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3.公演『黄昏の玉座』

「どうか姫様に、“初代女王役”をお務めいただきたいのです!」


 初代女王――私のご先祖様にして、ヴィリデス王国を建国した女性。


「役の女優が、急な病で出られなくなりまして……」


 劇団長は、「無理を承知のうえで」と頭を下げた。


 無料公演とはいえ、一夜限りの舞台を楽しみにしている人も多い。そこで、私に代役を頼みたいという。


「私は……」


 ダンスは必須教養として習ったが、お芝居をしたことはない。

 私に、代役が務まるのだろうか――。


「初代女王の役は、玉座に座っている場面が多いのです!」


 セリフはほぼナレーションが話すという。さらに簡単な指示だけ、その場で他の役者が伝えると。


「ですが。いくら親しみやすい姫とはいえ、そんなことを頼むのはいかがなものでしょうか……?」


 私を隠すように前へ出たウルは、団長を鋭く睨みつけた。

「そもそも、コイツは劇なんかやったことない」と、不満げに呟いている。


(最初からできないと思われてるのも、腹が立つな……)


 初代女王役は、たとえお芝居でも荷が重いけれど――。

 

「私、やってみたい」


 いずれ本物に座る前の練習だ、と割り切ればいい。

 それに、ウルは昔から、何でも「危険だ」と止める傾向があった。見返してやりたいという気持ちもある。


「おおっ! なんとありがたいことでしょう! では、さっそく……」


 VIP席の観劇から一変、まさか舞台裏の化粧室へ向かうことになるとは思わなかったけれど――初代女王の衣装に身を包むと、胸が高鳴った。


「ねぇウル、見て!」


 ふだん着るものや、舞踏会の時のドレスとも違う。舞台映えを意識した、袖や裾が長い衣装だ。

 袖を浮かせるように回って見せたが、ウルは相変わらずの仏頂面。


「……ああ」


 ああ、とは何なのか。

 やっぱりウルは、私に興味なんてないみたいだ――反応なんて、返ってこないと思っていたのに。

 勝手に傷ついている自分がいる。


「番人様! どうぞ舞台袖ではなく、元のお席で姫様の麗しいお姿をご覧になっては?」

「……結構です。俺はこの演目が好きではない」


 ウルは一番近いところで、私の様子を見るという。

 護衛としての判断なんだろうけれど――ウルの表情は、どこか寂しそうだ。


(そういえば、ウルは今夜の演目知ってたんだ……?)


 そろそろ開演だと、団長が役者たちに声をかけた。

 出番を待つ役者たちは、代役の私の存在にソワソワしているみたいだ。


「本物の姫様と共演できるなんて、すごい経験よね」

「よろしくお願いします! 姫さまっ」


 取り留めのない挨拶を交わす間に、チラッと横を見た。

 ウルと話していた女優は、私を見てただ微笑んでいる。


 『ご来場の皆々様、非常にお待たせいたしました! 本日の演目――「黄昏の誓約」、幕開けでございます』


 いよいよ始まる。

「黄昏の国」が守る“冥府の扉”の、はじまりの物語が。


「ほら、神様ふたり出て!」


 団長の合図でステージへ飛び出したのは、顔を布で覆った二柱の神。

 黒と白の薄衣をひらめかせながら、「どちらが上になるか下になるか」で取っ組み合いの喧嘩をしている。


「えっ……? 『創世記』って、こんな話だっけ?」


 文献で読んだものと、だいぶ違う気がする。


「姫様、あれは脚色。ほんとは神様がどうしてたかなんて、誰も知らないでしょ」

「それは……そうですが」


 解説してくれたのは、例の女性だった。

 本当は、彼女にウルのことを訊きたいけれど――今は劇に集中しないと。

 

『取っ組み合いの末、倒れた神々の間に大地が広がりました』


 上になった神の口から人が生まれ、人は中間の大地で暮らす。死んだ人は、下になった神の口から出ていく――“命の輪”の話は、ちゃんと史実に沿っていた。

 私が、()()()から直々に教えられた通りだ。


『その口こそが、現在の「天界の扉」と「冥府の扉」』


 生者が訪れ、死者が去る扉――死を司る『冥府の扉』こそが、私たち王家の守るもの。


 ステージにそびえる黒の扉は、本物よりもずっと小さく軽そうに見える。それでも、あの扉を見る度、胸の奥が重くなる――。


 ふと、背後のウルを振り返ると。

 ウルの暗い碧眼は、ステージではなく私の背中を見つめていた。


「……なんだ」

「えっ! う、ううん」


 驚いた――まさか、見られているとは思わなかった。それも、肌をなぞるようにじっくりと。


(護衛対象だから、じっと見てるんだよね……)


 かすかに鳴る胸の音を訊きながら、ステージに向き直ると。


「そろそろ出番ですよ」


 劇場前で、ウルに声をかけていた黒髪の女性に、そっと背中を押された。


『店に来た人だろ?』

『アンタが話してた女の子って……』


 女性たちがウルにかけていた声が、頭の中で反響した。

 やっぱり、気になる――。


「あの。私の連れとは、いったいどこでお知り合いに……?」


 今は劇のことを考えたいのに、勝手に口が喋ってきた。


「ええと……」


 ウルを横目で見ると、女性は真っ赤な唇を吊り上げた。

 嫌な感じはしない。でも、何かを楽しんでいるように微笑みながら、彼女は「ヒミツ」と囁く。


「今はステージへ向かってくださいね」

「あっ……!」


 今度は強めに背中を押され、ステージの端へ出てしまった。熱を放つスポットライトが、肌を炙るように照らす。


 無数の視線を浴びる身体が、固まっていく――。


「えっ、あれ姫様じゃない……?」

「まさかぁ! 姫様と似た役者だろ?」


 お願いだから、そのまま勘違いしていてほしい――。


 振り返れば、ウルがこちらをじっと見ている。

 やっぱりお前には無理だ、とでも言いたげに。


(ぜったい、ウルを見返してやる……!)


 緊張で震える手を前へ出し、こっそり私を誘導する団長の方へ向かった。

 ステージの中央にそびえる、冥府の扉。

 その前に佇む、“黄昏の玉座”――ここで女王の即位は行われる。


『下に横たわった神より、扉を守る役目を賜った一族……それが黄昏の国ヴィリデスの王家なのです』


 黄昏の玉座へ腰を落とすと。今度は青白く、冷たいスポットライトに照らされた。

 身体が半透明になっていく――そういう魔法がかけられているみたいだ。


『こうして黄昏の国の女王は、冥府の扉を守る力を得たのです』


 14年の後、冥府の守護へ“身体”を捧げる代わりに、『現世での不死の体』を得る――それが私たちの代償に対し与えられた報酬。


「……不死」


 たとえ、唯一無二の報酬を貰えたとしても。

 今を満足に生きられないなんて、あまりにも大きな代償だ。


(歴代の女王はみんな、この役目を追ってきた……私も、そうなる運命だ)


 そして、舞台袖にいる彼も同じ。


『女王の傍にいつも佇むのは、「無焔の番人」……彼は女王の息子でした』


 女王の代替わり時期に、扉を守る役目を負うもの。元は王家から分かれた血筋――ウルは私の遠縁にあたる。


 それでも、家族と言うには遠すぎて。私たちは幼なじみとはいえ、姫と護衛という関係以上でも以下でもない。


(あれ? 今、何かが手に……)


 私の手へ吸いつくように、銀の羽虫が降り立った。蝶のような蛾のような虫は、一呼吸おいてすぐに飛び立つ。


 これも、演出だろうか――。


『冥府の扉を守る女王と番人。その血は何代もの時を経て、現在のヴィリデス王家に繋がっているのです』


 仰々しいナレーションが途切れた後。

 一斉に鳴り響く拍手の中――舞台袖から、刺すような視線を感じた。

 ウルはステージ上の私を、睨むように見つめている。


(また、あの目……)


 ずっと、私を嫌っているような目だと思っていた。でも、今は少し違う――たとえ偽物の玉座に座っているとしても、いずれ訪れる私の運命を憐れむような目に見える。


 14年の間、死ぬまで不死になる代わり――誰も女王には触れられない。


「……ママ」


 パパは、ママに触れられなくても幸せだったのだろうか。

 ママは、役目に抗おうと思ったことはなかったのだろうか。


 私は――抱きしめて欲しくて、泣いたこともあったのに。

 半透明の身体になった後も、ママはいつだって笑っていた。


(私も、ママのように笑えるのだろうか……)




 舞台の幕が閉じた後。

 神役や国民役だった女性たちは、長い裾をなびかせて舞台袖へ帰っていく。

 そんな中、一際目立つ銀色のヴェールが目についた。


「あれ……?」


 ステージにいるものの、見覚えのない後ろ姿だ。

 薄布に隔たれた顔は見えないが、妙に目につく。それに、彼女の肩に止まっているのは――幕が降りる直前に見た、銀色の蛾。


 数匹の虫を引き連れ、小柄な女性が舞台袖へ消えていく瞬間――彼女が纏っていた、銀色に光るヴェールが落ちた。


 すぐに拾って届けようとしても、もう姿が見えない。


「赤髪で、背が低い女性だったよね……」


 これ、舞台衣装とは思えないほど上質な手触り――きっと大切なものだろう。

 繊細なヴェールを破かないように抱え、舞台袖へ戻ろうとしたところ。


「お疲れ様でした、リリン姫!」


 団長をはじめ、劇団員たちが次々と労いに来てくれた。ウルとの関係を「ヒミツ」と言った女性も。


「姫様の表情ったら、本物の初代女王様みたいでしたわねぇ!」

「テキトー言ってんじゃないよ! 本物なんか見たことないだろうに」

「あはは……」


 片付けが始まりだしても、まだ彼らは私の周りを囲んでいる。でも、彼らの中にヴェールを落とした女性の姿はない。

 ステージから降りて、観客の捌けた会場を見渡しても、見つからない。


「どうしよう、これ……」


 終幕直後にステージ上にいたのだ。間違いなく、劇団員のはず。


「おい、もう行くぞ」


 迎えにきたウルが、不機嫌そうに低く言った。

 私の返事を待たずに、もう踵を返している。


「ねぇ、劇はどうだった? この衣装、黒ベースだけど素敵だよね」

「……ああ」


 また、いつもの素っ気ない返事。


(私への感想なんか、ウルが言うはずないか……)


 最初にがっかりしたはずなのに、どうして私はまた、こんな事を訊いてしまったのだろう――。


 こっそりため息を吐き、持ち主不在のヴェールを見下ろした瞬間。


「……お前のことは、いつも見ている」

「え……?」


 劇団員たちの声に消されそうな囁きに、顔を上げると。かすかに揺れる碧の瞳が、私をまっすぐに捉えていた。

 近い。

 ウルの白い肌から立ち込める、甘い香りをほのかに感じる。


「どんな時でも関係ない。俺は、お前を……」

 

 いつものように、不機嫌そうなのに。

 重なりそうなほどに近い瞳は、少しだけ優しくて、温かい。

 ただ。

 目を逸らせば、今にも泣いてしまいそうだった。


「ウル、どうして……」


 そんな目で私を見るのか――。


 吐息までも重なりそうな距離に、彼の肩が近づいた、その時。


「キャアァァァ!!」


 誰かの悲鳴に、緩んでいた気が張り詰めた。


 とっさに振り返ると。そこには、馬車が迫ってる。


「……!」


 皮膚が透け、骨が丸見えの“骸骨馬”。

 御者の制御をきかず、私めがけて走ってくる。

 あまりにもゆっくり、時間の進みが遅くなったように。


「キャア! 姫様、危ない……!」


 だれかの声の同時に、目の前まで迫った馬が立ち上がった。

 太い前脚が、私の頭の前に振りかざされた、瞬間――。


「姫……!」


 炎が爆ぜる音とともに、視界が真っ暗になった。

繰り返し迫る死の気配――はたしてリリン姫は、無事なのでしょうか?

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