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うん、本当にあの頃のジョンは目に見えない空気や、夜空に燦然と輝く空の覇者である月の様に掴み所が全くなかったよ。
――ん?
今はどうかって?勿論、今だって彼らの本性は私には理解出来てないよ。これは永遠の謎だね。
さて、今日はどこから話そうか。
あぁ、そうか。そうしよう。その方がきっと君達も謎が一つ解明されて、多少は気分がスッキリするだろうからね。
フェルテシオの幼き第二王子こと、シルヴィート・ダレンが、ディナ家の三男であるジョエル・二ーヴとある意味運命的な出会いを果たしたのは、彼が5歳の誕生日を迎える少し前で、ジョエル少年が11歳の誕生日を迎えたばかりの晩夏の季節だった。
因みにドロテア家の令嬢で、生意気でお転婆な令嬢のメルリエンスは8歳だった。
つまり、3人の中で尤も非力で、陰謀と野望がドロドロとどす黒く渦巻く、キナ臭い貴族社会の常識や生き残り術や世渡り術などを、全くと言って良いほどしていなかったのは、正真正銘、後宮で蝶よ花よと何かにつけ愛でられ、護られていた幼き日の大公だった。
実はこの時シルヴィートの身分は、既に国と仕事が命である王太子である仕事人形な異母兄の手と素早い根回しによって、5歳の誕生日を迎えると同時にルシフェル大公位に叙せられることがほぼ確定していたのだが、そこは狐狸や妖怪が陰謀を企む貴族社会、ごく一部の第二王子擁立派貴族らの連携により、中々議会で可決出来ずにいた。
そんな第一王子と第二王子擁立派のくだらない、――失礼、膠着状態を打破する切っ掛けを作りだしたのは、何を隠そう、異母兄にとっては近い内父王より王位を譲り受け、この国を支えていく道で邪魔になり、この先いても役にも立ちそうにも無い、寧ろ悪影響しか及ぼさないだろうと苦々しい感情で邪険視していた異母弟本人だった。
その(膠着状態を打破する切っ掛けの)日もシルヴィートは、懲りずに異母兄の側近の一人であるディナ家の三男坊の背中を、彼の婚約者候補である令嬢と(ほぼ夫婦なのだが)一緒になり、フリルのついた愛らしいドレスを身に纏いながらも追い回しては、自分よりも年上である二人から、貴族社会で生きていく為の手痛い洗礼と教育を受けていた。
例えばドレスで自分達を追い掛けさせるのは、後宮で閉じ込められているようなシルヴィートの体力を向上させ、筋肉と体力を付け、強く逞しい、何者にも屈しない強靭で健やかな精神を作る為。
例えば存在や会話を拒絶し、無視するのは、短慮な振る舞いを起こさない為に必要な寛容な心を持たせる為。
例えば飲み物に軽い毒を入れるのは、その幼い身体と王族と言う身分を如何に毒殺と言う野蛮で稚拙な方法から己が身体を守り、また、毒に対する耐性を付け、毒の知識を身につける為。
それに昔から毒薬と命や身を守る薬は紙一重と言われている。
この事から答えを導き出すとなれば、答えは自ずと出てくる。
だが、この時のシルヴィートには大凡理解できていなかった。でも、それも仕方のないことだろうと、もし他の貴族が見聞きしていたのならば、王子を慰めていただろう。
なれど、異母兄の側近たるジョエル少年はそれをシルヴィートには赦さなかった。
故に――。
「おまえ、わたしをダレだとおもってるんだ、このぶれいものめ!!」
溜まりに溜った不平不満を爆発させた第二王子に、ジョエル少年は非常に冷めた眼差しと声で辛辣に言い放った。
お前は自分が父である王にこの件を訴えれば、簡単に俺達を処罰することが出来ると思っていることだろう。
確かにお前は王族でこの国の王子だが、それだけだ。
お前にはそれ以外に使える札は無い。
「悔しいか?憎いか?だが、今のテメェは金も無けりゃご立派な後ろ盾や、権力、地位も無いただのガキだ。オマケに発言力も大して無いとくりゃ、オレタチには勝てない。」
今のお前なぞ、その辺に転がる石よりも価値は無いのだと、自分に対し言外に言いきった年上の少年に、シルヴィートはそれでも心底憎しみを向けられなかった。
だって、やっと自分に言葉を掛けてくれたから。
だって、自分を一人の人間として扱ってくれたような気がしたから。
勿論、バカにされた事は悔しいけれど。
そこで後の堕天大公と綽名されるシルヴィート王子は、無意識の内に、ジョエルの本性を見抜く事を止めた。
そうすれば、後々まで長く付き合いが出来ると薄々ながらにも判断出来たから。
ぐっ、と、悔しさを幼い顔に満面に浮かべた第二王子は、異母兄の側近を睨み見据え、愛らしくも雄々しく、高らかで伸びやかな声で王宮の北庭で二人相手に断言した。
「いったな?そのことばをゼッタイわすれるなよ!!いますぐにけんりょくとかねとウシロダテ!?をとってきてやるからな!!」
そう言い放つなり、幼い王子は王宮内の王と王太子が執務をこなす施政室がある政務殿へと駆けこみ、何か間違った意欲を漲らせながらも、爛々と瞳を輝かせつつ、初めて父である王に願いを言った。
「ボクをいますぐにタイコウいにつけて!!」
この時に自分があえてボクとシルヴィートが言ったのは、無意識のなせる処世術だったんだよ、と、後の彼は苦笑を浮かべつつ語るのだが、それはまだ先の話で。
幼い彼が大公位を望んだのは、彼なりに考えた結果だった。
王族より身分が下でも、王族と同等に権力を有する貴族とも格が異なる身分。
これなら、ジョエルも文句は言えまい。
(見てろ、今すぐにでも参ったと言わせてやる!!)
幼き王子はこの日を境に、実の家族でさえ与り知らぬ所で、ドロテア家の狸爺を筆頭とするジョエル達の教育的指導によって、腹黒・鬼畜な人格に成長していくこととなったのだった。