話の腰を折ってばかりいるから、本当に腰が折れてしまうはめになるのね
「リーチェ、なんだその言い草は! ええい、お前なんかとは結婚できない! 婚約を破棄する!」
こうして私、リーチェ・ルレーテは、婚約者であったイドゥス・フォンドから婚約破棄を言い渡された。
ショックはなかった。それどころか安堵さえしていた。
なぜなら――
イドゥスとの婚約が決まったのは半年前。
お互いに伯爵家であり、格も釣り合う順当な政略結婚。
婚約者であるイドゥスは艶やかな黒髪を真ん中で分けたハンサムな男で、第一印象はよかった。
だけど、彼にはとんでもない悪癖があった。
私がある本を読んで面白かったので、イドゥスにも勧めてみようとする。
「この本、面白かったのよ。服の仕立屋さんが事件を解決するっていう筋書きで……」
「ああ、そうそう。服といえば、このスーツは新調したばかりなんだ。どうだ? 似合ってるか?」
「え、ええ、似合ってるわ」
「だろ! これ高かったんだ。だけど、俺のポケットマネーをもってすれば……」
あとはずっと彼の話を聞くだけだった。
他にも――
「幼い頃、両親にフィオレ地方の花畑に連れていってもらったことがあるのだけど、とても綺麗だったわ」
「俺もこの間、ポエムコンテストで審査員特別賞を貰っちゃってさ。たくさんの花束を受け取ったよ」
「まあ、すごい!」
この後は延々とポエム自慢が始まる。
ちなみに審査員特別賞は、実質「あなたは貴族だから賞をあげます」ぐらいの価値しかない。もちろん、当の本人はそんなこと察しすらしていない。
イドゥスはとにかく人の話の腰を折る男だった。
私が話をすると、すぐその話をさえぎり、自分の話を始めてしまう。
しかも、これが私に対してだけであれば可愛いものだが――
「この間ワインを飲んだら……」
「ワインといえば、赤ワインと白ワインの違いを教えてやるよ」
「気晴らしに森へ行ったら、たくさんの草木はもちろん、キノコも生えてて……植物ってのは見ていて癒されるよ」
「おい、キノコは植物じゃないぞ。これ結構勘違いしてる奴多いんだよな」
「近頃、胃の調子が悪くて……」
「どうせろくなもの食べてないからだろ。そういや俺はこの間、牛のフィレステーキを……」
誰に対しても話の腰を折ろうとする。
せっかちさと自己顕示欲を非常識なレベルで兼ね備えている。
本人的には自分のトークが冴え渡っていると思い込んでいるから始末に負えない。
このままではイドゥスのためにもならないと感じ、私は忠告することにした。
「あなたは人の話の腰を折りすぎなのよ。もっときちんと話を聞いた方が……」
「は? 誰が話を聞いてないんだ!」
「ほら、そういうところよ」
「俺はいつだって話を聞いている! ただの被害妄想だろ!」
「なにを言っているの……? あなたはすぐ人の話をさえぎって――」
「被害妄想ってのは手に負えないよな。自分の中だけでどんどん怒りを増幅させていく。完全に病気だ、病気」
こうなると、私もそれなりに気は強いから、強めに言い返してしまう。
結果――婚約を破棄される。
家のことを考えると申し訳なさもある。だけど解放感の方が遥かに大きかった。
結婚して毎日のように話の腰を折られ、彼の自己顕示トークを聞かされていたことを考えるとぞっとする。
とはいえ、婚約を破棄されるというのは社交において大きなマイナスになる。
ただでさえ“新品”ではなくなる上に、私にも何らかの落ち度があったのだろうと邪推され、その後結婚相手を探すことは非常に難しくなる。
しかも、イドゥスは私について「ひどい女だった」と言い広めたから、状況はさらに悪くなった。
しかし、私も転んでタダで起きるつもりはない。思い切ってイメチェンを決行した。
まだ10代ではあるけど、黒のしっとりとしたドレスを着用し、化粧も派手さを抑えたものへと変えた。髪もこれまでは結んでいなかったけど、シニヨンにまとめる。
自分は婚約経験がある大人だと、腰を据えることに決めたのだ。
この変化が功を奏し、私は再び社交界に返り咲くことができた。
***
公爵家の令息クウェン・サミアス様と出会えたのは、あるお屋敷での夜会でのこと。
落ち着いた明るさの金髪、淡褐色の瞳を持ち、紺色のジュストコールがよく似合う方だった。
イメチェンをした私を一目で気に入ったらしく、話しかけられ、会話も弾んだ。
私としても格のある人と出会えた嬉しさよりも、相性のいい人と出会えた喜びの方が勝っていた。
クウェン様は一言で言うと――“聞き上手”だった。
相槌が丁寧で、話に割り込むことはなく、なおかつ自分の話題も交え、軽妙な返しをしてくれる。たとえるなら、弾力と柔らかさを兼ね備えた、最高品質のクッション。砂利が詰まったクッションのような、どこかの誰かとは大違いだ。
元々おしゃべりな方でもない私が、クウェン様といるとついつい話し込んでしまう。
そのことを恥じると――
「ごめんなさい、私ばかり喋ってしまって……」
「いやいや、私は人の話を聞くのが好きでね。特に君は声も美しくて、いつまでも聞いていたくなるよ」
これに私は思わずこう言った。
「聞くだけでなく、口説きも上手なんですね」
すると――
「え、あ、いや……決して口説くつもりでは……あくまで本心で……」
咳き込んでしまう。
上級貴族らしい、生真面目なところが可愛らしかった。
当然、私が以前婚約を破棄されたことも話題になる。
決して楽しいとはいえない人生相談みたいな私の話を、クウェン様は殆ど口を挟まず穏やかな表情で聞いてくれた。
「……なるほど、それは酷い目にあったね」
「……はい」
「だが、おかげで私は君と知り合えた。私は君が『あの時婚約を破棄されてよかった』と思えるくらい幸せにすることを約束するよ」
「ありがとうございます」
心に染み渡るような嬉しい言葉だった。
でも――
「でも、その約束はもう必要ありませんね」
「え、それはどういう――」
「だって、私はもう『あの時婚約を破棄されてよかった』と思えるくらい幸せですから」
「あ……そ、それはよかった」
顔を赤らめるクウェン様を見ると、こういったところまで含めて聞き上手だと思ってしまう。
私は婚約破棄をされて、順調に幸せな人生を歩んでいた。
***
私たちは二人である祝賀会に出席した。
悪名高き盗賊団の壊滅に尽力し、陛下から直接勲章を賜った騎士を祝う会だ。大柄で、見るからに覇気がみなぎる豪傑だった。
祝賀会には、イドゥスも出席していた。
彼の姿を確認した私は、不安を抱いた。
今さら彼が怖いとかそういうことじゃない。このめでたい場で、あの男が何かをしでかすんじゃないかという不安だった。
すると、イドゥスと目が合った。向こうから近づいてくる。
「リーチェ、久しぶりだな」
「ええ、一年ぶりぐらいかしら」
「ずいぶん雰囲気が変わったじゃないか」
「まあね。ちょっとイメチェンしてみたの」
「素直に言えよ。俺に婚約破棄されたから、イメチェンせざるを得なかったって」
イドゥスがニヤリとする。
私はさしてダメージは受けていなかったけど、近くにいたクウェン様が歩み寄ってきた。
「君がかつてリーチェと婚約していたというイドゥス殿か」
「……!」
クウェン様の姿を見て、イドゥスの顔が強張る。さすがに顔は知っていたようだ。
「まさか、リーチェと交際しておられるのですか?」
「ああ、そうだ」
「俺に捨てられた程度の女を拾うなんて、名門サミアス家の名が泣きますな」
格上の貴族に対しても、相変わらずのイドゥス節が炸裂する。
だが――
「ああ、泣いているとも。喜びの涙でね。近いうちに婚姻を結ぶことになるだろうが、ぜひその席には君も招待したい」
「ぐっ……!」
聞き上手で口説き上手でもあるクウェン様は、言い返し上手でもあった。イドゥスはぐうの音も出ない。
私もつい笑ってしまう。
「く、くそっ!」
イドゥスは逃げるように立ち去った。
今さら彼に対する恨みのようなものは殆どなかったが、少し胸がすっとしたのは事実だった。
クウェン様は今の出来事などなかったかのように、私をエスコートしてくれる。
「さて、騎士殿が色々話してくれるらしい。聞きに行こうか」
「ええ」
大勢の賓客に囲まれ、今日の主役である騎士様が武勇伝を語っている。
「私の剣はこれなのですが……」
非常に大きな剣だ。
剣というより、鉄の柱という印象を受けてしまう。
床に置かれると、一般的な剣の倍ぐらいの長さはありそうだった。
「すごい大きさですね」私がクウェン様に言う。
「うん、あれを片手で振り回すというのだから、彼の腕力は神話に登場する勇者たちにも匹敵するよ」
私たちが騎士様の話を楽しんでいると、またしてもあの男が登場する。
「あーはいはい、だいたい話は分かるよ」
イドゥスが場に割り込んだ。
信じられない。まさかこんなところでも話の腰を折ろうとするなんて。
「この後はどうせこの剣をブンブン振り回して、盗賊を倒しましたみたいな武勇伝が始まるんだろ?」
イドゥスは剣を持ち上げようとする。
その後、自分にも剣の心得がある、という話でもしようというのだろう。
「あっ、危ないですよ!」
「ふんっ!」
騎士様が止めたにもかかわらず、イドゥスは剣を持ち上げた。
いや、正確には持ち上げられなかった。
「がっ……!」
野太い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
重い物を持とうとして生じる――典型的なギックリ腰だ。
はっきりとゴキッという音がしたから、骨が砕けているかもしれない。
イドゥスはうずくまったまま動けない。
すぐに会場にいた使用人たちが駆け寄る。
うめき声を漏らしながら、イドゥスは担架で運ばれていく。
「なんだったんだ、彼は?」
「さあ……」
「せっかくの祝賀会が台無しだわ」
周囲もイドゥスを心配するどころか、呆れていた。
怪我人は出たが、祝賀会は予定通り進められ、無事閉会した。明らかにイドゥスの出しゃばりによる自滅だったので、当然の対応といえる。
騎士様がきちんと祝福されて本当によかったわ。
これは少し後の話になるけど、イドゥスは元通り歩けるようにはならなかった。
これでは貴族の激務を継ぐのは不可能と、田舎で静養という名目で厄介払いをされることになった。
話の腰を折ってばかりいるから、本当に腰が折れてしまうはめになってしまったわね。
――この祝賀会から程なくして、私とクウェン様は婚約し、無事婚姻を結ぶ。
「これからも君の話を聞いていたい」
婚約を申し込まれた時のこの言葉が嬉しかった。
サミアス家に嫁いだ私は、今日もクウェン様とおしゃべりする。
邸宅の花壇に咲き誇る花々を見て――
「お花が綺麗な季節になったわね」
「うん、この時期は庭を見るのが楽しいよ。しかも今は、君という花までいてくれる」
「クウェン様ったら……」
しばらく夫婦でお花の話に花が咲き――
「そういえば君はフィオレ地方にある花畑に行ったことがあると言っていたね」
「ええ、子供の頃に……」
前に雑談の中で一度言っただけなのに、クウェン様はこういった細かいエピソードもしっかり覚えていて、会話に組み込んでくれる。
「もう少し頑張れば仕事も落ち着く。今度、一緒にその花畑に行かないか?」
「ええ、行きましょう。嬉しいわ、クウェン様」
毎日が楽しくて、心は幸福で満ちている。
私はようやく腰を落ち着ける場所を見つけることができた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




