表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

序章

「 頼んでいた搔取り《かいどり》は、仕上がっておるか? 」

「 これは咲嶋さきしま様、わざわざのお運び、痛み入ります。

ご注文の品なれば、これにございます。

今、ここでお当てになられますか? 」

「 いや・・・いつもそなたたちの仕事には満足しておるし、果報は寝て待てなどと申すではないか。

後ほど、私の局まで届けてたもれ 」


「 お千佳ちかちゃん、そこ、ヘラつけ間違ってる 」

「 え???? どこどこ??? ほんとだ 」


「 誰か・・・この帯を、お紗枝の方様のお部屋に届けてくれぬか 」



ここは、江戸城大奥

呉服ごふくの間 』

御台所様をはじめとする、大奥で暮らす者 全ての、衣装を調える場所が、ここだ。


私の名前は おしま。

もっとも、この名前は、大奥内での呼び名で、本当の名前は おけい と言う。

ここ呉服の間に奉公する十人のお針子の一人。

つまり、こう見えても私は

奥女中

なんですよ。



私は、江戸・日本橋にお店を構える呉服商 『 伊勢や 』 の、三女として生まれた。

上には当然の事ながら、姉が二人いる・・・いや、いた。

いた と言うのは、すぐ上の姉は、私が生まれる少し前に、疱瘡ほうそうに罹って亡くなってしまっと聞いているからだ。

あ、ちなみに兄も一人いる。

しかし、兄は現在、実家にはいない。

商いの修行の為、上方の商人のところで奉公しているからだ。

先日届いた おとっつぁんからの手紙によると、兄は今年の春から手代に昇格したらしかった。


私よりも五つ上の姉は、一昨年の夏、お店の手代の一人を婿にとって所帯を持った。

将来はその義兄がお店を継ぐことになるのだろう。

私も二年か三年以内には おとっつぁんが見込んだ手代か番頭の一人と所帯を持って、うちのお店を盛り立てていくはずだった。


しかし・・・去年の夏ごろ。

うちのお店のお得意様である、お旗本の内藤様が、

私を大奥で奉公させる気はないか

と、仰って下さった。


何でも内藤様の妹君に、大奥のご祐筆ゆうひつ をなされていらっしゃる初音はつね様と仰る方がおいでなのだけど、その初音様から内藤様の元に、

呉服の間に奉公するお針子を一人、探して欲しい

との依頼があったらしい。

そこで白羽の矢か立ったのが、私と言うわけだ。


呉服の間詰め女中。


大奥の女中は、例え身分が お目見え以下 の軽輩者でも、上様のお目に留まり、一度でも夜のお相手を務めることが叶ったら、たちまち お目見え以上の

お中﨟《ちゅうろう》様

だ。

ましてや、上様のお子を懐妊し、無事、出産の運びとなれば、生まれた子供が男の子ならば

お部屋様

女の子であっても

お腹様

と、呼ばれて。

大奥の中に豪華な個室を与えられ、正式な

側室様

と、なる。

( 夜のお相手をつとめただけでは、正式な側室ではないんだって )


でも、大奥の女中とは言え、呉服の間詰めの女中・・・つまりお針子は、巷で言う職人みたいなもので。

上様が食指を伸ばすことなど、まずありえない

と言う事だったから・・・

おとっつぁんも、おっかさんも、

「 これ以上の奉公先は先ずない 」

と、大乗り気で。

私自身も、縫い物は得意なほうだし、刺繍も好きだったから、とんとん拍子に話は進み、

去年の秋の終わりごろ、千代田のお城に上がって、大奥の呉服の間に奉公することとなった。


勿論、大奥に奉公するのは、

武家の娘

に、限られているんだけど、そこはそれ。


『 養子縁組 』


と、言う、抜け道があるんですよ。

これが。


身分の低い、農民や町人でも、武家の養子・養女 になれば、身分は武家の子、武家の娘になるんですよ。

その制度のおかげで、花嫁修業の意味もあって大奥や大名・旗本などの武家屋敷に奉公している裕福な町人の娘たちは、ほとんど全員が武家の養女という建前でお屋敷に入っている。


かく言う私も、私に大奥への奉公を勧めて下さった内藤様が、私をご自身の養女にして下さったので、私は建前上

内藤様の娘

と、言う事になっていて、大奥奉公をすることが出来たのだ。



ずっとあこがれていた

大奥。


金襴のうちかけ

伽羅の香

美味しい食べ物


どんなところだろうと思っていたけれど・・・

どうしてどうして。


現実は、憧れなんかつむじ風で吹き飛んでしまうみたいな、

とても一筋縄じゃいかない、

女の苑

なんですよね。

これが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ