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死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第5章:誰が鍵を持つのか

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3:原契約の核へ、嘘が本音を守る

3:原契約の核へ、嘘が本音を守る


 原契約の核は、王都の地下にある。

 グレンはそう言ったとき、まるで自分の舌を噛みそうな顔をした。

 管理者が口にしてはいけない情報。

 だが今は、契約違反を確認した以上、沈黙は罪になる。

「地下……」ミリアが震える声で繰り返す。「王都の下に、国の喉がある」

 フィーネが小さく息を吐いた。

「地上の秩序を支えるものは、見えない場所に隠されます。……だからこそ、壊れたときに誰も気づけない」

 セラは工具袋を揺らし、軽く笑った。

「見えないものほど、壊しやすいって思われがちだけど。逆だよ。見えないものは、守りも見えない」

 リュカは短く言った。

「だから、見る」

 俺は頷いた。

「見る。……そして、噛む」

 王都の夕暮れ。

 管理棟の別室で、俺たちは作戦を立てた。

 ただし声は最小限。

 壁の結晶小柱が、まだどこかで聞いている可能性がある。

 ミリアが紙を広げる。王都の簡易地図。

 結晶塔、管理棟、王城、市場、城壁――そして地下水路。

 地下水路は、王都の古い血管だ。

 普段は清掃員と配管工しか出入りしない。

 だが、古い血管ほど中枢へ繋がっている。

 グレンが指で地図の端を押さえながら言う。

「核への入口は三つある。表向きは封印倉。だが封印は儀式ではなく、結晶符号だ。――鍵は、監察官の権限では開かない」

 セラが口角を上げる。

「じゃあ何で開くの」

 グレンは沈んだ声で答えた。

「……王の符号。もしくは、原契約の符号そのもの」

 フィーネが眉をひそめる。

「原契約の符号……それは誰が持っているんですか」

 グレンは一瞬だけ黙り、言った。

「王が持つはずだ。だが今、塔は自律運用している。符号が複製されている可能性が高い」

 ミリアが震える。

「……じゃあ、観測者も持っている?」

「可能性はある」グレンは言った。「だから正面からは無理だ。符号で開けた瞬間、観測者に気づかれる」

 リュカが短く言う。

「裏」

「そうだ」グレンが頷く。「裏口は水路だ。古い整備用通路。……ただし、通路そのものが結晶の耳になっている」

 結晶の耳。

 音を拾う。命令を拾う。名前を拾う。

 拾われれば鍵になる。

 セラが指を鳴らした。

「なら、喋らない。――喋らないで進む仕組みを作る」

 ミリアが顔を上げる。

「合図を記録で統一しましょう。短い符号を線で作る。……言葉を使わず、線で伝える」

 フィーネが頷く。

「線なら膜で守れる。音の刺さりも減らせる」

 俺は決めた。

「合図は三つだけ。『止まれ』『戻れ』『押せ』。線で書く。……文字ではなく、形で」

 セラが笑う。

「村の印の応用だね。鍵を作るのが得意になってきた」

 得意になりたいわけじゃない。

 でも、生き残るためには、鍵を作れないといけない。

 俺たちはもう、鍵を奪う側と戦っている。

 その夜、俺たちは管理棟を出た。

 正面玄関ではなく、裏の荷捌き口。

 グレンが同行する。

 彼は管理者だ。だが今夜、管理者は裏切り者になる。

 王都の路地は暗い。

 市場の灯りが遠く、裏路地の臭いが濃い。

 水と鉄と、古い石の匂い。

 地下へ近づく匂い。

 地下水路への入口は、古い井戸だった。

 井戸の縁に結晶片が埋まっている。飾りではない。鍵穴だ。

 グレンが布越しに符号を当て、結晶片の反応を見た。

 結晶片は淡く光り、しかし井戸の蓋は開かない。

「……やはり、私の権限では足りない」

 セラがニヤリとする。

「権限不足って便利な言葉だよね。責任を薄める」

 グレンは反論しない。

 反論する余裕はない。

 責任の薄め方が、村で起きたことと同じ構造だと分かっている。

 俺は言った。

「鍵を作る。……境界だ」

 ミリアがすぐに井戸の周囲へ線を引いた。

 円。境界。

 円の内側だけが共有になる。

 共有が成立すれば、外部の鍵は刺さりにくい。

 フィーネが膜を円の上に張り、外からの音を少しだけ押し返す。

 完全遮音はしない。危険が見えなくなる。

 だが命令文の刺さりだけは弱める。

 セラが井戸の縁の結晶片に蝋を薄く塗る。

 蝋は固定。結晶の振動を鈍らせる。

 それから工具で、蓋の隙間に薄い楔を入れた。

 リュカが蓋へ手をかける。

 力任せに持ち上げない。

 音を立てれば、耳が拾う。

 拾えば鍵になる。

 俺が小さく合図の線を地面に引いた。

 『押せ』の形。

 セラが頷き、リュカがゆっくり押し上げる。

 蓋が、音もなくずれた。

 井戸の中から冷たい空気が漏れる。

 湿った匂い。古い水路の匂い。

 そして、微かな囁き。

「……なま……」

 フィーネが膜を厚くする。

 喉が冷える。

 でも境界の内側だから、刺さりが浅い。

 俺たちはロープで降りた。

 順番はリュカ、俺、セラ、フィーネ、ミリア、最後にグレン。

 グレンは降りる前に一度だけ地上を見上げた。

 管理者の目が、夜の空の色を確かめるみたいに。

 地下水路は狭く、天井が低い。

 水が足首を舐め、石が滑る。

 壁のところどころに結晶片が埋め込まれている。

 灯りの代わりに淡く光る。

 だが光は安心ではない。観測だ。

 ミリアは炭筆で壁に小さな線を引きながら進んだ。

 道標。

 戻るための線。

 誰かが後で否定できない線。

 セラが小声で言った。

 でも声は極小。ほとんど息。

「ここ、迷宮と似てる。――迷うほど、音が増える」

 フィーネが頷く。

「迷うと会話が増える。会話が増えると鍵が増える。……だから、迷わない」

 俺は言葉を使わず、指で前を示した。

 ミリアが地図と線で確認し、頷く。

 合図が成立する。

 しばらく進むと、水路が二手に分かれた。

 右は広い。左は狭い。

 広い道は歩きやすい。

 歩きやすい道には罠がある。

 グレンが小さな符号板を取り出した。

 結晶の光を当て、壁の反応を見る。

 右の壁がわずかに光る。

 左は光らない。

「右は監視が強い」グレンが囁いた。「左だ」

 セラが笑った。声は出さない。口角だけ。

 左へ進む。

 狭い。天井が低く、石が湿っている。

 足音が水に吸われる。

 それでも、囁きは増える。

「……よべ……」

「……かえせ……」

「……なまえ……」

 命令。要求。

 言葉が喉を探る。

 フィーネの膜が揺れる。

 膜は万能じゃない。

 特に自分の中の言葉は、膜の外から来るわけではない。

 内側から湧く。

 だから必要なのは、別の基準。

 俺は胸の内で、境界線を思い浮かべた。

 円。線。共有。

 そして、ミリアが壁に残した短い線。

 あれが帰り道。あれが現実。

 現実に意識を固定する。

 水路の奥で、結晶の光が少し強くなった。

 黒い筋のある結晶柱が、行く手を塞ぐように立っている。

 柱の前に、扉。鉄の扉。

 扉の表面に文字が浮かぶ。


《封印倉》

《許可者:王》

《鍵:原契約》


 原契約。

 ここだ。

 ミリアが震える声で息を漏らす。

 声ではなく、息。

 フィーネが膜でそれを包む。

 グレンが言った。

 声を出さず、口の形だけで。

「……この扉の奥が核へ続く。だが鍵がない」

 セラが工具袋を開け、ワイヤーを取り出した。

 工具は鍵ではない。

 でも鍵穴は壊せる。

 ただし――壊せば音が出る。

 音が出れば、耳が拾う。

 拾えば、観測者に気づかれる。

 俺は手で合図した。

『止まれ』。

 みんなが動きを止める。

 そして、俺は考えた。

 鍵がないなら、鍵を作る。

 でも作り方を間違えれば、向こうが鍵を奪う。

 ここで使う鍵は、印でも名前でも境界でも足りない。

 もっと奪いにくい鍵がいる。

 ――嘘だ。

 嘘は奪いにくい。

 なぜなら共有が必要だからだ。

 一人の嘘は単なる誤情報。

 複数の嘘が一致したときだけ、現実を偽装できる。

 偽装できれば、結晶の観測を誤らせられる。

 俺は小声で言った。

 言葉を使う。

 でも、鍵にしない言葉。

 それは本音ではなく嘘。

「ここで、俺たちは王の使者だ」

 セラが目を細める。

 フィーネが一瞬戸惑い、すぐに理解した顔になる。

 ミリアが息を呑み、頷く。

 リュカは無言で頷いた。

 グレンだけが顔を歪めた。

 管理者としての痛みだ。

 俺は続ける。

「結晶は識別を拾う。王の符号がないなら、王の役割を演じる。嘘で鍵を作る。……この場の共有嘘を一致させる」

 ミリアが震える声で言う。

 ほとんど息。

「共有嘘……?」

 フィーネが静かに言った。

「嘘は、本音を守る盾になります。……この部屋では」

 セラが口角を上げる。

「じゃあ、合図は王の符号のふり。符号を言葉にせず、形にして一致させる」

 俺は頷いた。

「ミリア、扉の前に線で王の符号を描け。……実在しない符号でいい。ここで一致させた形が、鍵になる」

 ミリアは震える手で炭筆を握り、扉の前の床に、新しい印を描いた。

 王の冠を模した形。

 三本の尖り。

 その下に円。

 簡単で、共有しやすい形。

 セラが蝋を薄く塗り、形を固定する。

 フィーネが膜を張り、形を境界に変える。

 リュカが扉の前に立ち、俺と一緒に扉へ手を当てた。

 押す。叩かない。

 音を出さない。

 グレンが、苦しそうに口を動かした。

 声は出さない。

 でも、口の形だけで承認を示す。

 管理者が嘘に署名する瞬間。

 扉の表面の文字が揺れた。


《許可者:王》が薄くなる。

《鍵:原契約》が揺れる。


 そして、文字が変わった。


《許可者:……》

《鍵:共有符号》

 

 共有符号。

 来た。

 嘘が鍵になった。

 扉が、わずかに開いた。

 その隙間から、冷たい風が吹き出す。

 風には、囁きが混じっている。

 だが囁きは今、命令ではない。

 何かが笑っている。

「……おもしろい……」

 観測者の声。

 近い。

 核の近くにいる。

 つまり、当たり前だ。

 核は観測者の席なのだから。

 セラが低く笑った。

「気づかれたね。でも、鍵は奪わせない」

 俺は頷き、合図した。

『押せ』。

 扉を静かに押し開け、俺たちは中へ入った。

 嘘で作った鍵を背中に背負って。

 本音を守るために。

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