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死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第2章:学習する迷宮

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5:潮の心臓を、黙らせろ

5:潮の心臓を、黙らせろ


 階段を下りた瞬間、空気がさらに重くなった。

 潮の匂いが濃い。濡れた石の冷たさが皮膚に貼りつき、呼吸をするたび胸の奥が沈む。武器が重い。肩が重い。まるで全身に鉛の膜を被せられたみたいだ。

 背後では、広間の板が沈む鈍い音が続いている。番兵が槍を立てるたび、水面が脈打つ。迷宮が閉じる準備をしている。入口だけじゃない。退路そのものが削られていく。

 フィーネが先頭で、白い粉を少しずつ撒いた。粉は空中で舞い、すぐ湿気を吸って落ちる。それでも、落ちた粉が水の流れを描いた。

 ――下へ。流れは下へ向かっている。

 ミリアが壁の黒い筋を指でなぞる。黒い筋は階段の奥へ集束し、まるで血管の束みたいに一本に収束している。

「中心……近い」ミリアが息を切らしながら呟く。

 セラが義足を鳴らし、工具袋を握り直した。「近いってことは、濃いってことだ。干渉が強い」

 リュカが剣を持ち上げようとして、眉をしかめる。「腕が……落ちる」

 俺も同じだった。棒を握るだけで、手首が沈む。関所では強いほど不利だった。ここは強さ以前に、武器を持つ行為自体が不利になる。

 ――つまり、戦わせる迷宮だ。

 戦わせて、重くして、遅くして、転ばせて、落とす。

 あの広間でやったことを、階段で繰り返させる気だ。迷宮は俺たちの形を学習し、次の区画へ最適化してくる。

 俺は息を吸って吐いた。焦りが喉に絡む。絡ませたままじゃ声も出ない。

「深呼吸」

 フィーネの声が静かに落ちた。合図であり、祈りでもある。

 全員が一瞬だけ足を止める。息を揃える。重さは消えないが、重さに呑まれない線が戻る。

 階段を下り切ると、廊下が広がっていた。天井が低く、壁が湿っている。白い塩の結晶が、壁のところどころで脈打つように光る。まるで呼吸しているみたいに。

 その廊下の先に――丸い扉が見えた。

 木でも鉄でもない。石の円盤。中央に、渦の模様。渦は海の渦に似ているが、よく見ると黒い筋が渦の線になっている。血管の渦。

 扉の前の床には、浅い水が張っている。だが水面が静かじゃない。微かな吸い込みがある。立っているだけで足首が引かれそうになる。

 セラが棒で水面を叩き、眉をひそめた。「……ここが心臓だね」

 ミリアが頷く。「黒い筋が全部……ここに集まってます」

 フィーネが扉を見つめ、口元を強く結んだ。「ここを止めれば、霧柱が――」

 その瞬間、背後の階段から足音がした。

 軽い。迷いがない。水を踏んでもためらわない。

 グレンが、いつの間にか追いついていた。

「到達しましたね」淡々とした声。「ならば記録を――」

 セラが振り向き、冷たい目を向ける。「今、しゃべるな」

「私は――」

「しゃべるな」セラはもう一度言った。「声は武器になる。迷宮が拾う」

 グレンは一瞬だけ黙った。だが目は、扉と俺たちの手元を行き来している。記録したくて仕方ない視線だ。

 俺は扉を見た。渦。吸い込み。重さ。閉鎖準備。

 ――ここで時間をかけたら、終わる。

 迷宮の学習は、こちらの長さを食う。長いほど、対策が積み上がる。

「セラ」俺は短く言った。「止められるか」

 セラは即答しない。工具袋の中身を頭の中で並べている顔だ。彼女は戦士じゃない。でも、彼女の判断は戦士より速い。

「止めるだけなら、できる」セラは言った。「でも壊すなら、賭けがいる」

「賭けはいい」俺は言った。「死なない賭けだけで」

 セラが口角を上げた。「当たり前だろ」

 彼女は袋から、蝋の棒と釘、それから小さな金具を取り出した。関所で流路を塞いだときに使ったものに似ている。

「この渦は吸い込みだ。吸い込みは流路がある。流路を塞げば止まる。でもここは迷宮の中心。流路が複数だ」

 ミリアがすぐ補足する。「床下に……枝分かれした黒い筋。複数あります」

 リュカが低い声で言った。「じゃあ全部塞ぐのか」

「全部は無理」セラが吐き捨てる。「だから逆流させる」

 フィーネが息を呑む。「逆流……」

 セラは床の浅い水へ釘を投げた。釘はすぐ吸い込みに向かって転がる。渦へ、渦へ。

「吸い込みがあるってことは、どこかに吐き出しがある。海の上の霧柱だ。ここで吸って、外へ吐いてる。ならここに固形物を流し込めば、吐き出し側が詰まる」

 俺は理解した。「霧柱を詰まらせる」

「詰まらせるんじゃない」セラは言った。「詰まったと誤認させる。迷宮は学習する。詰まったなら、次は吸い込みの形を変える。その瞬間に、渦の制御が一瞬乱れる。その隙に扉を開ける」

 学習を逆手に取る。わざと異常を起こして、最適化の切り替えで一拍作る。

 だが異常を起こすには、材料がいる。固形物。流し込むもの。

 セラがにやりと笑った。「塩だ。大量の塩。ここは潮の迷宮。塩は嫌いじゃない。でも結晶の塊は別だ。流れが乱れる」

 フィーネが頷く。「港町なら……塩はあります。ですが今ここに――」

「持ってる」セラが言って、工具袋の奥から小袋を三つ出した。白い塊。荒塩だ。

「念のため、ってやつ。潮の迷宮って聞いたときにね」

 頼もしすぎる。

 俺は短く言った。「やる」

 セラは床にしゃがみ、塩袋の口を切った。そして渦の手前、吸い込みの入口に塩をざらざらと撒く。塩は水を吸い、重くなる。重くなった塩が、ゆっくり渦へ吸われていく。

 フィーネが白い粉を空中に散らし、流れを見える化する。塩が流路を通る様子が、薄い線で見える。

 ミリアが壁の黒い筋を見て、指で示す。「枝流路、三つ。……今、二つが反応。残り一つは……右」

 セラがすぐ右へ塩を追加する。塩が吸い込まれ、流れの線が太くなる。

 リュカと兵士は、背後の警戒に回った。階段の方から何が来ても、ここで止める。俺は扉の前に立ち、棒を構えたまま、扉の渦模様を見つめた。

 扉はまだ動かない。

 迷宮の心臓は、こちらの準備を見ている。

 そして――視界の端に文字が浮かんだ。


《観測:中心干渉》

《学習:逆流誘発》

《対策:重量干渉 最大》


 重量干渉最大。

 次の瞬間、身体が一段重くなった。

 膝が落ちる。棒が沈む。呼吸が沈む。胸の内側に、水が溜まったみたいな重さ。心臓が重い。脈が遅くなる。まるで自分の血液が塩水になったみたいに。

 フィーネが顔色を変えた。「……来ました。重さが……」

 ミリアがふらつき、膝をつきかける。俺は反射で棒を横にして支える。だが棒自体が沈む。支えが支えにならない。

 セラが舌打ちする。「最大かよ……性格悪い!」

 重さに耐えながら塩を撒くのは、難しい。袋が落ちれば終わりだ。袋が渦へ吸われた瞬間、何が起きるかわからない。

 背後で、グレンが淡々と呟いた。

「興味深い。中心干渉が身体能力を落とすなら、勇者の死に戻りを――」

「黙れ!」リュカが怒鳴った。

 声が響いた。響いてしまった。

 水面が、ぴくりと揺れた。塩の流れが乱れる。壁の塩結晶が一瞬光を強める。

 迷宮が声を拾った。

 まずい。まずい。声は武器になる。迷宮はそれを学習する。

 フィーネがすぐ、揺れない声で言った。

「深呼吸」

 全員が息を揃える。リュカも歯を食いしばって呼吸を整えた。声を使ったぶんの揺れを、呼吸で戻す。

 セラが塩袋を最後まで流し込んだ。塩の塊が渦へ吸われ、流れの線が一瞬太くなる。

 そして――遠くで、低い轟音がした。

 海の上の霧柱が、詰まったときに出すような音。吐き出し側の圧が変わった。

 迷宮が、対策を切り替える。

 水面の渦が、ほんの一瞬だけ乱れた。吸い込みが弱まる。逆に水が盛り上がる。逆流が起きる。

「今!」セラが叫んだ。

 俺は扉に棒を突き立てた。渦模様の中心へ、てこの原理で押し込む。重い。身体が重い。腕が落ちる。だが押す。

 フィーネが俺の背に手を当て、息を整えたまま支える。ミリアが扉の縁の黒い筋を指で押さえ、どこが鍵かを探る。リュカが俺の横で剣の腹を扉に当て、押す。斬らない。押す。

 石の円盤が、ぎ、と動いた。

 少しだけ回る。

 回った瞬間、扉の渦模様の黒い筋が逆向きに流れ始めた。血管が逆流するみたいに。

 扉の隙間から、冷たい風が漏れた。潮じゃない。もっと乾いた、深い匂い。海底の洞窟みたいな匂い。

 そして、扉が開いた。

 中は小さな円形の部屋だった。中央に、黒い柱が一本立っている。柱は森の迷宮の柱に似ているが、表面が濡れている。塩の結晶が貼りつき、脈打っている。

 ――核に近い。

 だが床下かもしれない。柱を壊せば終わり、という単純さはもう信用できない。迷宮は学習する。俺たちの柱破壊も学習している。

 ミリアが息を呑み、柱ではなく床を見た。床の浅い水が、柱の根元へ吸われている。だが吸い込みは柱の下ではなく、柱の背後の壁の穴へ向かっている。

「……柱は飾りです」ミリアが言った。「流路は、壁の穴。……あそこが心臓の出口」

 セラが歯を見せた。「いいね。飾りに騙されない」

 フィーネが震える息で言った。「では……穴を塞ぐ?」

 俺は短く頷いた。「塞いで止める。壊さない。止める」

 壊せば、迷宮が別の形で暴発するかもしれない。止めれば、霧柱は弱まる。学習も一度止まる。まずは町を救うことが優先だ。

 セラが蝋の棒を取り出した。水中で固まる蝋。関所で使ったものだ。彼女は火打ち石で火花を起こし、蝋を溶かす。だが重さが最大で、手が震える。

 俺はセラの手首を支えた。支え方は腕じゃない。棒だ。棒を横にして、そこにセラの手を乗せる。点で支える。重さを分散する。

 セラが小さく笑った。「……上手くなったね、勇者さん」

「死なないために」俺は短く言った。

 蝋が溶け、粘る液が垂れる。セラはそれを壁の穴へ流し込んだ。穴は吸い込み口。そこへ蝋が入る。蝋が吸われる。吸われて――途中で止まった。固まり始めた。

 フィーネが白い粉を撒き、流れを見た。流れが細くなる。吸い込みが弱まる。

 だが同時に、部屋全体が震えた。

 柱の塩結晶が光を強め、黒い筋が膨らむ。迷宮が抵抗している。流路が塞がれるなら、別の流路を作ろうとする。

 床の水が、ぶくぶくと泡立った。

 来る。

 粘液の手。魚の影。番兵。全部が来る可能性がある。

 リュカが扉の外へ振り向き、剣を構えた。「来るぞ!」

 階段の方から、湿った足音が増えた。小型の魚頭の魔物が、壁の隙間から湧く。数が多い。声を真似る口が、ぐにゃりと動く。

「助けて……」

「濡れ床……」

 合言葉を真似る。しかも複数。迷宮は学習を積んでいる。もう言葉は完全に信用できない。

 俺は短く言った。「耳、閉じろ。目は足」

 全員が耳を塞ぐ。音を遮断する。代わりに、動きで合図する。

 セラが蝋をさらに流し込む。穴が半分塞がった。吸い込みがさらに弱まる。

 だが、最後の一押しが足りない。

 重い。手が落ちる。呼吸が沈む。ここで倒れたら、迷宮が観測する。転倒率が上がる。次はもっと転ばせる形になる。

 ――踏ん張れ。

 俺は膝を曲げ、重心を低くして、棒を床に突き立てた。棒を杖にする。武器として振るうのは難しいが、支点にするなら使える。

 リュカが扉前で魔物を押し返す。斬らない。剣の腹で弾き、槍兵が石突きで押す。押すだけ。倒しきらない。時間を稼ぐ。

 フィーネが光の膜を張り、声の振動を少しでも鈍らせる。耳を塞いでいても、骨に響く振動は残る。膜で減らす。

 ミリアは床の黒い筋を見ていた。迷宮が新しい流路を作ろうとするなら、黒い筋の集束が変わる。それを見つければ、次の出口がわかる。

 ミリアが指を立てた。一本。次に、右へ。壁の別の場所。

「……第二の穴、作られます」ミリアが震える声で言った。「右の壁……結晶が……光ってる」

 セラが舌打ちした。「二つ目の出口を作る気か」

 俺は頷いた。「なら、先に潰す」

 セラは釘を握り、右壁へ投げた。釘が壁に刺さり、塩結晶の一部を砕く。結晶がひび割れ、光が弱まる。そこにフィーネが白い粉を投げ、反応を鈍らせる。

 迷宮が一瞬、迷った。

 その迷いの間に、セラが蝋を最後まで流し込む。吸い込み口が、完全に塞がった。

 ――止まった。

 水の流れが止まり、部屋の空気が少し軽くなる。重さが、ほんの少しだけ引いた。最大干渉が解除されたわけじゃない。でも増え続ける重さが止まった感覚。

 遠くで、霧柱の轟音が途切れた気がした。海の上の吐き出しが止まった。圧が落ちた。

 港町が救われる。

 それでも迷宮は死なない。学習する迷宮は、止められたことすら学習する。

 そして俺の視界の端に、また文字が浮かんだ。


《中心流路:遮断》

《外部霧柱:減衰》

《学習:勇者ユウの干渉手順 記録完了》

《次回対策:手順破壊/役割崩壊》


 記録完了。

 次回対策。

 胸の奥が冷えた。勝ったのに、勝ったほど次が厳しくなる。まるで勝利が餌だ。

 扉の外の魔物たちが、一斉に動きを止めた。糸が切れた人形みたいに。声も止んだ。口だけが開いたまま固まる。

 番兵が遠くで槍を立てる音も、止んだ。

 迷宮が、いったん休止した。

 フィーネが息を吐き、膝をついた。「……止まりました」

 リュカも肩で息をしながら頷く。「やった……」

 セラは蝋で汚れた手を拭いながら言った。「やった、って言っていいのは町に戻ってからだ。今は――」

 彼女が言いかけたとき、背後で、乾いた拍手が聞こえた。

 グレンだった。耳を塞ぐ必要がなくなったのを見計らったように、静かに拍手をしている。

「素晴らしい」感情のない声。「勇者一行の手順は、迷宮の学習を上回った。……記録します。上層部に提出し、次の迷宮で再現させる」

 セラの目が細くなる。「再現? 冗談じゃない。再現されたら迷宮も再現する。学習するって言ったろ」

「だからこそ、再現が必要です」グレンは淡々と言う。「迷宮の学習速度を測るには、同条件での再現が最も――」

 俺は遮った。

「現場は、消耗品じゃない」

 グレンが俺を見た。目が静かで、底が冷たい。

「勇者。あなたは資産です。資産は最適運用される」

 その言葉に、喉がきゅっと締まる。怒りじゃない。恐怖だ。人として扱われない恐怖。

 フィーネが一歩前に出た。「監察官。勇者様は人です。資産ではありません」

 グレンは視線をずらさない。「理念の話は不要です。国が飢えれば人は死ぬ。最適化は必要だ」

 セラが義足を鳴らし、低く言った。「最適化って言葉、便利だね。人を削るのに」

 リュカが剣の柄を握り、踏み出しかけた。

 俺は手で制した。ここで争うな。迷宮の中で内輪揉めをした瞬間、迷宮はそれを最適化して殺しに来る。

 俺は息を吸って吐いた。

「……戻る」

 全員が頷く。戻って、町を確認する。霧柱が弱まったか。人が助かったか。それが先だ。

 部屋を出ると、魔物の死体は残っていなかった。倒したわけじゃない。動力を止めただけ。迷宮の器官が止まったから、末端が休止しただけ。

 階段を上る途中、背後の壁がきしむ音がした。迷宮が再構成を始めている。塞いだ流路の周りで、別の黒い筋が脈打つ。次回対策がもう始まっている。

 港町レイナに戻ったとき、霧柱は確かに薄くなっていた。沖合の三本の柱は細くなり、脈打つ間隔も遅い。人々が港へ集まり、空を見上げている。歓声が上がり、泣く声が混じった。

「霧が……弱い! 消えるのか!?」

「漁に……出られる……!」

 隊長が駆け寄ってきた。目が赤い。

「勇者殿……本当に……!」

 フィーネが静かに頷く。「完全には消えていません。でも、いまは止まっています。この間に避難と備えを」

 隊長は何度も頷き、すぐ部下へ指示を飛ばした。

 俺は港の端で、沖合の霧柱を見つめた。

 勝った。止めた。救った。

 それでも、胸の奥の冷えは消えない。

 学習する迷宮。

 記録される勝利。

 最適化される人間。

 背後から、ミリアが小さな声で言った。

「勇者様……さっきの表示、また見えましたね」

 俺は一瞬だけ言葉に詰まり、曖昧に頷いた。

「……見えた」

「何と……?」

 俺は正直に全部は言えない。言えば彼女の目が変わる。仲間の目が変わる。守ろうとする目が、いつか死んでも大丈夫になるのが怖い。

 だから、言える範囲だけ。

「次は、手順を壊されるって」

 ミリアの顔が青ざめた。「手順……」

 フィーネが俺の隣に立ち、海を見ながら言った。

「なら、手順を一つにしない。私たちの勝ち方を、複数にしましょう」

 セラが腕を組み、鼻で笑った。

「学習の逆だね。こっちが揺れるなら、向こうは固定できない」

 リュカが拳を握る。「次も……勝つ」

 その言葉が眩しいほど真っ直ぐで、俺は一瞬だけ笑いそうになった。

 でも同時に、背筋が冷えた。

 グレンが港の向こうで、王都への使者に紙束を渡している。俺たちの記録。手順。合図。塩。蝋。全部。

 それを国が再現すれば、迷宮も再現する。

 勝ち方が広がれば、対策も広がる。

 学習が加速する。

 ――俺たちは、迷宮と国、両方に観測されている。

 そして最後に、視界の端に小さく文字が浮かんだ。


《上位迷宮:対象固定》

《次回:勇者の弱点最適化》


 弱点。

 俺は息を吸って吐いた。

 弱点は分かっている。死ぬたびに、俺は弱くなる。

 だから――次は、死なない。

 死なないまま、勝つ。

 港町の風が、塩の匂いを運んだ。救われた歓声の中で、その匂いだけが、やけに冷たく感じた。

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