だと逃げ場がないのかカインズの方が優勢らしく、ルシアは力なくうなだれている。
(カインズさんもいい性格してるな……だから外ではルシアにこき使われてたんだろうな)
そんな感想をシロが抱いているとカインズが席から立ち上がる。
「それでは私はこれで失礼します、ルシア様も遅くまで話し込んで明日寝坊をしないようにしてくださいよ」
カインズはルシアに釘を刺してから部屋を出て行くと、ルシアはようやく開放されたかのように伸びをする。
「んん~これで晴れて自由の身ね!」
「苦労してるのね……」
「わかる? ……どうせ兄様がお父様の後を継ぐのだから私に作法とか国の事とか教えても意味無いのにな」
「ルシアってお兄さんがいるの?」
「うん、いるよ」
「王子様ってことだよね!? 今いくつくらいなの? 彼女とかいるのかな?」
「南坂さんってほんと逞しいよな……」
シロの突っ込みはスルーして南坂はプリンスの話を聞こうとする。
「えっと、一番上がクロウ兄様で二十三歳、残念ながら結婚してるわ」
「そっか~」
いきなり南坂のテンションが下がる、横で見ているとなかなか面白い。
「アーウェンブルグでは貴族は二十歳になると伴侶となる相手を見つけて一人前扱いされるの。そしたら一つ町を任せる習わしがあるからクロウ兄様は今ここには居ないのよ」
「それじゃ相手が見つからなかったらどうすんの?」
「その場合は一人前として認めてもらえず相手を見つけるまでは町は預かれないわ」
「ぼっちには厳しい基準だな」
ルシアはシロの言葉にクスリと笑うと仕方ないと付け加えた。
「だってずっと独り身だったら跡継ぎができないって事だもの、それじゃ困るからそういう決め事が作られたの」
「もしそれで跡継ぎができなかった場合はどうなっちゃうの?」
「その時は残念だけど貴族の称号を剥奪することになるわ」
「きびし!」
「貴族は己の血脈を絶やさないようにするのが義務とまで云われてるからね、養子も認められていないわ」
もちろん他にもやることは沢山あると付け加えてからルシアは話を戻す。
「話逸れちゃったね……次はアンリ兄様ね、アンリ兄様はもうすぐ二十歳になるわ、カオリも誕生日パーティーに参加する?」
「ええ!? 私なんか行ってもドレスないし……いやいや! そもそも貴族が出席するパーティーに出ても恥をかくだけだって!」
「ドレスなら私の貸してあげるしカオリなら他の娘にも負けないくらい可愛いって! ね? シロ」
いきなり振られて一瞬固まるが黙っていては失礼なので答える事にする。
「南坂さんは十分綺麗だと思うよ? だから大丈夫だって」
「そ、そうかな?」
「うんうん! せっかくだしシロもパーティーに参加できるようにしておくね!」
南坂を褒めていたら、シロの方へと流れ弾が飛んでくる。
「ん? いやいや! なんで王子様の婚活パーティーに俺まで参加しなきゃいけないのさ?」
「大丈夫、主賓そっちのけでパートナーが出来上がるなんてよくあることだよ」
「大事な催しだと思ってたら意外とノリの軽いパーティーだな」
「まぁそんなもんだよ」
貴族の一般論とまともに取り合っても疲れるだけと判断し諦めるシロと、既に緊張しているのか少しそわそわしている南坂。
「あとは兄様はいないけど弟がいるんだ~」
ルシアは頬を緩ませ嬉しそうに弟のことを語る。
「マルクスっていってね、今年十歳になったばかりなんだけど、これがもう可愛いんだ~」
ルシアが幸せそうに話しているので黙って聞いているとルシアが我に返ると、南坂の腕を掴み提案をする。
「あ、そうだカオリ、ドレス選びにいこ!」
「今から?」
「そうだよ~、私の部屋に案内するよ」
「う、うん」
ルシアは部屋を出るときにおやすみと挨拶をして出て行くと南坂を連れて自室へと戻っていった。
そして一人部屋に取り残されたシロは笑みを浮かべていた。
「ふふふ……」
昨日は南坂がいたので半分に分けなければいけなかったが、今夜はベッドを独り占めできる! 嬉しさのあまりシロはそのままベッドへとダイブすると、勢いよく飛び乗ったせいで大きくバウンドしてそのまま反対側へと落ちる。
そこでようやくシロは落ち着きを取り戻すと、もそもそとベッドに這い上がりそのまま寝る事にした。
翌朝、一人で眠ったせいか変に緊張する事も無くよく眠っていたシロはヒルトンに起こされる。
「シロ様、起きてください! 今日は修練場に行くんですよね?」
「ん~?」
「やっと起きましたか……それよりカオリ様は? 見当たりませんが……」
「ああ、昨日お姫様に連れて行かれた……」
シロがヒルトンに説明をすると少し厳しい表情をする。
「シロ様、あなたはこことは違う場所から来たから仕方が無いかも知れませんが、ルシーナ様をそのような呼び方をしているのを貴族の方に聞かれたら、なにを言われるか分かりませんよ?」
「気をつけるよ、ありがとうヒルトンさん」
「いえ、こちらこそルシーナ様の御客人に失礼なことを……」
「ヒルトンさん俺は貴族じゃないから別に敬語じゃなくてもいいよ?」
「マジで? いやー助かるわ敬語って疲れるよな、肩凝っちゃってさー」
「順応はや!」
王城には基本、階級的に上の人間しかいないので騎士団は常時敬語を使う事になるので、気を使うとのこと、シロはヒルトンに普通に接してもらいたいと頼むが外では敬語を使わなければマズイというので断られたが、無理言って様付けだけはやめてもらった。
南坂が部屋に戻ってくると疲れた様子でベッドに倒れ込む、どうやらあの後、ルシアに着せ替え人形にされて夜遅くまで捕まっていたらしい。
シロとヒルトンは南坂を昼まで寝かせる事にして、昼に修練場へ行く事にした。
昼食を食べ終えてから修練場に向かうと、老師が貸し切ってくれたのだろうか誰も使用しておらずシロは「震将」の名前の凄さを改める。
三人だと修練場は広く感じるが、気にせず魔法の練習に入ろうとすると南坂がシロに話しかける。
「成瀬君、練習はいいけど、取っ掛かりも掴めてないのにどうやって魔法を使うの?」
「…………」
「無計画なのね……」
「そ、そんなことないし! 昨日、老師はイメージしろ、みたいなこと言ってたじゃん? だからまあ、そんな感じだよ!」
とりあえず適当な事を言って誤魔化すとシロは集中する、シロが本当に魔法を使えていたのなら屋敷で答えに辿りついているはずなのだ。
(あの時の感覚を思い出す……)
老師の説ではシロが使う深層術式は自分が魔法陣になるというものだった、なら自分の内側にイメージする。
(まずは火かな?)
パっと浮かんできた火をイメージして手を前に出す、すると全身をなにかが駆け巡るのが分かる。
シロはそれを魔力と考えそれらを手に集中させようとした瞬間、シロの身体に激痛が走りその場に倒れ込む。
「――っつ! ……」
「成瀬君!?」「シロさん!」
南坂とヒルトンがシロの傍へ駆けつける。
「どうしたんですか!?」
「いや~身体のあちこちが痛くて……」
「成瀬君、大丈夫?」
南坂が心配そうに聞いてくるので平気だと答えると、口の中に血の味を感じた。
「ってシロさん血が出てるじゃないですか!」
ヒルトンはそう言うと慌てて修練場を出て行くと、しばらくしてから老師を連れてきてくれた。
老師はシロに近づくと傷の具合を診るが表面に傷は無く、どうやら体の内側の筋組織等を痛めているとの事だった。
「この内面的な傷は魔法陣の制御に失敗した時と同じじゃな」
「失敗すると怪我するんですか?」
「魔法陣の性能を無視して魔力を流した場合、余った魔力が術者に返ってくる、そうすると身体の一部の裂傷やシロ君のように中身にダメージを受けたり、最悪死に至る事もある、これを魔力返りと言う」
「そういうことは最初に言ってほしかったですよ……」
「すまんの魔力が扱えるならまずそのような事にはならんから伝え忘れておったわい」
そうして老師はシロの足元に治癒の魔法陣を描く、老師の説明では陣の上で少し休めば回復するとの事でシロは痛みが引くまで大人しくしている。
南坂はシロの怪我を見て魔法を覚えるのを諦めていた、確かに使うたびに怪我をしていては命がいくつあっても足りない。
しかし元の世界に帰る方法を探す為に旅をするなら身を守るための手段は持っておかなければならないので、シロは仕方なくヒルトンに頼んで剣を習う事にした。
王城に滞在してから一週間が経ち、シロは魔法を諦めてから毎日ヒルトンに稽古をつけてもらっていた、南坂も暇を持て余したのか途中から槍を持ち出して稽古に参加している。
しかし力量も技量も勝っているヒルトンには何度挑んでも勝てず、身体強化を使われると、まさに無双で手も足もでない。
「はぁはぁ……参った」
「ヒルトンさん、容赦ないですね……」
「そんなことないって、二人とも筋がいいから加減が難しくてさ」
修練場にいる時、ヒルトンは普通に接してくれるので二人にとっては先輩というか兄貴分のような存在になってきていた。
二人がヒルトンに倒され何度目かの休憩の時にルシアがやってくる。
するとヒルトンはビッと背筋を伸ばす、これには何度見ても感心するシロ。
「あっ、ルシア今日の習い事は終わり?」
「うん、今日はもう自由なんだ」
南坂とルシアが話し始める、ヒルトンもルシアが普通に喋っているのを見てからは呼び方については、とやかく言うことはなくなっていた。
シロはきっとカインズも最初はこんな感じだったのだろうなと想像する。
「そうそう、カオリあのドレス仕立て直して貰ったから」
「ありがとう! ……って、やっぱ参加しなきゃ駄目だよね?」
「もちろん!」
「う~、わかったよぅ」
南坂は諦めたように返事をする。
「当然、シロもね!」
「ですよねー」
以前、話していたルシアの兄の誕生日パーティー参加の件は着々と話が進んでいて、最後の砦であるカインズさんも既に諦めていた。
カインズさん曰く「王族の命令は絶対です」だそうで渋々と準備をしていた。
「2人ともよく上流階級の跡継ぎの方々が出席するパーティーに出ようとしますね」
「よかったら代わる?」
「いや、結構です」
ヒルトンに有無も言わさず断られる、どうやら腹を括るしかないようでパーティーまでの時間はどんどん迫ってきていた。