御留守居役の災難
お話に登場する暦は、全て旧暦・・・太陰暦です。
そのため、現在の暦だと2月に行われる節分の豆まきが、
お正月の前に行われています。m ( _ _ ) m
「 それでね・・・お英ちゃん、その時、お年寄りの・・・」
「 やーだ!! 本当にびしょぬれになったの?? 」
「 私、この目で見たんだもの 」
呉服の間は、今日も騒がしい。
私をはじめとしたお針子たちは、針を動かしながら、おしゃべりに励んでいた。
そう・・・
もうじき大晦日だから、新年の衣装の仕立てで忙しいんだ。
昨日も、子の刻辺りまで夜なべ仕事だったからね。
喋っている場合じゃないことはわかっているんだけど・・・
こうでもしていないと、気がめいってしまいそうになる。
ちなみに、私が今縫っているのは、お年寄りの村松様が元旦にお召しになられる予定の衣だ。
ここ大奥の女中達は、庶民たちのように、下着である襦袢の上に直に衣装を着けることはしない。
襦袢の上に、夏場だと三枚。
今みたいな冬場だと五枚の衣を重ねた上に、表着となる衣を着て帯を締め、お年寄りやお中﨟《ちゅうろう》だと、その上に打掛を羽織る。
勿論、大奥入りして1年も経たない ぺぇぺぇのお針子である私は、打掛なんか縫わせてもらえないから、こうやって沢山必要な衣を縫っているわけだ。
「 お前たち、早よ縫いや。
仕上がりによっては今宵も夜なべ仕事になるぞぇ 」
襖をからりと開けて、呉服の間頭様が入っておいでになられ、私たちを叱咤された。
さて。
しばらくの間は、言葉少なげに縫っていた私達だったけれど・・・
障子の外から聞こえてきた
「 きゃー!! 御留守居役様よ!! 」
「 渋い!! しぶすぎるー!! 」
と、言う黄色い声に、顔を障子の方に向けた。
同僚の おしげちゃんが、障子を少しだけ開けてくれたので、私たちは仕事を机の上に置いたまま ( 勿論、針だけは、全てきっちり針山にもどして ) 障子の隙間に群がった。
「 なに??? なんなの??? 」
「 おしまちゃんは、入ったばかりだから知らなくて当然だけどさ。
今日は節分でしょ?
で、表御殿から、御留守居役様が年男として、豆まきにおいでになられたのよ 」
「 へぇ・・・ 」
確かに今日は節分だ。
ここの豆まきは、てっきり上様ご自身がやるもんだと思っていたんだけど・・・
御留守居役様のお役目だったとはね。
どうりで。
お末たちが、黄色い声を上げるわけだ。
障子の隙間から廊下を見ると、御伽坊主様に先導されながら、裃姿の白髪頭の男の方が、静々と廊下を通っておられた。
「 きっと、御広敷での豆まきを終えて。
これから御台様の御殿で豆まきなされるのよ!! 」
「 素敵!! 今年の御留守居役様は、ええ男やわぁ 」
同僚たちは、きゃーきゃー騒いでいたけれど・・・
私には、単なるジジイにしか見えなかった。
そろそろ八つ刻になろうかと言うときの事だ。
突然、襖がからりと開いて。
神妙に縫い物をしていた私たちの前に
「 し・・・仕事中すまんが、か・・・かくまってくれんか!! 」
と、言いながら、一人の男が現れた。
肩衣は、肩から半分ずれ、熨斗目の着物は前がはだけかかっている。
「 へ??? 」
「 やだ!! 」
「 御留守居役様!! 」
「 どうなされたんですか? 」
そこらに置いてある縫いかけの衣や打掛を引っかぶり、しきりに身体をかくそうとなされる御留守居役様。
「 あ、その打掛はまだ、針がついて・・・ 」
「 構わん!! 隠れさせてくれ!! 」
真っ青な顔で・・・
衣で身体をかくそうとなされている。
「 ごるすい役さまー!! 」
「 どこに隠れてはりますのー!! 」
と、言う、甘ったるい声が響いてきたのは、すぐだった。
「 早よ、出てきなはれー 」
「 私達と楽しいことしましょー 」
南蛮渡来のカステラもかくやと言う、甘い声はまだ続いている。
縫いかけの打掛や衣の下で、ぶるぶる震えているのは、当の御留守居役様・・・
威厳なんてどこへやら・・・・だ。
「 この部屋は? 」
「 ここは呉服の間ですわよ 」
「 もしかして・・・ここに? 」
「 まさか!! ここは針やハサミなんかが沢山置いてあるのよ? 」
「 危ないもののたまり場・・・か。
じゃ、ここにはいないな 」
甘い声は、そんなことを言った後、だんだんと遠ざかっていった。
「 失礼しちやうわね 」
「 なにさ、あのお末たち 」
口を尖らせる同僚たちの横で、御留守居役様が隠れていた衣の下から出ておいでになられた。
「 やれやれ・・・助かった 」
と、ほっとした様子で仰っておいでの御留守居役様。
聞けば、
御台様の御殿の豆まきを終えて控えの間で休憩していたところ、お茶を運んできた お次女中に触られまくられたと言う。
それどころか。
表御殿に戻ろうと廊下に出たところ、数人の お末 に、取り囲まれてしまったというのだ。
なんやかんやと理由をつけて、その場を逃れようとしたものの、欲求不満の塊である お末達はなかなか許してはくれず・・・
体中を触りまくるわ、頬に顔を摺り寄せてくるわ
衣服の端でも・・・・と、破こうとするわ
挙句、どこからか ( 多分、長局だろう ) 布団を持ってきて。
それで身体を押し包もうとしたという。
隙を見て逃げ出したものの・・・
お末たちの追及は激しく、逃げ惑ううちに、呉服の間にたどり着いたということだった。
「 お年寄りのところにでも逃げ込めばよかったのに・・・ 」
「 でも、そこの部屋方女中達に、とっつかまるでしょ? 」
「 やぶへび・・・か 」
私たちは、頷きながら聞くことしか出来ない。
「 いやはや、前任の方から伺ってはおりましたが・・・布団で簀巻きにされなかっただけマシでしたわ 」
御留守居役様は、片手で衣服の衣紋を整えながら、苦笑なされた。
「 す・・・簀巻きって・・・ 」
「 おしまちゃん・・・・やるのよ 」
「 御台様の御殿にいる お末たちは 」
「 毎年の恒例行事よね 」
「 年男の御留守居役様を簀巻きにして・・・胴上げ 」
「 うんうん、一度見たことあるけどさ、あれはすさまじい 」
目が点になった私・・・。
廊下に お末たちが誰もいないことを確認した後。
御留守居役様は、呉服の間から出て行かれた。
無事に・・・
表御殿にたどり着けますように・・・
っと、しかし・・・
「 わー!! 私が縫っていた衣、どれだった??? 」
「 せ・・・せっかくもうじき仕上がるところだった打掛の裾が・・・ほつれてる!! 」
御留守居役様が隠れた後の、後始末は・・・
しばらく続きそうだな。
これは。