02.器用と不器用
今朝は開発部のフロアが妙にざわついている。
原因は忌引で休んでいた社員が、早くも出社して来たからだろう。
26歳にして未亡人となった彼女は、「もっとゆっくり休めばいいのに」と心配する同僚たちに曖昧に微笑んで「ありがとう」と口にしている。
我が社では配偶者が亡くなった場合、最大で10日間休暇をとることが許されているにもかかわらず、『斑目 椿』と書かれた忌引届には、5日間休む旨が記されていた。
億単位の大きなプロジェクトが始まったばかりで、猫の手も借りたい開発部の状況を考えると、早く出社してもらえて正直助かる。
しかも、直属の部下である彼女は、個性の強い社員たちの『緩衝材』として使える貴重な人材だ。
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「ーー岸本主任。葬儀に参列して下さって、ありがとうござました。」
給湯室兼レストルームになっている一角には、西日が差し込んでいる。
窓辺で外を眺めていた彼女が、振り向きもせず、突然静かに口を開いた。
「もういいのか?きちんと気持ちに整理がつかない状態で仕事をしてもミスに繋がるーー。」
何故いつも自分はこうなのだ。
本当は「辛いのなら、無理せず休め。無理して笑わなくて良いからーー」と労わりの言葉をかけてやりたかったのに。
後悔したところで今更取り繕えず、苦い気持ちで返事を待った。
2人きりの空間に、まるで時が止まったかのような沈黙が降りた。
「ーーはい。もう大丈夫です。」
振り返った彼女は、笑顔で答えた。
その笑顔は、取って付けたような笑顔で、表情筋が笑顔を作るように動いているにもかかわらず、無表情に見える。
これは誰にも踏み込ませないための結界なのだと確信し、それ以上は何も言えなかった。