表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第2章:学習する迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

4:沈む足場、沈まない敵

4:沈む足場、沈まない敵


「交換。……通路を作る」

 俺の言葉に、全員が同時に動いた。声を使うのは最低限。基本は合図、動き、位置。迷宮に言葉を食わせない。

 魚骨の番兵――塩の結晶を鎧から生やした人型が、板の上で槍を構えた。足場が沈まない。あいつはこのエリアの正規ルートを知っている。罠の上を歩ける権限があるみたいに。

 リュカが一歩前へ。だが板には乗らない。水際、石床の端に踏みとどまったまま、剣の切っ先を低く構える。

 セラが俺の隣で工具箱を鳴らした。釘と薄い金具、蝋の棒、細いワイヤー。関所で使ったものと似ているが、ここは水。塩。重さ。条件が違う。

 フィーネは白い粉を指先で摘み、息を整えた。ミリアは目を見開き、板の配置と敵の足運びを同時に追っている。兵士は槍を構えつつも、足場の罠を前に踏み出せないでいた。

 そして――少し離れた場所に、グレンがいる。濡れた石床の端で、平然と立っている。濡れ床も重さも、彼には単なるデータらしい。

 番兵が動いた。板を鳴らさず、滑るように進む。槍先が水面の反射を裂き、一直線にこちらへ。

「伏せろ!」

 リュカが叫び、兵士がしゃがむ。俺は棒で槍を受けた。金属の衝撃が手首に食い込み、骨が軋む。重い。関所の騎士より、重い。槍に潮が絡みついている。

 棒が押し込まれ、俺の足が水際で滑りかける。

 セラの義足が鳴った。彼女が俺の腰の縄を掴み、ほんの少し引いて姿勢を戻す。切る前提の縄だが、支点にするのはまだ有効だ。引かれたら切る。引くのは使う。

 番兵は槍を引き戻さない。槍を支点にして、板から板へ跳ぶように体勢を変えた。

 ――うまい。

 板が沈まない。むしろ、沈ませない踏み方をしている。重心が、板の中心じゃなく、縁へ分散している。足裏の面積が小さい。つま先で、点で踏んでいる。

 ミリアが息を呑んで呟いた。

「……板の中心を踏んでない。沈む板も……沈ませない歩き方……」

 なら、敵の足運びそのものが攻略の鍵だ。

 俺は短く言った。

「真似る。……でも、全部は真似ない」

 セラがニヤリとする。「学習の逆だね。敵の学習を盗む」

 フィーネが白い粉を空中に散らした。粉は水面に薄く広がり、流れが線になる。板の間の水が、ゆっくりとある方向へ吸われている。広間の中央の少し左。そこに引き込みがある。

 落ちれば、そこへ引かれる。

 番兵が、次は兵士を狙って槍を突いた。怯えた相手を崩し、隊列を乱す。迷宮はそれも学習している。

「交換!」

 俺が言う前に、リュカが前へ出て槍を弾いた。金属同士の音が響く。だがリュカの剣が沈む。腕がぐっと落ち、次の動きが遅れる。

 重さの干渉。

 番兵はその遅れを見逃さず、槍を横薙ぎにしてリュカの脇腹を狙った。

 フィーネが一歩踏み出し、膜のような光を作る。槍がその膜に触れ、速度が落ちる。完全には止まらないが、致命の角度が鈍る。

 リュカは歯を食いしばり、身を引いた。剣を振るうより、避ける。

 ――倒すんじゃない。通る。

 俺は板の配置を見た。番兵が進む方向、板の間隔、沈む板と沈まない板の混在。全部が試験だ。俺たちがどこを踏み、どのくらいの重さで、どう動くかを測っている。

 セラが足元に金具を落とした。金具は水に沈み、粉の流れに沿って中央へ吸われていく。

「引き込みは一つじゃない」セラが言った。「水の下に流路がある。踏み外したら、引っ張られる」

 ミリアが頷く。「黒い筋が……板の下で集束してます。中央左だけじゃない。小さい引き込みが複数……」

 複数の落とし穴。しかも水中。

 なら、板の上に留まるほど危険が増える。ここで長く戦えば、重さが増し、足が遅れ、沈む板を踏む。

 ――短く、速く、形を変えて抜ける。

 俺は指で合図した。三回、掌を開く。分散。次に、人差し指で左を指し、拳を握る。左側のルートを作る。

 フィーネが理解し、白い粉を左側の板間へ多めに散らした。水の流れがよりはっきり見える。左側は吸い込みが弱い。板間の水がゆるい。

 セラがワイヤーを取り出し、板と板の縁に素早く引っ掛けた。蜘蛛の巣じゃない。短い橋を作るための補助線だ。滑り止め。足先を引っ掛ける場所。

 リュカが番兵の注意を引く。剣を振るのではなく、踏み込みの気配を見せて槍を誘う。槍が伸びる瞬間だけ、半歩下がる。

 番兵の槍が空を切った。

 俺はその瞬間、兵士に短く言う。

「今。左、二枚」

 兵士は怯えたままでも、命令には従えた。彼が板へ踏み出す。セラのワイヤーに足先を掛け、板の縁へ点で乗る。沈まない。沈ませない。

 ――いける。

 次はミリアだ。彼女は軽い。だが軽いほど、板の上でバランスを崩しやすい。俺はミリアの肘を掴み、支え方を棒に変える。腕で引くんじゃない。棒を横にして、棒を握らせる。接触の形を変える。迷宮の学習を遅らせる。

 ミリアが小さく頷き、板へ。

 沈まない。

 フィーネも続く。彼女が板へ乗った瞬間、板の表面の塩が光った。重さが少し増す。だがフィーネは呼吸を整え、足先で点を作り、沈ませない。

 ――問題は俺とリュカ、セラだ。重い。特にセラは工具箱がある。

 セラが工具箱を見下ろし、舌打ちした。「置いていけって顔してるね」

 俺は首を振った。「置くな。次で必要」

 セラは一瞬だけ口角を上げた。「じゃあ、分ける」

 彼女は工具箱を開け、重い金具類を布袋に分けた。袋を兵士に投げる。兵士が受け取った瞬間、板がきしむ。だが兵士は板の縁に重心を分散して耐えた。

 重さの分散。役割の分散。

 番兵がそれを見て、槍を振り上げた。狙いは――フィーネ。回復役。迷宮は学習している。核に近い者、要の役割を狙う。

「盾!」

 リュカが叫び、板へ踏み出した。点で乗る。沈ませない。だが重い。剣が沈む。リュカの動きが鈍る。番兵の槍が迫る。

 フィーネが小さく呟く。「深呼吸」

 合図。危険。止まるべき。だが止まったら槍が刺さる。

 ――止まれないときの深呼吸は、動きながらやる。

 俺は息を吸い、吐き、短く言った。

「交換!」

 俺が板へ踏み出す。棒を横にしてリュカの腕を支え、リュカを半歩後ろへ逃がす。代わりに俺が槍を受ける。衝撃が腕に走る。重い。棒が沈む。腕が落ちる。

 番兵の槍先が、俺の肩をかすめた。皮膚が裂け、血がにじむ。冷たい痛み。潮の水が痛みを刺す。

 フィーネが手を伸ばし、治癒の光が走る。傷が塞がる。だが同時に、俺の腕がさらに重くなる。治癒の光にまで潮が絡むような感覚がある。

 ――長引けば、不利。

 セラが板の縁から釘を投げた。釘は番兵の足元の板に刺さり、番兵の踏み替えを一瞬遅らせる。足先で点を作る歩き方が、釘で崩れる。点が乱れる。

 リュカがその隙に、剣の腹で番兵の槍を叩いた。斬らない。折らない。軌道を逸らすだけ。

 番兵の槍が水面を叩き、跳ねた水滴が白い粉を散らした。流れが乱れ、引き込みの位置が見えづらくなる。

 ミリアが叫びそうになり、口を閉じた。声は使わない。彼女は指で左二、右一と示した。板の安全度の合図だ。左の二枚は安全、右の一枚は危険。

 俺は頷き、次の板へ踏み替える。点で乗る。沈ませない。

 ――通路ができた。

 残りはセラだ。彼女は義足でバランスを取る必要がある。水面の揺れは義足の支点を狂わせる。

 セラは一瞬だけ目を閉じ、息を吸って吐いた。次の瞬間、義足の先を板の縁に置き、体重をゆっくり移した。沈まない。もう片足も点で置く。

 やった。

 そのとき、番兵が突然、動きを変えた。

 こちらを追うのをやめた。槍を高く掲げ、板の中央へ突き立てた。

 ゴン、と鈍い音。

 板が沈んだ。

 沈むだけじゃない。板が引き込みの方向へ滑り始める。水面の下の流れに沿って、板そのものが運ばれる。

 ――足場が動く。

 迷宮は次のフェーズに入った。俺たちが点で乗って沈ませないなら、足場を動かすことで崩す。

 板が動けば点は意味を失う。バランスが崩れ、落ちる。

 フィーネが小さく言った。「……来ましたね。学習の上書き」

 セラが歯を噛む。「まったく、性格悪い」

 板が滑り、俺たちの足元がずれる。ミリアがぐらつき、俺は反射で棒を横にして支えた。

 その瞬間、視界の端に文字が走った。


《重量干渉:強化》

《足場:移動開始》

《観測:転倒率 上昇》


 ――観測。

 転倒率。俺たちが転ぶ確率を、迷宮は数字で見ている。

 その言葉が胸に刺さった瞬間、さらに嫌な現象が起きた。

 板の表面の塩が、霜のように広がり始めた。ザリザリだったはずの塩が、滑る膜になる。濡れた塩。氷に近い。

「滑る!」兵士が声を漏らした。

 番兵がその声を聞いたように、槍を抜き、別の板へ跳んだ。今度は、俺たちの進行方向――出口側の板へ先回りする。

 塞がれた。

 倒さない、通る。そう決めたのに、通路が塞がれる。

 ここで戦えば重さが増す。

 逃げれば足場が滑る。

 止まれば板が運ばれる。

 ――選択肢が削られていく。

 俺は息を吸い、吐き、短く言った。

「降りる」

 全員の目が俺に向く。

 水に降りる。引き込みがある。危険だ。でも板の上は、迷宮の支配が強すぎる。板は迷宮の装置だ。なら装置から降りる。装置の外で勝つ。

 フィーネがすぐ頷いた。彼女は白い粉を水面へ多めに散らし、引き込みの流れを再び浮かび上がらせた。

 ミリアが指で示す。中央左は強い吸い込み。右奥も小さい吸い込み。だが――左端の壁沿いは流れが弱い。そこなら歩ける。膝まで沈まない程度の浅瀬。

 セラが俺を見て、短く言う。「壁沿いだね」

 俺は頷く。「壁沿い。……縄は切る前提。足を取られたら切る」

 リュカが歯を食いしばる。「水に降りれば、番兵も――」

「降りない」セラが即答した。「あいつは板の上が仕事。水に降りたら役割外。役割外は、別のやつが来る」

 別のやつ。

 それを考えた瞬間、背後で水面がぶくりと膨らんだ。さっきの粘液の手。完全に止まっていなかった。板が動き始めたことで、再び活性化したのか。

 迷宮は二段構えだ。

 上は番兵。下は粘液。

 板が滑れば落ちる。落ちれば掴まれる。

 ――降りるなら、今しかない。

「今!」俺が言う。

 全員が板の端から、壁沿いの浅瀬へ一斉に降りた。水が跳ね、冷たさが足首から膝へ駆け上がる。重さが増す。武器が沈む。身体が沈む。

 だが足場は動かない。自分の足で踏める。

 番兵は板の上で槍を構えたまま、こちらを見下ろした。追ってこない。セラの読み通りだ。役割外には出ない。

 代わりに――水面が揺れた。

 壁沿いの浅瀬に、黒い筋が浮かび上がる。床の黒い筋が水中で脈打ち、壁の塩が光った。

 そして、壁が開いた。

 そこから現れたのは、魚の頭を持つ小型の魔物――複数。人の声を真似る口。小さな腕。ぬめった皮膚に塩の結晶。数が多い。

 学習。最適化。

 番兵が追わないなら、雑魚を増やして壁沿いを塞ぐ。

 フィーネが息を吸い、揺れない声で言った。

「深呼吸」

 全員が一瞬、呼吸を揃える。恐怖が形になりかける前に、形を崩す。

 セラがナイフを抜き、短く言った。

「勇者さん。通路、作れる?」

 俺は棒を握り、頷いた。

「作る。……でも、倒しきらない。押し返すだけでいい」

 リュカが剣を構え、兵士が槍を構える。ミリアが壁の黒い筋の集束を見つけようと目を凝らす。

 そして俺は、また視界の端の文字を見た。


《次フェーズ:出口遮断 準備》


 出口遮断。

 関所で見たやつだ。出口が消える。戻れない。

 ――急げ。

 この迷宮は、俺たちが通れると判断した瞬間、通れない形に変える。

 俺は水を蹴り、棒を振り、壁沿いの浅瀬を切り開く。

 通路の先に、暗い階段が見えた。下へ続く階段。潮の匂いがさらに濃い。

 ここが中心に近い。

 だが背後で、板が大きく沈む音がした。番兵が何かの儀式みたいに槍を立て、板の中央を叩いている。板が沈むたび、水面が脈打つ。

 迷宮が閉じる準備をしている。

 俺たちは、押し出されるように階段へ向かった。

 間に合うか。

 出口が消える前に、中心に辿り着けるか。

 次の一歩が、勝ちでも負けでもなく――「帰れるかどうか」を決める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ