表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

5.いずれ就く“死の玉座”/婚約式2日前

 死神の手を逃れ、ついにたどり着いたのは――光を吸収する『冥府の扉』。

 黒い木々に囲まれた扉が、空間を切り取るかのようにそびえている。


「……歩けるか?」


 ウルは何事もなかったかのように、私を大鴉の上から降ろすと。無言のまま、枯れた小道を歩きはじめた。


(身体、冷たくなっていく……)


 さっきまで、ウルが抱きしめてくれていたのが嘘みたいだ。あれは落ちないよう、ただ支えていただけだったのだろうか。


 広い背中に手を伸ばしかけて――引っ込めた。

 今、聞くことではない。


「……ねぇ。ウルって、死神様と知り合いだったの?」


 土を擦って歩いていた靴が、ふと止まった。

 でも、ウルの返事は「まさか」だけ。


「それと、昼のカボチャ畑のランタンだけど」

「……またその話か」


 今度は、苛立つような声が返ってきた。

 身体が縮こまる――それでも、このままにはしておけない。


 震える足を踏み出し、ウルの前に回り込むと。

 寄せられた眉根の端に、黒い火の粉が弾けた。


「しっ……死神様が言ってたの。ランタンもヴェールも、偶然じゃない」


 誰かが私を殺そうとしている――。


 確信はない。それでも、芯を込めた声で言い切ると。


「誰かが、お前を……?」


 目の前のウルが、何重にもブレるみたいに。ゆらりと黒煙が立ち昇った。


「……お前を死なせはしない」


 ウルの感情と呼応して、彼の魔力が滲み出ている。噴火直前の火山のように、静かに。

 でもそれ以上に怖いのは、彼の暗く燃える瞳の奥にある、見えない感情――瞬きもせずに、私を捉えている。


 息を呑み、思わず一歩下がった。


「余計な心配をするな」

「あっ……」


 なにかが変だ。

 でも、その違和感は曖昧なまま。

 ウルの態度なのか、私の周りに起こっていることなのか――ただ、これ以上は踏み込めない。


 ウルは、畑でも劇場でも私を守ってくれた。


 今はウルを信じよう――。


「……行くぞ」


 相変わらず先を歩くウルに続き、石造りの階段へ足をかけた。扉の前にある祭壇の中心には、黄昏の玉座が佇んでいる――扉と同じ、異様な黒が風景に張りついたようなイスだ。

 巨大な漆黒の扉。枯れた森。そして森の中にある、鐘楼付きの小さな小屋。


 ぜんぶ不気味で、色がない。


「……ねぇ、知ってる? ここには『冥府の夜』のちょっと前に、紅色の綺麗な花が咲くんだけど」


 前にも2人でここへ来たことがあるけれど、ウルは覚えていないかもしれない。

 期待しないで声をかけると。


「死人花か?」


『冥府の夜』の時期までには、すべて枯れてしまう――そう言って、ウルは半身だけ振り返った。


(なんだ、覚えてたんだ……)


「……そう。だから、少し貴重な花なの」


 今は扉の前に、半透明の小さな花がたくさん咲いている。その周りには、月光を浴びる蛾が群がっていた。


「でも、不思議なんだけどね」


 最近、毎夜窓辺に花を届けてくれる人がいる。それも、ひと月前に枯れたはずの死人花が、今も新鮮な状態で届けられている――。


「私ね、その人が婚約者なんじゃないかって思ってるの」

「……!」


 一瞬、ウルの目が開いた。それでも彼は、まるで「自分ではない」と言うかのように視線を逸らした。


(でも、もしかしたら……)


「ウル、じゃないよね……?」


 期待と不安を込めて、無理やり口角を上げると。

 ウルは唇を引き結び、半透明の花に視線を落とした。


「……俺は」


 いくら言葉を待っても、無音、無風の地に変化はやってこない。

 ウルは、目を逸らしたままだ。


 たぶん、あれは否定――。


「……そっか。別にいいの! ちょっとだけ、もしかしてって思っただけ」


 気を紛らわせるように、“黄昏の玉座”へ足を近づけた。


 ここへ来るのは6年ぶり――。


 この一帯は崖に囲まれていて、ウルの使い魔の大鴉でもないと近づけない。

 ここから、ずっと遠くに見えるランタンの明かりを眺めていると。ふと、その時のことがよみがえった。


 ママが亡くなった年の『冥府の夜』。私が自分だけでママの魂を迎えに行きたくて、『冥府の扉』前へ行きたいとウルに無茶を言った。


 その時、私は――この崖から落ちそうになったのだ。


 パパたちにバレても、私は怒られなかったのに。王家を守る「番人」の息子で、番人を継いで1年目だったウルは、彼のパパにひどく叱られていた。

 番人の資格剥奪までは、パパが説得してくれたおかげでされずに済んだけれど――。


 あれから、ウルは私に冷たくなった気がする。


 はじめは、大人になるにつれて、自然と関係が遠ざかっていっただけかと思ったけれど。

 きっと、そうじゃない。

 合わない視線、後ろめたいような声。

 それを目の当たりにする度、ウルが遠く感じる。


「ん……?」


 今、そびえる扉の輪郭が歪んだ気がした。


 まさか、そんなはずがない――。

 この扉は滅多に開かないのだから。


「……そうだ。今はママを迎えに行かないと」


 冥府の扉前に佇む、黄昏の玉座。

 まるで「この世の物質ではない」というかのように、すべすべで柔らかい、謎の闇でできているイスだ。


「……あれ?」


 玉座の前に立った瞬間、かすかな風を感じた気がした。

 やっぱり、扉の方から吹いた気がしたけれど――何事もない。


(また、気のせい……?)


 少し粘着感のある肘掛けを掴み、闇色の玉座へ、おそるおそる腰掛けてみた。


「なぜ、今座る……?」


 ランタンを提げたウルが、眉根を寄せたまま尋ねてくる。

 

 不満げな顔に対し、目蓋を閉じて、深く息を吸った。


「これは、いつか私が就く玉座だから」


 覚悟を決めておきたい――。


 女王として君臨する、その日のために。


 胸の前で手を組み、前女王――ママの姿を思い描いた、その時。


『オ前ハマダ、満タシテイナイ』


 熱を削ぎ落とした声が、頭の中に響いた。


「……初代、女王様?」


 頭ではないどこかで、声の主を確信した。


 満たしていない――その意味も、何となく分かってしまう。冥府の女王の資格を得るには、“次代の女王を産まなければならない”ということだと。


「女王様、違うの! 今夜はただ、ママを迎えにきただけ」


 すぐに玉座から立ち上がれば、私の中へ巡っていた「何か」が抜け落ちていく感じがした。

 ほぼ同時に、玉座の中から、銀色に輝く蛾が現れる――祭壇を覆う透明な花に群がっているものよりずっと神々しい。


『ああ、もう、そんな時期か』


 水の中で聞くような声。

 でも、すぐに分かった――ママだ。


 玉座に刻まれた、歴代女王の魂。

 私の想いに応えて、出てきてくれた。


『今年はお前が迎えに来てくれたのだな』

「うん……お城に帰ろう、ママ」


 月光を浴びて羽ばたく蛾が、ウルの灯すランタンへ入り込んでいく。

 これを連れ帰るのが、“魂迎え”。

 今度は1週間後、また送りにいく。それが“魂送り”。


 年に一度だけは、こうして死んだ人に会える。

 だから、誰も寂しいなんて言わないのに――。


「……行くか?」


 ずっと不機嫌そうだったウルが、玉座から離れた私を見て、頬を緩めた気がした。


(今、笑った……?)

 

 何年ぶりに見たか分からない表情。

 でも。すぐにこちらへ背を向け、彼は歩き出した。ママの魂が揺れるランタンを、慎重に抱えながら。


「……あれ?」


 石を引っ掻くような音――それに気づいた瞬間、私が背後を確認するより先に、ウルがこちらを振り返った。


「姫……!」


 耳元に響く、獣の唸り声。


「……っ!?」

「『業を絶て……!』」


 背後から迫る、命を脅かす“何か”の吐息。

 ウルの身体に揺れる黒煙。

 目の前に振りかざされる、大剣。


 すべてがゆっくりに感じる――そんな中。確かな手に、引き寄せられた。


 ウルの背後から、扉の方を覗くと。さっきまで私が立っていたところには、黒い残像がある。

 そして『冥府の扉』からは――次々と、獣の形をした黒い影があふれていた。


「魔獣!?」

「……おかしい。『冥府の夜』だとしても、ここまでの数は……」


 半分しか実体のない影を、ウルの手を離れた大剣が斬りつける。

 黒い炎に煽られ、踊るように舞う剣に見惚れる間にも、腕にランタンを押し付けられた。


「向こうの小屋まで走れ……早く!」


(そうだ、ここに居たらウルの邪魔になる……)


「……気をつけてね」


 ウルは「ああ」、と呟いた瞬間。

 目では追いきれない数の影に向かい合った。


 ウルは絶対に大丈夫――問題は私だ。


 全力疾走なんて、もう何年もしていない。

 それでも。枯れ木の森に佇む鐘楼小屋を目指して、一心に走り続けた。


 ランタンの中で光る銀色の蛾が、森の闇を祓うように照らしてくれる。その光に導かれるまま走ると――褪せた群青色の屋根が見えてきた。


「……あれ?」


 以前見た時より、建物が古くなっている気がする。壁の白い塗装はくすんで、正面扉の上には蜘蛛の巣が重なり合うように作られていた。


 もう6年も前に見たから、忘れているだけかな――。


 速度を落とし、薄ら砂のついた扉に手をかける。

 隙間の空いた扉の中からは、ゾクっとするような冷気が漏れていた。


「……大丈夫、だよね」


 ここは扉を訪れた王家の休憩所みたいな場所だと、パパから聞いたことがある。

 それに扉を守る女王の結界も、この小屋まで届いているはず。


「お邪魔します……」


 力の入らない腕で、何とか重い扉を押すと。

 月明かりの差し込む、紫のステンドグラスに迎え入れられた。


 立ち並ぶベンチ、それに演台――まるで教会だ。

 誰もいないけれど。


 でも、不思議――中に入るのは初めてなのに、どこか懐かしい気がする。それに魔法の力が働いているのか、外から見るよりずっと広い。


「ふぅ……とりあえず、ここは安全そう」


 妖しい光に照らされたベンチに腰を落とし、一息つくことにした。


 それにしても、何が起こったのか。

『冥府の夜』の最中に、扉が開きかけることはある。でも、どうしてあんなに多くの魔獣が――?


『……』


 手元のランタンに問いかけても、ママは答えてくれない。

 ランタンに入っている時は、眠っているようだった――死者が眠るのかは分からないが。


 気を抜いたら、このまま私も眠ってしまいそう。

 姫が全力で走ることなんて、一生に一度、あるかないかの事態だ。


「でも、ダメ……」


 私を逃してくれたウルが、今も戦っているのに――。


 頬を軽く叩き、眠気を覚ましていると。


「今……」


 どこからか、声がした。


 リリン――私の名を呼ぶ、はっきりとした囁き。

 演台の奥にある扉の方から。

 扉には、『懺悔室』の札が下がっている。


 あの奥に、誰かがいる気がする。

 怖さよりも不思議な懐かしさから、私は立ち上がっていた――。


「誰か、いますか……?」


 奥へ続く扉に、手をかけた瞬間。


「んん、これは珍しい! こんな夜更けにお客様ですか?」


 背後からの高い声に、思わず飛び上がってしまった。


「ひっ……!」


 扉の取っ手から手を離し、振り返ると――。

 シスターの格好をした若い女性が、こちらを見上げていた。

 燃えるような赤髪の上から、黒のベールを被っている。


「あなたは……」


(どこかで会ったことがあるような……)


 いや、そもそも。

 この空間には私しかいなかったはずなのに――この人は、どこから現れたのだろうか。


「すでに一杯飲んだ後ですが、よろしければ」


 お話をお聞きしましょう――微笑む女性の肩には、月粉をまとう蛾が羽ばたいていた。

突然現れた、謎の酔いどれシスター……。

彼女はすでに登場しているのですが、あなたは誰だと思いますか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ