表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第1章:最初がピークの勇者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/14

1:死に戻りの代償

1:死に戻りの代償


 光は、痛みより先に来た。

 目を開けた瞬間、まぶたの裏側まで白く焼けるようで、反射的に手で顔を覆った。指の隙間から見えたのは、高い天井――石造りの円形の広間。壁には紋章の旗が下がり、床の中央には、淡い青の魔法陣がまだ熱を持ってゆらゆらと揺れていた。

「……成功です。召喚、完了」

 落ち着いた男の声。手を下ろすと、正面にローブ姿の老人がいた。細い銀縁眼鏡の奥、疲れた目がこちらを確かめるように動く。左右には武装した兵士。さらにその後ろに、王冠を戴く壮年の男と、白いドレスを纏った女性――王と王妃だと、なぜか直感で分かった。

 直感。そう、直感。自分の頭の中に、説明のない前提が滑り込んでくる感覚があった。ここが王城で、今、何が起きたのかも。

 召喚――。

 現実感の薄い言葉が胸の内で弾ける。

「……ここ、どこですか」

 声が乾いていた。喉が砂紙みたいだ。王が一歩前に出る。威厳はあるのに、どこか必死さがにじんでいる。

「異世界より来たりし勇者よ。突然の召喚、許されたい。だが我らには時間がない」

 王は深く頭を下げた。王が頭を下げた瞬間、広間全体の空気が変わる。兵士たちが息を呑み、魔術師が顔をしかめ、王妃は唇を噛んだ。

「魔王の軍勢が北の結界を破り、各地に“迷宮”が出現した。迷宮は魔物を吐き出し、村を、街を、……国を食う。迷宮の核を破壊せねば、この国は滅びる」

 王の言葉は、重かった。けれど同時に、どこか台本のように整っている。現実とは思えない。

 ――これは、夢だ。

 そう思いかけたとき、頭の中に薄い板のようなものが浮かんだ。

《ステータス》

 視界の端に、淡い文字が並ぶ。

 名前:アサギリ・ユウ

 職業:勇者

 Lv:1

 筋力:12

 敏捷:14

 魔力:10

 耐久:11

 幸運:8

 スキル:

 【剣術】Lv1

 【直感】Lv1

 【死に戻り】Lv1

「……は?」

 声が漏れた。見間違いじゃない。確かに“死に戻り”と書かれている。

 王が目を細める。「勇者よ、何か見えたか?」

「……ステータス、みたいな……いや、えっと」

 説明しようとして言葉が詰まる。自分がゲームみたいな表示を見ているなんて、どう言えばいい? でもこの世界の人間は、それを当然のように受け入れるのかもしれない。

 魔術師が一歩進み、眉間に皺を寄せた。「勇者殿。あなたには《天啓》が与えられています。自身の能力を把握できます。もし“固有能力”があるなら、それも――」

「固有能力……」

 視界の文字をもう一度なぞる。死に戻り。冗談みたいな言葉。けれど同時に、背筋がぞくりと冷えた。

 死に戻り。つまり――死んだらやり直せる?

 王が言う。「勇者よ。どうか力を貸してほしい。迷宮の核を破壊し、この国を救ってくれ」

 広間の全員の視線が突き刺さる。断れる雰囲気じゃない。そもそも、ここがどこかも分からない。帰る方法もない。

「……分かりました。……やります」

 そう言った瞬間、胸の奥に小さな火が灯った気がした。怖い。けれど、やるしかない。自分の現実が、もうここにある。

 魔術師が安堵したように息を吐いた。「良い決断です。ではまず、基本の訓練を――」

 しかし王が手を上げて制した。「訓練は必要だ。だが最優先は迷宮の調査だ。北の関所近くに、最も新しい迷宮が現れた。規模は小さい。だが……」

 王妃が言葉を継ぐ。「小さい迷宮ほど、核に辿り着くまでの道が“ねじれて”います。犠牲が増える前に、どうか……」

 王妃の声が震えていた。必死なのは本物だ。作り物じゃない。夢じゃない。そう理解した瞬間、胃の奥がきゅっと縮む。

 *

 その日のうちに、俺は王城を出た。

 護衛として付けられたのは三人。槍を持った兵士二人と、若い騎士一人。騎士は背が高く、表情が硬い。

「リュカ・ヴァルド。王命により、貴殿を迷宮まで案内する。……命を預かる立場だ。軽率な行動は避けてくれ」

 言い方は冷たいのに、目は真剣だった。彼もまた、何かを背負っている。

 馬車に揺られながら、俺は自分のステータスを何度も見た。スキルはたった三つ。剣術、直感、死に戻り。

 剣術は分かる。直感も、なんとなく。問題は死に戻りだ。

 ――本当に死んだら戻るのか?

 試す勇気はない。けれど、もしそれが本当なら……少しだけ、救いになる。失敗してもやり直せる。迷宮の攻略には、情報が必要だ。死に戻りがあれば、情報を集めながら進める。

 そう考えた瞬間、胸の奥が軽くなる。

 でも、同時に、背中に冷たい手が触れたみたいに不安が増した。

 死に戻りなんて、都合が良すぎる。

 何か代償があるはずだ。

 関所の町に着いたのは夕方だった。木の柵に囲まれた小さな町。人々の顔は疲れ、目は暗い。遠くには、黒い霧の柱が立っている。森の奥――あそこが迷宮なのだろう。

「見えるだろう。あれが“口”だ」

 リュカが言った。霧は一定のリズムで脈打っているように見えた。呼吸している。生き物みたいだ。

 町の宿に泊まり、簡単な説明を受けた。

 迷宮は突然現れる。中は現実と違う構造をしていて、入った者は空間の“ねじれ”に飲み込まれる。核に辿り着けば破壊できるが、そこまでが難しい。出てこれない者が多い。何より、迷宮は時間とともに成長し、吐き出す魔物が増える。

 ――つまり、早く潰さないと詰む。

 その夜、俺は眠れなかった。布団の中で何度も天井を見上げ、心臓の音を数えた。

 死ぬかもしれない。

 明日、迷宮に入ったら。

 剣術Lv1の素人が、魔物相手に?

 そんな俺に、死に戻り。まるで救済みたいな能力。だがその“救済”があるからこそ、余計に怖い。最悪、何度でも死ねる。――いや、違う。

 何度でも死ぬ可能性がある。

 *

 迷宮の入口は、森の中にぽっかりと口を開けていた。

 黒い石でできたアーチ。内側は闇で、覗き込むと視界が引きずり込まれそうだった。空気が冷たい。周囲の木々は枯れていて、鳥の声がしない。虫すらいない。

「ここから先は俺が先導する。……勇者、後ろに下がれ」

 リュカが剣を抜いた。兵士たちも槍を構える。

「いや、俺も――」

「死んだら元も子もない」

 リュカの言葉は正しい。正しいけれど、腹の底がざわつく。勇者と呼ばれたのに、後ろにいるだけでいいのか?

 でも、現実は現実だ。俺は剣を握ったことすらほとんどない。背中の剣がやけに重い。

 黒いアーチをくぐると、世界が一瞬で変わった。

 湿った石の匂い。狭い通路。壁には苔。足元には水たまり。天井からぽたぽたと水滴が落ちる音だけが響く。

「迷宮内は声が反響する。無駄口は控えろ」

 リュカが小声で言う。俺は頷いた。

 通路を曲がった先で、最初の魔物に出会った。

 犬ほどの大きさの、黒い毛皮。目が赤い。口からは涎が垂れていて、牙が光っている。狼――いや、狼に似た何か。足音を立てずに近づき、こちらを見た瞬間、低く唸った。

 兵士が槍を突き出す。「来るぞ!」

 魔物は跳んだ。

 速い。俺が反応する前に、兵士の肩に噛みつき、肉を裂いた。悲鳴。血の匂いが一気に広がる。

「退け!」

 リュカが斬りつけ、魔物の腹を裂いた。黒い血が飛ぶ。魔物はひっくり返って暴れ、兵士が槍で突き刺し、ようやく動かなくなった。

 俺は、動けなかった。

 喉が詰まり、息が浅くなる。足が震える。目の前の血。呻き声。これが現実だという事実が、脳の奥を殴ってくる。

「勇者!」

 リュカの声で我に返った。別の影が、奥から現れる。二匹目。三匹目。

「多い……!」

 兵士が呻く。傷を負った兵士は片腕が動かず、槍を持てない。

 リュカが前に出る。「勇者、後退しろ! 壁沿いに――」

 その瞬間、足元の水たまりが、ぐにゃりと歪んだ。

 違和感。直感スキルが、喉元で鳴る。

 ――罠だ。

 そう思ったときには遅かった。床が沈み、足が取られ、体が前に倒れ込む。重力が一瞬で向きを変えたように、身体が“落ちた”。

「うわっ――!」

 暗い穴。底が見えない。手を伸ばしても、壁はぬるぬるして掴めない。

 落下。

 冷たい風が耳を裂く。

 そして――

 衝撃。

 全身が一つの塊になって砕ける感覚。肺の空気が一気に吐き出され、視界が白くなる。

 痛みが、遅れてやってきた。

 叫び声が出ない。口を開けても、息が吸えない。骨が折れている。いや、骨というより、身体の構造そのものが壊れた。

 暗闇の中で、心臓の鼓動だけが大きく響く。

 ――死ぬ。

 その瞬間、視界の端に、淡い文字が浮かんだ。

《死に戻り:発動》

 白い光が、闇を塗りつぶす。

 そして。

 *

 眩しい。

 広間。魔法陣。旗。王冠。ローブの老人。

 さっきと同じ光景。

 俺は膝から崩れ落ち、床に手をついた。冷たい石の感触。胃の中がひっくり返り、吐き気が込み上げる。

「……成功です。召喚、完了」

 同じ台詞。

 違うのは、俺の呼吸が乱れ、汗で背中がびしょびしょだということだけ。

「う、うそだろ……」

 夢じゃない。あの落下の痛みは本物だった。死んだ。確実に死んだ。

 ――そして戻った。

 喉を鳴らし、必死にステータスを開く。

《ステータス》

 名前:アサギリ・ユウ

 職業:勇者

 Lv:1

 筋力:12

 敏捷:14

 魔力:10

 耐久:11

 幸運:8

 スキル:

 【剣術】Lv1

 【直感】Lv1

 【死に戻り】Lv1

 ……変わっていない?

 肩で息をしながら、俺は文字を凝視する。どこも減っていない。代償はないのか。じゃあ本当に救済――

 そう思いかけたとき、スキル欄の下に、見落としていた小さな文字が浮かび上がった。

《補足:死に戻りの対価》

《死亡回数に応じて、スキル効果が減衰します》

《減衰対象:ランダム》

 ランダム――?

 心臓が嫌な音を立てた。次の瞬間、スキルの表示が、一つだけ変化する。

 【直感】Lv1 → Lv0

「……は?」

 声が震えた。直感が、ゼロ。ゼロって何だ。消えたのか。弱体化って、こういう――

 広間の空気が変わる。王が口を開こうとしている。魔術師が説明を始めようとしている。すべてが“最初のループ”と同じように進んでいく。

 でも俺はもう知っている。

 迷宮の入口。水たまりの罠。落下。死。

 そして、死に戻りは――回数を重ねるほど、俺から何かを奪う。

 最初がピーク。

 やり直しは救いじゃない。回数制限つきの地獄だ。

 俺はゆっくりと息を吸い、唾を飲み込んだ。

 ――次は、死ねない。

 王が頭を下げる。「勇者よ。どうか力を貸してほしい」

 俺は顔を上げる。

 震えを押し殺し、笑う練習すら忘れたまま、答えた。

「……分かりました。やります」

 ただし、今度は“戦って強くなる”つもりはない。

 生き残るために、勝つために、最初からやり方を変える。

 まずは情報だ。迷宮に入る前に、罠の存在を証明し、仲間の動きを変える。できるだけ死なずに、最短で核へ辿り着く道を作る。

 俺はステータスを閉じ、心の中で自分に言い聞かせた。

 ――これは一周目じゃない。

 ――そして、二周目はもう、始まっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ